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ソーシャルホビア Social phobia

貝谷久宣 *
宮前義和 *, **
吉田栄治 *, ***
山中 学 ****

 

* Hisanobu KAIYA,M.D., Yoshikazu MIYAMAE,M.D. & Eiji  YOSHIDA,M.D.: なごやメンタルクリニック・パニック障害研究センター〔〒453-0015名古屋市中村区椿町1-16 井門名古屋ビル6階〕;Nagoya Mental Clinic / Panic Disorder Research Center, Nagoya.
** 早稲田大学人間科学研究科;Graduate School of Human Sciences, Waseda University, Tokyo.
*** 自衛隊岐阜病院; Japan Self Defense Force Gifu Hospital, Gifu
**** Gaku YAMANAKA,M.D.: 東京大学医学部心療内科;Depertment of Psychosomatic Medicine, Faculty of Medicine, Tokyo University, Tokyo.

心療内科,3:177−182,1999

Key Words:social phobia,phrmacotherapy,SSRIs

  はじめに

 ソーシャルホビアまたは社会不安性障害(social anxiety disorder)は,最近の米国精神医学ではトピックスのひとつで生物学的なアプローチが盛んになされ,向精神薬治療,とりわけSSRIsをはじめとする抗うつ薬治療の対象疾患とされている。しかし,ソーシャルホビアに対するSSRIs治験の研究論文はまださほど多くはみられないので,本総説ではソーシャルホビアを概説し,薬物療法の基礎となる生物学的所見を検討し,その後にSSRIs治療について述べる。 

  ソーシャルホビアとは

 ソーシャルホビアは慢性疾患であり,著者らのクリニックの統計では,平均発症年齢の分布は図1に示すごとくであり,その平均年齢は22.6±11.2歳,また,平均罹病期間は11.1±10.3年であった。ソーシャルホビア患者のQOLは低く,半数の患者は高度な社会的支障をきたしている1)。著者のクリニックを訪問したソーシャルホビア患者150名の主訴は図2のごとくである。スピーチ恐怖や電話恐怖はそのような事柄だけに限られることが多いが,一方,ほとんどすべての社会的場面において恐怖を持つ患者もいる。後者を,DSM-Wでは全般型(generalized),ICD-10ではびまん型(diffused)と呼んでいる。一般にソーシャルホビアは三つのサブタイプに分けられる。第一は,ほとんどすべての社会的状況に強度の不安を持つタイプ(全般型,びまん型),第二は,2,3の状況のみに恐怖を感じるタイプ(非全般型),第三は,スピーチ,排尿,書字など1種類の対象だけに恐怖が限られたタイプ(限局型)である。全般型と非全般型および限局型のソーシャルホビアは臨床的に別の疾患単位をなす可能性を示す研究がいくつかなされている.非全般型に比べ全般型ソーシャルホビアは,単身者が多く,発症年齢が若く,村人関係に不安を持ちやすく,アルコール中毒やうつ病が併発しやすいといわれている2)。また,スピーチ恐怖(限局型)と比較した別の研究では,全般型の患者は若年で,教育水準が低く,仕事に就くことが少なく,社会的障害が大きいことが示されている3)。遺伝学的1親等における発症危険率をみると,全般型では一般対照の10倍であるが,非全般型では有意差がなかった4)。

 

  ソーシャルホビアの生物学的所見

 セロトニン放出を促進させるfenfluramineやセロトニン受容体アゴニストであるm-CPPは正常対照者に比ベソーシャルホビア患者に強い不安をひき起こす。これら両薬剤によるプロラクチン放出の促進は正常対照者と差は認められなかったが,fenfluramine投与によりソーシャルホビア患者では血中コルチゾールの上昇がみられた5)6)。このようなことからソーシャルホビア患者の病的不安には5-HT2受容体の過感受性が関係し,5-HT1受容体は関与していないと推測されている。セロトニン線維には正反対の作用を持つ少なくとも2種類の異なった神経支配が存在する。背側縫線核からの上行する線維は扁桃核と前頭葉皮質に達し,条件性恐怖を促進すると考えられる。一方,背側縫線核から中脳水道灰白質に向かうセロトニン線維は非条件性恐怖を抑制する作用があると推定される。前者においてはセロトニンは不安惹起性に,後者においては不安解消性に作用すると考えられる。SSRIsはこの二つの系に相対的に作用して最終的効果を発揮するという仮説が提案されている。この仮説がヒトで検討された。ヘッドホーンでビーという音を聞かせている最中に突然大きな不快音を出すという手続きを条件恐怖として,また,予告なしに突然人前でスピーチをさせるという手順を無条件恐怖として実験が行われた。その結果,m-CPPやfenfluramineは無条件恐怖を増加させ条件恐怖を減少させた。他方,ritanserinは無条件恐怖を減少させ条件恐怖を増加させた7)。SSRIsがこれら二つのセロトニン系のどちらに有意に作用するかで臨床効果が異なってくる可能性が考えられる。

