パニック障害
貝谷久宣 臨床成人病29巻3号、298-302、1999 要 旨 パニック障害は,たいへん発症頻度の高い病気であるが,医療界では十分に認知されず,治療されていない。パニック障害の中軸症状はパニック発作である。パニック発作は時・場所に関係なく,不意に発症する不安症状と自律神経症状群である。すなわち,非現実感・自分が自分でない感じ,常軌を逸してしまう・狂ってしまうのではないかと感じる,死ぬのではないかと恐れる,心悸亢進・心臓がどきどきする・または心拍数が増加する,発汗,身震い・手足の震え,呼吸が早くなる・息苦しい,息が詰まる,胸の痛みまたは不快感,吐き気・腹部のいやな感じ,めまい・不安定感・頭が軽くなる・ふらつき,知覚異常(しびれ感,うずき感),寒気または,ほてりである。 パニック障害の診断の要点は,“不安の病である”ということである。すなわち,特徴的な内因性不安があり,予期不安が必ずみられる。40歳以後に発症したパニック障害は,一般的には軽症で治療反応がよい。 パニック障害の薬物療法はペンゾジアゼピン系抗不安薬で始め,三環系抗うつ薬におきかえるか,または追加していくのが原則である。頑固なうつ状態や広場恐怖を伴う例は,早期に専門医に紹介するのが望ましい。 パニック障害の診断の意義 パニック障害は生涯罹患率の高い病気である。最近の国際比較疫学研究においては,人口100に対して1.4人(カナダ)から3.5人(米国)に及び,地域差は比較的少ない1)。このように,パニック障害はたいへん多い病気であるが,医療界ではまだ十分に認識されておらず,under−diagnosed,under−treatedといわれる状態にある。 パニック障害患者はプライマリーケアの使用頻度が高い。パニック障害患者220名を対象にした筆者のクリニックの調査では,全患者の25.8%は救急車を1回以上利用したことがあった。米国の研究では,緊急医療使用者の2割はパニック障害患者である2)。また,所見のない胸痛患者の約半数,過敏性腸症候群患者の約1/3,そして褐色細胞腫を疑われた高血圧症患者の半数はパニック障害であった2)。 パニック障害がプライマリーケア医や専門医に診断される割合は非常に低く,たとえ診断されても不十分な治療しか施されていないのが現状である。さらに,パニック障害は不安の病であるので,一つの医療機関で医学的問題はないと診断されても,心配が去らず次々と医療機関を渡り歩く。パニック障害患者が半年間に6回以上総合病院を受診する確率は男性8.2,女性5.2で,うつ病患者の男性1.5,女性3.4よりそれぞれ優位に高かった3)。 このようなことは結局,医療費の無駄使いをきたすだけでなく,患者の不幸にもつながる。また,早期発見・早期治療がなされないと病気は進行し,慢性化し,広場恐怖やうつ病といった合併症を発展させ,患者のQOLの低下を招き,国民の健康生活や生産性にとって重大な支障をきたす。 表1にプライマリーケアにおけるパニック障害の診断の意義をまとめて示す。
パニック障害の症状 まず,典型的な症例を呈示し,パニック障害の概要をみよう。 家族歴:父は脳卒中で69歳時死亡。母は患者が6歳時,33歳にて出産後死亡。 この症例では,パニック発作が睡眠時に初発した。その発作症状は心悸亢進,呼吸困難,手足の震え,冷や汗,腹部不快感,手足のしびれ,冷感と熱感,胸痛,および死の恐怖からなっていた。パニック障害は不安の病であるから,発作には必ず不安が伴う。原発不安は,理由のない説明のつかない体の内側から生じてくる不安で,内因性不安とも呼ばれている。もう一つの不安は,次の発作襲来を恐れる予期不安である。この予期不安が強いと生活上の支障をきたし,ついには広場恐怖に発展する。予期不安は原発不安に対し,二次性不安とも呼ばれている。これら二つの不安は,パニック障害において診断的価値の高い症状である。表2に米国精神医学協会DSM−Wの診断クライテリアを示す。 表2に掲げたパニック発作症状のうちで,筆者のクリニックの統計をみてみると,もっとも頻度が高い3症状は心悸亢進,呼吸困難,死の恐怖であった(図1)。