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社会恐怖の薬物療法

特集:不安の医学 〜社会恐怖〜
季刊 精神科診断学 11(3);361-369,2000

貝谷久宣 *

* 医療法人和楽会 パニック障害研究センター 〒453-0015名古屋市中村区椿町1-16イモンビル6F なごやメンタルクリニック内
Hisanobu Kaiya: Panic Disorder Research Center. Warakukai Med. Corp. Imon Build. 6F, 1-16, Tsubaki-cho, Nakamura-ku, Nagoya, Aichi 453-0015 Japan

   要旨
 社会恐怖の治療薬としてモノアミン酸化酵素阻害剤−フェネルジン,ベンゾジアゼピン系抗不安薬−クロナゼパム,およびSSRI−パロキセチンの高い有効性がコントロール研究で報告されている。SSRIが効果を示す基礎には,社会恐怖患者に対するチャレンジテストによって5−HT2受容体の過感受性を示唆する所見が示されていることが関連していると考えられる。社会恐怖とバーキンソン病は臨床症状が類似し,両者とも線条体におけるドパミン神経終末の減少を示唆する脳画像診断所見が提出されていることから,社会恐怖にドパミンアゴニストが効果をもつ可能性が考察された。

季刊精神科診断学11;361−369

  1. 社会恐怖とパニック障害
 はじめにパニック障害と社会恐怖の違いについて考えてみたい。DMS−Wの社会恐怖の診断基準B.に「恐怖を感じる社会的状況への曝露によって、ほとんど必ず不安反応が誘発され、それは、状況依存性、または状況誘発性のパニック発作の形をとることがある」とある。ここでいう「パニック発作」は、パニック障害にみられる予期せぬ状況下での誘因のない発作と違って、社会恐怖の場合、たとえば、大勢の人の前でスピーチをするときに起こるといったような、理由がはっきりしている発作である。また同診断基準C.では「恐怖が過剰であること、また不合理であることを認識している」という点で「妄想」と区別している。

 パニック障害の患者は、パニック発作によってこのまま死んでしまうのではないかと恐怖をもつ、すなわち生命の終息に対し強い恐怖感をもつのに対して、社会恐怖の患者の場合は「社会的生命」が絶たれることに対する恐怖をもつ。筆者は、生物学的生命の危機に対する恐怖を持つ疾患をパニック障害、社会的生命の危機に対する恐怖が強い疾患を社会恐怖としてとらえ、その根源は類似していると考えている。社会恐怖の患者にどういう状況が苦手であるかたずねた結果が に示されている。

 筆者は、会食恐怖やトイレ恐怖を広場恐怖と診断することがある。これらの恐怖症では、失禁してしまうのではないかとか、嘔吐してしまうのではないかという不安が訴えられることが多い。この不安の根底に、失禁や恐怖の結果、人前で恥をかくことを恐れることがより主となるならば社会恐怖でよいが、身体的危機そのものが問題になるならば、広場恐怖の診断が適切であると考える。

 パニック障害の患者の中に、人前でパニック発作を起こし、恥をかいたり、迷惑をかけるのではないかという強い恐れを持ち、そのような状況にいることに強い不快感を示したり、回避行動をとるものがいる。このような場合二次的社会恐怖という診断がなされる。筆者のクリニックを受診したパニック障害患者118名のうち、33.9%は二次的社会恐怖を示した。また逆に、4.2%のパニック障害患者には社会恐怖の既往があった。

  2. 社会恐怖の薬物療法
 社会恐怖の薬物療法の効果を検定する方法としてよく知られているものに、社会恐怖簡易評価尺度とリーボビッツ社会不安評価尺度とがある。

 これらの評価尺度を用いたモノアミン酸化酵素阻害薬とβ遮断薬の社会恐怖に対するコントロール試験の結果を に示す。それによると、フェネルジン(モノアミン酸化酵素阻害薬)の効果は統計的に有意である。しかしフェネルジンは副作用がしばしば出現し、日本ではまだ認可されていない。またアテノロール(β遮断薬)は局所的効果が認められるが、社会恐怖の症状全体の改善は望めない。

  は各種ベンゾジアゼピン系抗不安薬の社会恐怖に対するコントロール研究の結果を示す。代表的なものにアルプラゾラム、クロナゼパムがある。筆者の臨床経験では、アルプラゾラムよりもクロナゼパムのほうが明らかに著明な効果を持つ。

 ベンゾジアゼピンの効果の特徴は速効性にある。服薬後15〜30分後には効果が現れ、1時間後にピークに達する。アルプラゾラムとクロナゼパムでは作用時間が異なって、アルプラゾラムが短期(血中半減期5〜6時間)であるのに対してクロナゼパムは中期(同20時間)におよぶ。

 いま話題のSSRI(選択的セロトニン再吸収阻害剤)は社会恐怖にも明らかな効果を持つ。 はSSRIの社会恐怖対するコントロール研究の結果を示している。日本で現在使用できるSSRI(フルボキサミン)はうつ病および強迫性障害に対して適応となっているが、近い将来日本でも使用可能となるSSRI、パロキセチンは英国と米国で社会恐怖が適応症となっている。

