早期のアルツハイマー病  sengai.gif (1781 バイト)
   (患者と家族のためのガイドブック) 

  この冊子の目的

 この冊子には、アルツハイマー病とその他の痴呆の形態について書いてあります。患者・その家族・介護をする人への情報も記されています。アルツハイマー病が、あなたやあなたの家族、そして友人たちにさえ影響するのだということが、書かれています。

 また、この冊子には初期のアルツハイマー病の兆候や症状についても書かれています。医学的な情報源、社会的・金銭的な援助については、この冊子の最後に書いてあります。ただし、この冊子にはアルツハイマー病に対する処置については書かれていません。

  アルツハイマー病とは

 アルツハイマー病とその他の痴呆では、記憶力・判断能力・思考の過程に生じた問題によって、人が働いたり社会生活や家族に参加することが困難となります。雰囲気や性格も変わることがあります。これらの変化により、自制心やその他のものを損ないます。200〜400万人の人が加齢に伴う痴呆になっており、その中の3分の2(日本では3分の1)にあたる人がアルツハイマー病です。

 現在の時点ではアルツハイマー病に対する治療法はありませんが、徘徊や失禁といったいくつかの症状を軽減することは可能です。

 診断が早ければ早いほど、症状は処置に対して好ましい反応を示します。もし自分自身や家族にアルツハイマー病の兆候がみられると思うようなら、できるだけ早く主治医に話しましょう。

 アルツハイマー病のより良い治療法を見つけるための研究は進行中です。もしあなたの手助けとなるような、何らかの新たな進展があったなら、主治医に聞いてみるといいでしょう。

  どのような人が病気になるのでしょうか?

 アルツハイマー病は年令とともに増加します。アルツハイマー病は、多くは65歳をすぎてから発病します。しかし、大部分の人々は高齢になっても病に冒されることはありません。アルツハイマー病になるはっきりとした危険因子は痴呆とダウン症候群の家族歴だけです。

  痴呆の家族歴
 アルツハイマー病のうち、いくつかのタイプは遺伝します。もしあなたの家族の誰かがアルツハイマー病を発病していたら、家族の他の人もアルツハイマー病を発病する可能性が高いと言えるでしょう。痴呆の家族歴について、どんなことでもあなたのかかりつけ医と話し合ってみましょう。

  ダウン症候群
 ダウン症候群にかかっている人はアルツハイマー病になる可能性が高いです。ダウン症候群にかかっている人の近親も、その危険性を持っています。

  アルツハイマー病の兆候はどんなものですか?

 初期のアルツハイマー病の典型的な兆候として、短期記憶が少しずつ障害されていくことがあります。そのほかの兆候としては

適した言葉を探したり話したりする上での問題
対象物を認識することができなくなる
鉛筆のような、簡単で日常的な物の使い方を忘れてしまう
ストーブを消したり、窓を閉めたり、施錠することを忘れる

といったものがあります。

 気分と性格も変化します。焦燥感・記憶力や判断力の低下による問題や、異常な行動を生じさせます。これらの症状は一人一人異なっています。

 アルツハイマー病の症状は少しずつ現れてきますが、その症状の進行とくらべ緩やかな人もいます。アルツハイマー病以外の痴呆では、症状は急性だったり、出たり消えたりします。

 これらの症状のいくつかがあったとしても、あなたがアルツハイマー病であるということにはなりません。誰にでも時折度忘れや判断力の欠如は起こりうるのです。しかし、このようなしくじりが頻発したり危険なものとなったなら、すぐに主治医に話すべきです。

  アルツハイマー病の初期徴候

  次のようなことで何か問題がありますか?

  新しい情報を覚えたり思い出すとき:自分で言ったり行動したことを何度も繰り返しませんか?話の内容や約束を忘れることはありませんか?物をどこにおいたか忘れることはありませんか?
  複雑な作業を行うとき:小切手の帳尻合わせや料理のように、たくさんのステップを踏んでいく作業を実行するにあたって悩みませんか?
  判断能力:風呂場が水浸しになったらどうすればいいのかといったような、職場や家庭で日常的に発生する様々な問題を解決する上で悩みませんか?
  空間と場所を認識する能力:慣れている場所で運転をしたり自分の行く道を探したりするときに、困りませんか?
  言葉:自分の言いたいことを表現するために適切な言葉が出ないことはないですか?
  行動:注意怠慢になることはありませんか? 普段より怒りっぽくなったり、人を信じられなくなることはありませんか?

