うつの理解と上手な療養 うつは病気です 山田さんは、妻であり母であるとともに有能なワーキングミセスです。先日までどの仕事もバランス良くこなしていました。しかし、最近、起きずらい朝が続いています。簡単な仕事もなかなか手につかなくなりました。考えたりおしゃべりすることがとても億劫になりました。なごやかな一家団らん、夫とのイタリアンレストランへのグルメ探訪、友人との観劇、仕事をやり終えたときの満足感、など以前は生きる喜びを感じた事柄に全く興味を失ってしまいました。いつも疲れた感じがしているのに、なかなかぐっすりと眠れません。山田さんの身辺はいつもと全く変わり無く、こんな変調を起こした原因が全くわかりません。夫の山田さんは、我慢の限界にきています。子供達は、母が自分達に関心を示さなくなったことに不安を抱いています。会社の上司は彼女の処置に困り果てています。山田さんは無力感と絶望感に襲われ、生きる価値を完全に失ってしまいました。 伊藤さんは、山田さんと違ってここ数年ほとんど変わりが有りません。思い返してみてもズーと彼女は心が晴れたことがなく、憂うつな日々が続いています。伊藤さんは大学を卒業したり、責任ある仕事をやり通すだけの集中力や気力を持ったことが有りません。彼女が離婚したとき、収入はほとんど無く、2人の小さな子供だけとなり、そのストレスの大きさは言い様の無いものでした。伊藤さんも山田さんの奥さんと同じように、悲哀感、絶望感、そして罪悪感に襲われますが、よく食べよく眠れるという点で異なっています。 鈴木さんは自分の人生に幻滅を感じるようになりました。近頃、仕事にも結婚生活にも退屈を感じています。なにかだまされたような気持ちがして腹がたって仕方がなくなることがあります。これから先の人生に何も希望を持つことが出来ません。このように悩むのは自分が弱虫のせいだと思われたくないので、誰にも打ちあけないでいます。鈴木さんは、このどうしようもないむなしさを酒に酔い忘れようとする日々を鈴木さんは送っています。 加藤さんは大変なお天気屋です。ある時は意気消沈し、自殺をするしか解決はないと思いこんでしまいます。またある時は、世界を征服できるようなことを言います。彼は恐いものは何もないと感じ始めると、理性を失った行動をします。浪費し、浮かれて騒ぎ、徹夜で議論をするようになります。 杉山トメさんは80歳です。3年前50年間以上も連れ添った夫に先立たれました。その直後、この世に残るただ一人の身内である妹も亡くしてしまいました。それからまもなくトメさんは戸惑い、物忘れが目だつようになりました。そして、同じ場所にずっと座ったまま宙を見つめています。昔は元気の良かった母がおいぼれてしまったと子供達は心を曇らせています。 ここに挙げた人々は皆うつにかかっているのです。この人達は怠け者でも人間嫌いでもなく、ましてや狂っているわけでもありません。それは非常によくある病気なのです。日本中で何百万人という人々がこの病気にかかっています。うつは神経科の病気の中では最もありふれた病気です。この病気はあらゆる年齢層にみられ、経済状態や社会階級に関係なく起こります。しかし、うつは有り難いことに治療すればよく治る病気なのです。重症のうつでも80%以上の治癒率です。けれどもうつの犠牲者はなかなか適切な処置を求めようとしません。 自分の心痛や身体の痛み、疲労感、そして不眠がうつの症状だと知らずに多くの人々が悩んでいるのです。以前はいやな気分は自然に去ったので、いま自分が悩んでいる症状もそのうちに消えるものだと思い、治療を受けない人々が多くいます。しかし、一時的に誰もが経験するような悲しい気分とうつとは本質的に違っています。うつは、春や秋や長い休日の前後に”気のゆるみ”として経験されたり、不幸な出来事や何かの失敗に引き続き経験される感じとは全く違ったものです。また、うつは、親しい人を失ったときに受ける深い悲嘆とも違います。このような惨めな気持ちや悲しみは日常生活のストレスに対する”正常な”一時的な反応です。時間がたつとともに、気分は回復し、以前のような日常生活をまた続けることが出来るようになります。 一方、うつにかかった人は、何ヵ月も時には何年も気分がよくなってきません。うつという病気は、気分も考えも行動も変えてしまいます。その症状は、次のようなものです。
