リチウムを服んでいる患者さんへ もしあなたがリチウムを服用しているならばいろいろと質問があると思います。どんな薬だろうか?どのように作用するのだろうか?安全性は?これは、このようなことに答えるためのパンフレットです。
リチウムには炭酸リチウムやクエン酸リチウムがあります。リチウムはいろいろな精神科の病気の治療に使われる化学物質です。純粋なリチウムは自然界に103ある元素の1つです。しかし、リチウムは化学的な反応性が強いため遊離した状態ではほとんど存在しません。酸化リチウムとか塩化リチウムは岩石や海水に含まれています。また、極微量には温泉や植物や動物の体内にも存在します。リチウムは多くは炭酸リチウムとしてカプセルや錠剤にして経口投与されます。
オーストラリアの医師、ジョン・ケードが1949年、躁病性興奮の治療にリチウムが有効であることを報告し、精神医学に始めて導入しました。当時、丁度心臓病に対して食塩の代替え物質として塩化リチウムが使用された結果、いくつかの死亡例が報告されたことは、ケードの発見にとっては大変不都合となりました。4人の患者が死亡し、数名が中毒症状を引き起こしました。当時、リチウムは体内に蓄積し、心臓病にとっては有害であることはわかっていませんでした。このような結果、オーストラリアでは1960年の始めまでリチウムは完全に無視されていました。その後、この物質は見直され、精神障害の治療に安全にしかも効果的に使用する方法が臨床的に検討されました。アメリカの食料・医薬品局は1969年リチウムを精神科の治療薬として公認しました。
リチウムは躁うつ病(両極性障害)に有効な治療薬です。この病気の患者は躁病相とうつ病相を繰り返します。躁病相の特徴は、過活動、気分高揚、多弁、エネルギーの増加、眠らずに活動できる、そして時には常識的な判断力が低下することがあげられます。躁病相は通常1〜3ヶ月間持続します。うつ病相の特徴は、持続する絶望感、悲哀感、それまでは重要であった人、物および考えに対して興味を失ってしまうことです。このような感じは次のような身体症状や精神症状と一緒になってみられます:倦怠感とエネルギーの喪失感、不眠または過眠、食欲減退、体重変化(減少または増加)、物事を決定することが出来ない、性欲減退、イライラ感、自殺を考える。このような症状が2〜3週間から数カ月間持続します。 躁うつ病は、躁病相の繰り返しと1回だけのうつ病相であったり、またその反対であったりします。気分の変調は突然起こることもありますし、ゆっくりと変化することもあります。病相が何回起こるかとか、いつ躁病相が起こり、そして、いつうつ病相が起こるかといった決まったことは何もありません。しかし、病相を繰り返す度にその間欠期がだんだん短くなっていくということが研究によってわかっています。 うつ病相だけで躁病相のない患者は単極性うつ病と呼ばれています。この病気は躁病相もうつ病相もある両極性障害とは別の病気と考えられています。 リチウムは躁病に大変効果があると考えられています。しかし、効果発現に時間がかかり、4〜10日が必要であることが欠点です。重症の躁病には、リチウムの効果が出てくるまで症状を抑えるためにハロペリドールやクロールプロマジンといったメジャートランキライザーが使用されます。リチウムはこのようなメジャートランキライザーの副作用を全く示すことなく気分を正常化します。 リチウムの最大の価値は躁うつ病(両極性障害)の発症を予防したり弱めたりすることです。このようなリチウムの使用法をリチウムの予防療法と読んでいます。リチウムの単極性うつ病の再発予防効果や病勢を弱める作用も最近わかってきました。 リチウムは再発性うつ病の予防効果はありますが、現在目の前にあるうつ状態に対して著明な効果があるかどうかは明らかにされていません。一般的には、リチウムはさしあてり現在見られるうつ病相に著明な効果があることは認められてはいませんが、他の治療法で良くならない場合には使用されます。
多くの病気の治療がそうであるように、リチウムが治療効果をどのようにして発揮するかはっきりわかっていません。研究によりわかっていることは、リチウムはナトリウムやカリウムといった体内の電解質に作用し、神経細胞間の電気刺激の伝達に影響を及ぼす。また、リチウムは神経伝達物質をはじめとする脳内の化学機構にも作用するとみなされています。しかし、これらの作用と躁病やうつ病に対する効果との関係は明らかにされていません。いくつかの学説はありますが、リチウムの生化学的および臨床的作用を充分に説明するものはありません。
リチウムの再発予防治療においては、リチウムは患者が躁またはうつ病相から回復した後も投与されます。これによりその後の病相を予防したり、またそこまではできなくても病勢を弱くすることが出来ます。かなりの数の患者は、治療に迅速に反応しその後、病相を示しません。しかし、治療の反応がゆっくりしており、治療開始後数カ月してもまだ中等度の気分変調を示す患者もいます。このような気分の高揚や低下はしかし治療とともに段々激しさが消失していき、多くは完全に消えてしまいます。一部の患者では、躁またはうつ病相の予防が出来ない場合もあります。しかし、その激しさを和らげ日常生活には差し支えなくするぐらいの効果を発揮します。 しかし、リチウムが全く効かない患者群があります。そして、服薬しても服薬前と同じような頻度と強さで病相を相変わらず起こす患者があります。医師はリチウムが効くかどうかを個々のケースで確実に予測することは出来ません。これは実際に薬を投与してみなければわからないことです。