  ソーシャルホビアに対するSSRIs治験展望

 Fluvoxamineのオープン試験は1研究のみ報告されている。1週間のウオシュアウト後,50〜150mgのfluvoxamineが6週間投与された。15名中10名が治験を終え,効果は3週後にみられた。Duke Brief Social Phobia Scale(BSPS)の平均点数が47.3点から22.8点に減少した8)。fluoxetineでは三つのオープン試験がなされている。Schneierら9) は12名中7名(58%)に効果があると報告し,Blackら10) は14名中10名(71%)に,Van Ameringenら11) は16名中10名(62%)が改善したと報告している。sertralineでは三つのオープン研究が報告されている。Van Ameringenら12) は,100mgから200mgを8週間投与した20名の患者中16名(80%)に効果を認めた。このうち9名は大うつ病を併発していたことに注意しておく必要がある。Martinら13) は,2週間のドラッグフリー期間をおいて6週間の治験を19名の患者で行った。BSPSで25%以上の症状改善者を反応者と見なすと,11名(58%)に効果がみられた。Czepowiczら14) は,sertralineを少なくとも100mg,4週間以上投与された患者のカルテを病後歴的に検討し,11名の患者中7名(64%)が改善したことを認めた。しかし,11名中の5名はうつ病を併発していた。paroxetineでは二つのオープン研究がある。Manciniら15) は,全般型ソーシャルホビア患者18名にparoxetineを20〜60mg,12週間投与した.著明改善または中等度以上改善が15人(83.5%),社会不安,社会恐怖性回避,抑うつ,社会機能面で改善した。ただし,対象症例の中には,大うつ病2名,デスチミア11名が含まれていたことは注意を要する。Steinら16) は,paroxetine20mgから5Omgを11週間投与し,治験を終了した30名中23名(77%)が改善したと報告している。SSRIs中もっとも強力であるとされるcitalopramが3例の症例研究で有効であることが報告された17)。その後,オープン試験が一つなされている。Bouweら18) は,citalopramを40mg,12週間22名のソーシャルホビア患者に投与し,Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)とClinical Global Impressions(CGI)scaleで評価した。その結果86%の患者が改善した。図3にSSRIs各薬剤のオープン試験をまとめて示した。対象人数,評価方法,投与量,投与期間など各研究まちまちであるが,それらを無視し,全体的にまとめた。

 SSRIsのソーシャルホビアに対するコントロール試験はまだ少数の報告しかない(図4)。30名のソーシャルホビア患者にfluvoxamine150mgとプラセポが12週間投与された。効果を示した患者は,試験薬では7名(46%),プラセボでは1名(7%)であった。社会不安と予期不安の面で有意に改善,回避行動の領域では有意差は認められなかった。LSASにおいて,得点が50%減少したのは試験薬で47%,プラセボで8%であった。この尺度で有意な得点の減少は12週目にやっとみられた。脱落者は,試験薬で副作用のため1名,プラセボで効果ないため1名出た。副作用は,悪心・胃部不快感が試験薬で10名,プラセボで2名みられ,眠気・倦怠感はそれぞれ7名と1名みられた。fluvoxamine治験初期に一過性にjitteringや不安感の増強が認められた19)。sertraline50〜200mgが12名の患者に10週間二重盲験試験がなされた。治験前に服薬なしの期間が2週間もうけられた。LSASの平均点数は64.3で,減少点数は試験薬で22点,プラセボで5点で統計学的有意であった。CGIでみると,試験薬投与群では12名中2名は中等度改善,4名は著明改善を示した20)。paroxetineは1週間のウオッシュアウト後,20〜50mgが11週間投与された。試験薬は91名に投与され脱落者は29名,プラセボの脱落者は20名であった。有効率は,試験薬55%,プラセボ23.9%で,統計的有意であった21)。