このような症状が4つ以上あり、そして2週間以上続くか、または症状のために日常生活に支障をきたしておれば、その人は治療の必要のある”うつ”です。 うつにはいろいろなタイプがある ある人には、うつは日常生活に全く関係なく、突然、起こります。特別な理由もなく、いままでと同じ様な生活が出来なくなってしまいます。山田さんのような人は、治療を必要とするうつです。このような症状の激しいものを大うつ病といいます。このようなうつを知るポイントは”変化”です。遊び人の男が女性に興味を失ってしまうとか、ビジネスウーマンが世捨て人になってしまうといった”変化”です。この”変化”は持続します。性欲や食欲の減退、睡眠パターンや気分の変化などは、治療されないと何ヵ月も時には何年も続きます。 一生に一回だけの”うつ”もありますが、多くのうつは繰り返して起こります。再発性のうつは薬を飲み続けて維持療法をする必要があります。 杉山トメさんの場合のように、別離に引き続いてうつが起こることがあります。鈴木さんのように、中年の危機によることもあります。また、出産後にうつになることもあります(産後うつ病)。人生の重大事がうつに関係していることは稀ではありません。しかし、病気とは違う生理的な反応としておこるうつは病気のうつほど重症でもないし、長くは続きませんし、人が変わってしまうほど激しくもありません。 伊藤さんのように、人生の大半、うつ状態を呈する人もあります。その症状は山田さんのようにひどくありませんが、快調という感じを全く忘れたまま、何年もだらだらと続きます。このような状態は気分変調症(神経症性うつ病)と呼ばれています。気分変調症にさらに大うつ病が重なることがあります。そうなった期間、症状はさらに劇的に激しくなり、その後、またもとのぐずぐずした状態に戻ります。これは気分変調症と大うつ病が重なったダブルうつ病です。このような人は再発の危険が高いので、アフターケアーを受けることが特に大切です。 加藤氏は両極性うつ病の犠牲者です。これは躁うつ病とも呼びます。彼は躁とうつの発作を交互に経験します。うつになると加藤さんのように大うつ病の症状がでます。周期が躁になると、気分が高揚し、眠れなくなり、おしゃべりで社交性に富み、セクシーになり、元気はつらつとなります。躁の人はエネルギーにあふれ、誇大的となり、失敗やひどい目にあうことが目に見えていても何にでも平気で手を出します。極端な場合には、脈絡の無い考えが次々に飛び出したり、妄想や幻覚が出現することさえあります。 妄想は躁病に限った症状ではありません。うつがひどくなっても妄想がでます。うつの妄想は、孤立無援感や絶望感、そして罪悪感が誇張して表現されます。たとえば、世界中の災難の責任はすべて自分にあるといったりします。 良くわかっていることですが、うつはいろいろな形で現れ、いろいろな言い方がされます。大うつ病、単極性うつ病、または内因性うつ病などと呼ばれます。これらの診断名はそれぞれ独立した並列した言葉ではなく、意味が重なっていたりすることを知らないと、混乱してしまいます。 ”うつ病”という言葉はどのような種類のうつにもつけられますが、要するに、程度が重篤で期間が長く治療を必要とするという意味が含まれています。大うつ病は、罹病期間、障害の程度そして身体的および心理的症状群が特別な診断基準に合致する治療を必要とするうつ病を意味しています。単極性ということは、両極病と呼ばれている躁うつ病ではなく大うつ病のことです。内因性という言葉は睡眠障害や体重減少といった一連の生物学的症状をもつうつ病に与えられる名前です。さらに複雑なことには、うつは神経性食思不振症とか不安とか強迫性障害としばしば合併します。 研究者にとって何をうつ病というかということは重要なことですが、患者にとって最も関心があることは治るということです。うつ病をよくするいろいろな治療法や薬がありますからその患者さんにとって最も適当な治療方をみつけるにはいろいろ試さなければならないことがあります。1、2カ月の間に症状が改善しなかったならば医師はその治療法を再検討するでしょう。場合によっては医者を変わることを考えなければなりません。 うつ病が重症になると、患者は助けを求めようとしません。受診できるほどエネルギーがない患者もいますし、今苦しんでいるのは自分の失敗のためであるとか罰を受けているのだと考えて受診しない患者もあります。もし家族や友人が患者と同じようにこのような考え方をすると、受診のチャンスはますます遠のきます。このようなときには実際は、家族や友人が患者に治療を受けるように説得しなければならないのです。 家族や友人は治療の有効性を十分に理解する必要があります。もし自殺の気持ちが少しでも有れば治療が絶対に必要です。患者さんにいい加減な希望を与えるようなことはせずに、うつの80%は完治し、残りの20%についてはよい方法が現在研究されている最中であることを伝えるとよいでしょう。 自殺 自殺はうつ病の最も深刻な合併症の一つです。