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パニック障害における抑うつ状態

パニック性不安うつ病 (2)臨床的特徴

貝谷久宣
医療法人和楽会パニック障害研究センター

宮前義和
香川大学教育学部附属教育総合実践センター

パニック障害症例集
パニック障害における抑うつ状態
149-168, 2001, 日本評論社

 はじめに

 われわれは以前(貝谷ら,2000)、パニック障害とうつ病は comorbidity の頻度が高いこと、治療薬と生物学的マーカーの一部が共通していること、さらに同一家系に両障害が発生することをあげ、その近縁性について述べた。そして、パニック障害にみられる抑うつ状態の臨床類型として、意気消沈うつ病(Klein,1981)、内因性メランコリー型うつ病(Klerman,1990)、不安発作・抑制型うつ病(広瀬,1979)、非定型うつ病(DSM-W)、双極性障害、季節性感情障害などがあることを示し、パニック障害とともに認められるとして記述された抑うつ状態の病像が一様ではなく、複数の臨床類型がありうることを述べた。その報告の中でパニック障害にかなり特徴的な抑うつ状態像を呈する臨床類型があることを示し、「パニック性不安うつ病」と呼称した。

 このパニック性不安うつ病は、米国精神医学会の精神障害の分類と診断の手引き第4版(DSM-W)大うつ病エピソードの診断基準のなかの「ほとんど一日中」という条件を除外した診断基準を充たし、後に記す、移行現象または交代現象があって、発作性気分変調エピソードから不安・焦燥を主症状とする抑うつ状態へ移行・発展する病像を呈する。パニック障害の横断的調査でうつ病のみられる割合は31%であり、その半数はこのパニック性不安うつ病であった。パニック性不安うつ病の臨床症状の特徴は、ハミルトンうつ病評価尺度の結果からは、抑うつ気分が強く、仕事や活動面の障害度が高く、消化器系の身体症状が多く、ふがいなさ感と絶望感が強い。自己評価尺度からみると、日本版 Self-rating Depression Scale(SDS)では「泣くまたは泣きたくなる」、「便秘している」、ベックうつ病自己評価表では、「自分自身に失望している」という特徴が浮かび上がった。

 本研究では、パニック性不安うつ病の症例を呈示した後、臨床的変数を統計学的に処理し、パニック性不安うつ病の臨床特徴をさらに掘り下げて検討する。 


症例1(離人症状を主とする不全パニック発作から抑うつ状態に移行 ) 

症例 
 23歳男性、1974年生まれ、自動車販売店勤務。 

家族歴 
 1歳年少の妹が患者と同じ様な状態で小学校5年から学校へ行かなかった。

生活歴
 元来小心で従順。一時、軽い対人恐怖傾向があった。妹との仲はよい。中学に入学した頃の成績は中等度であった。中学1年の夏休み過ぎから、ときどき、学校を休むようになった。中学2年になると、出席率は50%ぐらいであった。中学3年のときにはほとんど登校しなかったが、卒業となった。高校進学はあきらめ、近くの商店でアルバイトをしたが、まもなく、父の経営する中古自動車の販売を手伝うようになった。

現病歴
 中学に入ってまもなく、突然、理由なくいやな気分に襲われる日があった。この気分は、不愉快で、いたたまれない不安感で、すべてのことに対する関心を奪うほどのものであった。結果的には登校拒否という形となった。中学1年の夏休み明けからは月に数日そのような日があったが、徐々に多くなっていった。中学3年生になるとまったく登校しなくなった。このような状態は、その後も、消長を繰り返し、18歳の時にパニック発作が初発するまでつづいた。このパニック発作は、夕食後にうたた寝をしているときに起こり、心悸亢進、発汗、呼吸困難、腹部不快感、めまい、非現実感、発狂恐怖、死の恐怖、熱感、口渇、下肢の脱力、かすみ目からなり、非常に激しいものであった。その後、約1年半の間のパニック発作は多いときは週に数回、少ないときでも週に1回は頻発していたが、その後は徐々に減少していった。初発を含め3回の睡眠時パニック発作以外はすべて覚醒時発作であった。

