喘息とパニック障害

医療法人 和楽会 理事長 貝谷 久宣

Que Sera Sera VOL.49 2007 SUMMER

 昨年10月以来、私は50数年来の喘息で診療を余儀なく制限しなく
てはならなくなりました。この半年間、療養に努め、お陰さまでかなりのところまで回復いたしました。かねて私はパニック障害を脳喘息と言っておりました。今回は喘息とパニック障害の類似点と私の喘息養生について記します。

 喘息もパニック障害も発作性の病気です。パニック発作で命を落とすことはありません。しかし、喘息発作では時に死亡します。その割合は人口10万に4.1人です。

 症状での類似点は呼吸困難と窒息感です。私は喘息なのかパニック発作なのかはっきりと鑑別のつかなかった患者さんをひとり覚えています。結局、この方は身体疾患を優先して心療内科から呼吸器内科に転科されました。パニック発作は一日の仕事を終え、さあ床に就こうかといった状況で起こるリラックスパニックがあります。もうひとつは、特定の状況、すなわち人ごみの中とかすぐ助けが求められない場所とか、自分にとって都合が悪い状況でパニック発作が起こることがあります。喘息発作の多くは、冷気、タバコの煙を吸ったときとか、朝方に多いといわれています。過労後に出やすいのはパニック発作と似ています。

 「成人気管支喘息は小児喘息と異なり寛解する率は低く再発率も高い.小児のような自然治癒傾向もときとして見られるがその率は低く20%未満と報告されている」と記されています。私たちのクリニックにかかられたパニック障害の患者さん220名(男69人、女151人)の初診後3年から7年後の追跡調査で、服薬中の人84.5%、予期不安のある人55.2%、乗り物・外出恐怖のある人53.5%、パニック発作が軽くてもある人20.6%でありました。喘息もパニック障害も慢性で頑固な病であることがわかります。

 「気管支喘息は近年急速に増加しており現在の我が国における有症率は乳幼児5.1%、小児6.4%、成人3.0%と報告されている.」パニック障害の頻度については、私達が2001年に全国の男女それぞれ2000名計4000名について健康調査をした結果があります。それによると、パニック障害の頻度は3.4%でした(Kaiyaら2005)。これはほとんど成人の喘息と比較できる数です。パニック障害は女性に多いですが、成人の喘息は男性のほうが多いようです。また、両障害とも年々増加の傾向にあります。米国の喘息の有病率は1980年3.1%であったのが1994年には5.4%になっています(Sly RM、1999)。一方、同じく米国におけるパニック障害の有病率は1.7%(Eaton WWら、1991)から3.5%(Vickers Kら、2004)に増加しています。両障害とも文明の発達とともに増加しているとの印象がもたれます。世の中のスピード化、人間関係のありようの変化、物質文明の高度成長、地球温暖化、環境汚染などいろいろな要因が考えられます。喘息もパニック障害も江戸時代に記載はありますが、文明病のひとつといっていいかもしれません。

 喘息の要因は遺伝的体質の要因が大きいことが最近の双生児の研
究でわかっています。喘息の原因75%が遺伝的素因により、残り25%が環境的な因子によると報告されています(Magnus Pら、1997)。一方、パニック障害を含む不安障害に関する双生児研究でも、遺伝的素質が不安障害の成因の8割以上寄与しているとされています(Hettema JMら、2005)。すなわち、喘息ではアレルギー体質とかアトピー体質といわれるものが根底にあり、パニック障害で
は不安体質が病因の基礎となっていると考えられ、どちらも大きく
遺伝子が関与する病気であるといえます。

 次に発症の要因を考えますと、どちらの障害もストレスが大いに関係しています。心理的ストレスはもちろん物理的ストレスも強く影響します。両障害に共通のストレスを見てみますと、低気圧、高温多湿、曇天といった気候的な問題があります。さらにまた、過労、風邪、アルコールや喫煙も非常に悪影響を及ぼします。心理的ストレスとしては、張り詰めた気持ち、緊張感、時間に追われた生活、精神的に追い詰められた状況、人間関係のプレッシャーなどはどの患者さんも経験していることです。

 「喘息の治療は急性発作時の管理と長期管理からなる前者は気道の閉塞を寛解させる薬物であるリリーバーとステロイド薬の全身投与、後者は長期的に慢性の気道炎症を含めて制御する薬物であるコントローラーが中心となる」。パニック障害の治療でも急性期の治療と慢性期の治療があります。急性期はベンゾジアゼピン系の抗不安薬が主となりますし、慢性期はセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が主役となります。「喘息は慢性気道炎症疾患この病態に対する徹底した治療を加えることにより根治は不可能であるが大多数は良好なコントロールが可能となる疾患である」といわれていますが、パニック障害でもこれと全く同じようなことがいえます。