無価値感や罪責感は特別な精神的な苦痛と重なって、患者を打ちのめします。患者は生き続けることが出来ないかまたは生きる資格がないと感じます。時にこのような感じはいつまでも心の中にとどまっています。そして思いもよらないときに自殺をしてしまいます。うつ病患者が全て自殺することはありませんし、自殺する人が全てうつ病であるとは限りません。うつ病者の15%が自殺を遂げ、自殺者の半数以上はうつ病であるといわれています。うつ病で入院した患者さんは健康な人の30倍も自殺の危険性が高く、入院中か入院直後がいちばん危険です。 自殺の危険性は、加齢とともにに高まります。しかし、若い人の自殺が最近増加しています。女性は男性の約2倍うつにかかりますそして自殺企図も約2倍です。しかし自殺を遂げてしまうのは男の方が2、3倍多いといわれています。 うつの原因 遺伝 うつ病が親から子孫に伝達される正確なメカニズムはわかっていませんが、特に、再発性のうつ病では遺伝が関係していることが少しずつわかってきました。 もし一卵性双生児の一方が躁病かうつ病にかかっていると、もう一方の兄弟が病気にかかる確率は70%です。しかし、病人の親、兄弟、二卵性双生児または子供が同じ病気にかかる危険率は、15%に減ります。祖父母、叔父、および叔母といった2親等になるとその危険率は7%に下がります。一卵性双生児の遺伝子は全く共通しており、兄弟やその他の一親等では半分が同じ遺伝子であり、二親等ではさらに共通部分は少なくなるので、これはうつ病が遺伝に関係していることを証拠立てる有力なデーターです。 ニューヨーク、ブルッセル、およびデンマークで行われた養子研究は、遺伝の関与をさらにはっきりと示している。養子に行ったひとでうつ病になった人をまず探し出し、生みの親と育ての親におけるうつ病の頻度を比較しました。すると、特に両極性のうつ病、すなわち躁うつ病では患者を小さいときから育てた親より実の親にうつ病が多いことが明らかになりました。デンマークの研究は、第一親等も第二親等も含めた親族を全部調査しました。その結果、血のつながりのある親族では養子先の親族に比べ三倍も多くうつ病が見つかったのです。 血縁者の中にうつ病が多く見つかったという事実は遺伝が関与していることを示していますが、家族環境が重要な意味を持つと考える人もあります。これは、うつ病や躁病の人がいる家庭に育った人はストレスに対して誤った反応の仕方を学習する、という理論です。環境的な影響も生化学的影響と同じようにうつ病の発症を促進するようです。 生化学的原因 約30年前、ある種の薬物が気分を変える強い作用を持っていることがわかりました。血圧降下剤であるレセルピンを服用している患者にうつがみられたのです。一方、結核治療薬イプロニアジドは、一部の患者に多幸症を起こしました。このような観察は、気分障害は生化学的な機能の乱れであり、薬物により安定するという考えをもたらしました。そして精神障害の治療にとって革命的な臨床的実験的研究を促進しました。三環系抗うつ薬、モノアミン酸化酵素阻害剤、およびリチウムの3種の薬物がうつ病の治療に使われています。抗うつ薬の効果からだけでなく、動物実験の結果からもうつ病に生化学的障害のあることが明らかにされました。あるグループの化学物質は、気分を調整する作用のあることが明らかになりました。セロトニンとノルエピネフリンは重要な生体アミンです。これらの物質は食欲、性欲、渇きといった機能と関係する脳部位に豊富に存在しています。 セロトニンは一般的には脳内において抑制機能を持っていますが、この機能障害が、うつ病のイライラとか不安、それに、睡眠障害と関係しているようです。ノルエピネフリンは覚醒剤でハイになった時、脳内の神経細胞から放出されます。正常な状態ではノルエピネフリンは覚醒とか意識とか気分高揚と関係しています。うつ病におけるノルエピネフリンの機能障害は、気力の低下や抑うつ気分を起こします。セロトニンやノルエピネフリンは神経伝達物質と呼ばれています。これらの物質は、脳内で一つの神経細胞から他の神経細胞へ電気化学的信号を伝達する化学メッセンジャーです。神経伝達物質は我々の行動、感情、および、思考をコントロールする複雑な化学的作用をひきおこしています。脳内で利用される神経伝達物質の量が少なかったり多かったり、そのバランスが乱れていると、うつや躁の症状がでます。そして、これら薬物はこのバランスの乱れを是正することによって効果を発揮します。三環系抗うつ薬モノアミン酸化酵素阻害剤は神経伝達物質の利用度を高め、うつ病症状を打ち消します。リチウムの抗躁作用はある種の神経伝達物質の放出の抑制作用であると考えられています。