 パニック発作初発後3年経ち、パニック発作がほとんど消失すると挿間性の離人症が出るようになった。これは1回5分から10分、長いときには1時間前後続き、日に何度も生じた。この離人症では、徐々に現実感がなくなり、時間感覚が消失し、集中力が鈍り、何も考えられず、感情のないもう一人の自分になっている感じで、何もしたくない状態となった。このような離人症が長引くと、そのまま気分が沈み込んでいき、抑うつ状態になる。この抑うつ感は、1〜2時間続き、いわゆる気分が沈み込むといった形容がぴったりの状態で、何にも興味がもてず、何もしたくない状態で、ひたすらこの不快な気分が去るのを祈るだけだと訴えられた。この症例ではいわゆる不安・焦燥は激しくはなかった。

初診時所見
 離人感を主訴として来院した。呼吸困難、腹部不快感、離人感から成る不全パニック発作が週に2〜3回生じていた。中等度の予期不安が常にあり、明らかな広場恐怖は認めなかった。連日、頭重感と頸・肩の凝りといった非発作性不定愁訴があった。持続的ではなく挿間性の抑うつ気分が毎日数回あった。SDS得点38点であった。ときどき過眠が出現する一方、夜間覚醒が時々出現し、睡眠覚醒リズムの乱れが認められた。過食、鉛様麻痺、拒絶に対する過敏性は否定した。

治療経過

 sulpiride 100mg、ethyl loflazepate 2mg、imipramine 10mgからはじめ、最高量をそれぞれ150mg、6mg、125mgまで漸増した。

第28病日
 抑うつは多少楽になったが、なお続く。ときに、抑うつ気分は離人症と同時に生じた。エピソードは1日のうち何度も繰り返し、頻度は不変であった。

第84病日
 抑うつエピソードは2週間に1回と減少した。

第112病日
 非現実感は生じるが抑うつ気分は起こらなくなった。第179病日:抑うつ気分は完全に消失し、軽い離人症のみが残った。易疲労感が強まった。

第217病日
 離人症も抑うつ気分も再燃し、めまいが出現。第364病日:離人症も抑うつ気分もなお持続。

第448病日
 fluvoxamine 25mgから追加処方し、最高量50mgまでに増量した。それ以後は離人症も抑うつ気分もまったく見られず、707病日を経過した現在も良好な状態が続いている。

症例1:まとめ

 この症例では、不安発作で発症し、その後、激しいパニック発作が1年半頻発した。激しいパニック発作が消失するとまもなく離人症発作を主症状とする不全パニック発作がかなり頑固に持続した。遷延性のこの離人発作はその後、抑うつ状態に移行した。筆者らはこれをパニック発作症状から抑うつ状態への移行現象と考える。この離人症状を主とする不全パニック発作とそれから抑うつ状態に移行する病像は治療抵抗性、再発性であった。SSRIの導入でやっと寛解にいたった。


症例2(パニック発作と不安・焦燥抑うつエピソードが交代性に出現) 

症例
 22歳女性 銀行員。

家族歴
 父母と兄2人の家族、家系内にうつ病、アルコール中毒、恐怖症などの遺伝負因はない。

生活歴
 元来、几帳面でまじめ、明るく友人からは信頼されている。短大を卒業後専門学校に1年通い大手銀行に就職して2年目を迎えた。

現病歴
 就職して満2年を目前にして、1月に職場の部署替えがあった。前の職場より人間関係は楽になったが絶対に間違いが許されないきびしい職場で、大変なストレスに感じられた。2月、退社の準備をしているとき、不意に体全体をギューと捕まれたような感じがして、全身が震えだし、熱くなり、その後息苦しさと心悸亢進が出現し、現実感が薄れてきた。同僚が病院に連れていってくれたが特別な異常は見つからなかった。その1ヶ月後に類似したパニック発作が再発し、その後は週に1〜2回起こるようになった。発作は会社に出勤中のことが多かった。内科の治療を受けたが思うようによくはならなかった。

 4月17日初診時、食欲がなく疲れやすいことを訴えるも特に抑うつ状態は認められなかった(SDS:32点、シーハン不安尺度:54点)。東大式エゴグラムプロフィールはW型で軽い抑うつ状態を示していた。初診前日にあった発作は息苦しさ、めまい、吐き気、窒息感から成っていた。

