ストレス講座 〜その15〜

ストレスと過敏性腸症候群

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 朝起きて、会社や学校へ行く支度をしているとお腹がゴロゴロなってトイレで下痢をしたり、通勤電車の中で急にもよおして冷や汗をかいたりということは、だれでも経験していると思います。こういう症状は、不思議と平日の朝に多く、昼や夜あるいは休日にはほとんどおこりません。その程度が軽ければ病気とも言えませんが、こういう症状によって出勤や登校するのに支障をきたしたり、電車に乗るのが恐くなったりという場合には、過敏性腸症候群というレッキとした病名がついています。

 過敏性腸症候群とは、明らかな器質的異常はありませんが、便通異常(下痢、便秘)と腹痛、腹満感などの症状を慢性的に繰り返すものです。大腸や小腸の運動や分泌が過剰になったもので、原因としては暴飲・暴食や刺激性の食事でおこることもありますが、大部分は心理社会的ストレスが強く関係しています。会社や学校にうまく適応できないときの身体反応としてあらわれることが多く、出社拒否症、登校拒否症の身体症状と考えられています。日本人の有病率はごく軽度のものまで含めると全人口の約20%と大変多いと考えられていますが、病院を受診する人はそのうちの20%くらいと推定されています。

 その症状は、下痢、腹痛、腹満感、便秘などで、主とする症状によって、下痢型、便秘型、下痢便秘交替型などに分類されています。また、精神状態としては、不安、過敏、緊張、焦燥、抑うつなどをともなうことがあります。性差は男:女=1:1.6で女性に多くみられ、男性は下痢型が多く、女性では便秘型が多い傾向があります。時に、乗り物中で強い腹部症状や気分不快を経験すると、「またお腹が痛くなったらどうしよう」という予期不安や乗り物に乗ることが恐くなる(広場恐怖)を合併することもあります。ちなみに、最近の私どもの調査においてパニック障害との合併が36%くらいにみられ、合併すると広場恐怖になりやすいことが示されています。

 診断のポイントは、
@器質的病変がないこと、A腹痛(腹部不快感)があって排便によって軽快する、B下痢、粘液便または便秘、C残便感があること、D症状が3ヶ月以上繰り返す、というものです。(表1を参照)したがって、同じような症状を呈する病変(例えば癌や炎症性腸疾患など)がないかどうかを注腸X線検査や内視鏡検査で確認する必要があります。

 内科的治療としては、食事療法や生活指導に加えて整腸剤や止痢剤などを処方します。生活上の注意としては、過労や睡眠不足にならないこと、規則正しい食生活の習慣をつけ、飲み過ぎ、食べ過ぎは控えるなどのしごく一般的なことが実は一番大事です。心療内科的治療としては、不安や抑うつ症状に対して抗不安薬や抗うつ薬を処方したり、自律訓練法を指導して、リラクセーションにつとめます。そして、力ウンセリングを行って、原因となっている心理社会的ストレス(心理的葛藤や不適応状態)の解消をはかります。また、乗り物恐怖に対しては、系統的脱感作法やエクスポージャーなどの認知行動療法を行い、乗り物に対する恐怖心を徐々に解消していきます。

 この病気になる人は、性格的に過剰適応(まわりに気を使いすぎる)、几帳面、内向的でなかなか自己主張ができない人が多いと言われています。こういう人は、くよくよと一人で悩むことが多く、それでよけいに暗くなってしまうので、日頃から相談相手をもち、気軽に相談したり率直に自分の感じていることを表現する練習をしましょう。

表1診断基準前提

症状を説明するだけの器質的異常または代謝異常がない。
腹痛または腹部不快感が、過去12ヵ月中の、必ずしも連続ではない12週間以上ある。
下記の2項目以上の持徴がある。
1.排便によって軽快する。
2.排便回数の変化で始まる。
3.便性状(外観)の変化で始まる。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 36 2004 SPRING