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パニック障害の30ヶ月転帰とその予測因子

Outcome of Panic Disorder and its Predictors: A 30-month Follow-up Study

貝谷久宣(1,2) ,宮前義和(1,3)、吉田栄治(1,4)、石田展也(1,5)、山中学(2,6)

(1)医療法人 和楽会 なごやメンタルクリニック、パニック障害研究センタ−
(2)心療内科・神経科 赤坂クリニック、不安抑うつ臨床研究会
(3)早稲田大学人間科学研究科
(4)航空自衛隊岐阜病院
(5)滋賀医科大学神経精神科
(6)東京大学医学部附属病院分院心療内科

はじめに

  パニック障害が1980年 DSM-V において公式に認められてから17年になり、この間多くの研究がなされ、臨床精神医学の大きな一翼を築いてきた。ところが、パニック障害の臨床を行う上で重要なその転帰や予後に関する知見は乏しく、その研究はごく最近始められたところである。そして、本邦では専らパニック障害の転帰を扱った報告は現在のところ見あたらない。このようなことから、本研究はパニック障害の30ヶ月転帰とその予測因子について報告する。

対象と方法

  対象は平成5年2月以後なごやメンタルクリニックを受診した患者のうち、DSMーVRの広場恐怖を伴うパニック障害、広場恐怖を伴わないパニック障害、パニック発作を伴う広場恐怖の診断基準をみたすものの中で、初診以来2年半以上を経過している208名の患者である。

  この208名の患者を3群にわけた。Present Patients(以下、PP)は、初診以来継続的に受診し過去2ヵ月間に1回以上通院してきている患者とした。つまり、資料をまとめる時点で治療をなお受けている患者である。PPは、全対象者の55.3%、115名で、平均通院期間は36.5ヵ月だった。Recent Patients(以下、RP)は、初診以来6回以上診察を受け、過去2カ月間には来院していない患者である。RPは47名(全対象者の23%)で、平均通院期間は20ヵ月だった。Early Patients(以下、EP)は初診以来5回以下しか診察を受けていない患者である。治療にのることなく、ドロップアウトした例と考えられる。EPは46(全対象者の22%)だった。

  以下の項目について、アンケート用紙に回答を記入させた。なお、来院していない患者にはアンケートを郵送し回答を求めた:(1)シーハン不安尺度;(2)仕事の達成度。仕事、家事、学業について、「ほぼ、100%できている」、「8割前後できている」、「5割前後できている」、「3割前後できている」、「全くできていない」のいずれかを選択させた;(3)過去1カ月のパニック発作の頻度。「10回以上」「6-9回」、「3-5回」、「1-2回」、「0回」のいずれかを選択させた;(4)恐慌性回避の頻度。パニック発作を心配して特定の状況を避けることがあったかどうか、「常に」、「しばしば」、「ときどき」、「まれに」、「ない」のいずれかを選択させた;(5)服薬状況 服薬状況について、「定期的に服薬する」、「時々服薬する」、「全くしない」のいずれかを選択させた;(6)服薬量 1日に服用するパニック障害の治療薬の最も力価が小さい錠剤の数に換算して計算した。たとえば、イミプラミン75mgであれば、イミプラミン含有量のもっとも少ない錠剤は10mgであるので7.5となる;(7)Global Assessment Scale 1)(以下、GAS)担当医が各患者をGASで評価した。なお、このスケールでは、点数の高いほど、症状と生活上の障害のないことを示している。

結 果

  対象患者の特性

  アンケートの回答が得られたのは121名(58%)であった。その内訳は、PP121名(77%)、RP25名(53%)、およびEP8名(17%)であった。調査患者特性を Tab.1 に示す。

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  パニック障害の転帰

  追跡時前1ヶ月間のパニック発作の頻度の頻度を Fig. 1 に示す。追跡時過去1ヶ月間にパニック発作が全くない患者は77人(64%、M/F=69%/58%、NS)であった。3群を個々に検討すると、発作の全くない患者の割合はPPで61%、EPはそれとほぼ同等の62.5%、RPは最も割合が高く、72.5%だった。言葉を換えていえば、来院していない患者はパニック発作が全くない割合が高い。

