パニック障害患者の性格特性

医療法人 和楽会 理事長
貝谷 久宣

 パニック障害患者の中に際だった行動パターンを示す人が時にいます。筆者はこのような患者をすべて性格障害と片づけるつもりは毛頭ありません。「性格障害」とはっきり診断するためには、その人の属する社会の一般的常識から著しく偏った行動パターンを持続的に示し、それが本人または周囲の人にとって非常に大きな苦痛を引き起こし、社会生活をしていく上で大きな支障となる状態が示される必要があります。性格障害とはっきりと診断できる人々がパニック障害患者の中に際だって多いと言うことはないと考えます。ただ、パニック障害患者の中にはある性格特性を示す患者が多い可能性があります。このような問題に大阪市立大学精神医学教室は真っ正面から取り組んでおり、そのうちに詳細なデーターが発表される予定だと聞いています。ここでは、現在の筆者の考えを少し述べたいと思います。

 パニック障害と性格障害の関係を考えてみたとき、ある特定の性格であったからパニック障害にかかったと言うことは多くはなさそうです。パニック障害にみられる性格障害は元来の性格とその人を取り巻く環境を基盤としてパニック障害という慢性疾患が大きく影響して成立してくるものだと考えられます。ですから、パニック障害という病気にかかり長い間その病気に苦しんでいる間に性格が変化していくと考えることが出来ます。ではどのように変化していくのでしょうか。パニック障害でしばしば見られる性格について述べましょう。

 パニック発作に対する対処法の違いから人の性格を眺めてみると大変興味深いことがわかります。パニック発作を経験する患者が示す行動特性は大きくニつに分かれます。一部の患者は、パニック発作が起きたときすぐ逃げ出せる態勢を望みます。そして他人に迷惑をかけることを嫌い、一人で発作に耐えようとします。このような患者は男性に多いです。元来、人に頼ることを好まず自主独立を旨とする自力本願の人たちですが、比較的少数派です。大部分の患者、とりわけ、女性の患者はパニック発作が生じたとき人に助けを求める行動をとります。他人の助力を頼みにし、他人の世話になりたいと考える他力本願の人たちです。このような依頼心の強い人々の中には、パニック発作を繰り返すたびに人の世話になり、自信をどんどん喪失して行きます。その自信喪失が、パニック発作が生じるという状況以外にもさらに広がっていき、生活のあらゆる分野で自己不信が募っていきます。このような患者の周囲に”全面的に”世話をしてくれる人が存在すると、依存性性格が発展していきます。全面的に世話をしてくれる人は配偶者であったり、親であることがもっとも多いようです。時には世話をされたいために大きな犠牲を払う人も多々います。たとえば、夫が浮気を繰り返したり、暴力的であったりしても、頼る人がいないために夫婦関係をやむなく続けなければならない患者さんがいました。初診の時、筆者に、”元気になって離婚できるようになる”のが治療目標ですと訴えた患者さんがいます。また、面倒見がよいからと言う理由で、元来そのような趣味はさほど強くないのに同性愛関係を結んでしまう女性患者、その依存性格のために親子ほど歳の差がある年長者と結婚する例を筆者は時に見ます。14歳の時発病し、20年近くパニック障害に苦しんでいるある患者さんがいます。彼女は経済的に恵まれた環境に育ちましたが、パニック障害のため高校を中退してしまいました。父親が亡くなってから母親と二人だけの生活になり、この10年近く殆ど職に就いたことがありません。120%母の世話になっています。母親無しでは毎日の生活を過ごすことが出来ない状態です。彼女が筆者に宛てた手紙の一部を紹介させていただきましょう。

 「今、混乱しています。好きな人や友人、大事な人たちを失いそうで……この病気になっているからではありません。人を傷つけたり、ついマイペースになりすぎて、人の気持ちを考えなかったり…と、今までも判断できないことばかりでしたけれど、今回それが全部気になってしまう状態です。すごく苦しいです。ひとりぼっちの気分です。世の中の人全員が孤独に苦しんでそこを乗り越えてきたのかもしれませんけれど、私は自信がなくなってしまう。すごく不安に支配されてしまう。こういうふうにいつから考える癖がついたのか?もしかしてこれが私の病気の根本なのでしょうか。すごくこわいのです。……先生も含めて、今の私の状態にやさしくしてくれる人は何人かいるけれど、私はその人達を失うのがこわいんです。自分はただ甘えているだけなのだろうか、また、傷つけたり怒らせたりしないだろうか、不安です。」

 依存性が昂じた人を「依存性人格障害」と専門的には診断します。表に、米国精神医学会の出している「依存性人格障害」について示します。

依存性人格障害(DSM-WTR(2000)筆者訳)

 世話をされたいという過剰でとどまるところを知らない要求により、人のいうなりになり、また人にまといつく行動が生じ、分離不安がみられる。青年期に出現し、次に示すような5つ以上の状況で明らかにされる。
1 他人から過剰のアドバイスを受けたり保障をされないと日常的な出来事も自分で決めることが困難
2 生活上の多くの場面で他人に責任をとってもらうことを必要とする
3 支持や賛意を失うことを怖れるために他人に自分との意見の違いを表明できない
4 自分自身で計画を立て実行することが困難(動機や気力がないためではなく、自分で判断したり実行することに自信がないため)
5 他人の世話や支持を取り付けるため、あらゆる努力を惜しまず、不愉快なことも進んでする
6 セルフケアーができないという誇張された恐怖のために、ひとりになると落ち着かず当惑する
7 親密な関係が失われるとすぐに世話や支持をしてくれる別の人を求める
8 世話をされずに放置されるという非現実的な恐怖感で頭がいっぱいになっている。

 いったい、世の中には依存性人格障害の人たちはどのくらいいるのでしょうか。最近、オスロに住む18歳から65歳の人々2,053人についての疫学研究によりいろいろなタイプの性格障害の発生率が調査されました。その結果、依存性人格障害は全人口の1.5%であることがわかりました(Torgersen S et al, Arch Gen Psychiatry 2001;58:590)。北欧の状況と日本のそれとを即座に比較することは出来ませんが、我が国でも数%の人々が依存性人格障害であると考えることが出来ます。この比率は、広場恐怖のあるパニック障害患者では数倍に増加するであろうことは容易に想像できます。パニック障害患者の性格障害に関する最近の研究によると、依存性性格のような人格障害の発生は、パニック障害の発症が若いことや、その罹病期間の長いことと関係していると言われています (Latas_M et al, Compr Psychiatry, 2000,42:28)。最後に、運悪くパニック障害にかかってしまった人が依存性人格障害に陥っていかないようにするにはどのようにしたらよいかを考えてみましょう。患者を依存的にするのは「病的な不安−理由のない不安」です。ですからまず、パニック障害という病気を徹底的に治すことです。そして病的不安のない日常生活を作ることです。つぎに、患者は自分に厳しくすることを心がけ、頑張ることが大切です。パニック障害患者は心身ともに自己鍛錬が必要です。看護する人たちは患者の気持ちを理解しながら、愛情と理性を持って患者と多少とも距離を持ち、患者を甘やかさないことです。患者が不憫でたまらないと感じる親の盲愛がもっとも有害です。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.25 2001 SUMMER