リチウムがどの様にしてうつ病に効いているのか、どの様にそうやうつを予防しているのかまだわっかていません。化学的な障害だけでなく身体の変化もうつ病と関係しています。細胞内の塩分は多少とも増加しています。そして神経系においても電解質のアンバランスが生じています。コルチゾール・ホルモン産生の変化が、うつ病で起こります。コルチゾールは一般に早朝にピークとなり、日中には下がり、夕方にいちばん低いパターンをとります。コルチゾールは身体的ストレス、すなわち、激しい寒さにさらされたときとか、怒りや攻撃の感情を持ったときに上昇します。うつ患者ではこのホルモンのピークは正常より早く出現して一日中上昇したままです。 コルチゾール値の上昇によりうつ病の不眠が生じると考えられています。睡眠研究によれば、うつは深い眠りが少ないといわれています。 うつ病の身体的な変化や気分の変化が生化学的な原因によって起こるのか、反対にこのような変化が生化学的変化を引き起こすのかはまだよくわかっていません。多分、長期のストレス、心の痛手、そして体の病気が引き金となって体質的な弱さが、こういった生化学的アンバランスとして出現するのでしょう。 環境的原因 経済的問題、身体の病気、ホルモン、中年の危機、男性性・女性性の役割、そして、性格とか養育とか否定的な思考習慣といった社会心理学的現象がうつ病の原因として挙げられています。 生活の変化、深刻な喪失体験、またはストレス、たとえば、離婚、親しい人の死、失業、転居といったものがうつの引き金になります。うつの多くは一時的なものですが、時に症状が軽快するには治療が必要です。 うつ病に環境的・社会心理学的要因があるかどうかを知るには、うつ病の頻度が高い集団を研究するのがよいと考えられます。たとえば、65歳までは、女性が男性の2倍多くうつ病の治療を受けます。もっとも、躁うつ病は両性に同じ割合で起こります。65歳後、男女同じ割合になり、さらに男性が多くなっていきます。これを次のように考える専門家がいます。仕事だけに生きがいを求め、プレッシャーが強く体力の限界まで働き職場以外に興味や熱意を持つ余裕がなかった年輩の男性が定年退職を迎えると、高い頻度でうつ病が起こります。定年退職に伴う倦怠と自負心の喪失と、健康問題、体力の衰え、友人や配偶者の死といった高齢者によくみられる状況と重なり、うつ病にかかりやすくなるのです。 女性では、離婚して小さな子供を抱えた若い母親にうつ病の頻度が高い。彼女達は、精神的にも経済的にもほとんど援助無しで子育てをしなければならず、うつにかかる危険性が高いのです。子供の面倒を見てくれる人も助力もなく、彼女達は孤独感と子育てと、家庭を保持して行かなくてはならない責任感に悩まされます。 単身で戸籍の筆頭人となる女性は貧しい階級に多く、離婚の増加を反映してうつは増加の傾向にあります。彼女達の貧困の原因は、低賃金、養育福祉年金の乏しさ、また十分に収入を得る能力を持ち合わせていないことが原因となっています。このような女性達はしばしば中途退学し、収入が十分得られる学歴を持っていません。養育に手を取られ、彼女達はほとんど働くことができません。 今日婦人が直面する種々なストレスがうつ病の頻度を高めています。女性は男性よりうつ病にかかり易いということはないという専門家がいますが、彼女達の病状を見ていると、そうだとはいえません。女性はうつの感じを受け易く、すぐ医者にかかろうとするが、男性はそのような感じを抑えるよう社会的に要請されており、また酒でごまかすことが多い、と言われています。それ故、男性にアルコール中毒が多いのです。 他方、社会的条件が女性のうつを高頻度にしているといわれています。多くの少女は大人の問題や態度決定といった現実に直面し無力感に襲われ、うつになるという学説があります。この学説によれば、女の子は孤立無援感を学習することによりうつになると言うことです。この理論によれば、女の子は状況をコントロールしようとすると叱られたり罰せられたりして、孤立無援感を学習してしまうというものです。少女達は男の子を支配するような行動は女らしくないとか、すてきな女の子ではないということを暗に学習してしまいます。自分の責任で行動することはいけないことだとされた人は、消極的になり責任を避けるようになります。ここに悪循環が出現すると学者は考えます。消極性は孤立無援感やうつの感情を抑制することをできなくします。 心理社会学的説明とともに、うつが女性に高い頻度で発生するのは、ホルモンの影響もあると考えられています。出産後のうつは一過性の軽いブルーな気分で済むものから生活機能を全く失ってしまうとてもひどいものまでいろいろあります。