最近のうつ病と新しい抗うつ薬について

医療法人 和楽会 理事長 貝谷 久宣

 文化と生活様式の変化とともにうつ病の症状も変わってきている。旧来の、いわゆるメランコリー型うつ病は、他人配慮、八方美人、几帳面、仕事熱心な人に見られ、朝方抑うつ、早朝覚醒、食欲低下、過度の罪業感、時に自殺念慮があるのが特徴であるが、最近の若い人のうつ病はこれとは全く逆である。夕方から夜に悪化し、過食・過眠、激しい疲労感(鉛様麻痺)が特徴で、本来のうつ病は好ましいことがあっても全く気分がよくならないのに、このうつ病は好きなことにはよく活動できるという特徴がある。傍からは、勝手うつ病、お天気うつ病、おうちゃく者、怠け者と考えられてしまう。しかし、これもれっきとした病気で、本人の苦悩は並大抵ではない。われわれはこれを非定型うつ病と呼んでいる。疫学統計的には大うつ病の3割前後といわれているが、都市型うつ病の半数以上はこのタイプであろう。うつ病には励ましは禁忌とされているが、この種のうつ病には適当な激励(叱咤は禁忌)が大変重要である。

 最近はうつ病の特効薬としてSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が容易に使用されるが、残念ながら非定型うつ病には奏効しない。そもそも非定型うつ病の概念は、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)が特異的に効果を示したうつ病の一群が臨床的に特徴つけられたものである。本邦ではうつ病の適応を持ったMAOI(セレジリンは坑パーキンソン薬)はない。手持ちでこの病気に比較的よく効く薬は抗うつ薬のプロトタイプであるイミプラミンである。これはセロトニンもノルアドレナリンもほぼ同等に再吸収阻害し、その活性を高めるからである。同じ作用のSNRI(セロトニン・ノアルアドレナリン再取阻害薬−ミルナシプラン)はイミプラミンほど非定型うつ病には効果がない。この理由は定かでないが、イミプラミンのもつ副作用の源として嫌われている坑コリン作用が坑うつ効果に重要である可能性が考えられる。ノルアドレナリン・ドパミン再吸収阻害薬であるブプロピオンがこの非定型うつ病に効果を持つことが米国の研究で報じられているが、日本ではまだ治験段階である。現在、ミルタザピンも本邦で治験中である。これは、うつ病で悪さをしていると考えられているセロトニンB2、3受容体を遮断し、ノルアドレナリンの自己受容体アルファ2を阻害してノルアドレナリン産生を高めるマルチレセプター遮断薬である。ミルタザピンは、非定型うつ病の不安・焦燥を鎮めるのに適した薬物であると考えられるが、まだ、臨床的には使用できない。SNRIであるデュロキセチンとベンラファキシンは筆者のクリニックで治験中であるが、非定型うつ病に対する効果は期待できないようである。SNRIの作用を持ちさらにセロトニン2A受容体を遮断するネファゾドンもまだ日本には導入されていない。いずれにしろ、日本に生まれたうつ病患者は不幸である。なんとなれば、日本の抗うつ薬の臨床利用の現状は欧米より10年以上は遅れているからである。終わりに、脳内神経伝達物質と精神作用についての略図を掲げる。

日本で未発売の抗うつ薬
Bupropion (Wellbutrin)
NDRI (noradrenalin dopamine reuptake inhibitor)
Duloxetine (Cymbalta)
SNRI (dual serotonin noradrenaline reuptake inhibitor)
Mirtazapine (Remeron)
NaSSA (noradrenaline and specific serotonergic agent)
 アドレナリン性自己受容体の遮断でアドレナリンの産生を高め、serotoninの放出を促進する。さらに、セロトニン2A、2C、3受容体、ヒスタミンH1受容体を遮断する。
Nefazodone (Serzone)
SARI(セロトニン2受容体遮断、セロトニン・ノルアドレナリン(弱く)再取り込みポンプ阻害)
Venlafaxine (Effexor)
SNRI (dual serotonin noradrenaline reuptake inhibitor)

SNRIの分類
  セロトニンの再取り込み作用の強さ
  Venlafaxine > Milnaciplan > Duloxetine
  ノルアドレナリンの再取り込み作用の強さ
  Duloxetine > Milnaciplan > Venlafaxine