第1回 日本不安障害学会学術大会 会長講演

不安・抑うつ発作 ― 見過されていた重要な症状

貝谷 久宣

医療法人 和楽会 パニック障害研究センター


はじめに

 筆者は長くパニック障害を診ているあいだに突然理由なく流涙する患者がいることを知った。このような患者に詳しくその前後の精神状態を問いただすと、流涙に前後して(多くは引き続き)抑うつ、自己嫌悪、空虚、悲哀、不安・焦燥、無力、孤独、自責、絶望、制御困難、羨望、離人、希死念慮、自己憐憫などが入り混じった情動がそれまでの精神状態とは何の脈絡もなく出現していることが明らかになった。そして多くの患者では、その後、いやな思い出が視覚的フラッシュバックを伴って出現している。この情動発作は不安もさることながら抑うつ的な情動が多いので、筆者はこのような状態を“不安・抑うつ発作 Anxious-Depressive Fit”と命名した。その後、不安・抑うつ発作はパニック障害だけではなく社交不安障害にも非定型うつ病にもみられることがわかった。重症例での不安・抑うつ発作は非常に耐え難く辛いものであり、この状態に対して患者は様々な対処行動をとる。この対処行動の中には自傷行為をはじめとする種々な逸脱行為が含まれるので、この不安・抑うつ発作を掌握しておくことは臨床上きわめて重要である。われわれは不安・抑うつ発作の臨床的意義の検討を進めてきている。ここではその結果の一部を報告する。

 まず、典型的な症例を提示する。

T. 症状呈示

 【症例】 20歳 女子大学3年生
 
【家族歴/既往歴】特記すべきことなし
 
【生活歴】父親、母親、弟の4人暮らし
 患者は幼児期から人見知りがあったが、母親はそれに気付いていなかった。神仏を見ると手を合わせて拝みたくなる儀式行為があった。1つ下に弟が生まれ、母親は弟の面倒に没頭し、祖父母宅で過ごすことが多かった。母親はそれを患者が祖父母のことを慕っていたからだとひとり合点していた。患者は、聞き分けのよい、よい子だったという。
 
【現病歴】中学、高校時代は、対人緊張が強く、友人関係をうまく結ぶことができなかった。学校の友人を傷つける発言をしなかったか帰宅後長時間考え込むことがあった。次第に友達との付き合いを面倒に思い、しばしば学校を欠席するようになった。私立女子大学に入学すると、周りの人の言葉や行動、服装と自分とを比較するようになり、人目を気にするようになった。友達とも表面的な付き合いしかできないことで悩み、人間関係を結ぶことに憶病になっていた。大学2年になり、付き合っていた男性の子供ができ、意に反して両親の言葉に従い堕胎した。それを機に大学を休学した。子供の命を奪ってしまったという自己嫌悪感、無気力、人に対する不信感、自分がいなくなればいいという思いが襲った。そして夜になると、理由なく突然、不安や孤独、恐怖の感情に襲われ、1人で部屋にこもって涙を流すような日が毎日続いた。この“不安・抑うつ発作”は非常に激しく、患者は夜がくることを怖れ、昼間に寝た。またこの夜に生じる不安・抑うつ発作の苦しみを紛らわすために、暗くなると繁華街へ出かけるようになり、ついには、大学2年5月からキャバクラで仕事をするようになった。近医でもらった薬と大量のお酒を飲み、毎晩仕事をした。また、過食や過眠で不安・抑うつ発作を避けようとした。激しい不安・焦燥発作に対してはたばこの火を腕に焼き付ける、リストカットをするなどの自傷行為をした。それでも、この不安・抑うつ発作は消えることがなかった。患者はさらに、大量服薬、覚せい剤へと行為をエスカレートさせ、何度も警察の保護や病院での措置を受けた。しかし、毎晩のようにこの不安・抑うつ発作とそれに伴うフラッシュバックに苦しんだ。大学2年8月、患者の体重は激減し、薬物中毒の状態になった為、入院した。家族の付きっ切りの看病を契機に患者自ら警察に行き、薬物を完全に断つことを誓った。再出発をする気持ちで復学したが、友人関係での軋轢に悩み、また不安・抑うつ発作が夜間に頻発するようになった。患者は、風俗関係の仕事を始め、孤独感とフラッシュバックに襲われると男性を渡り歩き、次々と性行為を繰り返した。手に入る高額な金や男性は患者には何の意味もなく、それは患者にとっては自傷行為の1つであった。ただこれら行為をする毎に強い後悔と自己嫌悪に苦しんだ。夜になると自分の気持が突然変わり、理由なく涙が流れ、過去の出来事に関するフラッシュバックと、“消えたい、闇でさ迷いたい”という気持ちに襲われた。大学3年の9月に“気持ちや考え、態度や性格がころころ変わる”ことを主訴として来院した。
 