それはホルモンの変化によると考えられていますが、はっきりとした医学的な原因は明らかにされていません。ある婦人においては、月経周期はよくうつ気分、易刺激性、さらには行動の変化や身体的な変調と関係しています。月経前緊張症は最近のトピックであるが、その原因や意義、およびうつとの関係は明かではありません。やがて専門的な研究によって解決されるでしょう。 閉経期に生じるうつは退行期うつ病と特別な呼ばれ方をしていた時期がありましたが、この診断名は現在は使われていません。閉経期のうつ病は他の年代のうつと変わりがないことが明らかにされました。この人生の変換期にうつ病にかかり易い女性は過去にもうつ病をしたことがある人が多いのです。 ”空き巣症候群”も生活様式の変化が誘因となったうつ病と考えられます。子供が成長し家を去ってしまうと、子育てに献身的であった女性は、男が定年退職の時に反応するように、生きがいを失ってしまいます。素質のある人々においてはどんな生活上の変化もうつの引き金になります。しかし、この年代の女性にうつの頻度が増加することはないので、大部分の人は生活様式の変化があってもうつになっていないと考えられます。 中年の危機はそれまでの生活の清算期に起こる。”いまここにあるものがすべてなのか?”という決定的な問を自分に向けたとき、男性でも女性でもうつと関係してきます。 その原因が何であれ、うつ病の治療はすぐ始めることが出来ます。長い間うつの症状に悩む必要はないのです。 治療 うつ病は精神障害の中ではいちばん治り易い病気です。治療の進歩によりうつの症状が改善され、ふつうの生活が出来るようになりました。いろいろな治療がされます。患者の状態、診断や性格により選択されます。薬物療法、心理社会学的治療、電気けいれん療法の3つの治療法があり、単独または併用されます。 薬物療法 うつの治療には三環系抗うつ薬が広く使用されており、躁うつ病や再発性のうつ病にリチウムが用いられます。薬に対する反応は人により違うのでどの薬が副作用が少なくて一番よく効くか、いろいろな薬を試してみることが必要です。口が渇くとか、眠気とか便秘といったよくある三環系抗うつ薬の副作用は治療初期に出現し、身体が慣れてくるのに従って消失します。 三環系抗うつ薬は、食欲不振、体重減少、楽しめない、体力気力の減退、やる気の喪失、自殺の考え、悲観的に考えたり罪悪感を持つといったうつ病症状に対して効果があります。使われる薬の種類によって、効果がでるのは数日から数週間かかります。 モノアミン酸化酵素阻害薬は食欲がありすぎたり、眠りすぎるうつに効果があります。うつとともに、不安が強く、心気的であったり、恐怖症や強迫症状のある人にもモノアミン酸化酵素阻害薬はよく効きます。 リチウムは躁うつの周期の頻度や激しさを抑えるのに適しています。リチウムは、糖尿病に対するインシュリンのような躁うつ病の薬です。最近の国立精神保健研究所の研究結果によれば、70%以上の躁うつ病はリチウムによって周期が完全に抑えられるか、短くなるか、症状の激しさがなくなります。家族に躁うつ病のあるうつにもリチウムはよく効きます。 リチウムがよく効かない躁うつ病は周期がめまぐるしく変わることが多く、カルバマゼピンが効きます。 再発性のうつや躁うつ病の人は維持薬物療法が必要です。このような維持療法により普通の生活を続けることが可能になり、耐えられない苦痛を避けることが出来るようになります。 心理社会学的治療 社会心理学的治療はいろいろなやり方があります。それはグループ治療、家族治療、夫婦治療、個人治療です。精神的な応援や、言葉のやりとりにより理解と内省を得させる”会話”療法もあります。行動に焦点を絞った治療もあります。患者は自分自身の行動に満足や喜びを得ることを習います。ある種の治療では、過去の事柄を調べ、幼少時の経験に光を当てることにより現在の問題を解決しようとします。また、現在の葛藤と人間関係についての問題だけに焦点を求めるやり方もあります。 心理社会学的な治療法のうち最も広く使われているのは精神力動理論です。この治療法は、依存と独立、同じ人に対する愛と憎しみといった相反する感情をもつ人の心の奥底の葛藤がうつの中心的課題であるとする仮説を基礎にしています。この葛藤の解決が治療の基盤になると考えられています。解決されていない葛藤は幼少時代にその起源を持っていたり、親子関係と関係していることがしばしばあります。この治療の要点は、葛藤を治療の場に持ち出し、それを解決することです。精神力動学的治療は時間的に際限のない治療法ですから、短期間の変法がうつ病に用いられています。 