音楽四方山話 〜家族をテーマに〜

 このシリーズもいつの間にか23回を数えることとなりました。

 これまで家族の有りようを、ただ興にまかせ、何の脈絡もなしに語ってきたように思います。そして今度も、ただの気まぐれ、独り善がりの音楽談義となってしまいました。

 できれば新年号にふさわしい話題をと考えているうちに、2002年、ウィーン・フィル恒例のニューイヤーコンサートは、来年秋からベルリン、ミラノ、メトロポリタンと並ぶ世界最高峰のウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任決定の小沢征爾が指揮するということをふと思い出したのです。それで今回は、音楽ファンにとってイチローのMVP獲得に匹敵するこのビックニュースにあやかり私も音楽を素材に、新春向き家族風メニューで、と少しばかりシャレてみたのですが…。

 まず家族がテーマの曲から。私の限られた知識の中で最初に挙げさせてもらうとしたらやはりそのものずばりの題名で有名な、リヒャルト・シュトラウスの「家庭交響曲」でしょう。ドイツ後期ロマン派最後の大作曲家といわれるR・シュトラウスの数ある表題音楽の中で特に有名なのが、世界映画史上に残る傑作「2001年宇宙の旅」の冒頭に流れる交響詩「ツアラストラはかく語りき」です。映画のオリジナル曲として欧米でミリオンセラーともなった、カラヤンとウィーンフィルによる1968年ロンドン盤は、私の大切なLPコレクションの一枚であります。

 R・シュトラウスは彼の創作オペラでヒロインを演じた歌手パウリーネと結婚、息子フランツと三人で営む家庭生活は幸せそのものでした。風景描写はもちろん、抽象的なテーマまで何でも「音によって描けないものはない」といっていた彼が、そうした幸せな家庭生活を音楽化したのが「家庭交響曲」作品53だったのです。

 曲は4つの部分で構成されており、(1)では夫婦を表す主題に、子供を表す愛らしい主題が登場。(2)では両親の幸せ、遊び回る子供の様子、疲れた子供への子守歌が描かれ、(3)では、仕事をする夫、思索する妻、そして「愛し合う夫婦の情景」が描かれた後、子供への母性愛を示す「夢と母親の心配」の描写と続きます。(4)は、朝の目覚めとともに再び遊びだす子供、夫婦の諍いと仲直りなどが描かれて、全曲の締めくくりとなります。演奏に約45分を要するこの曲は、彼の「妻と子供」に捧げられているのです。

 家族がテーマのポピュラー音楽といえば、シンガーソングライター、さだまさしの曲が思い出されます。

 少なくとも彼が、かってグレープとして活躍していた頃の歌には、家族や愛する人への思いを込めた情感あふれる歌が多かったように思います。当時の彼の代表作「精霊流し」、「無縁坂」、「僕にまかせてください」、「朝刊」、「親父の一番長い日」など、今でも多くの人達に愛唱されております。「精霊流し」は、その出来栄えはともかくとして彼の小説処女作品に姿を変えて出版され、今期のベストセラーとなりました。

 ここで心の癒しとしての音楽に話を転じたいと思います。

 今、癒しの音楽(ヒーリング・ミュージック)がブームになっております。たいていのCDショップにはヒーリング・ミュージックのコーナーが設けられ、自然・環境音楽や、カラヤンのアダージョ特集、ヒーリング・ミュージックの第一人者といわれる宮下富実夫のCDなどが、そして最近は若者達に異常人気の雅楽界期待の星・東儀秀樹の音楽がCDショップの売れ筋となっているのだそうです。

 音楽には心の癒しとしての長い歴史がありました。原始時代、音楽は呪術的なものと結び付いて治療に使われておりました。ギリシャ時代、哲学者アリストテレスは音楽による感情発散の効果を説きました。中〜近世の宗教音楽には精神的効用があると考えられていました。楽聖F・シューベルトは、歌曲『音楽に寄せて』D547の中で、音楽を惨めな生活において、「心を温かい
愛へと燃え立たせ、別のより良い世界へと移して、さらなる良い時の天を開くもの」として称えていました(石井誠士)。そして現代、様々なジャンルの音楽がストレスフルな人間関係や家族問題に不安や悩みを抱える人の心を癒してくれております。

 私には音楽、とりわけクラッシック音楽に格別の思いがあります。わが国のクラシックファンの裾野がもっと広がりを見せてほしいという願望があります。好きな音楽で、その時の気分にあったのが一番癒しの効果があるといわれております(同質の原理)。その意味ではクラシックにこだわる必要はないのですが、癒しの音楽として聴いてもらうことでクラシックファンになっていただけるのではと、敢えて最後に家庭向けのクラシック曲メニューを挙げさせていただきました。

「朝の快適な目覚めに」
J・S・バッハ/イギリス組曲1・3・6、チェンバロ協奏曲第二番−第二楽章、モーツァルト/ポストホルン・セレナード

「家事をしながら」
ムソルグスキー/展覧会の絵

「食事をしながら」
テレマン/食卓の音楽、大江光/大江光ふたたび

「眠れない時」
グレゴリオ聖歌、J・S・バッハ/ゴールドベルク変奏曲

「不安緊張の緩和」
J・S・バッハ/無伴奏チェロ組曲、ヘンデル/ハープ協奏曲

「子育てにイライラした時」
<ミス・サイゴン>オリジナル・ロンドン・キャスト(ミュージカル)

「落ち込んだ時」
<ヒルデガルト・フォン・ビンゲンとビルギッタ・フォン・シュヴェーデン>

「悲しい時」
ブラームス/クラリネット五重奏曲、チャイコフスキー/ピアノ三重奏曲イ短調

(参考文献)
宮本英世著「統クラシック名曲200選」
音楽之友社1995

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.27 2002 WINTER
岩館憲幸