【初診時の心理検査】ベックうつ病尺度(BDI):41点(重度)、うつ病自己評価尺度(SDS):69点、ハミルトンうつ病尺度21:21点、ハミルトン不安評価尺度:10点、東大式社交不安障害尺度(TSAS):51点、日本語版リーボビッツ社交不安障害尺度(LSAS):24点、東大式エゴグラム:A優位N型(ワーカホリックタイプ)
 この症例は幼小児期に母親の愛情を十分に摂取できておらず、自我の確立が不十分な状態であったところに、中学時代から対人緊張が出てきた。社交不安障害尺度の点数はそれほど高得点ではないが、社交不安障害の診断がなされうる。また、強迫性障害とまでは診断できないが、強迫的な傾向もうかがわれた。さらに、大学2年時に堕胎をしてから、非定型うつ病が発展し、ストーミーな対処行動を伴う激しい不安・抑うつ発作が頻発した。この症例のように社交不安障害と非定型うつ病が合併することはそれほど珍しいことではない(Alpertら、1997)。薬物療法と個人認知行動療法を5カ月続けた現在、不安・抑うつ発作は完全に消失し、逸脱行動は全くなく、大学に登校している。

U.調  査

 不安・抑うつ発作の本態を明らかにするため2つの調査をした。
 
【調査1】
 不安・抑うつ発作は以下のごとく定義した:強い不安または抑うつを感じるはっきり他と区別できる期間で、その時、抑うつ感、自己嫌悪感、空虚感、悲哀感、不安・焦燥感、無力感、孤独感、自責感、絶望感、制御困難感、羨望、離人感、希死念慮、死の恐怖、自己憐憫感、などの情動のうち2つ以上が、関連する表象なしに、突然に発現し、30分以内でその頂点に達する。
 医療法人和楽会の東京と名古屋のクリニックで不安・抑うつ発作のある研究の承諾が得られた症例94例についてその性状を調査した。
 その結果、不安・抑うつ発作の生じる状況は
図1のごとくで、自宅または自室にいる時が最も多い。それは何かに熱中している時間より手持無沙汰の何もしていない時間が多かった。不安・抑うつ発作が生じる時間はほとんどが夕暮から深夜にかけての時間帯であった。


図1 不安・抑うつ発作の生じる状況(1)

 図2のごとく、不安・抑うつ発作発症に関しては約半数の患者に誘因となったと考えられる精神的な悩み、ストレスフルな出来事があった。約8割の患者にはフラッシュバックがあり、大部分は視覚的な表象があった。また、55%の人には精神障害の診断される
前から不安・抑うつ発作があった。


図2 不安・抑うつ発作の生じる状況(2)

 図3のごとく、不安・抑うつ発作の精神症状の中では、抑うつ感が最も多く、不安感よりも頻度が高かった。1人の患者が経験した発作的情動の種類の数は平均10.3±2.5であった。


図3 不安・抑うつ発作の精神症状

 図4のごとく、不安・抑うつ発作で見られる身体症状は落涙が最も多かった。他の身体症状と違って落涙だけは情動発作に先行した。他の身体症状はパニック発作に見られるものであるが、その程度も持続時間も比較にならないほど弱く短かった。1人が持った平均症状数6.6±2.4であった。