4カ月間にわたって2つの心理社会学的治療、すなわち、認知行動療法と対人関係療法の効果が三環系抗うつ薬イミプラミンの効果とが比較されました。症状の消腿には薬物治療の方が早く、16週後にはどちらでも症状はなくなっていました。薬物治療と対人関係療法は重症うつに同等の効果がありました。いろいろな原因で薬を飲むことのできない患者にはこの研究結果はよい知らせとなりましょう。 これらの研究の結果を出発点としてどの患者にどの治療法が良いかがわかるとうつ病の治療がめざましく進歩します。これは科学的な研究により将来明らかにされる問題です。第一段階として患者特性とそれにあった治療法の発見が大切です。はっきりした答が得られるまでにはまだまだ多くの研究が必要です。 認知・行動療法は、情動と行動は、その人が世間をどの様にみているか、そして、自分の経験したことをどの様に理解しているか、によって決められるという理論をもとにしている。うつ患者は自分自身や世間を、そして未来を悪く考え易い傾向にあります。そして、失敗を予想し、他人の行動や考えに対し誤った考え方を持ってしまいます。認知療法家は患者の間違った信念や否定的な思考パターンを訂正するように種々な手法を駆使します。より現実的で論理的な思考形式が行動と気分の変化を促進します。治療者は患者の活動レベルを上げ、好ましい行動を引き起こすように行動療法も利用します。 対人関係療法は、うつの症状は社会的人間関係の障害によって引き起こされているという考えに沿って行われています。このような障害がうつの症状を引き起こし持続させるというものです。反対に、うつの症状が人間関係に問題を引き起こすことがあります。このようにして悪循環が進んでいきます。対人関係療法は、自分の考え方と人間関係における葛藤が、自分のうつに関係していることを患者に理解させます。このような問題を自覚し理解し、他人との人間関係の適応性を高めるように患者は指導されます。 認知・行動療法や対人関係療法以外にも多くの社会心理学的療法がうつの治療に利用されています。どのような治療法を採用するかということよりも患者ー治療者関係が治療成功の鍵となるという学者もいますが、このことについてまだうつの患者において特別に研究されていません。薬によりうつ病の症状を軽減し日常生活を維持できるようにし、うつにともなう深刻な問題を社会心理学的治療により解決するといった併用療法が有効な患者が多いようです。重症のうつには多面的な治療法をとる医師が多いのです。 電気けいれん療法 向精神薬が使用されるようになり電気けいれん療法が行われることは少なくなりました。しかし、電気けいれん療法は内因性うつ病や躁病にはたいへん効果のある治療法であることには変わりはありません。但しこの治療法は気分変調症には効果はありません。電気けいれん療法はとりわけ次のような場合に適応となります:重症のうつ、自殺の危険性のあるとき、栄養状態が悪いとき、薬が効かないとき、また老人にみられる薬を受けつけない場合や心臓病のような内科疾患がある場合には適応となります。 近年の電気けいれん療法は、不快さをできるだけ少なくするためにけいれんの無い方法が行われています。患者は短時間の静脈麻酔を受け、施術が無痛になりそのあいだのことを覚えていない状態になります。通電が行われる際筋弛緩剤が投与され、けいれんは起りません。電極は頭蓋の両端におかれる場合と非優位側(普通は右)におかれる場合があります。片側だけの通電のほうが治療後の記憶喪失やもうろう状態が少ないことがわかっています。しかし、片側だけの通電治療は両側の方法より治療効果が劣り、治療回数を増やさなければならないといわれています。 患者の年齢、治療の期間、間隔、回数そして電流の強さは記憶喪失に影響します。電圧は低ければ低いほどいいです。しかし、最適の治療条件でも患者は治療前後、多くは治療前半年から1年間ぐらいの記憶を一時的に失います。新しい情報は、電気けいれん療法を受けている間および終了後からすぐ学習され、普通、数週間後には記憶を取り戻します。 研究中の治療 冬の間だけうつになり、ときに夏に軽く躁になる病気は季節性感情障害と呼ばれています。これは陽光にされされる時間と関係する病気です。昼間光に近い光に毎日数時間当たる治療法があります。治療に使われる光は普通の室内光の約3倍の強さです。数カ所で現在この治療法の効果が検討されていますが、かなりの患者に効果があるようです。 うつの患者の睡眠パターンを変える治療法も検討されています。24時間患者を寝かせないでおくか、または、睡眠時間の後半起こしておくと、1ー2日間、一時的に症状が良くなることがあります。睡眠パターンがひどく片寄っているうつの患者では、睡眠時間を遅くしていくことによっ回復することがあります。