 薬物療法は sulpiride 100mg、ethyl lofrazepate 2mg、imipramin 10mg から始め、最高量はそれぞれ 150mg、8mg, 300mgであった。心悸亢進を主体とする不全パニック発作が会社で夕方にでることが多く、また、夜間覚醒が認められた。薬物の増量にもかかわらず不全発作の出現が続いた。7月に退職したが、本人の期待に反して発作は消失せず、その後もしばしば起こった。心悸亢進と呼吸困難が主な発作症状で、治療抵抗性であった。11月、治療開始後6ヶ月半経過する頃、パニック発作がようやく消失した。このときの処方内容は、sulpiride 150mg、ethyl lofrazepate 8mg、imipramine 150mg、clomipramine 50mgと大量であった。パニック発作が完全に消失してから2週後に、本人の言葉を借りると「夜になると、気分のチャンネルを変えたように、理由もなく急に泣けてくる。椅子を投げ出したくなる。怒りが消えない」といった状態が突如として出現した。このような不安・焦燥抑うつエピソードが消退すると今度は過眠状態が生じたり、視界が回転したり、揺れたりする、または、腹部不快感を伴い、喉の震え、激しい心悸亢進といった身体症状が出現した。このような不全発作がない日は気分がさえず、何にも興味がもてない状態を示した。「病気は治るのか」「なぜ自分だけがこんな病気に苦しまなければならないのか」といった反芻思考をした。

 第9病月、翌年1月になると急に体重が増加し、2週間で3kg太った。この時期の処方は、clonazepam 8mg、imipramine 300mg、amitriptyline 50mg、sulpiride 100mgであった。翌第10病月になり、一時、小康状態を保っていた抑うつエピソードが、失恋をきっかけにして再燃してきた。夜間、急に孤独感に襲われ母親の寝室に潜り込んだり、わけもなく大声で泣いたり、元気に仕事をしている同級生の話を聞くと、自分のふがいなさに自己嫌悪に陥り、焦りといらだちのあまり、部屋の中のものを手当たりしだいに叩いたり、投げつけた。この時期の処方は、bopindolol malonate 1tab、clonazepam 6mg、imipramine 150mg、levomepromazine 50mg であった。その後もパニック不全発作が頻発する時期と不安・焦燥抑うつエピソードが出現する時期を数週ごとに繰り返した。

 第13病月になると、ときに胸が軽くつかえる日はあるが、不安・焦燥抑うつエピソードは消失し、テレビドラマを楽しむ余裕ができ、ほぼ寛解状態に達したと考えられた。しかし、体重は10kg増加していた。この時期の処方は、bopindolol malonate 1tab、ethyl lofrazepate 6mg、imipramine 75mg、levomepromazine 75mg、であった。その後まもなく、通院と服薬を中断した。その数週間後、夜間の激しい不安・焦燥が出現し、自殺企図のために他院へ緊急入院し、半年後に退院にしたと聞く。

症例2:まとめ

 治療抵抗性のパニック発作が消退すると、次には、過眠、体重増加、鉛様麻痺、および拒絶に対する過敏性を伴う不安・焦燥抑うつエピソードが出現した。著者らはこれをパニック発作から不安・焦燥抑うつエピソードへの交代と考えた。その後も、この抑うつエピソードはパニック不全発作症状が出現すると消退し、両者はシーソー様に交代性に出現した。このような症例は交代現象を示す症例と考えた。不安・焦燥状態にはlevomepramazineが奏効したと考えられる。この症例も、治療抵抗性、再燃傾向の強い特徴を示した。


パニック性不安うつ病の臨床特徴の検討

対象
 1998年2月から8月にかけてなごやメンタルクリニックに通院したパニック障害患者(DSM-W:広場恐怖を伴うパニック障害、広場恐怖を伴わないパニック障害)523人のうち、DSM-Wの大うつ病エピソードの診断基準のうち、「ほとんど一日中」という条件を除外した診断基準を充たした場合を本報告でいう、うつ病ありとし、上記した移行現象または交代現象があって、発作性気分変調エピソードから抑うつ状態へ発展する病像をパニック性不安うつ病と定義した。このような基準を満たすパニック性不安うつ病患者は24名であった。これら24名の患者と年齢と性をマッチさせた、大うつ病が過去にも現在にもないパニック障害患者24名を対照患者とした。 

方法
 対象者全員にパニック障害の研究への簡潔な説明と同意を得た上で、パニック性不安うつ病に関連した臨床症状等の聴き取りを行った。病歴、初診時に記入を行った問診票、初診時に施行した東大式エゴグラム第2版(TEG)(末松ら,1993)にもとづき、患者の背景、性格傾向、パニック障害に関する臨床症状、パニック性不安うつ病に関する臨床症状、家族歴について資料を得た。 