図4 不安・抑うつ発作の身体症状

 図5のごとく、対処行動において問題行動はかなり多い。リストカットを含む自傷行為は40%以上の患者にあったし、症例に見られたような遁走も30%以上の患者が経験していた。患者1人当たりに経験された対処行動は平均6.8±2.6種類であった。すなわち、置かれた状況や不安・抑うつ発作の激しさにより1人の患者が種々な対処行動をとるものと考えられる。

図5 不安・抑うつ発作の対処行動

 【調査2】
 対象:2007年12月〜2008年9月の間に医療法人和楽会の東京と名古屋のクリニックを初めて受診した患者のうちDSM-W-TRに基づいて社交不安障害、パニック障害、および非定型うつ病と診断した患者を対象とした。この3つの障害は互いに併発していることが多いので、来院の主訴からなされた障害を主診断とした。また、診断は基本的にはDSM-W-TRに従ったが、その不全型も対象に含めた。パニック障害は広場恐怖の有無にかかわらず一括した。

V.方  法

 調査1の不安・抑うつ発作の定義に従ってその有無を確認した。さらに、質問紙 @ベックうつ病評価尺度(BDI)、Aうつ病自己評価尺度(SDS)、B東大式社会不安尺度(TSAS)、CLiebowitz Social Anxiety Scale日本語版(LSAS-J)、D広場恐怖自己評価尺度を実施した。
 結果:全患者238名(平均年齢32.6±10.8)、男性74名(平均年齢32.3±11.7)、女性164名(平均年齢32.7±10.4)、社交不安障害63名(平均年齢30.4±11.4)、 男性24名(平均年齢30.5±11.5)、女性39名(平均年齢30.4±11.5)、パニック障害129名(平均年齢34.1±11.0)、 男性32名(平均年齢34.8±12.7)、女性97名(平均年齢33.9±10.4)、非定型うつ病46名(平均年齢31.1±8.9)、 男性18名(平均年齢30.2±9.9)、女性28名(平均年齢31.7±8.3)が対象となった。
 各障害における不安・抑うつ発作の出現率は(
図6)、社交不安障害;44.4%、パニック障害:45.0%、非定型うつ病;78.3%であった
。3障害間の不安・抑うつ発作の出現率の比較をχ2検定すると有意差が得られた(p<0.01)。


図6 各障害における不安・抑うつ発作の出現頻度

 社交不安障害(図7)とパニック障害(図8)において不安・抑うつ発作の有無により心理検査の結果を比較した。その結果、社交不安障害においては不安・抑うつ発作がある群ではBDIでもSDSでもその得点が有意に高かった。また、不安・抑うつ発作がある群ではLSASで社交不安障害の程度が高かった。パニック障害では不安・抑うつ発作群では抑うつ尺度も社交不安障害尺度も有意に高かった。広場恐怖の程度には有意差は認められなかった。


図7 社交不安障害における不安・抑うつ発作の有無による心理検査の比較

      BDI; ベックうつ病尺度
      SDS; 自己評価式うつ病尺度
      TSAS; 東大式社交不安障害尺度
      LSAS; 日本語版リーボビッツ社交不安障害尺度

図8 パニック障害における不安・抑うつ発作の有無による心理検査の比較

      BDI; ベックうつ病尺度
      SDS; 自己評価式うつ病尺度
      TSAS; 東大式社交不安障害尺度
      LSAS; 日本語版リーボビッツ社交不安障害尺度
      AGO; 広場恐怖尺度

W.考  察

 不安・抑うつ発作は社交不安障害、パニック障害、非定型うつ病およびこれらの不全型、そして、これら3つの障害の併発した状態に見られた。そして、パニック障害でも社交不安障害で不安・抑うつ発作が出現した群では社会不安の程度も抑うつの程度も高かった。このような事実は、不安・抑うつ発作が不安障害から気分障害へ発展する重要な標的症状であることを示している(貝谷、2008)。これら3つの障害はお互いに併発しやすく(貝谷、2008)、そして、発症年齢や臨床的事実から考えると、社交不安障害、パニック障害、非定型うつ病という順序で病状が進んでいくものと考えられる(図9)。もちろん、パニック障害を経過せず、非定型うつ病に発展する症例もあるが、このような症例も注意深く観察すると、不全パニック発作があったり、軽い広場恐怖が認められる症例が多い。また、パニック障害の中でも不安・抑うつ発作がある群は社交不安障害症状が強く、結果的には抑うつに陥りやすい。この考えを支持する論文が1つある。それによると、うつ病の併発するパニック障害40例としない群20例を比較して、前者では社交不安障害の程度が有意に高いことが示された(Steinら、1990)。このようなことから非定型うつ病の中核症状は不安・抑うつ発作であると考えることができる(図9)。