これらは生体時計を正常の生活リズムにリセットさせる治療法と考えることが出来ます。摂食や睡眠の周期、およびホルモンの産成がうつにおいて障害されています。生体時計の狂いがうつを起こすのか、うつがその原因になっているのかは現在のところわかっていません。 小児期のうつ 子供の行動は年齢によってめまぐるしく変化するので、子供がうつにかかっているのか、生理的によくあるやっかいな2歳児なのか、すぐ膨れる7歳児なのか、または何でもしてしまう10歳児なのかを区別することはたいへん難しい問題です。環境的に問題があるとき、うつが一時的に出現することは大人と同じように小児でも見られます。 もし大人のように数週間続く悲哀感、無関心、食欲や睡眠の障害といった症状があればうつを考えなければなりません。場合によっては子供でも無力感や絶望感を持ったり、自殺を考えることがあります。過動、非行、登校拒否、および心身症的訴えなどがうつ病症状に混じっていると、小児期のうつは見逃されたり誤診されたりします。子供の考え方や行動を綿密に検討すると、その根底に隠れているうつ気分や無価値観を明らかにすることが出来ます。 子供を養育する人や身の回りの世話をする人の愛情を失ったり、注意されなくなると、うつが誘発されます。これは愛情をかけていた人が亡くなったり、長期留守をするといった場合に起こります。場合によっては、養育者は物理的には存在するが、精神的には不在ということもあります。 面倒を見ている人から、けなされたり拒否されたりすることも小児期のうつの重要なファクターとなります。小児期のうつの多くは一つの原因によって起こるのではなく、かかり易い体質的とその時の環境的ストレスとの相関関係で起るのです。 うつにかかりやすいのは、躁うつ病や長期間慢性の身体疾患で入院している親を持つ子供です。慢性病で入院中の子供もうつにかかり易いといわれています。 うつの子供の治療が重要なのは、未治療のままだと青年期や成人期にまた問題が起こるからです。 子供のうつの治療には親のカウンセリングや家族療法が利用されます。家族に対し精神的な援助や病気に対する知識を与えることによって、子供の病気の治療を促進します。 ふつう8歳を過ぎると、子供も家族療法に参加させます。もう少し年長の患者には個人的な治療が有効なこともあります。 重篤であったり再発性であるうつには抗うつ薬やリチウムの投与が大切です。 思春期のうつ 10代にもうつは比較的多く出現します。もし症状がうつによるとされないで思春期の特性であると思われてしまうと、その青年は救われません。絶望感が大変強く、絶対に問題が解決しないと思い、死ぬ以外に方法がないと考えてしまう人があるので、実際にこの時期のうつには自殺が多いといわれています。この30年間で青年の自殺は3倍も増えています。 うつが10代の自殺の唯一の原因ではありません。しかし主な原因であることには変わりなく、大変苦痛を伴うものです。どの年代のうつでもそうであるように、思春期のうつでも虚無感、不安、孤独感、孤立無援感、絶望感、罪責感、自身喪失、睡眠と食欲の変化を経験されます。さらに、時々アクテングアウトが加わります。攻撃的になったり、腹を立てたり、失走したり、非行に走ることによってうつを紛らわそうとするのです。 思春期の躁うつ病は、衝動的、易刺激的で抑制を欠いた行動を示す時期とひきこもりの時期とを繰り返します。躁うつ病によるこのような激しい行動異常は治療可能ですが、それが思春期によくあるあたりまえのことだと理解されると、治療されないままになってしまいます。 思春期は気分や行動が変化し易い時期であるので、うつによるのか正常の行動なのか注意深い観察が必要です。うつであると判断する鍵は、行動変化が数週間以上続くかどうかです。数週間以上うつの症状があるとき、または学業が低下したとき、非社交的になったとき、だらしがなくなったとき、以前喜んでやっていたことに興味を示さなくなったとき、このような時にはうつ病の可能性を考えるべきです。思春期のうつは治療可能ですし、治療しなければなりません。 老年者のうつ 老年者のうつの頻度は10%から65%と幅広く見積もられています。このことは老年期のうつの診断の難しさを示しています。うつの症状はしばしば老化(器質性脳症状)と誤診されたり、高齢者によくある問題としてかたずけられます。 たとえば、老年者の記憶の障害、混乱した考え、無感情な状態は実はうつによることが多いのです。他方、早朝覚醒とか食欲の低下といったうつ病症状は、うつではない老人に普通にみられる症状です。 