「パニック障害における2次的社会恐怖」 2次的社会恐怖はLiebowitz et alによって1985年の論文でとりあげられました。その後、2次的社会恐怖に関連した症例の報告(Goldstein,1987;中村,1994)がある他には、演者らの知る限りでは、Perugi et al(1990)による研究しか行われていません。2次的社会恐怖の研究はまだ不十分であり、本研究では2次的社会恐怖の特徴についてさらに検討したいと思います。まず、2次的社会恐怖の概念を整理します。 2次的社会恐怖とは何か 1. パニック障害である。 2. パニック発作を人前で起こして恥をかいたり困惑することを恐れて、しばしば社会的状況を回避する。 次に具体的な症例を呈示したいと思います。 症例1. 25歳、男性 高校2年時に大勢で歌を歌っている最中に突然、めまいと動悸、息苦しさ、身震い、非現実感を感じた。そのため歌の最中だったが一人抜けだして休んだ。我慢できないほどのパニック発作を初めて経験したのは会社でコンピューターの研修を受けている時だった。急にめまいと動悸がしてきて同僚に助けを求めた。パニック発作は家でリラックスしている時にも経験する。公共の交通機関やエレベータなどは避けている。また、会議などで話をすることにも不安がある。朝礼が嫌で自分の順番がまわってくるまでに会社をやめてしまったこともある。人前で話をしている際にパニック発作を起こしておかしくなった自分を見せるのも嫌だし、気が狂うのではないかといった発作症状そのものも恐い。 広場恐怖を伴うパニック障害の患者ですが、会議などでパニック発作のためにおかしくなった自分を見せたくない、すなわち2次的社会恐怖が認められます。 次にプライマリーな社会恐怖との鑑別が問題になるようなパニック障害(2次的社会恐怖)の症例を呈示いたします。 症例2 40歳、男性 8年前、その日は会合で話をする当番だった。会合を控えて自分の机でぼんやりしていたところ、いたたまれない不安感とともに心臓がドキドキして冷や汗が出た。会合時には多少落ち着いてはいたが、何を話しているのかわからず、早く終わらせたいという意識だけが強かった。その次の会合の時にもパニック発作を経験した。そのうち会合に限らず、自分が話をする場であればどのような場であれパニック発作に襲われるようになった。パニック発作の起こる状況は自分が何か話さなければならない時にほとんど限られているが、睡眠時にも4、5回経験している。患者はスピーチ場面をを恐れてできる限り回避するようにしている。 パニック発作がスピーチ場面に限定されているのならばパニック発作を伴う社会恐怖という診断が下されるのだと思います。しかし、睡眠時にもパニック発作を経験していることから診断はパニック障害であり、スピーチ時にしどろもどろになった自分を見せたくないという訴えは2次的社会恐怖と考えられます。 こうした2次的社会恐怖について、4ヶ月の間に来院したDSM-4でパニック障害と診断できる患者130名を対象に調査を行いました。そのうち有効な回答の得られた118名(90.8%)について2次的社会恐怖の合併率を示したいと思います。 比較をする意味から、パニック障害と社会恐怖の合併に関する従来の研究結果も記載しました。本調査ではパニック障害患者118名のうち、2次的社会恐怖の見られた者は40名(33.9%)、パニック発作とは関連のないプライマリーな社会恐怖が見られた者は5名(4.2%)という結果を得ました。2次的社会恐怖とプライマリーな社会恐怖をあわせると38.1%という高い割合で社会恐怖症状がパニック障害患者に認められたことになります。Stein,M.B. et al(1989)やStracevic et al(1993)の研究では2次的社会恐怖も社会恐怖の合併とみなしていますが、46%、40.7%というように本調査の38.1%と同様の数字が示されています。社会恐怖についてプライマリーであるのか、2次的であるのかを問わずに調査を行うと、パニック障害患者の3人に1人以上の割合で社会恐怖症状を認めることができるようです。 次に、広場恐怖と2次的社会恐怖の関連性について検討しました。