弱きもの汝は、夫 or 妻?

 テレビ朝日の木曜日夜の連続ドラマ「熟年離婚」が面白い。渡哲也演ずる夫、幸太郎は、松坂慶子扮する妻、洋子から定年退職のその日に離婚を申し渡される。感謝されるものだと思いこんでいた矢先の爆弾宣言に途方にくれる幸太郎を尻目に、洋子が「私だって、ずっと感謝の言葉が欲しかった」と言い立てる場面を口火にドラマが展開していく。一戸建てのマイホームを立ててもらい、同居していた姑にも郷里に帰ってもらって、妻は満足して生活しているものと思い込んでいた幸太郎にとって、これは青天の霹靂であった。一方、洋子は「私はあなたの部下ではないのです。自由気ままにさせて欲しい」と言い切るのです。幸太郎が、「お父さんは間違ったことはしていない」と抗弁するが、一方的だ、価値観を押し付けると娘や妻にけんもほろろにされてしまうのでした。

 筆者はこのドラマを見ていて二つのことを思いました。昔ならば以心伝心で、夫が良かれと思ってやっていたことを妻が了解し、感謝していたと思います。時代と共に、日本でも西洋のように“愛している、君がいないとやっていけない”と夫は言い続けないと妻に逃げられる時代がいよいよ到来したかということです。もうひとつ考えたことが今日の主題です。それは、この世が洋子のような妻ばかりならばパニック障害はそれほど多くないなということです。それは夫婦間のコミュニケーション以前の問題です。自分のいいたいことを連れ添いに言えないで、身を硬くして小さくなり生きてきた患者さんは実に多いと思います。夫の専制君主的な行動や言葉の暴力によりいつしか奴隷になってしまっている自分に気づかず、汲汲として人生を見失って生きている妻がまだまだいます。ここでは女性が弱い立場に立った場合のことを書きましたが、これからの時代は男女逆転状況も出現するかもしれませんね。

 パニック障害を患ったこのような非洋子さん的妻はどうしたらよいのでしょうか?解決策は、まず自分の状況に気づき、そして経済的にも精神的にも自立した生活が出来るように努力することです。そして、もっとも大切なのはやはりコミュニケーションです。相手の立場を尊重しつつ相手を傷つけることなく、自分の言いたいことを言い、自分の要求を通してもらえるような人間になることです。優れた言葉、良い言い回しを使える人が人生の達人です。このことは究極的には、患者さんだけではなくすべての人が幸福になる道でもあると考えられます。

医療法人 和楽会
理事長 貝谷久宣