老人にどれくらいうつが起きるのかについて未だ確定的な見解はありませんが、アンケート方式の調査では、老年期は他のどの年代よりもうつ症状は多いようです。また、自殺もどの年代よりも多かったということです。 老年期は、体力低下、孤独、貧困、配偶者や親しい家族や友人との死別といったうつの誘因となる出来事をしばしば経験するにもかかわらず、うつの感じを認めたがらず、診断が困難です。老人はうつの症状を自分の身体的な病気のせいにしたり、またそれを無視して治療を受けようとしません。 うつはまた老人によくみられるいろいろな病気、たとえば、パーキンソン病、癌、関節炎、アルツハイマー病の初期に合併してきます。このような場合に、うつの治療は患者の苦痛を少なくし、医学的な問題を正面から取り組めるようにします。 老人の薬物服用、不十分な栄養、また単身生活の問題がしばしばうつの原因となります。 うつの知識のある人が注意深く観察し、薬の内容を十分に吟味することが必要で、それによりうつが明らかになります。うつによるものか老化現象なのか鑑別するには、家族や長くつきあっている友人から情報を得て患者の病歴を十分効く必要があります。なぜならば、うつであるならば発症はかなり急激であるし、老化現象であればゆっくりと出現してきます。また、脳障害を持つ人はその精神機能の欠陥、たとえば記憶障害を隠そうとしますが、うつ患者はその反対です。 老人のうつに対する薬物治療には、いろいろな問題が絡んできます。老人は身体的な病気を持っていることが多く、多種の薬を飲んでいる可能性が高いので、現在飲んでいる薬の内容を十分に検討してから抗うつ薬を使わなければなりません。この場合、心臓病の有無は副作用の予防に大切です。老人は薬を体外に排出するのに時間がかかるので、抗うつ薬の投与量は少なめに慎重に決めなければなりません。多少やっかいではありますが、老人のうつにおいても適切な治療を受ければ若い人と同じように苦しみから解放され、新たな生活を持つことができ、生産的活動も難しいことではなくなります。誰もがうつなどにかかっている理由はないのです。 うつ患者を助けよう 家族や友人が出来る最も大切なことは、うつ患者にきちんと治療を受けるよう勧めることです。絶望感、孤立無援感、そして無価値感はまさにうつのうつたる症状であり、これが受診させない原因となっています。症状が一定期間以上長引いたり、あきらかな理由無しで不幸な感じやふさぎ込みが続くならば、周囲の者はうつ患者を専門的な治療を受けるようにしむけなければなりません。 家族や友人は必要に応じて精神的なサポートや愛情を示したり、勇気づけることができます。うつは自信を喪失させるので、家族や友人は次に述べる”やるべきこと”と”すべきではないこと”を使い分け、うつ患者に生きる価値があると感じさせることができます。
家族や友人はうつ患者を忙しく活動的な場所においておくことも必要です。うつはますますうつを招く傾向にあります。中等度のうつ患者は無感動になり不活発になります。それが悪循環となります。もしうつ患者が特に引きこもりが強かったり拒絶的であったりするときは、うつ患者を守るためには穏やかな強制も時には必要です。 典型的なうつは罪責感を強く持ちます。家族や友人は患者の症状を非難してこの罪責感をますます高めてはなりません。うつ患者は時に他人に怒りをぶつけます。そうされると我慢ができなくなったり、態度を変えるように言ったり、また、うつは弱さのしるしであると言いたくなってしまいますが、それはよくありません。うつ患者は苦しみに耐えており、理解と助けが必要なのです。 うつでは常に自殺の危険性を考えなければなりません。うつ患者はあまり激しくそのように訴えませんが、だからといって自殺の可能性がないと思ってはいけません。一見、軽そうに見えても、根は深いことがしばしばあります。自殺をすぐ口にする人は自殺をしないとよく言われていますが、これは真実ではありません。自殺をする人は、まずはじめに自殺の真似をして助けを求めます。 自殺の危険がほとんど無いように見えても、深刻なうつが疑われたら、専門家に相談しなければなりません。治療を受ける時期が早ければ早いほど、うつの症状は早く消失し、回復が早まります。 うつはどの精神障害よりも治り易いものです。無気力になっていくうつの症状に悩むことはもう全くありません。現代の治療は、うつ患者を忙しく活気に満ちた生産的な生活に再び戻すことができるようになりました。 Depressive
Disorder:Treatments Bring New Hope 翻訳 医療法人
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