 統計学的検討方法には、χ2検定、Fisherの直接確率計算法、およびt検定を用いた。 

結果
背景

 最終学歴、初診時の婚姻状況は両群間に違いは見られなかった。初診時の就労状況については、統計学的有意差は認められなかったが、パニック性不安うつ病は非抑うつ群に比べて、公務員もしくは会社員、自営業を営む者が少ない、すなわち、定職に就いていない傾向が見られた。 

パニック障害の臨床症状
 パニック障害の臨床症状に関してパニック性不安うつ病と非抑うつ群との比較を行った。発症年齢、罹病期間、発症季節、コーヒーによるパニック発作誘発、早期離別の既往、状況性パニック発作の頻度、排便・排尿恐怖の有無、睡眠時パニック発作に関しては両群に統計学的有意差はなかった。パニック性不安うつ病は非抑うつ群に比べて、受診時直前のパニック発作の症状数が有意に多かった(6.7±2.7 vs 4.9±1.9、p=0.019)が、パニック発作の程度と頻度には有意差はなかった。受診時の発作症状では、統計学的有意ではないが、吐き気または腹部不快感(18/24 vs 10/24、p=0.057)、非現実感(9/24 vs 3/24、p=0.070)、制御不能・発狂恐怖(16/24 vs 7/24、p=0.060)はパニック性不安うつ病に多い傾向がみられた(Fishsrの直接確率)。それ以外の臨床症状では両群間に有意な違いはみられなかった。また、パニック性不安うつ病では広場恐怖のない割合は、統計学的有意ではなかったが、対照群より多かった(7/24 vs 4/24)。また、非抑うつ群と比べて、パニック性不安うつ病の主訴は循環器症状、呼吸器症状よりむしろ精神症状を主訴とする患者が多かった(15/24 vs 12/24)。

パニック性不安うつ病の臨床症状
 交代現象、すなわち、パニック発作と交代性に抑うつ状態を示した患者は21名(87.5%)であり、移行現象、すなわち、パニック発作または不全パニック発作から抑うつ状態への移行を示した患者は3名(12.5%)であった。パニック性不安うつ病患者の59.1%が夜間過覚醒を示した。精神症状として、自分の病状を過度に悲観する(82.6%)、よくならないことにいらだつ(78.9%)、なぜこんな辛い思いをするのかと嘆き悲しむ(78.9%)、他人に理解されないという激しい孤独感を抱く(69.6%)、他人を羨望し嫉妬する(66.7%)、アクティングアウトを起こす(72.7%)がしばしば観察された。抑うつ状態の日内変動を表2に示した。41.7%の患者が夕方から夜間にかけて抑うつ状態になると答えた。

 パニック性不安うつ病における非定型うつ病症状についてにまとめた。非定型うつ病の診断基準(DSM-W)を満たすかどうかの判断は21名(87.5%)で可能だった。そのうち57.1%の患者が非定型うつ病の診断基準を満たした。非定型うつ病の症状のうち最も多く見られたのは気分の反応性であり、最も少なかったのは過食だった。

パニック性不安うつ病の性格傾向 
 病前の性格傾向については、病前の性格に関する形容詞対を二者択一させ調査を行った。その結果をに記した。に記した性格特質を示す形容詞対のうち、パニック障害やうつ病になる前の性格として70%以上の患者が自己申告した性格傾向は、外向、几帳面、積極的、社交的、協調的の5つだった。一方、初診時すなわち病後に施行したTEGの結果についてはにまとめた。TEGの最高得点項目、最低得点項目の人数分布を見ると、Critical Parent(批判的な大人の自我状態;CP)、Adapted Child(順応した子どもの自我状態;AC)が最高得点項目である患者が多く、Nurturing Parent(養育的な親の自我状態;NP)、Adult(大人の自我状態;A)、Free Child(自由な子どもの自我状態;FC)が最低得点項目である者が多かった。

 また、平均得点を用いてTEGのパターンを描いて見ると、男性患者ではCP、ACが高く、NPは低く、角度の緩やかなNP低位型となり、女性患者ではCP、ACが高く、NP、A、FCがほぼ同じ高さにプロットできるU型葛藤タイプとなった。平均得点を用いて描いたTEGのパターンは、男女ともいずれの患者でも典型的なパターンとはいえないが、CP、ACが高く、それ以外の尺度が低くなっていることが特徴である。末松・和田・野村・俵(1989)にしたがって個々にパターンの分類を行ってみると、V型、U型、W型という葛藤を起こしやすいパターンは60.0%に達した。TEGを用いた以上の検討から、葛藤を起こしやすく物事に思い悩むことが多い性格傾向をうかがうことができた。