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  パニック発作の各症状の割合の推移をみてみると、すべての発作症状の頻度は追跡時には発症時と比べ有意に低かったが、比較的改善率の悪いのは発汗と腹部異常感だった(Fig.2)。

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  追跡時における恐怖性回避をみてみると(Fig. 3)、恐怖性回避の全くない患者は66人(57.9%、M/F=54.7%/62.0%, NS)。まれにある患者を含めると80.7%だった。恐怖性回避の全くない患者とまれにある患者をあわせた割合は、3群でそれぞれ、PPで89%、RPは68%、EPは37.5%だった。つまり、治療中の患者ほど恐怖性回避は少なく、早期脱落例では頻度が高いと考えられる。

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  シーハン不安尺度の得点は、初診時には40.1±26.3点(M=36.1±23.9,F=40.3±26.7,NS)だったのが追跡時には17.5±17.0点(M=16.6±17.1,F=14.3±14.9,NS)に有意に低くなっていた(t=7.9, df=82,p<.0001)。

  服薬状況を Tab. 2 に示した。まったく服薬していない患者の割合は、RPで40%、EPで50%であり、通院してきていなくても半数以上は服薬していることを示している。また、逆に、現在通院中のPPは、9%の患者は全く服薬していない。

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  仕事の達成度についての自己評価では(Fig.4)、「非常に良い」または「良い」と答えた者の割合は90%(M/F=93.4%/86.5%)だった。3群間で比較をしたところ、ほとんど違いは見られなかった。

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  GASの評価の対象となった患者は、治療中の患者、PPが大半だが、他にRPが9名含まれている。Fig.5 にその結果を示す。評点が80点以上の割合は87.9%(M/F=87.8%/88.0%)、平均値は90±11(M/F=89.9/89.6)だった。服薬量の1日平均量は、7.4±5.3錠(1〜28.5錠)だった。

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  上述したすべての結果に性差は認められなかった。

  服薬量、パニック発作の頻度、恐怖性回避の頻度、仕事の達成度、GASの相関関係を Tab.3 に示した。パニック発作の頻度、恐怖性回避の頻度とシーハンの不安自己評価尺度と比較的高い相関が見られたことは、パニック障害の尺度としてシーハンの尺度が妥当性を有していることを示していると考えられた。GASと仕事の達成度は、生活の障害の程度という重複した内容を、治療者の側から、患者の側から、それぞれ評定しているのだが、高い相関関係が認められ、アンケートによる患者の自己評価の客観性を示すものである。

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  パニック障害の予後決定因子

  追跡時の状況、すなわち、パニック発作の頻度、恐怖性回避の頻度、仕事の達成度、GASの評点を予測できる初診時の臨床的指標を明らかにした。

  追跡時のパニック発作は、学歴が低く、発症年齢が若く、初診時の症状数が多く、発症時のパニック発作症状として吐き気があると、その頻度が高い(Tab.4)。

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  追跡時の恐怖性回避は、初診時の心悸亢進症状があり、発症年齢が若く、学歴が低いと、その頻度が増すことが予測される(Tab.5)。

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  仕事の達成度は、初診時に広場恐怖の程度が強く、パニック発作症状として窒息感があると、よくないという結果が示された(Tab.6)。

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  GASは、発症時に体の震えとめまいがあり、初診時に呼吸困難または心悸亢進があると、低くなるという結果が得られた(Tab.7)。

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  服薬量は、発症時にめまいと知覚異常があり、初診時に体の震えとうつがあると、増加するという結果であった(Tab.8)。

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  以上の結果をまとめてみると、2つ以上の重回帰分析でとりあげられた独立変数は、学歴、発症年齢、めまいの有無、体の震えの有無、心悸亢進の有無だった。すなわち、これらの指標はパニック障害の予後を考える上で重要な指標となると考えられる。

考 察

  パニック障害患者は不安が強く治療者との信頼関係を十分結ぶことができない場合が少なくない。なごやメンタルクリニックでのパニック障害治療の脱落者(EP)の割合は初診30ヶ月後で22%であり、本邦での他の報告例 − 初診後3年目で33% 9)、初診6ヶ月後には55% 4) − と比べ多少低い。

