ストレス講座 〜その16〜

職場のメンタルヘルス

早稲田大学人間科学部教授
野村 忍

 現代社会は、技術革新やコンピュータ化、情報過多、国際化、バブルの崩壊による深刻な不況や高齢化など多くの難問に直面し、こうした社会環境の中で生活している現代人は多くのストレス状況を経験しています。例えば、厚生労働省の行った労働者を対象としたアンケート調査では、約60%の人々がなんらかのストレスを強く感じていることを報告しています。そして、それに伴うストレス性健康障害が増加する傾向にあり、これに対する対策の必要性が叫ばれています。

 2000年には、「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」が策定され、
@メンタルヘルスの基本的な考え方、A心の健康づくり計画、Bメンタルヘルスケアの具体的な進め方などの提案が出されました。そして、2002年には「過重労働による健康障害防止対策について」の指針が出され、過重労働防止のために労働時間を制限するという観点からの対策で、@時間外労働の削減、A年次休暇の取得促進、B健康管理に関わる措置の徹底などが提案されています。

 職域の中でメンタルヘルスを進めて行くには様々な問題をクリアしていく必要があります。例えば、プライバシーの問題、人事・労務などと健康管理スタッフとの関係、仕事の量・質・適性の問題などです。そこで、4つのケアに分けて考えてみましょう。

セルフケア
「健康は自分の責任で守るもの」が原則です。周りの人が何と言おうと自分の健康は自分で責任を持つのは当然です。ただし、「わかっちゃいるけどやめられない」ということで、大酒を飲んだり、ヘビースモーカーになったり、運動不足と飽食で肥満になったりとかなり不健康な生活を送っていることが多いものです。まだ健康な時から、健康についての正しい知識を持ち健康なライフスタイルを確立することが大切です。

ラインによるケア
自分で健康に気をつけていても、仕事の都合上残業したり休日出勤したり、仕事が合わないと思いつつもやむなく働かざるを得ないところに職場のメンタルヘルスの特徴があります。職場の中では、やはり仕事の裁量権のある管理職が部下の様子をみながら配慮する必要があるでしょうし、心身の不調をかかえている人には早めに対処することが重要となります。外傷などとは違って、精神的な問題はどこまでが病気かがわかりにくいので、周りの人が気がついたときには相当深刻になっていたというケースがままあります。したがって、ラインの人が十分に管理し早期に対処できるようなスキルを身につけることが求められます。

事業場内スタッフによるケア
産業医、保健師、看護師、心理相談員あるいは健康管理担当者が連係して対応します。メンタルヘルスケアとしては、
@ストレスに対する気づきの援助、Aリラクセーションの指導、Bカウンセリング・心理相談などがあります。ただし、健康管理室や医務室には、社員がなかなか相談しにくいという現状があります。職域の中を巡回したり、社内報で健康情報を流したり、最近ではネットを介してコミュニケーションをはかったりと社員が気軽に相談できる雰囲気づくりをする工夫が望まれます。

事業場外資源によるケア
どうしても職場内のスタッフを利用しにくい場合には、外部機関で相談をすることが必要になります。病院やクリニックあるいは心理相談の施設を利用することや、最近では会社が外部機関(EAPなど)と契約して社員が低料金で電話相談、カウンセリング、メール相談を利用できるシステムもありますので、これを活用するというのも考慮すべきでしょう。

 仕事をしながらストレス解消できるというのは理想的ですが、多くの場合は生活のために我慢しながらストレスを抱え込みながら黙々と働くということでしょう。しかし、健康を犠牲にしてまで働くというのは本末転倒です。元気で明るく仕事ができるように、個人のレベルでも、会社という組織のレベルでも様々な工夫を考える必要があります。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL. 37 2004 SUMMER