パニックの認知療法 @
〜呼吸を整える〜
もう十年も前のことになります。当時、私はフィラデルフィアにあるペンシルベニア大学で、これからご紹介する「認知療法」と呼ばれる治療法について学んでいました。
うつ病に対する効果的な精神療法としてアメリカの精神医学会で注目されるようになっていた認知療法が、パニック障害を治療の対象として、新たな展開を見せ始めていた時期でした。
留学後まもないある日のことです。臨床部門の責任者であったフレッドを探して、私は慣れないムードクリニック(ペンシルベニア大学認知療法センターの外来部門)の中を右往左往していました。
ちょうどソニーの少し古めかしい録音機器がある部屋の前を通りかかったときです。何やら切迫した人の息遣いが聞こえてきます。二人の人がしきりに呼吸を合わせているようなのです。一人は経験が乏しいのか、何度試ても挫折してしまうらしく、もう一人がしきりに励ましています。繰り返されるその激励の声が息遣いに混じって聞こえます。どうもフレッドの声のようでした。
数日後、認知療法の生みの親であるベック教授のセミナーの日でした。過呼吸によるパニック発作の誘発について講義があった後、呼吸調節法に話題が及びました。
ここで、過呼吸によるパニック発作の誘発とはどのようなことか、まずご紹介しておきましょう。
……これからあなたに深呼吸をしていただきたいのです。鼻と口の両方を使って、できるだけ早くできるだけ深い呼吸を二分間していただけますか?最初は私がやり方をお教えします。深呼吸に対するあなたの反応をいっしょに見てみたいのです。よろしいですか?それでは始めます。こんなふうにやっていただけるといいのです(口を開けて、早く、そして深く呼吸してみせる)。おできになれそうですか?ではやってみて下さい。私もいっしょにやりますから(深呼吸を始める)。そうです。とても上手です。もっと深く、できるだけ深くして、空気をみんな吐き出して、いっぱい吸い込むようにして。その調子です。もう30秒経ちました。
……あっ、本当に、失神してしまいそうな感じになってきました。頭もふわっとしてきました。本当にめまいがしてきました。口がからからになってきました。
……もうあと10秒くらいです。さあ、止めて下さっていい
です。それでは、目を閉じて、今の状態をご自分でよく観察して下さい。目を開けて、どんな感じがしたかを、このチェックリストを使って記録して下さい。
……何かだるい感じです。手の先がしびれたようだし、汗も少し、心臓が踊っています。頭が変で、眠たいような。とにかく不安でした。失神して倒れてしまいそうな感じでした。
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過呼吸によって誘発された身体的・心理的状態が、自然に起こる発作とよく似ているようなら、次に呼吸調節法を練習することになります。
……さっきは深呼吸を始めて30秒くらいから変化がありましたね。そのとき、呼吸の仕方を自分で変えてみたら、どうでしょう?練習してみましょう。はじめはさっきと同じです。口を開けて、思いっきり深く吸って、全部吐いて。30秒過ぎました。感覚が変化してきたら、今度は口を閉じて、鼻から呼吸して下さい。ゆっくり、規則正しく、リラックスして。そう、もう少しゆっくり。どんな感じでしたか?
……頭がふわっとしてきて、めまいがする感じで。
……30秒経つと、頭がふわっとしてきて、めまいを感じ始めた。それで呼吸の仕方を変えて鼻からゆっくり呼吸するようにしたら、その感覚がどうなりましたか?
……そうですね。いくらかその感覚が減ってきたような感じでした。
……呼吸を調節すると気持ちも落ち着いてきましたか?
……はい。たしかに気持ちが落ち着いてきました。
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フレッドがデモンストレーションの相手に私を選びました。深呼吸をする私の息遣いに混じって、フレッドの激励する声が聞こえます。呼吸が切迫してきます。頭が少しぼんやりしてくるようでした。
文 献
井上和臣 認知療法への招待(改訂二版)
金芳堂京都 1997
鳴門教育大学人間形成基礎講座教授 井上和臣
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