 誰にでもたまには度忘れがあります。どこに車の鍵を置いたか思い出せないだけで、あなたがアルツハイマー病だということにはなりません。

  医師への相談

 軽度のアルツハイマー病を診断するのはとても困難なことです。主治医は過去と現在のあなたの健康や心の状態について昔と今の状態を比較します。以前の日常生活での、心や体の状態から変化したかどうかが最も重要なのです。

 アルツハイマー病にかかった人は、自分の状態の重篤さには気付きません。多分、主治医はあなたの家族や信頼できる友人に、あなたの状態について話します。

 アルツハイマー病に対する医師の最初の検査は、病歴・身体検査・精神状態の検査が行われます。

  既往歴と家族歴

 あなたの病歴をとる時に医師が尋ねる質問は:

いつ、どのような問題がおこりましたか?
症状は段階的に進行していますか、それとも少しずつ悪くなっていますか?
これらの症状は日によって変化していますか?
どれぐらいの期間これらの症状が続きますか?

 主治医は過去および現在の医学的な問題と、他の家族がアルツハイマー病またはその他の痴呆にかかっているかどうかを尋ねるでしょう。

 教育、その他の文化的な要素により、心理・知能検査結果に差が生じることがあります。たとえば、英語がうまく話せないといった言葉の問題も間違いの原因となります。あなたの検査結果に影響を与えると考えられる言葉の問題は、どんなことでも医師に伝えるよう気にしましょう。

 あなたが服用しているすべての薬と、それらの服用期間を医師に伝えることは大切です。薬の副作用も痴呆の原因となるからです。医師の診察を受ける際にはすべての薬瓶と錠剤を持参しましょう。

 あなたは薬を何か服用していませんか?薬局で買った薬、目薬、アルコールでも精神機能を衰えさせることがあります。服用している薬は全て医師に伝えましょう。それらの薬を一度に服用しても安全かどうかを尋ねましょう。

  身体的診察

 体の検査により医学的な問題が痴呆症状を引き起こしているかどうかが分かります。迅速な処置により取り除ける症状があるので、この検査は大切です。

  精神機能の検査
 医師はあなたが一人で生活する能力に関する質問をするでしょう。家族や親しい友人にあなたが次のような活動をどのようにこなしているか尋ねる場合もあるでしょう。

 

小切手を書く、勘定を支払う、小切手帳の残高照会を行う。
一人で衣類・食料や日用雑貨品を買いに行く。
特殊な技能訓練を必要とするゲームをしたり、趣味に取り組む。
湯を沸かし、コーヒーを入れ、ストーブを消す。
テレビ番組、本、雑誌に集中し、理解し、そしてそれについて論じる。
約束、家族の行事、休日、服薬することを覚えている。
遠方に旅行にでる、車に乗る又は公共交通機関を利用する。

家族や親しい友人がこのような問題に答えられないこともあるでしょう。そのようなときは、医師はあなたに実際にその一連の小作業をするように言います(動作検査)。

  精神状態の検査

 そのほかのにあなたの精神状態を調べるために2、3のテストをします。これらのテストはたいてい2〜3問の簡単な質問です。それらは見当識・注意力・記憶力及び言語能力といった精神機能の検査です。年齢・教育水準・文化的影響が精神状態の検査結果に影響を及ぼすことがあります。主治医はこれらの要因を結果の解釈上で十分考慮します。

アルツハイマー病は2つの主だった能力に影響を及ぼします。

1 入浴・着衣・トイレの使用・食事・歩行といった日常の活動を遂行する能力。
2 電話の使用・家計のやりくり・車の運転・献立作り・本来の仕事といった、より複雑な作業を遂行する能力。

