平成13年度パニック障害研究に関する二つの集い

  不安・抑うつ臨床研究会の年間三大イベント(不安の医学 都民講演会、三井の森ワークショップ、パニック障害セミナー)のうち後者2つがこの夏に開催された。これら2つとも専門医向けであるが、その内容について簡単にリポートする。

ワークショップ:パニック障害の精神病理学

時 :平成13年8月25・26日
場所:医療法人和楽会 セミナーハウス(三井の森)

8月25日16:30 
「S.フロイトと森田正馬のパニック障害について − パニック障害の比較文化精神医学的考察」山田和夫(横浜市立大学医学部附属市民総合医療センター助教授)
  二人の精神療法の大家である森田もフロイトもパニック障害を患い、自分の経験から精神療法を編みだしたと言われている。演者は両精神療法家のバイオグラフィーを紹介し、彼らの精神療法が生まれた背景について述べた。

8月25日17:30
「江戸期におけるパニック障害の心理療法」高橋徹(東京国際大学人間社会学部教授)
  演者は、万延元年(1850年)今泉玄祐が著した「療治夜話」という本のなかのパニック障害患者の治療について紹介した。患者は28歳になる農夫の妻で出産後からめまいを主とするパニック発作により5年間閉じこもったままであった。明るいとめまいを生じ目を開くことが出来ず、立ってもめまいが起こるからと言って暗室に臥したままの重症患者であった。玄祐は「移精変気の法」を用いて治療した。玄祐は、心気病というクセの病気あると夫に説明し、もしめまいが起きても特効薬をもっているから死ぬことはないと患者を安心させた。そして、目を開いて明るいところに出るように命じた。玄祐が患者の手を取って明所に出し、頭を上げさせ開眼させたが発作は起こらなかった。患者は、5年間見ていなかった外の風景がまったく異なっていると感激する。周囲の者はすべて大いに喜びこれ以来患者は快方に向かった。今泉玄祐の治療は今様に言えば「説得療法」であり「暴露療法」でもあった。

8月26日9:00
「New Developments in Self-help for Panic Disorder」Prof.Issac Marks(Institute of Psychiatry, King's College London)  
  演者は恐怖症の行動療法の第1人者である。広場恐怖や対人恐怖に対する行動療法とりわけ「暴露療法」の自己治療プログラムのコンピューターソフトが英米共同で作成された。「Fear Fighter」と呼ばれるPCで行われる対話式のソフトである。この治療成績は行動療法家がやった場合と比べて勝るとも劣らないという研究データーが報告された。日本にもこのプログラムが導入できないか不安・抑うつ臨床研究会で検討中である。

8月26日10:30
「広場恐怖を伴うパニック障害に対する集団認知行動療法」坂野雄二(早稲田大学人間科学部教授)
  演者らは赤坂クリニックにおいて広場恐怖の行動療法を施行している。このグループ治療の成績は各個に行われる精神療法によるよりもむしろ優れている可能性が報告された。

8月26日11:15
「パニック障害に性格変化は起こりうるか?」貝谷久宣(医療法人 和楽会 理事長 東京大学医学部心身医学非常勤講師)
  163名のパニック障害患者についてアンケートの結果が報告された。パニック障害の発病により自分の性格が変わったと申告した患者は58.9%(男性54.9%:女性60.7%)であった。そのマイナス思考的変化は、消極的、神経質、悲観的、内向的などであり、プラス思考的変化は、他人の気持ちがわかる、自己中心的になったというものなどであった。マイナス思考的変化を訴えるものが全体の85.4%であった。自分の性格が変わったと訴える患者はそうでない患者と比べると、受診年齢が若く、予期不安や広場恐怖が高度で、抑うつ傾向が強く、異性との間のストレスが強く、QOLが低く、服薬量が多かった。すなわち、ストレスが強く重症の患者は自分の性格が変わったと感じている。このような客観的なデーター以外に、一部のパニック障害患者には、依存性、感応性、直情性、過関与、自己中心性、および怒り発作の存在が臨床観察から認められることを演者は言及した。

「パニック障害における人格障害」切池信夫(大阪市立大学医学部神経精神科教授)・池谷俊哉(大阪市立大学医学部助手)
  演者の教室のメインテーマは摂食障害である。摂食障害にパニック障害が合併することをしばしば経験した演者はこの病気に興味を持つようになった。そして、パニック障害に合併する摂食障害をはじめとする種々な人格障害(回避性、依存性、強迫性、境界性、演技性、自己愛性、妄想性など)について研究がなされた。このワークショップではパニック障害患者を念入りに診察する半構成質問紙法を使用して各人格障害の有無が検討された。


  このワークショップにおいて樋口輝彦 国立精神・神経センター国府台病院院長の司会により、田島治杏林大学保健学部教授、原井宏明国立病院菊池療養所臨床研究部長がコメンテーターとして出席し活発な討論がなされた。この記録は平成14年初頭に日本評論社から「パニック障害の精神病理学」として、「パニック障害患者のstress coping」竹内龍雄(帝京大学医学部市原病院精神神経学教授)の論文も加わり日本評論社から出版される予定である。次に、パニック障害の診療に熟達する臨床医が増えることを願って不安・抑うつ臨床研究会が開催している「第4回パニック障害セミナー」のプログラムだけを示す。この第4回パニック障害セミナーの出席者リストは事務局から入手可能。


第4回パニック障害セミナー

時 :平成13年9月1・2日
場所:日本海運倶楽部2Fホール

9月1日14:00
「BEHAVIOR THERAPY OF AGORAPHOBIA」座長:坂野雄二 演者:ロンドン大学客員教授 Isaac Marks

9月2日午前:セミナー
9:00 「睡眠生理から見たパニック障害」座長:久保木富房 演者:順天堂大 井上雄一
10:00 「パニック障害の薬物療法について思うこと」座長:樋口輝彦 演者:金沢大 越野好文
11:00 「パニック障害の認知療法」座長:野村忍 演者:鳴門教育大 井上和臣
12:00 「パニック障害の薬物療法と行動療法の併用療法」座長:貝谷久宣 演者:帝京大 竹内龍雄

9月2日午後:エキスパート会議(14:30)
 「高次脳機能とパニック障害」司会:貝谷久宣 演者:大分医科大 穐吉篠太郎
 「臨床薬理と生理学的知見から垣間見えるもの」司会:坂野雄二 演者:順天堂大 井上雄一
 「パニック障害の疫学…本邦における知見と文献展望…」司会:野村忍 演者:東京大 佐々木司

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.26 2001 AUTUMN