 さて次に私の喘息について述べます。私には小児喘息があったと母から言われていますが、自分の記憶にはありません。生まれてから大学を卒業するまでは大気汚染の強いことで有名な名古屋市港区に育っています。白い敷布の洗濯物がガス会社や石油会社の出す煤で汚れているのをしばしば見ました。大学を卒業しまもなくの頃、名古屋から岐阜大学病院に通っていました。その頃は、入局まもなくで新しい環境になれるストレスと結婚当初の家族の人間関係におけるストレスが多少ともあったと思います。このような状態で、通勤途中で名鉄電車の冷房の冷風にあたり喘息が起こるようになりました。それがきっかけで、花粉の季節には鼻炎が強くなり喘息が悪化していました。25歳ごろが成人喘息の発病時期といえるでしょう。29歳までは、季節性、ストレス性の喘息の波が繰り返していました。ところが、29歳から31歳の2年間は喘息をまったく気にしなくても良い生活でした。この時期は、ミュンヘンに留学中で、医局のわずらわしいことも、家族のうっとおしい人間関係もまったく忘れてのびのびしていたせいだと思われます。もちろん、南ドイツの大陸特有の、乾燥した高気圧気候も喘息には非常に良い影響を与えたと思います。帰国後はまた過酷な大学病院生活が続きました。そして再び喘息生活がやってきました。当時は春と秋の季節の変わり目だけに喘息が起こり、この時期だけ抗ヒスタミン薬を服用していました。この薬の服用でお腹が出てしまってズボンを新しいのにしなければならないことがしばしばありました。喘息が出る期間が年々延長していきました。そして49歳のとき激しい喘息発作で入院しました。この時、私は自衛隊中央病院に単身赴任していました。一人で気楽な生活をしていたつもりですが、今から考えると人生の山場の前後で精神的な緊張は頂点に達していたのだったと思われます。私は道一つ隔てた官舎から病院の救急室に這うようにして助けを求めたことを覚えています。その時受けた点滴注射の効果はすばらしいもので、あの苦しい呼吸困難から救われる心地は、まさに、パニック発作の患者さんが抗不安薬の静脈注射を受けるときに匹敵するのだろうと思います。私は専任の看護師が一人ついた幹部用の個室に入れてもらい最上級の待遇を受けましたが、仕事が気になり一泊だけで退院してしまいました。今考えると、もう少し長く入院しておればよかったと悔やまれます。

 さて、私の喘息はクリニック開業後も着々と進行してついには常時軽い呼吸困難と時々明らかな喘鳴が出る状態になってしまいました。階段を登ればすぐ足の運びが遅くなってしまうし、走ることはとてもつらいし、また、お酒の匂いをかいただけでも息苦しくなりました。大変に良くなかったことは、自分で吸入薬を処方する素人療法だったのです。中途半端な治療は慢性化を助長するだけであることはパニック障害の治療で身に沁みて判っていたはずなのに、その考えを自分の喘息治療に当てはめることができなかったのです。まさに“医者の不養生”でした。そうこうしているうちに、次は大変な病気にかかってしまいました。それはレジオネラ肺炎です。不明熱が続き胸部X線撮影を受けたところ、肺に大きな影が出ました。これにはショックを受けました。私は、このままで一生すがすがしい呼吸ができなくて死んでいくのかと思ったら、急にむなしくなりました。そして、喘息治療に真正面から取り掛かろうと決心したのです。

 まず、医者探しです。職業柄専門医へのアクセスは比較的容易でした。医師会で開催された喘息の講演会に出席しました。そして、私と同じ年代のベテランの先生と知り合ったのです。喘息の超専門医の佐野先生は私に入院治療を提案されました。仕事で声を出すことも良くないという説明です。私は仕事を完全に中断することには躊躇しました。診察を半分にするということで妥協してもらいました。そして、佐野先生の治療が始まりました。副腎皮質ホルモンと気管支拡張剤の2種類の吸入薬以外に、今まで考えても見なかったお薬が効き始めました。それはエリスロシンという抗生物質の少量とIPDというアレルギー反応を抑制する薬です。少量のエリスロシンは抗生物質の本来の働きの静菌作用より、気道分泌抑制作用により喀痰量を減少させ、さらに抗炎症作用により効果を発揮するようです。IPDはアレルギー体質を正常化する薬で即効性はなく服用を続けると効果が出る薬です。これらの薬はパニック障害におけるSSRIに対応すると私は思いました。SSRIにも即効性がなく、パニック障害の不安体質を治していく薬であると考えられるからです。気管支を直接拡張させる吸入薬は、パニック障害においては直接パニック発作を収めるベンゾジアゼピン系抗不安薬に相応します。

 診療時間を半分にすることと薬物療法以外に何かよい喘息の治療
法はないかと考えました。肺の病気だから呼吸を整えるのも非常に
大切ではないかと考えました。前から興味を持っていた坐禅を本格
的に始めました。毎朝、約30分は静座して腹式呼吸をしました。そ
れと、毎日1万歩のウオーキングを目標としました。鎌倉の自宅に居る時は七里ガ浜を歩きました。タラソセラピーです。長時間いる
部屋には空気清浄機を設置しました。その結果、この半年間で150L/分前後だったピークフロー値は常時400〜500L/分に、調子がよい時は振れ切れることもあります。今では、階段は一度に2段ずつ登ります。アルコールも少々なら美味しくいただけるようになりました。治りましたと言いたいところですが、喘息もパニック障害も完全に治りきることは大変困難です。私の喘息は調子がよくなったと言っても、不順な天候や花粉が飛ぶと多少ともピークフロー値は下がります。もちろん喘鳴も発作もありませんが、不摂生は慎んでいます。今も服薬し養生は続けています。パニック発作がなくなっても、油断が出来ないのと全く同じです。
「」内は、最新医学別冊新しい診断と治療のABC2「喘息」(最新医学社)より抜粋