 アルツハイマー病にかかった当初は複雑な作業を行う上で問題が生じ、時とともに簡単な作業にも支障をきたすようになります。

  治療が可能な痴呆

 身体的診察が治療可能な痴呆を時に明らかにしてくれます。次のような原因で起こっている痴呆症状は、早期治療によって快方に向かうことがあります。

服薬(買薬も含む)
アルコール
せん妄
うつ病
腫瘍
心臓・肺・血管の問題
代謝障害(甲状腺の問題など)
頭部の損傷
感染症
視力・聴力の問題

 薬の副作用は治療可能な痴呆の最も一般的な原因です。高齢者はある特定の薬を服用すると副作用を生じます。同時に服用してはいけない薬があります。時には、服用量を適正にすることで症状を改善することができます。

 せん妄とうつ病はアルツハイマー病と間違われたり、同時に発病することがあります。これらの病気には迅速な治療が必要です。この冊子の巻末にせん妄やうつ病についての詳しい説明が記してあります。

  特別な検査

 可能な限り多くの情報を集めることはあなたの主治医が、初期のアルツハイマー病を診断する手助けとなります。更に検査を進めるために専門医を紹介されることもあります。

 特別な検査により、精神力の強さ・弱さを示し、病気の進行が軽度・中程度・重度のいずれかであるかを決めてくれます。テストによって加齢に伴う単なる変化なのかアルツハイマー病による変化なのかを明らかにすることができます。

 これらのテストを受けるためにの専門医の所へ行けば、その専門医は検査結果をあなたの主治医に返信してくれます。その結果は主治医があなたの病気の経過を観察し、処方箋を書き、治療効果を監視するのを助けます。

  正しい治療を受ける

 診断がアルツハイマー病であった場合は、あなたとその家族には考えておくべき深刻な問題があります。あなたの病状が進むと近い未来そしてその先に何が起こるかを医師と話し合いましょう。早い段階から援助を受けておくことがあなたにとって最も良いケアーとなります。

 検査の結果がアルツハイマー病ではないのに、症状が続いたり、悪くなっているときには、主治医の先生とともに再検討してみて下さい。さらに検査が必要となるかもしれません。その上で主治医が「あなたはアルツハイマー病ではない。」といってもまだ気になっているときは、他の医師に意見を求めるのもよいかもしれません。

 診断が何であっても、大切なのはその後のフォローです。

 どんな些細な症状の変化も報告しましょう。そして、何をフォローしたら適切か質問しましょう。主治医は、後々のために初診時に行った検査の結果を保管しています。身体的な問題を処置した後に改めて検査するとその結果は変わっていることがあります。アルツハイマー病が初期の段階で分かると、治療により軽い症状は治ることがあり、新しい境遇に順応する時間が得られます。その間にあなたと家族は将来のために経済的・法的・医学的計画を立てることができます。

  介護の分担

 あなたの健康管理のグループには、あなたのかかりつけ医、精神科医または神経科医、心理学者、治療専門家、看護婦、ソーシャルワーカー、カウンセラーといった専門家が加わっていることでしょう。これらの人々はあなたが自分の状態を理解することや、記憶するための補助器具を提案したり、できるだけ長く自活できるような方法をあなたに又はあなたの家族に教えたりする仕事を協同して行います。

 運転や料理のようにあなたやその周囲の人々に危険性のある行動については他の方法で物事を遂行するよう医師と話し合って探ってみましょう。

  家族や友人に伝える

 あなたがアルツハイマー病であることを知っている必要のある人々、たとえば家族、友人、同僚などにあなたの病気を伝える際には、主治医に助けを願い出ましょう。

 アルツハイマー病はあなた自身や家族に大きなストレスを与えます。あなたとあなたを介護する人は周囲からの援助が必要となるでしょう。多くの人とともに取り組むことで全ての人にかかっているストレスが軽減されるのです。

  どこで援助が得られるか?