考察
パニック性不安うつ病の臨床症状 
 本研究で明らかになったパニック性不安うつ病の臨床特徴は、受診直前のパニック発作症状数がうつ病の既往のないパニック障害患者と比べると有意に多いことであった。筆者らの予後研究は、初診時のパニック発作症状数が多いと30ヶ月後もパニック発作がなおみられる頻度が高いことを示している(貝谷ら,1999)。このようなことからパニック性不安うつ病においては発症後長い期間パニック発作が消失しない可能性が推測される。また、パニック性不安うつ病では統計学的有意ではなかったが、パニック発作症状として精神症状の出現する頻度が高く、なおかつ、患者が申告する主な発作症状としても精神症状が多かった。このことは、パニック発作症状に離人症や発狂恐怖のような精神症状があるとパニック性不安うつ病がその後発展する可能性が高いことを示唆している。 

 パニック性不安うつ病では大部分がパニック発作と抑うつ状態が交代性に出現した。12.5%がパニック発作に引き続いて抑うつ状態に移行していくタイプであった。交代型にしろ移行型にしろ、このような様式でパニック発作と抑うつが出現することの根底には、パニック発作や抑うつを引き起こす共通の病態生理が存在することを推定させる。パニック性不安うつ病の6割近くに夜間過覚醒が認められた。パニック性不安うつ病の抑うつ感情には、自己憐憫、絶望・焦燥感、孤独感、アクティングアウトが特徴的である。また、抑うつ状態の日内変動は、4割の患者が夕方から夜間にかけて抑うつ症状が出現した。これらの点はいわゆるメランコリ−性うつ病の病像とは全く異なっている。 

 本研究ではパニック性不安うつ病の57%は非定型うつ病の診断が可能であった。疫学的調査研究では、非定型うつ病にはしばしばパニック障害が合併することが示されている(Horowath,1992)。Liebowitzら(1984)は非定型うつ病に対するimipramineとphenelzinの治療効果に関するコントロール研究において、治験患者60名中22名(36.7%)はパニック発作を認めた。そして、パニック発作がある非定型うつ病に対してphenelzinが特異的効果を持つことを明らかにした。 

 このように、パニック性不安うつ病においては抑うつ気分の日内変動と夜間過覚醒、また、鉛様麻痺、過眠、過食といった植物神経症状がしばしばみられた。さらにまた、パニック障害を伴う非定型うつ病にはモノアミン酸化酵素阻害薬の一種であるphenelzinが特異的に効果をもつといった文献的事実からしても、パニック性不安うつ病はパニック障害という病気に対して二次的心理学的に生じたのではなく、パニック障害と軌を一とする病態であると推定される。

 本研究の症例2で示されたように、薬物療法によりパニック発作が消失するとうつ状態が生じてくるといった交代現象は、薬物がうつ状態を誘発したという可能性も考えなければならない。しかし、パニック障害を発症する前にすでに一過性の抑うつ状態を示す症例も少なからず経験されることから、自然経過としてパニック発作と抑うつ状態が交代するのだと考えられる。 

治療反応性と予後経過について
 ここに報告した症例は2例とも治療抵抗性で再燃性の色彩が強かった。また、本研究ではパニック性不安うつ病患者は定職についていない傾向がみられた。 

 一般にパニック障害に伴ううつ病は治療反応が不良で予後は芳しくないとの報告が多い。Grunhausら(1986)の報告によれば、入院中のパニック発作を伴ううつ病とパニック発作を伴わないうつ病との3週間の抗うつ薬治療に対する治療反応は、それぞれ15%と53%であり、パニック発作を伴うほうが統計学的有意に反応不良であった。

 うつ病の既往はあるが治験時には抑うつ状態は認められないパニック障害と、うつ病の既往のないパニック障害のベンゾジアゼピン系抗不安薬に対する治療反応には有意差はなかった。ただし、再発性のうつ病のあるパニック障害の治療反応は不良であった(Maddockら,1993)。Kellerら(1993)は、126名の軽度から中等度のうつ状態を合併するパニック障害患者をimipramine、alprazolamまたはプラセボで16週間にわたり盲験テストを行った。治験薬はプラセボと比較して予期不安、恐怖症、うつ状態に対して有効であったが、パニック発作に対しては有意差がでなかった。彼らは強い抑うつ状態が治験薬のパニック障害に対する効果を弱めると推論した。 

