新しい家族観との出会い
  −福島著「あれも家族これも家族」から−

 私はこのシリーズを思い付くまま脈絡のないテーマで、それでも良い家族関係という視点は変えずに語り続けてきたつもりです。

 ところがその一方で家族崩壊が叫ばれてすでに久しく、家族問題への様々な取り組みがなされているといわれる割にはその効果も期待どおりに挙がっていないようだ、だとすると今や家族という在り方が根本から問い直される時期に来ているのではという思いもあったのでした。

 そんな折たまたま目に止まったのが福島瑞穂氏の著書「あれも家族これも家族」(岩波書店)でした。弁護士で参議院議員でもある福島氏は、これからの家族の在り方は如何に在るべきか自らの体験と法律専門家としての立場を踏まえて、第一章の「結婚のゆくえ」から、以下「結婚届を出さない共同生活」、「子どもをめぐって」、「これからの家族」、「世帯単位から個人単位へ」、「高齢社会を生きる」、そして最後第七章「これからの死にかた」に至るまで、ドメステック・バイオレンス、シングルマザー、児童虐待、高齢者社会への対応、相続問題等々今の日本の家族が抱える様々な問題を整理分析し、今後の対応指針を明示してくれているのです。特に第四章「これからの家族」は勉強不足の私にとって初めて知らされる興味深い事実や教えられるところ多く、今後の家族の在り方についての示唆に富んだ提言と併せ印象的でした。

 著者はこの章で、「理想的な家族」もしくは「健康な家族」という言葉がこの時代にそぐわないものになっている、人びとのライフスタイルの多様化に伴う家族形態の変化を見据えた家族観の転換が必要であるにもかかわらず、わが国では相変わらずのステレオタイプな考え方や施策が先行している現状を具体的な事例を挙げて指摘しております。

 たとえば文部省検定で合格になった教科書と不合格になった教科書の比較があります。いずれも高校の「家庭一般」で、同じ出版社から出されたものだそうです。

 前者では、家族を「私たちは一生の間に、私たちを保護し援助してくれる出生家族と、成長後結婚し、出生家族とは違う構成員で作る創設家族という二種類の家族を経験することが多い。創設家族は、夫婦で子供を生み育てていく家族であるが、現在では夫婦のみの家族も増えてきている」と述べられ、しかもいずれの家族にも両親と子供二人の図が添えられ四人家族として表されているのには問題があると著者は指摘しております。著者福島氏は「おとうさんとおかあさんがいて子供が二人」揃って「健全な家族」なのだという認識を「子供たちに押さえてもらうことが重要であると考えているのではないか」と疑問を呈しているわけです。

 著者は、本教科書が「創設家族は、夫婦で子供を生み育てていく家族である」と定義づける一方で、「現在では夫婦のみの家族も増えてきている」と例外のあることにも言及しているが、家族とは、原則として「夫婦として子供を生み育てていく」ものであると限定した書き方をしていることに変わりがないというのです。このような書き方は、1994年の国連「国際家族年宣言」の中にある次の言葉「一国内、あるいは国に依って"理想の家族像も"大きく異なる。家庭に関わる政策の遂行において明示的であれ、唯一の理想的な家庭像の追及を避けるべきである」とは相容れないことになります。

 これに対して検定不合格になった教科書では、「わたしたちの多くは、家族の中で生まれ、育てられ、成長して、社会の一員として自立していく。しかし家族の存在、役割、在り方が変化し、多様化している現在、……わたしたちは、家族とは何なのか、改めて考えて見る必要があるのではないだろうか」とあり、家族は、核家族と拡大家族の二つに分けることができ、拡大家族には、直系家族と複合家族があると書かれている。一方検定合格の方は、核家族と、それ以外の血縁者を含む拡大家族(三世代世帯)に分けられるとしているため、あたかも家族には、出生家族と創設家族があり、それには、三世代家族と獲得家族の二つだけという印象が強烈となる。逆に不合格の教科書は、拡大家族の中に「複合家族」を明示して入れたことで、家族にもいろいろなものがあるという印象を与えてくれる。そしてライフスタイルがテーマの七章では、まず己の新しい生き方を探らせてから自分自身のライフデザインを考えることを課題とし、その中に、働くということと、結婚問題が入っており、そこまでは「自分探し」の教育や、「個性化教育」が重要だとしている文部省(旧)の方針と異なるものではない。著者福島氏は同七章の「(3)結婚とその課題」で「さまざまな結婚のかたち」として、「戸籍制度に疑問を持ち、結婚してもあえて結婚届を出さないカップルや互いの生活を大切にするため、別居生活を選ぶカップルなど様々である」という記述が不合格理由になったといわれていると述べた後で、この検定不合格教科書の「新しいパートナーシップを求めて」最後の記述「憲法に明記されている基本的人権の尊重と男女平等の精神を、実生活において真に根付かせていくことが求められていると言えよう。精神的にも、経済的にも、生活的にも自立した人間として、自分の人生を大切にするとともに、相手の人生も大切にする姿勢をもち、ともに生きる関係をつくっていきたい」に強く共感しているのです。

 検定に合格した教科書のように、ステレオタイプな家族観にもとづく「健全な家族」を教えこむことには大きな疑問がある。かかる「健全な家族」と相容れない子供に対し、不要な劣等感や差別意識をつくっていくことになるという福島氏のかかる指摘には、私も全く同感なのであります。

 家族が抱えている諸問題、家族内暴力、子育てや児童虐待、引きこもり、介護等全てが家族を越えた社会的支援体制抜きには解決できないものばかりです。今や旧来の家族観から、社会に開かれた新しい家族観に視点を変えて取り組むべき時期なのではないでしょうか。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
Que Sera, Sera Vol.31 2002 WINTER
岩館憲幸