  パニック障害が不安神経症と呼ばれていた時代に報告されたこの病気の転帰についてみると(Tab.9)、寛解率は8−27%、不変・悪化率は9−24%である。最近、Roy-Byrneら 8)は DSM-Vが導入された後のパニック障害の転帰に関する16研究をまとめ、パニック発作の頻度、恐怖性回避、社会的、家族的、職業的障害度などを検討した(Tab.10)。各研究の対象患者は最低25名で、最低3つの評価尺度を持ち、少なくとも2回はインタービューし、70%以上は1年以上の経過を見た。16研究のうち15研究では対象の半数以上はパニック発作が消失していなかった。7つの研究では、恐怖性回避の無い割合は三分の一であった。パニック発作の回復は広場恐怖の回復よりは容易であることを示している。しかし、広場恐怖の寛解をHarvard/Brawn Anxiety Disorders Research Programの基準でもっと厳しく限定すると、寛解率は17-20%に減った。自然経過の研究を累積すると完全寛解率は6%であった。10研究では、約30%の患者がパニック障害の経過中にうつ病を経験する。最近、多施設国際共同治検後の追跡研究の結果も報告されている 2)。367人(85.8%)の患者が4年後追跡された結果は、パニック発作がない患者は39%、恐怖性回避がないか軽度の患者は59.5%、職業上の障害がないか軽度の患者は82%であった。このように文献的にみると、薬物精神療法を行っても、障害はさほど強くないが、パニック障害の症状は慢性的に持続し、治癒する患者はまれであるといえる。本調査では、治療開始2年半以後にパニック発作が全くない患者の割合は66%、恐怖性回避がない患者は57.9%に達しており、従来の研究で示されている転帰に比べ格段に良好な結果を示した。

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  多くの患者は長期間薬から離脱することはできないようである。本調査では2年半後も71%の患者がなお服薬していた。また、海外の研究ではベンゾジアゼピン(アルプラゾラム、クロナゼパム)の治検が終了して1年半してからまだ服薬していた患者は78%あった 7)

  本調査で予後不良因子として低学歴、若年発症、めまい、体の震え、心悸亢進症状が問題になった。Pollack ら 6)は、恐怖性回避、他の不安障害やうつ病の合併、性格障害、不安感受性の増大を不良な転帰の予測因子としてとりあげている。一方、Kasshing らによれば、初診時のパニック発作の頻度も恐怖性回避の程度も追跡時の障害の程度と相関がみられないという。

  本調査の結果からみても、また、近年のパニック障害の転帰に関する研究結果からみても、パニック障害は寛解率が低く、慢性病であり、長期の治療を必要とする。しかし、症状のある割には社会的障害は比較的軽い精神障害であるといえる。

文 献
1) Endicott J, Spitzer RL et al: The global assessment scale. A procedure
for measuring overall severity of psychiatric disturbance. Arch Gen
Psychiatry 33: 766-771, 1976
2) Katschnig H,Amering M, et al : Predictors of quality of life in a
long-term followup study in panic disorder patients after a clinical drug trial. Psychopharmaclogy Bulletin 32:149-155,1996.
3) Marks I, Lader M: Anxiety states(anxiety neurosis): a review. J Nerv
Ment Dis 156: 3-18, 1973
4) 長野浩志、藤井薫:恐慌性障害の治療と経過.精神医学30:1159−11 62、1988
5) Noyes R, Clancy J: Anxiety neurosis: a 5-year follow-up. J Nerv Ment
Dis 162:200-205, 1976
6) Pollack MH, Otto MW et al: Longitudinal course of panic disorder;
findings from Massachusetts General Hospital Naturalistic Study.
J Clin Psychiatry 51(suppl 12):12-16, 1990
7) Pollack MH, Otto MW et al:Long-term outcome after acute treatment with clonazepam and alprazolam for panic disorder. J Clin Psychopharmacol
13: 257-263, 1993
8) Roy-Byrne P, Cowley DS: Course and outcome in panic disorder: a review of recent follow-up studies. Anxiety 1:151-160,1994/1995
9) 塩入俊樹、花田耕一、他:恐慌性障害の症例報告:2 その経過と薬物療法. 精神 医学34:1231−1238、1992