パニック障害患者の心性D はまり易い人たち 元女優の佐世子さん(32歳)は興味深いことを話してくれました。彼女は現在主婦業の傍ら、仕事があると出かけます。その仕事というのはテレビコマーシャルにキャラクターとして出演することです。今、昔のように女優をやれといっても疲れ果ててしまうから決してもう女優はできないと佐世子さんは言います。俳優業というのはその役に完全にはまってしまわないとよい芝居はできないといわれています。悲恋の主人公であれば、真にその人物になりきって、恋いこがれ悲しみのどん底に陥らないとよい作品にはなりません。佐世子さんはパニック障害になってからというものは悲しい物語の中心人物になることはとても耐えきれない仕事になってしまいました。それを芝居として演ずるということが出来ず、本当に心の底から悲劇のヒロインになりきってしまうのです。ですから、心身共に疲れ果ててしまいとても苦痛だと言います。このような事実はパニック障害の患者さんははまり易い、言葉を換えて言えば、感情移入が上手すぎるのだと考えられます。 芝居を演ずる方ではなく、ドラマの観客としてもパニック障害の患者さんは、はまり易いといえます。ある歯科医の謹厳実直な患者さんがおられます。病気はパニック障害です。その奥様が先日忙しいからと言ってご主人の代わりに薬をとりにいらっしゃいました。その時こんなエピソードを聞かせていただきました。ある金曜日の夜、夕食が終わりなごやかな雰囲気の団らんの時間に、テレビではサスペンスドラマをやっていました。ご主人はパイプをくゆらせ、見るともなしにその画面を見ていました。ところが、突然、ご主人はキャーと大声をあげ頭をかかえて部屋の隅のソファーにうずくまったそうです。その奥様と同席していたお嬢さんはいったい何が起きたのか一瞬さっぱり、わからなかったようです。しかし、テレビの画面に目を移すと血が滴る包丁を持った女性が放心状態で立ちすくんでいる場面でした。このご主人はテレビの殺人場面をあたかも自分の周囲に現実に起こったように思いこんで恐怖の悲鳴をあげたのでした。診察室で話を聞いていると、テレビの殺人場面を見てパニック発作になりかけた又は発作を起こしてしまったという患者さんは結構しばしばお目にかかります。多くのパニック障害の患者さんは、楽しい場面にではなく恐ろしいまたは悲しい場面に容易に感情移入してしまうようです。これと同じように、救急車の音を聞くだけで、自分にも何か悪い病気が起こるのではないかといやな気分に襲われると述べる患者さんは数多くいます。 御殿場でドライブインを経営する傍ら、焼き物を生涯の仕事と決めた福田さんは病状の悪かった頃のことを次のように回想し、述べてくれました。土をこね轆轤(ロクロ)を回していると自分が轆轤の中に吸い込まれてしまいそうでめまいが生じ、恐ろしくて仕事ができなくなったそうです。私はこのような現象もパニック障害患者の”はまり易さ”に相当するものと思っています。 「はまる」「填る」「嵌る」という言葉は広辞苑でひいてみますと@落ち込む・側溝にはまるAかかわって身動きできなくなる−アクニハマルB計略にひっかかる−うまくはまったC女色に溺れる−遊女にはまるDぴったりとはいる−型にはまるEあてはまる−条件にはまると意味深長です。勿論、”パニック障害患者は嵌り易い”という時はAの意味になると思います。さて、パニック障害患者がはまり易いということは、何かその基になる精神的な特性があるのでしょうか。私のクリニックでは来院した患者さんには殆どすべて東大式エゴグラム(TEG)という簡単な心理テストをやって項いています。パニック障害の患者さんの半数前後は、「批判的な親の自我状態(CP)」と「順応した子供の自我状態(AC)」の得点が高く、「大人の自我状態(A)」の得点が低いX型です。「大人の自我状態」とは、物事を冷静に判断し、ことの成り行きを推定し意思決定を行い判断をくだす能力です。このような能力は現実生活では非常に大切ですが、過度になると、情緒欠如、無味乾燥なコンピューター人間になってしまいます。パニック障害の患者さんはAが低いのでこの反対になります。すなわち、物事を感情的に判断をする傾向が強く、理詰めで考えず直感的な行動をするタイプの人です。端的に言えば、Aの低いパニック障害の患者さんは情緒豊かであるが、理性に欠ける傾向にあるといえます。また、全体的にはX型を示しますから、批判的で厳しい面を持つ一方、主体性を欠き、本来の自分が生かされないため欲求不満が生じやすく、広く世間をみて情勢分析をして理性的な判断を下す事が少ないので、一人で悩む葛藤タイプ−井の中の蛙型であることが多いようです。このような行動パターンを示すことの多いパニック障害の患者さんの目立った特性として”はまり易さ”がみられるのだと考えられます。 では、”はまり易さ”から脱却するにはどうしたらよいのでしょうか。一口に言えば、「大人の自我状態」Aを高めるように心がけたらよいといえるでしょう。具体的には、事実に基づいて物事を判断し、現実を客観視し、あらゆる情報を収集する態度が大切です。そして、その上で、コンピューターのように物事を冷静に判断し行動していくように心がけることだと思います。 医療法人 和楽会 |