パニック発作は不意に生じると述べたが,前述の症例のごとく睡眠中にも発症する。筆者のクリニックの調査では,パニック障害患者の39%は睡眠時パニック発作があった5)。 パニック障害患者の約3/4は広場恐怖を発展させる。これはパニック発作を恐れ,すぐ逃げ出せないか,または助けを求められないような状況にいることに極度の不快感を持ち,その結果そのような状況を回避する。臨床的によくみられる回避される状況は,高速道路の運転,渋滞,トンネル,橋,公共交通機関,集会場,歯科や美容院の椅子,会議,人混み,家に一人でいることなどである。 パニック障害患者の半数以上は,うつ状態を多かれ少なかれ示す。その多くは不安うつ病といわれるもので,1日中うつ状態が続くのではなく,ある限定した時間内だけ不安・焦燥・不機嫌状態に陥る。多くは気分反応性(好ましいことがあれば抑うつ気分は解ける)があり,過眠,過食および鉛様麻痺(手足が重くだるい)がみられる。
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表2 パニック障害に関係する診断クライテリア
パニック発作
広場恐怖
広場恐怖を伴わないパニック障害の診断基準
広場恐怖を伴うパニック障害の診断基準
パニック障害の病歴のない広場恐怖の診断基準
DSM−W精神障害の分類と診断の手引き第4版4) パニック障害の診断 表2に示したクライテリアに従えば,診断はさはど困難ではない。パニック障害の根底は不安の病であるから,パニック発作があっても原発不安や予期不安がなければ別の疾患を考える必要がある。とりわけ予期不安は必発症状である。また,不安の病であるが故,身体的訴えは医学的所見のないものであり,その表現の仕方は多少ともより極端で,たとえが奇異な感じを与えることがある。たとえば,“心臓がバクンバクンと言って口から飛び出しそう”とか,“空気が薄くて息の仕方がわからない”,また“胃を何かに掴まれて締めあげられている感じ”といった具合である。 40歳以後に初発したパニック障害の特徴 筆者のクリニックを受診したパニック障害患者511症例の発症年齢は,男性では25〜30歳,女性では30〜35歳がピークであった(図2)。本稿では成人病が対象であるので,40歳以後に初発したパニック障害の特徴を述べる。 筆者のクリニックを受診した発症年齢が40歳以上のパニック障害患者は67名13.1%(内訳:男29名,女38名,発症時平均年齢45.6±4.8歳)であった。これら40歳以上の患者の臨床特徴を若年のものと比較すると,各パニック発作症状の出現頻度は全般的に低い(図1)。統計学的有意の項目をあげると,罹病期間は短く(33.9±38.9vs63.8±75.9カ月,P=0.0016),パニック発作を起こす状況は一定の状況よりも不意に起こすことが多く(64.7%vs42.1%,P=0.0042),受診時のSheehan不安評価尺度による不安得点は低い(35.0±22.4vs42.7±26.5,P=0.0566)。また,前述の症例のごとく40歳以後に発症したパニック障害は治療反応性が一般によい。以上をまとめると,40歳以後に発症したパニック障害は一般にその程度が軽く,治療反応もよいといえる。 パニック障害の治療 1.精神療法 2.薬物療法 うつ状態・広場恐怖の強い患者は,専門医に紹介することが望ましい。
貝谷久宣(なこやメンタルクリニック:パニック障害研究センター,赤坂クリニック:不安・抑うつ臨床研究会) 宮前義和(早稲田大学人間科学部博士課程,なごやメンタルクリニック:パニック障害研究センター) 吉田栄治(航空自衛隊岐阜病院精神科,なごやメンタルクリニック:パニック障害研究センター) 山中 学(東京大学医学部附属病院分院心療内科,赤坂クリニック:不安・抑うつ臨床研究会) 文 献 1)
Weissman MM,Bland RC,Canino GJ,et al:The cross-national epidemiology of panic
disorder. Arch Gen Psychiatry 54:305-309,1997 |