 不安・抑うつ発作の対処行動のなかには臨床的に問題となる逸脱行動が多いので、不安・抑うつ発作をターゲットとして治療を進めていけば、ここに提示した症例のように、問題行動を解消できる可能性が強い。不安・抑うつ発作の治療には薬物療法も認知行動療法も同時に必要であるが、これについては別の機会に述べることにする。
 不安・抑うつ発作に関する臨床的な記載を近年の文献に見つけることは出来なかった。その理由の1つとして、不安・抑うつ発作を患者自ら治療者に訴えることは甚だ稀であるからだと考えられる。しかし、フロイドの著述“「不安神経症」という特定症候群を神経衰弱から分離する理由について”のなかで述べられている不安神経症の4つ目の症状が不安・抑うつ発作に対応するものと考えられる。フロイトがこの症状を記載できたのは、彼自身がこの病にかかっており、自己の状態を医学者の目で客観的に分析できたからであろう(山田和夫、2002)。最後にこのフロイトの記載を掲げ本稿を閉じる。

 “不安に満ちた期待は、神経症の中核症状であり、この不安な期待のうちに神経症理論の一端がそのままはっきりと示されている。このさい不安の一定量は自由に浮動して存在し、これが期待に当たって表象の選択を決め、常に何らかの適当な表象内容と結びつこうとしている。
 多くは意識にのぼってこないが、たえず待伏せしている不安は、上記のような仕方で現れてくるとはかぎらない。それは、むしろ、表象過程によってよびさまされずに、突然意識にのぼってくることが多く、従って不安の発作をひき起こす。この不安発作は、たんに不安感情から成立つだけで、それに関連した表象を伴わなかったり、生活の破滅、「打ちのめされること」、さし迫った狂気といったような、一応の意味づけを伴っていたり、あるいはこの不安感情に何らかの異常感覚が混るか(ヒステリーの前兆のように)、また最後に、不安の感覚に1つまたは多くの身体機能の障害、すなわち、呼吸、心臓の働き、血管運動の支配、分泌機能の障害が結びつくこともある。........“

謝意:臨床心理士の正木美奈さん、宇佐美英里さん、小松智賀さん、野口恭子さんの研究協力に謝意を表します。

文  献

1)Alpert,J.E.,Uebelacker,L.A.,McLean,N.E.,et al.: (3rd,Tedlow,J.R., Rosenbaum,J.F.,Fava,M.) Social phobia, avoidant personality disorder and atypical depression: co-occurrence and clinical implications. Psychol Med.,27:627-633,1997.
2)Freud,S.:Über die Berechtigung von der Neurasthenie einen bestimmten Symptomkomplex als “Angstneurose”abzutrennen.「不安神経症」という特定症候群を神経衰弱から分離する理由について.改訂版フロイド選集 第10巻. 加藤正明訳, 日本教文社, 東京, 1983,pp.1-32.
3)貝谷久宣:気分障害のcomorbidity, 特集T 気分障害, 精神科, 13:302-309,2008.
4)貝谷久宣:不安障害から気分障害への架け橋症状―不安・抑うつ発作Anxious-Depressive Fit.治療学,182,2008.
5)Stein,M.B.,Tancer,M.E., & Uhde,T.W.:Major depression in patients with panic disorder: factors associated with course and recurrence.J Affect Disord.,19:287-296,1990.
6)山田和夫:S.フロイトと森田正馬のパニック障害―パニック障害の比較文化精神医学的考察.貝谷久宣, 不安・抑うつ臨床研究会 編, パニック障害の精神病理学. pp.1-26,日本評論社.2002.