 フェニールピペラジン核を有するtorazodonに類似した化学構造を持つnefazodonは、パニック障害とうつ病を合併する患者の抑うつにも、不安症状に対しても、imipramineより有効であった(Zajecka,1996)。 

 薬物療法に反応不良であったパニック障害とうつ病を合併する8名の患者に電気けいれん療法が6〜12回施行された。うつ症状は著明に改善し、4回目以降にはどの患者もパニック発作を認めることはなかった(Figiel,1992)。 

 SSRIの一種であるfluoxetineは不安障害に伴ううつ病には効果がないという報告がなされているが(Fava,1997)、一方、fluvoxamineが不安障害に併存する大うつ病(不安うつ病)にコントロール試験で有効であったと報告されている(Sonawalla 1999)。もっとも、この研究の対象数は30例で、その内パニック障害は11例にすぎないので、はたして、パニック性不安うつ病にfluvoxamineが有効であったのかどうかは判断ができない。

 Noyesら(1990)はパニック障害患者89名の3年後の追跡研究をした。それによると、うつ病を伴う群では伴わない群と比較して、罹病期間が長く、パニック発作の発症頻度が高く、恐怖性回避が強く、治療反応が悪かった。Coryellら(1992)の研究によれば、不安障害の症状のないうつ病の快復までの期間の中央値は14週であったのに対して、パニック発作のあるうつ病では20週と回復が遅れる結果が報告されている。前者の患者群に比べ後者の患者群では抑うつの期間が長い。そして、5年後の予後では、躁状態の発症がより多く、薬物中毒がより頻回で、心理社会的適応障害がより強かった。パニック障害の生涯自殺企図頻度は7.0%、大うつ病のそれはほぼ同じく7.9%で、精神障害のない標本では1%であるのと比べて明らかに高い。それがパニック障害と大うつ病を合併すると19.5%となり、2倍以上の頻度となると報告されている(Johnsonら,1990)。StavrakakiとVargo(1986)もその総説において、不安とうつが混在すると社会機能の障害が激しく、慢性化の傾向が強く、治療抵抗性で予後不良であると述べている。

パニック障害とパニック性不安うつ病の病前性格と性格変化
 パニック性不安うつ病患者に自己申告させた病前性格で目立ったのは外向、几帳面、積極的、社交的、協調的といった面であった。それが発病してからの状況をTEGで調査すると葛藤タイプが60%に達していた。このようなことから、発病による性格変化が生じていることが推定される。抑うつ状態の有無を考慮せず、パニック障害の性格傾向について同じ方法で著者らが男性62名、女性94名に対して以前に行った調査による、パニック障害患者の性格傾向は、「敏感」、「親切」、「協調的」、「おしゃべり」、「社交的」であって(貝谷,1999)、本研究の結果をこの調査と比べると、パニック性不安うつ病群には「敏感」が欠け、「几帳面」、「積極的」が加わっている。

 長岡(1986)は不安神経症者の6割以上に見られる病前性格として、「神経質、気にしやすい、緊張しやすい、気が小さい」をあげている。また、高橋(1989)は不安神経症者の発病前の性格として、責任感が強い・まじめ・几帳面(2/3以上)、気にしやすい・緊張しやすい(1/2以上)を、発病後の性格特徴として、気にしやすい・緊張しやすい(2/3以上)、責任感が強い・まじめ・几帳面(1/2以上)をあげている。そして、病前・病後の性格傾向の違いとして、「責任感が強い・真面目・几帳面」「勝ち気」「楽天的・明朗」「社交的・行動的・活発」が減少し、「気にしやすい・緊張しやすい」「意志が弱い」「寂しがりや」「依存的」が増加したと述べている。

 Casano(1999)は、パニック障害をDSM-Wで規定されている病像以外に、分離不安、ストレスに対する過敏性、物質(薬物、ホルモン、コ−ヒ−など)に対する過敏性、不安性予測(マイナス思考)、広場恐怖とそれ以外の恐怖症、および再保証を求める行動(依存性)といった特質をもっているとし、さらに、こういった症状が患者の発病前の生活を破綻させ、永久的な人格変化をもたらすと言及している。著者らの研究からも、これら文献的考察からも、パニック障害をDSM-Wの規定する症状だけでとらえないで、患者の性格も含む臨床像全体をみることが、今後のパニック障害の実地臨床上で重要な課題であると思われる。

(三重大学医学部神経精神医学教室・岡崎祐士教授の査読に深謝します)