 ソーシャルフオビアについてSSRIs以外にclonazepamもプラセボと比べ有意な効果が示されている22)。clonazepamが同じペンゾジアゼピン系のalprazolamより効果が強いのはガンマーアミノ酪酸系だけでなくセロトニン系にも効果があるからであろう。非可逆性モノアミン酸化酵素阻害薬も高い有効性が示されているが23)24),食餌制限の必要があり,わが国では使用できない状況にある。海外で効果の実証されている23) 可逆性モノアミン酸化酵素阻害薬のmoclobemideは現在日本でうつ病に対し治験がなされている。SSRIsに属するfluvoxamineやparoxetineがこれから本邦でも市場に出るが,その有効性と副作用が少なく耐薬性がよいことからclonazepamとともにソーシャルホビアの第一選択薬として使用される可能性が高い。

 

  文 献

 1) Wittchen,H.U. & Beloch,E. : The impact of social phobia on quality of life. Int. Clin. Psychophamacol., 11[Suppl.3] :15,1996.
 2) Mannuzza,S., Schneier,F.R., Chapman,T.F., et al.:  Generalized social phobia : reliability and validity. Arch. Gen. Psychiatry, 52:230,1995.
 3) Heimberg,R.G., Hope,D.A., Dodge,C.S., et al.: DSM-V-R subtypes of social phobia : comparison of generalized social phobics and public speaking phobics. J.Nerv.Ment.Dis., 178:172,1990.
 4) Stein,M.B., Chartier,M.J., Hazen,A.L., et al.: A direct-interview family study of generalized social phobia.Am.J.Psychiatry, 155:90,1998.
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 9) Schneier,F.R., Chin,S.J., Hollander,E., et a1.:  Fluoxetine in social phobia. J.Clin.Psychophmacol., 12:62,1992.
10) Black,B., Uhde,T.W. & Tancer,M.E.: Fluoxetine for the treatment of social phobia.J.Clin.Psychophamaco1., 12:293,1992.
11) Van Ameringen,M., Mancini,C. & Streiner,D.L.:  Fluoxetine efficacy in social phobia.J.Clin.Psychiatry, 54:27,1993.
12) Van Ameringen,M., Mancini,C. & Streiner,D.L.: Sertraline in social phobia.J.Affect.Disord., 31:141,1994.
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14) Czepowicz,V.D., Johnson,M.R., Lydiard,R.B., et al.: Sertraline in social phobia.J.Clin.Psychopharmacol., 15:372,1995.
15) Maancini,C. & van Ameringen,M. : Paroxetine in social phobia.J.Clin.Psychiatry, 57:519,1996.
16) Stein,M.B., Chartier,M.J., Hazen,A.L., et al.: Paroxetine in the treatment of generalized social phobia : open-label treatment and double-blind placebo-controlled discontinuation.J.Clin.Psychophamacol., 16:218,1996.
17) Lepola,U., Koponen,H. & Leinonen, E.: Citalopram in the treatment of social phobia : a report of three cases. Phamacopsychiatry, 27:186,1994.
18) Bouwe,C. & Stein,D.J. : Use of the selective serotonin reuptake inhibitor citalopram in the treatment of generalized social phobia.J.Affect.Disord., 49:79,1998.
19) Van Vliet,D.M., den Boer,J.A. & Westenberg,H.G.M. : Psychophmacological treatment of social phobia : a double-blind placebo-controlled study with fluvoxamine.Psychophamacology (Ber1.), 115:128,1994.
20) Katzelnick,D.J., Kobak,K.A., Griest,J.H., et a1.: Sertraline for social phobia : a double-blind,placebo-controlled crossover study.Am.J.Psychiatry, 152: 1368,1995.
21) Stein,M.B., Liebowitz,M.R., Lydiard,R.B., et al.: Paroxetine treatment of generalized social phobia (social anxiety disorder) : a randomized controlled trial.JAMA,280:708,1998.
22) Davidson,.J.R.T., Potts,N., Richichi,E., et a1.: Treatment of social phobia with clonazepam and placebo.J.Clin.Psychophamacol., 13:423,1993.
23) Versiani,M., Nardi,A.E., Mundim,F.D., et al.: Phamacotherapy of social phobia : a controlled study with moclobemide and phenelzine.Br.J.Psychiatry, 161:353,1992.
24) Liebowitz,M.R., Schneier,F., Campeas,R., et al.: Phenelzine vs atenolol in social phobia : a placebo-controlled comparison.Arch.Gen.Psychiatry, 49: 290,1992.