ストレス講座 〜その25〜

ストレスと音楽療法

早稲田大学人間科学学術院教授

野村 忍

 最近になって、音楽療法が注目を集め、CD屋さんに行くと「眠れない人のための音楽」や「リラックスするためのビデオ」などが山積みになっています。そこで、ストレスと音楽療法というテーマで考えてみましょう。

音楽療法の起源

 音楽療法の起源をたどってみますと古来からさまざまなところで音楽が療法として、あるいは癒しとして使われていることがわかります。例えば、旧約聖書のサムエル記には「神からの悪い霊がサウルに望むたびに、ダビデは竪琴を手にとってひき、サウルは元気を回復して良くなり、悪い霊は彼から離れた」という一説があります。サウルの状態を機敏に見てとったダビデが適切な音楽をかなでて治療したということで、これはある種の名人芸と言えます。しかし、ダビデのような即興演奏による名人芸からデータをきちんと集積してエビデンスのある治療法へと脱皮することが求められています。

音楽療法の展開

 近年になって、欧米では音楽療法は第二次大戦後の心因性疾患(戦争神経症、PTSDなど)あるいは心身障害児の治療にさかんに用いられるようになりました。日本では、高齢者の認知症(痴呆症)の患者に音楽療法を行って著明に改善した事例がテレビで放映されて急速に普及するようになりました。また、モーツァルトの曲が1/fゆらぎをしていて癒し効果があることが指摘され、ストレス解消、リ
ラックス効果についてさかんに研究が進められました。現在では、種々の心身症や神経症、慢性疾患や認知症、心身障害児など幅広く臨床の中で使用され、その効果が数多く報告されています。

音楽療法とは何か

 音楽療法には、大別して音楽演奏療法(能動的音楽療法)と音楽聴取療法(受容的音楽療法)があります。欧米では、音楽を一緒に演奏することによる能動的な感情表現やコミュニケーションの改善に焦点がおかれていますが、日本では患者の病態にあった適切な音楽を即興演奏であるいはCDなどで聞かせるという治療者主導の音楽療法が広く行われています。同じ音楽を媒体とする治療ですが、両者には適応疾患や治療効果にも相違点が少なからずありますので、これらの差異をきちんと明らかにすることも大切です。

音楽療法の効果

 音楽療法の臨床的な評価は数多く報告されていますが、音楽の特性と対象者の特性との関連や評価法についての問題などがあり、未解決のところがまだまだ多く残されています。評価法としては、音楽による心理的変化(気分、不安、抑うつ状態など)と生理的変化(血圧、心拍、脳波など)についてさかんに研究されてきて、ようやくエビデンスを集積しつつあるという段階です。先に述べましたように、音楽療法がある種の名人芸にとどまらず、科学的な治療法として確立するためには、どのような疾患(病態)にどのような方法を行って、どのくらい改善したかという情報をきちんと整備する必要があります。

音楽とストレス解消

 音楽には好みの問題や音楽にまつわる思い出(感情)など非常に個人的な要素が大きな影響をもっています。例えば、騒々しいロックを聴いて気持ちが爽快になる人もあれば、静かにゆっくりしたクラシックでないと落ちつかない人もいます。また、ある音楽を聴くと楽しい思い出にひたれたり、逆に悲しい気分で昔のことを思い出したり、感情記憶と密接に関わっています。したがって、一概に1/fゆらぎのモーツァルトが癒し効果があるとは言えません。要は、今の気分の状態にあった音楽を聴いたり演奏したりすることが大切です。これを同質の原理といって、気分の沈んだときには静かな曲を楽しい時には陽気な曲をというふうに処方します。

 音楽には、個人の好みの差やその時の気分状態によって違いはあるにしても、不思議な効果を持っていることは確かです。忙しい生活に追われてストレスいっぱいの毎日ですが、ちょっとの時間でも好きな音楽を聴いたり、たまには演奏会に出かけてみるのもよいでしょう。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.46 2006 AUTUMN