パニック障害の発病は氏か育ちか?

その(1)遺伝子の関与はあるか?

 パニック障害の患者さんまたはそのご家族に“この病気の原因は何ですか?”としばしば質問されます。筆者は“不安体質とストレスの総合作用です”と答えています。今回と次回はこのことについてパニック障害に関する研究の成果を紹介しつつもう少し詳しく説明したいと思います。

不安体質が発病の原因となっていることを示す事実

 心理学では行動抑制(Behavioral Inhibition)と言う用語があります。これは、“ひとみしり“、”内気“、”はにかみ“、”引っ込み思案“、”臆病“といった言葉で形容される状態です。パニック障害を親に持つ子では約80%に行動抑制が見られるのに対して、親がパニック障害ではない子では20%に過ぎないといわれています。

 また、逆に行動抑制を示す子の親にはパニック障害や対人恐怖が多いといわれています(Biederman J, 1990、Rosenbaum JF, 1991)。このような事実は、行動抑制がパニック障害の根底をなす不安体質の一つの現れであることを示しています。そしてこの不安体質は家族性に生じるということが出来ます。

 また、幼少児期の分離不安も心理学の言葉として時々使われます。分離不安は、強く愛着を持っている人、たとえば、母親や養育者から離されたときに強い不安を示す状態です。このような子供は、常に、親がいなくなるのではないか、親が死んでしまうのではないかと強く心配します。また、実際に親から離れなければならないような状況に際して強い拒絶を示し、種々な身体症状(腹痛、頭痛、吐き気等)を示します。分離不安という現象を幼児期にさかのぼって検討しますと、パニック障害患者ではそうでない人と比べて分離不安が明らかに多いことがわかっています(Silove D、1995)。更にまた、親がパニック障害である子供と親がパニック障害ではない子供とを比べると、分離不安はパニック障害の親を持つ子に圧倒的に多いことがわかっています(Unnewehr S, 1998)。

 不登校はいろいろな要因のもとに起こる適応不全の現象です。精神的に問題のある場合も多々あります。パニック障害の患者さんの学童期の状態を調べるとパニック障害ではない人と比べると不登校が多かったという研究がなされています(Silove D, 1993)。また、逆に不登校をしている子供の親を調べるとパニック障害をはじめとする不安障害にかかっている人が多いという報告もなされています(MartinC、1999)。

 ここには詳しく述べませんが、筆者の臨床研究からパニック障害になりやすい不安体質の現われは、そのほかに、過敏性腸症候群、給食を残す子、全校集会で倒れる子、恐怖症(対人恐怖、閉所・狭所・暗所恐怖、動物恐怖、先端恐怖症)、潔癖症などがあります。

 以上をまとめますと、パニック障害は不安体質を根底に持った病気である可能性が強いということです。そして不安体質は、行動抑制とか分離不安、また主にこのような状態を要因とする不登校といった現象として幼小児期に見られると考えられます。そしてこの不安体質は親から子供へと伝達される可能性が強いということです。

パニック障害の家族性発症

 パニック障害患者の親、同胞、子供(遺伝学的一親等親族)にパニック障害がどれくらい起こっているかを調べた研究が8つ報告されています。それによると、患者家族におけるパニック障害の罹患率は3.6%から17.3%で、平均10.8%でありました。一方、パニック障害ではない人を中心にその家族のパニック障害の罹患率をみてみると0.8%から3.5%で、平均1.9%でした。この結果から、パニック障害の患者がいる家族のパニック障害になる危険率はパニック障害患者のいない家族の5倍となります。一卵性双生児はその二人の遺伝子がまったく同じであり、二卵性双生児は半分の遺伝子が同じです。一卵性双生児の一方がパニック障害の場合、他方の人がパニック障害である一致率は34%でした。これは二卵生双生児では8%でした。この事実から、パニック障害は100%遺伝する病気ではなく遺伝する部分が30%から40%ぐらいあるということを物語っています。この事実はほかの研究によっても支持されています。サン デェゴのスタインという精神医学者(1999)は、一卵性双生児179組と二卵性双生児158組を対象として“不安過敏性”を特別な心理学的方法で調べました。その結果、不安過敏性の45%は遺伝的なものであり、残りの55%は環境的因子によるものであると推測しました。

 以上のことから、パニック障害の発症要因が氏である可能性は4割前後であると考えられます。言葉を変えていえば、育った環境も大きな要因となっているということができます。次回はこのことについてお話しましょう。

医療法人 和楽会
理事長 貝谷久宣