 SSRIの作用機序を に示す。SSRIは、セロトニンを再吸収するセロトニン・トランスポーターを阻害し、シナプス間隙のセロトニンの量を増やす。このような状態が続くと、うつ病や不安障害の病態であると推定されるセロトニン・レセプターの増加がdown regulationされ、セロトニン・レセプターの中でも主に5-HT2レセプターが減少し、臨床効果を発揮すると考えられている。SSRIが投与されてからセロトニン・レセプターのdown regulationが生じ臨床効果が現れるまでに時間を要するが、即効性のベンゾジアゼピンの効果に比し、体質の変化をもたらしたことによる効果と患者には説明されうる。

 背側縫線核からの上行する線維は扁桃核と前頭葉皮質に達し、条件性恐怖を促進すると考えられる。一方、背側縫線核から中脳水道灰白質に向かうセロトニン線維は非条件性恐怖を抑制する作用があると推定される。

  3. セロトニン性神経伝達の作用
 脳内においてセロトニン性の神経回路は2種類の恐怖に関係しているといわれている。予告なしで突然大勢の人前でスピーチをさせられるような時に喚起する恐怖を無条件恐怖と呼ぶ。この無条件恐怖に対して、セロトニン性神経細胞群である背側縫線核から中脳水道灰白質へいく神経回路は抑制的に作用する方向に働いている。一方、「何月何日に500人の人を前にして自己紹介をしてください」と言い渡された後の恐怖感を条件恐怖と呼ぶ。この条件恐怖では、別のセロトニン性神経回路が作用する。背側縫線核から上行して扁桃核と前頭葉皮質に達しているセロトニン性神経回路が刺激されると、条件性恐怖が高まると考えられる。

 このように、セロトニンは無条件恐怖においては不安解消性に、条件恐怖においては不安惹起性に働く。このようなことから、SSRIはこの2つの系に相対的に作用して最終的効果を発揮するという仮説が提案されている。セロトニン受容体を刺激するm-CPPや神経終末からセロトニンの放出を促進するフェンフルラミンは、無条件恐怖を増加させ条件恐怖を減少させることが、健常人において明らかにされている。これらの薬物は社会恐怖の患者では健常人よりさらに激しい不安を引き起こす。これらの薬物は、5-HT2と呼ばれるセロトニン受容体を刺激することがわかっており、社会恐怖の患者ではこの5-HT2受容体が過敏になっていると推定される。他方、リタンセリンという5-HT2受容体を遮断する薬物は、無条件恐怖を減少させ条件恐怖を増加させたと報告されている。

 このようにみてくると、セロトニンの働きが活発になればよいといった単純な結論はくだせない。脳の部位ごとに、また、レセプターレベルでSSRIの作用が異なり、脳内でどのように作用して効果を発揮しているのかは正確にはわかっていない。しかし、半年間のSSRIの使用経験を持つ筆者は、SSRIは社会恐怖の病状をベンゾジアゼピンに比しより根底から改善するようという印象を持つ。SSRIを使用すると、表情は明るくなり、不安を意識することなく、それまで回避していた状況に対応していくことが可能になる患者にしばしば遭遇する。

  4. ドパミン系薬物

  社会恐怖とパーキンソン病
 筆者の社会恐怖に対する薬物療法の基本は、SSRIによって性格を前向きにする、と同時にベンゾジアゼピン系抗不安薬(クロナゼパム)で不安を取り除く、そして、さらにドパミン系薬物により反芻思考を断ち切る、というものである。

 では、なぜドパミン系薬物が必要なのか。社会恐怖に対するドパミン系薬物の効果は文献上まだ認められていない。しかし、社会恐怖とパーキンソン病には類似点がいくつか存在する。パーキンソン病の患者には社会恐怖をはじめとする不安障害が起こりやすいことが示されている。

 パーキンソン病と社会恐怖では臨床的によく似た症状を示す。社会恐怖の患者は人前で、「手や声の震え」「手足の硬直」「顔のこわばり」「行動を起こすことができない」ことをしばしば訴える。これらにはパーキンソン病の症状である「振戦」「筋強剛」「仮面様顔貌」「すくみ足」という症状に対応している。パーキンソン病のこのような症状は普段でも見られるが、人前に出たりして緊張状態になるとさらに激しくなる。

 一方、精神症状を比較しても、社会恐怖とパーキンソン病は類似している。パーキンソン病の患者に神経心理学的検査を施すと、「注意を集中することが困難」「文章を構成することできない」「周囲の状況をしっかり認識できない」「考えがまとまらない」「言葉が流暢に出ない」といった認知障害が明らかになる。