リチウムが充分に効いている人では、その治療が続いている間は残っている人生ずっと再発を予防することが出来ます。リチウムは、躁またはうつ病の再発を完全に治しきってしまうのではなく、糖尿病に対するインシュリンのように投与されている間だけ効果があります。ですから、医師に相談することなしにやめてしまってはいけません。
リチウムを中断し、軽い躁状態の時に経験した調子の良い感じとなることを知ると、治療をやめてしまう患者がいます。リチウムを中断してしまって再び躁状態になり仕事が出来なくなることを経験した患者は、大部分の人が、リチウム治療を再開します。治療はもう必要ないと考えリチウムをやめてしまう患者もいます。何週間も調子がよい状態が続くと、薬を飲み忘れたり、自分はもう健康だと思いこみ、治療は必要ないと考えてしまうことは理解できます。しかし、もし、服薬をやめてしまうと、リチウム治療を始める前と同じくらい躁やうつになる危険性は高いのです。長い間治療したから再発しないということはないのです。
有効血中濃度を得るために服用するリチウムの量は患者間により異なっています。医師はときどき採血してリチウムの血中濃度を調べ、その患者にはどれくらいリチウムを飲むことが必要かを決定します。このような血中濃度測定は最も有効な服薬量を決定するためだけではなく、リチウム中毒を引き起こさないように必要最小限の投薬量を決めるのにも必要です。もしリチウムを1日だけでも服用するのをやめてしまうとリチウム血中濃度は有効量の半分になってしまいます。もしリチウムを服用するのを1回だけ忘れても、その次に飲む量を倍にしてはいけません。なぜならば、リチウム血中濃度が急に上昇して副作用が出現する危険があるからです。 リチウムは服用すると急に血中濃度があがるので、服薬してすぐに血液検査を受けると、服薬量が多すぎるように医師に誤解されてしまいます。定常状態の血中濃度を正確に知るために、服薬後8〜12時間後採血を受けることが大切です。夕食後のリチウムを服用して、その後は服薬せずに診察にいき、採血を受けるのが正しい検査の受け方です。
リチウム治療を始めるとほとんどの患者は多少とも副作用を経験をします。はじめに、吐き気、軽い胃けいれん、口の渇き、手足に力が入らない、多少疲労し易い、ぼうっとする、軽い眠気などがあります。このような副作用は普通、ほんのわづかなもので治療開始後数日で消失します。しかし、この初期の副作用の一部がその後も続くことがあります。軽い手指の振戦、多飲多尿、または体重増加を来す人があります。体重増加は適当なダイエットでコントロールすることが出来ます。しかし、極端なダイエットをすると、リチウム血中濃度に大きな影響を与えるのでそれは避けなければなりません。また極端な体重増加も避けなければなりません。リチウムによる口渇に対処するため砂糖の含有量の高いコーラやジュースを何本も飲むこともやめなければなりません。甲状腺ホルモンの低い人や甲状腺が腫れている人はその病気が進行することがありますが、医師の診察をきちんと受ければそれほど深刻な副作用ではありません。最近、リチウムによる腎障害が報告されているので、今までに腎臓病があったかどうか、また最近排尿の回数が変化していないかどうかを医師に知らせる必要があります。 リチウムを大量に飲むと中毒がおきます。リチウムは最適治療量と中毒量が近いので、処方量を超えて服用しないようにしなければなりません。中毒量になると、嘔吐、下痢、極端な口渇、体重減少、筋肉のピクピクや異常な動き、言葉のもつれ、眼のかすみ、めまい、意識もうろう、脈拍異常が出現します。服薬上の注意を良く守り、定期的に血液検査を受け、ここに述べたような症状に気をつけておれば全く心配はありません。
リチウムは腎臓から体外に排出されます。もし何らかの理由で腎臓が充分にリチウム排泄をしなくなったら、この薬物は体内に蓄積し危険な状態を引き起こします。腎臓におけるリチウムの排泄はナトリウム(食塩は塩化ナトリウム)の排泄と密接な関係を持っています。体内のナトリウムが少なければ少ないほどリチウムの排泄は少なくなり、リチウムの蓄積が増加し中毒の危険性が高まります。利尿剤はナトリウムの腎臓からの排出を促進し、その結果リチウム濃度が上昇します。汗をかくこと、発熱、低塩食、嘔吐、下痢、これらはすべて体内のナトリウム濃度を低下させ、そして、その結果リチウム濃度を高めます。 重篤な腎障害のある患者はリチウムを服用してはいけません。心臓病のある人、ダイエットや汗をかくことで体内のナトリウム濃度に変化をきたし易い人は、リチウム血中濃度の測定を頻回に行う必要があります。妊娠初期3ヶ月間のリチウムの使用は原則としては禁止です。しかし、リチウム服用のメリットがその危険性に比べ明らかに大きいと医師に判断された場合には使用されます。特別に医師の許可がない限り、リチウム服用中の女性は授乳してはいけません。
Information on Lithium.National Institute of Mental Health U.S.Department of Health and Human Services Public Health Service Alcohol,Drug Abuse,and Mental Health Administration5500 Fishers Lane,Rockville,Maryland 20857 U.S.A. 翻訳 医療法人
和楽会 理事長 |