食事と家族

 クリニックや相談室を訪れる子どもたちの、家族への不満の一つに、家庭の食事のつまらなさがあります。”楽しくないからせっかくの料理もおいしくない。同じ食事をしながら考えていることはみんなバラバラ。ダイイチ家族が全員揃うなどめったにないことなのだから。父親が仕事で帰りが遅い。母親にも仕事があり残業で夕食時に間に合わないことだってある。子どもたちには塾通いがある。それで普通なら比較的みんな揃いやすい筈の夕食もそれぞれ勝手となってしまう。また仮に揃ったとしても会話が弾まない”………というのです。

 10年程前のデータではありますが、日本体育・学校健康センターの「家庭における食生活実態調査」によりますと、一週間のうち家族揃って朝食をとる小学六年は、4回以上は54%、2〜3回が15%、1回程度が16%、全く揃わない子どもが14%もおりました。中学2年になると、4回以上揃っての朝食は42%、1回程度が24%、全くしないという子も18%で、小学生より全体的に家族揃っての朝食を取る回数が減っていました。夕食は朝食に比べ、家族が揃いやすいと思うのですが、それでも小学生の28%が2〜3回以下しか家族は揃わず、中学生だと39%が殆ど揃って食事をしていないのです。

 家族にとって食事どきは一日の中で、疲れを癒し、身も心も満たされる最も楽しい時間であるとともに、お互いの様子うかがいや平穏無事の確認をし合う大切な時間帯でもあります。それも手作りの料理が演出する家族団欒ムードな中でこそ各人それぞれその日の出来事を伝え合ったり、いつもの様子と違う家族にいち早く気付き、それとなく「どうしたの」と尋ねることもできるのです。

 ところが近頃ではこの食事の支度に時間をかけず、インスタント物や出来上がりの惣菜で間に合わせる家族が増えてきました。休日の朝には、喫茶店のモーニングサービスで済ませてしまう家族まで見かけるようになりました。

 ここで、「今は両親の共働きが多くなってきているのだから、母親が食事の支度に十分時間をかけられず、多少の手抜きがあったとしてもやむをえまい」とおっしゃる方がきっとおられると思います。

 でも私にはとてもそうは考えられないのです。家族機能の低下や、子育て不安の増大を危惧する言葉が至る所で聞かれます。家族の在り方が日を増して深刻に問い直されております。私どもの女子短大生を対象に行った家族アンケートでも、『今の日本、家族の絆が壊れやすいと思うか』の問いに、70%が壊れやすいと答えていました。また同じアンケートで27%の者が、家族は互いに黙っていたのでは分かり合えないとしておりました。

 あまりにも気忙しく、ゆっくりと語り合える時間の持ちにくいこんなご時世だからこそ、家族にとってみんなが揃う食事の時間は貴重であり、有効に生かすべきではないのか。食事の支度に時間のやりくりがつかないからとは、事情がどうであれ、これまでどうにか共働きを続けてこれた私には、努力不足の言い訳に聞こ
えてしまいます。毎日とまではいいません、せめて週に数回でもいい、子どもに対し親の手料理を作ってみせてほしい。こうして親が苦労して用意した食事だからこそ子どもや家族に”我が家の料理”を共に味わえる幸せと満足感をもたらしてくれるに違いないのです。

 前回は手伝いの効用について書きました。我々は小さい頃、食後少なくとも自分の食器は流し場まで運んで片付けさせられたものでした。家の手伝いは、食卓の配膳や片付けから始まったように思います。

 食事時間はまた家族にとって、子どもたちに対する躾の絶好の機会となりました。食べ物の有難さ貴さを、身をもって教えこまれました。現代人には想像を絶する食料難の時代でしたから、好き嫌いなどいってはおれず、偏食も食べ残しも勿論絶対に許してはもらえませんでした。空腹を満たす幸せのなかで、食事のマナーも言葉の基本もいつの間にか自然に身に付いておりました。普段は、みんな揃って”項きます”と唱和した後の食事開始でしたが、時には生家が禅寺ということもあって、食事への感謝の気持ちを表すお経(『五観の侶』)を唱することもありました。

一には功の多少を計り、彼の来処を量る。
ニには己が徳行の、全欠を付って供に応ず。
三には心を防ぎ過を離るることは、貧等を宗とす。
四には正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり。
五には成道の為の故に、今此の食を受く。

 このような食事場面に大概の人は堅苦しい雰囲気を想像されるに違いありません。ところが決してそうではありませんでした。我が家でも、そして度々泊まりがけで遊びに行った伯父の家でも、普段の家族の食事時間は、子どもたちならまず食べることに夢中、それからみんなの話がよく弾む楽しい一時でもあったのです。

 小児科医の巷野吾郎氏は「食べるということは、子どもが何歳であっても、どのような時代であっても、おいしく食べてこそ、体と人間の本能を満足させるものです。それには小さい時から家族全体で食事をする習慣をつけたいもの」(『乳幼児からの食事学』より)と述べております。

 私も全く同感なのであります。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.25 2001 SUMMER
岩館憲幸