 自分のアルツハイマー病を認めることは手に余ることです。自分の気持ちを家族や友人に打ち明けることが大切です。

 アルツハイマー病の患者、その家族、介護者は多様な援助を受けることができます。

  支援団体
 アルツハイマー病に関係している人々やその家族と話をすることが時には助けとなることがあるでしょう。アルツハイマー病を患う人の家族や友人で支援団体が組織されています。アルツハイマー協会は全国に活動グループがあります。多くの病院が患者や家族を助けるために教育プログラムや援助団体の資金を出資しています。

  経済的、医学的計画
 早期にアルツハイマー病の診断を受けることは、計画を立てるための時間を得るのに役立ちます。あなたや家族は、あなたがどこに住み、必要となったときに誰が介助をしてくれるかを決めておく必要があります。

  法的なこと
 法的なことについてもいくらか考えておく必要があります。弁護士は法的な助言を行い、あなたや家族が将来に向けて計画を立てるため手助けをすることができます。“advance directive(事前指示)”と呼ばれる特別な書類によって、あなたが、しっかり考えたり話したりできなくなった場合、周囲の人にどうしてほしいと思っているかを知らせることができます。

  その他の役立つパンフレット

 このパンフレットに書かれている情報は、“Recognition and Initial Assessment of Alzheimer's Disease and Related Dementias: Clinical Practice Guideline No.19”に基づいています。内科医、精神科医、心理学者、神経科医、看護婦、老人病専門医師、ソーシャルワーカーと一般を代表する2名という多彩な顔ぶれによって構成された訓練に関する委員会が、この指針を作りました。健康管理政策と調査のための機関(AHCPR)、the Agency for Health Care Policy and Research / an agency of the U.S. Department of Health and Human Servicesがこのパンフレットの作成を支援してくれました。AHCPRの発行するその他の指針もアルツハイマー病をもつ家族に役立つことでしょう。パンフレットには次のようなものがあります。

  うつ病は治療可能な病気である
 たいていの場合プロの手によって回復することのできる主なうつ的障害について書かれている患者のための案内書(AHCPR出版93号-0053)
  脳卒中からの回復
 脳卒中のあった患者さんが成功している最適かつ可能な回復方法の書かれた患者と家族のための案内書(AHCPR出版95号-0664)
  成人の尿失禁の理解
 どうして人は望んでいないときに排尿してしまうのか、そういう事態に対してなにができるのかが書かれている患者のための案内書(AHCPR出版96号-0684)
  床ずれの予防
 ベッドとの接触で発生する床ずれの症状とそれらを予防するための患者向けの案内書(AHCPR出版92号-0048)
  床ずれの手当て
床ずれに対する基本的な手当てについて書かれた一般向けの案内書(AHCPR出版95号-0654)

 以上のことやその他の案内に関する情報や、このパンフレットをもっとたくさん必要である等の問い合わせについては、800−358−9295(無料)へ電話するか、

Agency for Health Care Policy and Research
Publications Clearinghouse P.O. Box 8547
Silver Spring, MD 20907
までお手紙をどうぞ。

この小文は "U. S. Department of Health and Human Services, Agency for Health Care Policy and Research Rockville, MD 20852, AHCPR Publication No. 96-0704, September 1996" からの翻訳です。

ani021.gif (18502 バイト)用語説明

痴呆は、脳の働きが妨害された医学的な状態です。不安・妄想・性格の変化・自発性の減退・新しい技能取得の困難といった症状がみられます。アルツハイマー病の他にも、色々なタイプのや原因の痴呆があります。アルコール性痴呆・うつ病・せん妄・エイズ痴呆・ハンチントン病(神経系の障害)・炎症性の病気(例えば梅毒)・脳血管性痴呆(脳血管の病気)・腫瘍・パーキンソン病が挙げられます。

アルツハイマー病は痴呆の最も一般的なものです。何ヶ月も何年もかけて色々な段階を経て進行し、少しずつ記憶・理性・判断力・言語能力を失い、ついには単純作業すらできなくなります。

せん妄は、突然出現する一過性の、精神錯乱状態です。不安・失見当識・手指の震え・幻覚・妄想・支離滅裂な考えや言葉などの症状がみられます。せん妄は、短期間の病気・心臓または肺の病気・長期間の感染症・栄養失調・ホルモン障害のある老人が発病します。アルコールや薬物(治療用の薬物を含む)も錯乱の原因となります。せん妄は、生命の危険のおそれのある症状で、いち早く医学的な処置を施すことが必要です。

うつ病は老人にも発病する病気で、特に身体に問題を抱えている老人が発病し易いです。症状は、悲しみ・無気力・思考能力の低下や集中力欠如・絶望感などです。うつ病にかかった人々には、しばしば睡眠障害・食欲の変化・疲労感・焦燥感が生じます。多くのうつ病は治療可能です。