 ここにあげた症状は、社会恐怖の患者が緊張を引き起こす状況ですべて体験するものである。また社会恐怖の患者によくみられる性格特徴として、「自尊心が低い」「劣等感が強い」「マイナス思考に陥りやすい」ということがあげられている。このような性格特徴の中で、パーキンソン病の患者にも「マイナス思考に陥りやすい」傾向があることが最近の研究で示されている。さらに、社会恐怖の患者がうつ状態を示すことはしばしばあるが、パーキンソン病でもうつ病を高率にともなうことが報告されている。

  パーキンソン病は脳内ドパミンの欠乏が原因
 以上の点から、臨床的に、このようなことから、パーキンソン病の脳病理を知ることが、社会恐怖の脳内機構を知る手がかりになると考えられる。

 パーキンソン病の脳では中脳黒質の着色が淡くなっている。この黒質を顕微鏡で見ると、神経細胞が萎縮し、それがさらに進んで陰影だけの状態にまでなっているものもみられ、健常の黒質と比べると神経細胞の数は非常に少なくなっている。

 この黒質のメラニンを含んだ神経細胞がドパミンをつくっていると考えられている。この神経細胞はその突起を大脳基底部の線条体に送っており、この部位でドパミンを放出し、神経伝達をしている。パーキンソン病では、この黒質―線条体経路の変性により、神経症状が発症すると考えられる。パーキンソン病の種々な神経心理学的認知障害は、線条体から前頭葉、さらに前頭葉から帯状回におよぶ部分の機能障害と関係していると考えられる。

 最近、社会恐怖とパーキンソン病を脳病理の点から結びつける非常に興味深い研究が報告された。神経終末からシナプス間隙に放出されたドパミンは、その一部は元の神経終末に再取り込みされる。この再取り込みをするゲートをドパミン・トランスポーターと呼ぶ(図8)。このドパミン・トランスポーターは黒質から出て線条体に終わる神経突起の終末に存在している。

 SPECTにより、このドパミン・トランスポーターの状態を検討した研究がパーキンソン病でも社会恐怖でもなされている。それらによると、パーキンソン病でも社会恐怖でも、線条体のドパミン・トランスポーターの濃度が低下していることが明らかになった。このようなことから、社会恐怖の患者でもパーキンソン病患者と同様に線条体のドパミン神経終末が減少している可能性が推定される。この仮説は、社会恐怖の患者に脳内のドパミン機能を高める薬を投与して治療効果があるかどうかを調べて確認することができる。最近の研究で、ドパミン系薬物であるPergolideは効果がないことが報告されている。しかし、ドパミン自己受容体を遮断し、ドパミンの放出を促進させると考えられるsulpirideの少量投与は、筆者の臨床経験からは明らかな効果を持つ。

  5. 治療の実際
 以上の話をまとめる意味で、単剤による治療成績をくらべたものが である。社会恐怖に対して、パロキセチンは55%、クロナゼパムは80%の有効率である。一方、行動療法の成績は悪い。しかし、これはあくまで単独の治療による結果である。実際の臨床では、薬物療法と行動療法の併用は効果が高い。

 [症例]
 21歳,女性,大学中退,弁護士の父と英会話教師の母をもつひとりっ子。幼稚園の頃より人と接することが苦手で,中学生の頃,1人か2人向こうから親切にしてくれる友人はいるが,グループに入れない。中学1年生のときに電車の中で痴漢に遭ってから,電車が恐い。主訴は外出恐怖(視線恐怖,会話が持続できない,争いごとが嫌い,ストーカーが恐い)。他医でフルオキセチンを投与されたが,改善なし。

 1999年8月25日,初診:診察室で泣くだけで,母が病状を陳述。第1希望でない学校を嫌い,友人づきあいが苦で大学を中退したという。現在,自宅で料理を作ったり,英会話の勉強を1人でやつている。(スルビリド50mg2錠+クロナゼパム1mg2錠,フルボキサミン25mgl錠を処方。

 9月8日:微笑しながら入室したが,自分にとって外に出ることは考えられないという。母親に対して密着を避けるよう指導した。イミプラミン10mg2錠を追加した。

 9月29日:担当医にメールで日常の様子を伝えてくる。表情が明るくなった。スルビリド50mg2錠,クロナゼパム1mg2錠,フルボキサミン25mg2錠,イミプラミン10mg2錠を処方。

 10月28日:1人で来院。外出が平気になり,1人で買い物ができた,一生外出できないと思っていたのに,信じられないという。

 2000年1月19日:アルバイトの面接を受けてきたという。

 この間,10月14日,28日,11月10日,24日の4回,認知行動療法を行った。

  6. 薬物療法はいつまで続けたらよいか?
 社会恐怖の薬物療法はどのくらいの期間つづけるべきなのだろうか。クロナゼパムを1日1.0〜2.5mg半年間投与しつづけたのち、2週間に0.5mgずつ減らしていったグループと減らさなかったグループを比較した研究がある(Connorら、1998)。その結果、減らしたグループの約2割が再発してしまった。このことからも、長期服用が望ましいことがわかる。