うつ病周辺での「心」の病気アラカルト

不安障害

うつ病の約4割に併発しながら
見逃されていることが多く、治療が難渋

監修:貝谷 久宣

医療法人和楽会/赤坂クリニック/日本不安障害学会


こころのサポート 第1巻第1号,通巻1号,2010年秋号,P24-28

不安はだれもが感じるごく普通の感情

 地震や台風のような避けがたい天災に対する不安だけでなく、ごく普通の日常生活のなかでも私たちは多くの不安と直面しています。そのたびに、ドキドキしたり冷や汗をかいたりします。このように不安は、脅威や精神的ストレスに対する正常な反応であり、だれもが経験するものです。つまり不安は、生き延びるための大切な機能の一つです。

病的不安とは?

 しかし不安には、日常生活に支障をきたすような病的な不安もあり、そのような場合は不安障害と呼ばれています。
 その一つに、日常生活におけるさまざまなストレスがきっかけとなって、通常以上の強い病的不安が長引くことがあります。これは全般性不安障害と呼ばれています。もう一つは、特別な理由がないにもかかわらずパニック発作と言われる急性の強い不安の発作を繰り返すもので、これはパニック障害と呼ばれています。パニック障害は、体には異常がないのに突然、動悸や息切れ、めまいなどが起こり、さらに強い不安にとらわれるパニック発作を起こすことが特徴です。

うつ病の約4割に不安障害が併発

 うつ病は、ほかの精神障害を併発することが多い病気です。精神医学では、これをコモルビディティー(comorbidity併発)と呼び、複数の病気が互いに無関係ではなく、何らかの関連を持ちながら併発することを意味します。
 アメリカで4万人以上を対象に実施された大規模な疫学調査(NESARC)の結果によれば、うつ病と診断された患者さんの約4割以上に不安障害が以前に、あるいは同時に認められ、さらに不安障害が何らかの気分障害を併発する頻度はさらに高く約7割にも及ぶと報告されています。不安障害がうつ病患者さんにこれほど多く併発しているということは、当院の日常診療でも経験している事実です。
 このように不安障害と気分障害の併発率は極めて高いにもかかわらず、日常臨床では不安障害を見逃したままうつ病の治療が続けられているケースが多いという問題があります。さらに不安障害に併発するうつ病の約半数は非定型うつと呼ばれる極めて難治性のうつ病であることも大きな問題です。

不安障害の種類

 不安障害の原因はまだ詳しくはわかっていませんが、その誘因や病態によって、パニック障害(誘因なく突然、激しい不安と自律神経症状の発作が起こる)、社交不安障害、強迫性障害、全般性不安障害、心的外傷後ストレス障害の5つに分けられます。当院を受診される不安障害のうち、特に頻度が高いものの特徴を紹介します。

パニック障害 -何でもないときに不意に襲ってくるパニック発作-

パニック障害とは
 パニック障害とは、身体的には原因がないにもかかわらず、突然、何の理由もなく不意にパニック発作が起こる障害です。この発作は強烈で、患者さんは腰が抜け、死んでしまうのではないかと恐怖し、救急車で病院へ運ばれる例もしばしばみられます。しかし、病院に到着したころには発作のピークは過ぎ去り、潮が引くように症状はみられなくなります。病院でいろいろな検査を受けても何も異常はみあたりません。発作は繰り返されることが多く、また発作が起こるのではないかと恐れ、発作によって大変な事態を招くのではないかと心配し、発作を恐れるあまり日常生活が大きく制限されます。
 当院におけるパニック障害の患者さんの場合では、初診患者さんの約3分の1でうつ状態を認められます。また、うつ病は生涯を通じてみると、パニック障害患者さんの約6割に出現することが分かっており、パニック障害とうつ病は密接な関係にあります。

パニック障害の治療
 パニック発作は「緊張時でないのにからだの警報装置が誤って働き、からだ全体に非常事態宣言を引き起こした状態」と考えることができます。この誤作動の原因はよく分かっていませんので、パニック障害の根治療法は今のところありませんが、SSRIと呼ばれる抗うつ薬で不安体質を改善し、その状態を維持させることは可能です。また、薬以外の治療法としては、認知行動療法も有効です。

パニック発作が起こった時

 発作が起きたら、周りの人は患者さんと一緒になってあわてないことが大切です。こわがると発作は余計に激しくなります。患者さんには楽な姿勢をとってもらったうえで、落ち着いてもらいます。上図のような姿勢をとると、自然に腹式呼吸となり、自律神経が安定してきます。周囲の人は患者さんの背中を静かにさすり、「大丈夫」と優しく声をかけます。また過呼吸が著しいときは、息を吸うことよりも息を吐くことに意識を集中させ、できるだけ息を長く吐くようにさせます。
 また、発作が軽い時には「すぐによくなる」と唱えながら、上図に示すような神門(しんもん)というツボを押さえると、神経が休まり気分が楽になります。

