ストレス講座 〜その13〜

強迫性障害

〜わかっちゃいるけどやめられない〜

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 強迫性障害(強迫神経症)とは、簡単に言いますと「わかっちゃいるけどやめられない症候群」です。自分でも不合理だと思いながら何回も繰り返すので本人にとっては大変つらい病気です。よくみられるものは、トイレに人った後何回も手を洗う、ドアの力ギをかけたかどうかガス栓をしめたかどうか何回も確認するというものです。本来これらの行為は清潔を保ったり安全を確保するためにだれでも行いますが、それが何回〜何十回も確認しないと気がすまない
状態になると社会的生活に支障をきたすことになりなんらかの治療が必要となります。

 強迫には、強迫観念と強迫行為があります。強迫観念とは、特定の考え(観念)が頭に思い浮かび、何回も同じ考えを繰り返すものです。そして、「夜、泥棒に入られたらどうしよう」とか「明日、火事になったらどうしよう」というような不安に強く悩まされるようになります。強迫行為とは、不潔をおそれて何回も手を洗う、火事にならないように火の元を何回も確認する、仕事でミスをしないように書類を何回も見直すといった確認行動です。普通の人は1、2回確認すると安心して次の行動に移れますが、強迫の人は1時間も2時間も同じことを繰り返して次に進めなくなります。

 神経心理学の研究によれば、強迫性障害の人は「カギをかけた」という自分の行動を脳の記憶の中にしまいこむことには異常ないのですが、「カギをかけた」記憶を思い出す(想起する)ことが困難になっていることがわかっています。そのために、カギをかけたかどうかという疑問が生じ、「泥棒に入られるかも知れない」という不安が強くなって、またカギを確認するということを繰り返します。

 このように強迫観念や強迫行為があって社会的な生活が支障をきたしている場合に、強迫性障害(強迫神経症)と診断します。また、強迫に関連する病気としては、摂食障害、アルコール依存症、ギャンブル依存症、小児のチックや抜毛症などがあります。これらは、いずれも自分で「不合理だ」あるいは「体に悪い」と思いながらも同じ行動を繰り返してしまい、セルフコントロールできない病態と考えられます。

 強迫性障害の治療は、認知行動療法と薬物療法です。認知行動療法とは、「認知や行動の問題を合理的に解決するために構造化された治療法」で認知の歪みを修正する(考え方を変える)というものです。強迫性障害に対しては、「暴露反応妨害法(エクスポージャー)」といって、不安・恐怖場面に直面させながら不安反応をコントロールできるようにする治療法が用いられます。薬物療法としては、三環系抗うつ薬であるクロミプラミンが強迫性障害に有効であることが確認され、この病気の原因として神経伝達物質の一つであるセロトニンが考えられるようになりました。次いで、選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)が登場し、これが第一選択薬の地位を占めることになりました。その他には、不安のレベルを下げるという意味で抗不安薬が併用されます。

 強迫〜確認行為は、本来外界からの脅威に対して身の安全を守るための安全確保行動です。あるいは、不安・恐怖という不快な情緒を安定させるための行動によるコントロール法です。これが適切に行われれば何の問題もおこらないわけですが、気持ち的に余裕がなくなる、行動をコントロールできなくて過度に繰り返すようになると問題となります。したがって、日頃から心理社会的ストレスをためない、リラックス法を習得して不安のレベルを下げる、余裕のある生活を送って精神的にも余裕をもつ、一人でくよくよと考えこまないで相談できる相手(ソーシャル・サポート)を確保するなどが重要です。習慣化した行動を変更するのはなかなか大変です。「わかっちゃいるけどやめられない」ことをやめるのは至難のことです。自分一人では変容できないことでも、医師や心理療法士などの医療スタッフやあるいは家族の人の助けをかりれば何とかなるかも知れません。思いきって門をたたいてみましょう。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 34 2003 AUTUMN