本調査の対象者について広場恐怖の程度を調べたところ、広場恐怖のない者は33%(38名)、軽度は40%(46名)、中程度21.7%(25名)、高度5.2%(6名)でした。広場恐怖の程度の要因と2次的社会恐怖の有無の要因とでカイ2乗検定を行ったところP値は0.07でした。広場恐怖の程度が中程度にいたるまではその程度が増すに連れて2次的社会恐怖の割合が増しています。しかし、広場恐怖の程度が高度になると逆に2次的社会恐怖の割合は少なくなっています。さらに、中程度以上を著明な広場恐怖と定義して、著明な広場恐怖の有無、2次的社会恐怖の有無といった要因でカイ2乗検定を行ったところP値は0.13となり統計的に有意な関連性は見られませんでした。以上から、広場恐怖の程度が増すと2次的社会恐怖の割合が増加するといった傾向は見られるものの、統計的に有意とはいえず、むしろ両者は異なるものであるということが示唆されました。 そこで、2次的社会恐怖と広場恐怖の本質について考察しました。2次的社会恐怖は他人の評価に対する不安、貝谷の命名に従えば、社会的生命に対する不安によって、一方広場恐怖はこのまま死んでしまうのではないかといった身体的生命に対する不安よって、それぞれ特徴づけられていると考えました。広場恐怖、2次的社会恐怖の程度が高くはない者ではそれほど際だちませんが、その程度が強くなっていくに従いそれぞれの不安はより顕著になっていき、逆にもう一方の不安は弱くなっていくと思われます。実際に広場恐怖が高度の者では2次的社会恐怖の割合は低くなっていました。 以下の分析では、連続変数については著名な広場恐怖の有無と2次的社会恐怖の有無により2要因の分散分析を行いました。また、名義変数については著名な広場恐怖を伴わない2次的社会恐怖、著名な広場恐怖を伴う2次的社会恐怖、2次的社会恐怖を伴わない著名な広場恐怖、著名な広場恐怖・2次的社会恐怖を伴わない群を設定しカイ2乗検定を行いました。なお、著名な広場恐怖とは中程度以上の広場恐怖を意味します。 まず、性比についてですが、著明な広場恐怖の群で女性の割合が高くなっているものの統計的に有意ではありませんでした。来院時年令、パニック障害の発症年令はともに2次的社会恐怖の要因の主効果が見られ、2次的社会恐怖を有する者は有しない者より来院時年令、パニック障害の発症年令は若いという結果でした。罹病期間は著名な広場恐怖の要因の主効果が見られ、著明な広場恐怖のある者はない者より罹病期間が長くなっていました。回避頻度については著明な広場恐怖、2次的社会恐怖の要因ともに主効果が認められ著明な広場恐怖、2次的社会恐怖を有する者は有しない者より回避頻度が多いという結果でした。うつ尺度(SDS)について2次的社会恐怖の要因の主効果があり2次的社会恐怖のある者はない者より抑うつ傾向が強くなっていました。発症時のパニック発作頻度については著明な広場恐怖の主効果があり、著明な広場恐怖を示す者は示さない者より発症時のパニック発作頻度が多くなっていました。TEGのタイプについて2次的社会恐怖、著明な広場恐怖を伴う2次的社会恐怖の群で63.6%、72.7%と高率に葛藤タイプが見られましたが、統計的に有意ではありませんでした。主訴について、著明な広場恐怖の群で他の群と比べて精神症状が相対的に低く、呼吸・循環器症状を訴える者が多いという結果が得られました。 最後に本研究の結果をまとめたいと思います。・2次的社会恐怖を伴うパニック障害の中にはプライマリーな社会恐怖との鑑別が問題になる例もある。・パニック障害患者のうち33.9%に2次的社会恐怖が認められた。・2次的社会恐怖を伴うパニック障害ではパニック障害の発症年令、来院時年令が若い。・2次的社会恐怖を伴うパニック障害では抑うつ傾向が強い。 なお、2次的社会恐怖ではなくプライマリーな社会恐怖とパニック障害の合併例を扱った研究では、合併例では合併していない例に比べて、有意に多く大うつ病が見られ(Reiter,et al,1991)、パニック障害の発症年令が若い(多田他,1995)ということが示されており、本研究の結果と一致すると言えます。 |