パニック障害のセルフチエック

 正しい診断は専門の医師によって行われるべきですが、突然わけもなく恐怖感にかられるような経験がある方は、その時の症状に当てはまる項目をチェックしてみましょう。

社交不安障害 -人前であがってしまって頭が真っ白-

社交不安障害とは
 社交不安障害とは、自分が注目される社会生活状況で、異常な恐怖感や緊張感を持ち、動悸、赤面、手のふるえ、こわばりなどの症状がでて日常生活に支障をきたす病気です。
 たとえば、会議での発言や結婚式でのスピーチでの異常な緊張感、さらには電話での応対とか、人前で字を書くというようなごく些細なことでも異常な不安を,感じる場合もあります。
 社交不安障害は人知れず悩むことが多く、社交的な障害をきたす病気です。また、この状態がこじれるとうつ病になったり、アルコール依存症におちいることもあります。

正しい診断が治療の第一歩
 社交不安障害は、「こんなことを言うのは恥ずかしい…」とか「性格だから治せるわけがない」というように誤解されることが多くありました。しかし社交不安障害の原因は、気持ちや性格の問題ではなく、脳内のセロトニンなどの神経伝達物質のバランスが崩れ、過度に不安を感じやすくなることが原因と考えられています。
 まず正しい診断を受けることが重要です。症状が似ているだけで違う病気であったり、ほかの病気を併発している可能性も否定できません。正しい診断を受けることが治療の第一歩です。
 治療の基本はSSRIや抗不安薬を中心とした薬による治療と認知行動療法です。認知行動療法は、なぜ不安や恐怖を感じるのかを知ると同時に、実際に回避してきた状況に立ち向かい、その場で不安をコントロールする方法を学ぶことが
でき、薬による治療と同時に行うとより効果的となります。

まわりの人にお願いしたいこと
 社交不安障害の患者さんが強い緊張や不安を覚えるのは「社会的な場面」です。家族や親しい友人との間では、ごく普通の対人関係を結べることが多いため、まわりにいる人はふがいなさを感じ、叱咤激励したくなりますが、これでは改善しません。

  • まわりの人が思っている以上に、本人は苦しんでいることを理解してください。
  • 「性格だからどうしようもない」とあきらめないでください。
  • 「受診したい」という相談を受けたら、それを止めるようなことはしないでください。
  • 「薬なんかで治るわけがない」などと言って、治療をやめさせないでください。

強迫性障害 -わかっているけれどもやめられない-

強迫性障害とは
 強迫性障害とは、ある特定の儀式を繰り返さないと物事を進められないなど、本人も不合理と理解している考えに支配されてしまう不安障害です。
 たとえば、外出する際に、カギがかかっているかどうかが気になり、それがどうしても振り払えないほど頭の中を占めてしまい、カギの確認を何度繰り返しても、心に生じてくる不快感や不安を取り除けなくなってしまうようなケースです。
 自分の意思に反し、無意味で、現実に関係ない考えが繰り返し頭に浮かび、その考えを払いのけようとしても、払いのけることができない状況を強迫観念と言います。強迫観念については、強迫観念の内容に悩む場合と、強迫観念自体には悩まないのですが無意味な考えをやめようとしてもやめられないことに悩む場合の二通りがあります。前者はいわゆる恐怖症で、強迫行為になることがあります。たとえば、何時間も手を洗い続ける不潔恐怖、間違いがなかったか何度も繰り返し確認する確認恐怖などが当てはまります。これらの行為は自分では馬鹿げていると思っていても、やめると不安になるためにやめることができず、そのため日常生活が著しく困難になります。

強迫性障害の治療
 強迫性障害の治療は、まず患者さんが治療可能な病気であることを確認することから始まります。薬による療法としては、抗うつ薬であるクロミプラミンが有効ですが、SSRIも比較的よく使用されます。また、このような薬とベンゾジアゼピン系の抗不安薬を併用すると効果が高くなります。しかし、強迫性障害は薬による治療だけで完治することが難しい病気であり、認知行動療法を組み合わせて治療することが望まれます。

全般性不安障害

 特別にはっきりした原因がないにもかかわらず、あらゆるものが漠然と不安に思える不安障害です。
 たとえば、子どもが交通事故にあったらどうしようとか、突然通り魔にあうかもしれないなど、通常ではあまりあり得そうにないことまで、日常的に不安になり、過剰な不安が起こります。

心的外傷後ストレス障害

 ある特異な恐怖体験によって、折に触れ、その時の恐怖や不安がよみがえり(フラッシュバックと呼んでいます)、平静ではいられなくなる障害でPTSDともいいます。
 たとえば、自然災害や悲惨な事故など生死に関わるような衝撃的な体験のために、心に深い傷跡が残り、月日を経ても忘れることができずいつまでも脳裏に残り、今も起こっているかのように悪夢におそわれます。
 私たちの身のまわりにはさまざまな不安があります。これらの不安がもとで起こる不安障害については、まだ明らかになっていないことも多くあります。そのようなことから、最近、「日本不安障害学会」が組織されました。今後、このような学会などを通して不安障害の診断や治療が、さらに進歩することが期待されています。