パニック障害と占い
― 占い・シャーマニズムと不安障害 ―
昨年5月8日、9日に、沖縄で第44回日本心身医学会総会が開催されました。その折の琉球大学石津宏教授による会長講演「心身医学、精神衛生とヘルスプロモーション―健康・長寿への道程 salutogenesis」は、沖縄の風土や風習に触れた大変興味深い話でした。その中で沖縄のシャーマニズムに触れられ、私はユタ(沖縄の巫女)に強い関心を持ちました。その際、沖縄滞在中にユタに会えないかと考え、たまたまホテルのロビーにいた数人の地元女性に聞いてみました。日焼けしたたくましい高齢の女性がまったく理解不可能の方言で答えてくれました。たまたまその中に標準語を話す婦人がいてホテル近くの宜野湾市にユタが住んでいることを聞き出しました。その不確かの情報だけでタクシーに乗り、運転手に探してもらいました。そのお宅は見つかりました。しかし、残念なことに、そのユタは最近亡くなられたということで目的を達することができませんでした。私はユタに会えなかった代わりに会長講演で知った斎場御嶽(セーファウタキ)に行きました。ここは、平成12年12月2日世界遺産に登録されたところです。斎場御嶽は沖縄における最も高貴な霊地といわれています。そこは琉球の開闢神「アマミク」が作った聖域であり、この斎場御嶽の位置する知念半島の東に位置する神の島といわれる久高島から聖なる白砂を運びいれ、国家的な祭祀が執り行われ、国王しか入ることができなかったという場所です。とりわけ、琉球各地で祭祀をつかさどっていた女性神官ノロの総元締め「聞得大君(きこえのおおきみ)」の就任式「御新下り(おあらおり)」がなされたということでした。琉球城内にある広間と同じ名を持つ三庫理(サングーイ)という拝所は、二枚の巨岩が互いに寄りかかって三角形の洞門の様になっています(写真1)。この岩の間を抜け海の見える明るい場所に出ると久高島が見えます(写真2)。ここから、この神の島に向かって遥拝したわたしはたいへん厳かな気分になりました。やはり、霊地とか聖地といわれる場所は人の心を落ち着かせ宗教的感覚を呼び起こす何かがあると思いました。
写真1:三庫理
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写真2:久高島
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そして、1年後にまた、わたしは沖縄を訪問する機会を得ました。これは(社)日本筋ジストロフィー協会沖縄支部総会で講演を依頼されたからです。厚生労働省筋ジストロフィー研究班の先生方に最新の研究成果が示されたスライドをお借りして私は講演をしました。筋ジストロフィーの新しい治療法についての私の話しを沖縄の患者さんたちは非常に期待を持って聞いてくれました。さて、昨年の無念を果たそうと、今回の沖縄訪問では前もって高峰支部長にお願いしてユタを探していただきました。そして、5月29日の午前那覇市内に住むユタを訪問することができました。そのユタは、想像していたよりもずっと若い50歳前の女性でした。休日で妻の世話をする夫と浪人中の娘さんが一緒に住んでいました。こざっぱりとした家の一部屋に祭壇が飾られていました。霊媒を降ろす前にろうそくに火を点け、手を合わせ簡単な礼拝をしました。そのユタは私の両親の生死の年月日と、墓・仏壇のある場所を聞いただけで死霊との交流に入りました。彼女には少しも仰々しさは感じられず、特別な身振り・形相をするわけでもなく、机に向かい霊との会話を淡々と筆記し、文字で満たされた紙を私に1枚ずつ渡してくれました。霊界の私の両親は私たちの状態に満足していると聞き、私は納得して2時間半の行事を終えました。
