人が怖い「社会不安障害」は薬で性格まで治せる時代に

医療法人 和楽会 貝谷久宣

ばらんす 2007年1月号 p14-15

 極度の「あがり性」や「心配性」、人前で何かするのが怖い、人前で字を書くと手が震える、他人と一対一になるのが怖い、他人と接すると顔が赤くなる、心臓がドキドキする…そんな症状に悩む「社会不安障害」の人たちに、明るい展望が開けています。劇的に効く薬が登場して、治療後は人が変わったように明るくなっているのです。早くからこの病気の治療に取り組んでこられた貝谷先生に、お話を伺いました。

 「ええ、アメリカ精神医学会が決めた病態の新しい概念で、日本で昔から言われてきた対人恐怖症とほぼ同じですが、対人恐怖症に含まれていた妄想を伴う精神病的な症状は入っていません。例えば、自分の視線が非常に強いから相手を傷つけてしまう…といった視線恐怖などは、妄想性障害として、社会不安障害とは区別しています」

 「そうではありません。SSRI(
)という、うつ病の薬が、社会不安障害によく効くことがわかって、日本では2005年に社会不安障害への保険適用が認められました。製薬会社では治験(国の承認を得るための臨床試験)の段階から、この薬の効果について様々な方法でPRしてきたから、マスコミによく知られるようになったのでしょう」

 「好発年齢は十代半ばと三十代ですが、子供から高齢者にまである症状です。『気が小さい』とか『こだわりやすい』という、遺伝的要素も強い気質がベースにあって、年齢によって不安の現れ方が違ってきます。最初に出るのが恐怖症です。犬が怖いとか虫が怖いとかいうのは、子供のころからありますよね。もっとさかのぼれば、赤ちゃんの人見知りも。次に出るのが分離不安症。幼稚園に初めて行ったとき、お母さんが帰ろうとすると怖がって泣き出すとか。その次が高い所や狭い所などの恐怖症。小学生から中学生になると、人間が怖い対人恐怖症が現れます。引きこもりの何割かはこれでしょう。三十代の場合は、それまで社会人としてちゃんとやってきた人が、初めて管理職になって、職場であいさつしようとしたら言葉が出てこない…といったきっかけで発症する例があります。主婦の場合は、子供が幼稚園に入って、お母さん同士の付き合いがつらいと悩む人も多いですね」

 「いえ、書道の先生でもそういう人がいます。仕事で筆を持つときは何でもないのですが、結婚披露宴の記帳など、他人が見ているところで署名しようとすると手が震えるんですね。音大を出たバイオリニストで、大きな演奏会のステージだと手が震える、という人もいますよ。『人間は悲しいから涙が出るのではなく、涙が出るから悲しいんだ』と言った心理学者がいますが、『手が震えるから恥ずかしい』と『恥ずかしいから手が震える』は心身相関なんです。震えるという体の症状を取れば、心の緊張も治まります」

 「この薬は脳の中のセロトニンという物質が減少するのを抑えることで、感情を安定させます。もともとの治療目的のうつ病より、社会不安障害への効果が大きく、八割以上の患者さんに効いています。私は患者さんにこう説明するんです。『この薬をのむと、これまでは緊張したりドキドキした場面に出ても、それほど感じなくなります。あなたの神経が太くなりますよ』ってね。実際には最低一年以上のんで、緊張感のない状態での行動を続けて、その行動パターンが身に着いたら、薬をやめることができます。SSRIのほかに、すぐに緊張を和らげる抗不安薬や、心臓のドキドキを抑える薬も症状に応じて使い分けます。薬だけでなく、集団でスピーチをして自信をつけるなどの心理療法も取り入れています」

 「私は若いころからゼンソク持ちでね。だから健康法というより、気楽にしているのが一番いい。一年ほど前から瞑想に興味を持って、座禅を続けています。毎朝、食事の前にきちんと足を組んで座ります。結跏趺坐(けっかふざ)ですね。そして深呼吸をします。六十回の深呼吸で二十分ちょっと。それから般若心経を読んで、終わるとちょうど三十分。ゼンソクにもいいし、とてもすがすがしい気持ちで仕事にかかれます」

SSRI=選択的セロトニン再取込み阻害薬。社会不安障害に適用が認められているのは、マイレン酸フルボキサミン(製品名・デプロメール/ルボックス)。現在治験中なのは、塩酸パキロキセチン水和物(製品名・パキシル)。