その後の雑談のなかでこのユタは私が精神科医であることを知ると、「私を調べたいのではないですか? 私のこと何でも聞いてください」といってありのままの自分をさらけ出して平気ですという態度を示しました。彼女の素直さと率直さに私は大変好感を持ちました。私は職業的興味から訪問したのではないことを伝えても、彼女のほうから積極的に自分のことを話してくれました。そのユタは特別な教育も修行も受けていなかったが、18歳の時に霊感を得たということでした。それ以後、感覚が敏感になり、物に触るだけで今まで感じなかったものを感じるようになったと言うことでした。霊界との交流は聞こえるというよりはその世界が見えるという表現をしていました。専門用語で言えば視覚的表象というものでしょう。彼女は普通の人がなんでもなく食べてしまう食物も少し腐りかけていることがわかってしまい口にすることできないと言っていました。彼女は比較的肥満体でしたが、そのため十分に食物は摂っていないと言っていました。また、高所・閉所恐怖があり、飛行機に乗ることなどまったく考えることすらできないということでした。私はこれを聞いて私の患者さんのことを思い出しました。このユタは小さいころから大変な怖がり屋さんだったのでしょう。最近の精神医学的診断に従えば「特定の恐怖症」を持った人だと思いました。「特定の恐怖症」は、子供のときから種々な動物(イヌ、ネコ、虫など)、自然環境(嵐、高所、水など)、血液・注射・外傷、種々な状況(トンネル、橋、閉所など)を意味もなく過剰に恐れる状態です。このユタはパニック障害ではありませんが、パニック障害患者さんの既往歴を調べると「特定の恐怖症」が大変多く見られます。私はこのユタに会って、恐怖症のひとは第六感や霊感を持ちやすいのではないかと考えるようになりました。私の不安障害の患者Aさんは、夫が浮気をして帰った夜は、なんとなくいやな感じがして息苦しくなり、パニック発作がおきるそうです。また、患者さんでなく、筋ジストロフィー協会の仕事をお手伝いしてくれる大学院学生は、学生時代に占いをアルバイトでやっていました。ある時、彼女が私に同行してある地方に調査に行ったとき、たまたま、つり橋があり、それを渡ることになりました。彼女は顔面蒼白で脂汗をだらだら出し始め私の手にしがみついてきました。そのとき初めて、彼女に高所恐怖症があることがわかりました。わたしの患者さんの中には占いを副業とする人を結構多く見かけます。Bさんは38歳になるエキゾチックな目をした資産家のお嬢さんです。小さいときから過敏体質で給食はまともに食べたことはありませんでした。ナイーブという語はこの人のために用意されたのではないかと思うほどです。他人に対しても細かく心遣いをして、友人付き合いにもすぐ疲れ果ててしまいます。パニック障害になって治療を受けるようになってからも薬物恐怖があり、長い間効果を得られるほどの量を服用することができませんでした。初診後7年経ってやっとまともに薬が飲めるようになって来ました。それとともに少しずつ元気が出てきて、自分が趣味でやっていた易を本格的にやるようになってきました。そして、占いモールの一角にお店を出すようになりました。パニック障害は疲労の病ですが、彼女はそれを押して最近では自活できるほど稼いでいます。患者Cさんは色白面長の典型的な和風の35歳になる美人です。彼女も小さい頃より過敏体質で人ごみが苦手で、満員電車には全く乗ることができませんでした。彼女もやはり人間関係に敏感で、他人に悪く思われないようにいつも気を使う人でした。このようなことから、些細な刺激に興奮し、慢性的な不眠症を持っていました。Cさんも薬物には敏感でSSRIは副作用が出てしまってどうしても服薬できません。現在は副作用の少ない弱い薬を服用しています。彼女は手慰みでやっていたタロット占いを電話やネットで受け付けるようになり、それが大評判で、最近ではほとんど外出できないほど忙しくなってきました。
ここに挙げた人たちはまだまだほんの少数例でほかにも多くの患者さんが占いに凝っています。わたしは恐怖症を持つ患者さんは霊感を感じやすく、占いに興味を持つことが多いのではないかと考えています。その理由として、第1に、恐怖症の人はどの人も感覚が鋭敏で、第五感を超えて第六感がとぎすまされている人が多い。第2に、恐怖症の人は何事に対しても不安を持ちやすく、自然とか神仏に対する畏敬の念を持ちやすい。その結果、神仏の存在を信じ、予言とか占いに傾きやすい。第3に、恐怖症の人は多少なりとも依存的な人が多く、神仏頼みになりやすい。第4に、恐怖症の人は押しなべて純粋で素直な人が多く、物事に疑ってかかる人が少ない。このような理由で怖がり体質−恐怖症には占い好きが多いのではないかと私は愚考しています。ここに述べたことは、エビデンスはなく、あくまでも、私の偏見に満ちた独断ですので笑い話としてお読み捨てください。
医療法人 和楽会
理事長 貝谷久宣
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