抗不安薬の効用と限界

―パニック障害治療の経験から―

貝谷 久宣 1)、蜂須 貢 2)

1) 医療法人和楽会 パニック障害研究センター:〒453-0015 愛知県名古屋市中村区椿町1-16イモンビル6F
2) 昭和大学薬学部臨床精神薬学講座:〒157-8577 東京都世田谷区北鳥山6-11-ll


はじめに

 本稿では抗不安薬についての文献的・教科書的羅列はやめ、筆者らがパニック障害の診療でベンゾジアゼピン(BZD)系抗不安薬を実際にどのように利用しているかを述べ、若干の文献的考察を行う。

医療法人和楽会におけるパニック障害に対する治療指針

 ここに筆者のクリニックにおいて診療する医師の治療コンセンサスを得るために作成した治療指針(毎年改訂している)を示す。

 医療法人和楽会 治療方針と約束処方(2009年1月5日)
 パニック障害は慢性疾患であり、発作が来てから薬を服用するのではなく、発作が来ないよう規則的な服薬の習慣をつける。パニック障害には専守防衛の態度で臨む。パニック発作は神経細胞の過敏性を高め、前頭葉血流を低下させ、さらに次の発作を起こし易くするという悪循環が生じる(図1,2)。薬の量は多くてもよいから、まず発作を完全に消失させることが先決問題である。治療開始1ヵ月後にはパニック発作は終息していることを目標に治療を進める。広場恐怖に対しては、頓服を頻回に服用させても回避行動は少なくさせる。パニック障害患者で薬物依存になった人は少ない。薬をどんどん飲ませ、どんどん行動させることが治療の近道である。

(A)パニック障害初診患者の処方(Kaiya's Golden Trio)

1) sulpiride (50mg) 1錠
   lofrazepate (2mg) 1錠
   sertraline (25mg) 1/2錠
   または fluvoxamine (25mg) 1錠
   または paroxetine (10mg) 1錠1×夕
2) lorazepam (1mg) 1錠1×屯 不安時舌下

(1)Sulpirideは気分昂揚作用があり、さらに前頭葉ドパミン遊離を増加させ、予期不安・広場恐怖に特効する。また種々な不定愁訴を取り払う。Fluvoxamineと併用すると前頭葉のドパミンの遊離がさらに高まることが動物実験で証明された。また、パニック障害では5人に1人の割で見られるSSRIによる嘔気の予防にもなる。Sulpirideは1ヵ月以内に減量を始める。2〜3週間したら隔日(奇数日だけと患者に伝える、こうすると忘れない)にし、さらにその後2日おき(3の倍数日)だけにし、そして中断する。女性性に関連する副作用と肥満をできるだけ食い止めるためである。(特に女性には、投与前に副作用について十分説明をすれば大きな問題はない)
(2)Lofrazepateは血中半減期120時間でBZD中2番目に長い薬である(図3)。パニック障害のように時・場所を選ばず予期不安、浮動性不安が見られる障害にはもっとも適切な薬物である。また、etizolamのようにlnterdose Rebound PhenomenaやDiscontinuation Symptomsが生じない薬である(図4)。重症例ではloflazepate 2mg錠1日6錠までは問題ない。もちろん、眠気、ふらつきの注意は与える。
(3)前医でSSRIの副作用を経験している患者はsertraline 25mg錠またはfluvoxamine 25mg錠を1/4錠から治療を開始する。もちろん、初期はモサプリドクエン酸塩(ガスモチン)5mg錠剤or/andテブレノン(セルベックス)0.5gを1日3回服用させる。時にSSRI恐怖症の患者がいるが、このような人には初めのうちはsulpirideとloflazepateだけで様子を見、安心感を与えて途中からSSRIを追加投与する。
(4)治療経過とともにloflazepateは減量(早過ぎないように、病的症状が完全に消失後3ヵ月以上経ってから)、SSRIは2回目診察で増量を基本とする。途中でimipramineを追加する。最終的にimipramineだけの薬物療法にするのが最も望ましい。SSRIだけで治療しているとセロトニン系がノルアドレナリン系を抑制し(図5)、自発性減退を主とする抑うつ状態が忍び寄っている。これは患者本人も気づいていないことが多い。医師のほうから“やる気十分ですか?”などと質問をする必要がある。理由は不明であるが、パニック障害の自発性減退にSNRIトレドミンはほとんど効果がない。
(5)既にetizolamやalprazolamなどの非長期作用性BZDを投与されていた症例は、初期3日間は、それまで投与されていた量のBZDを併用する。なぜならば、loflazepateの効果の立ち上がりは悪く、4日目以降にしか効果が出ないからである(図3)
(6)それまでと異なって1日1回夕食後処方にすると不安を訴える患者がいる。その場合は、朝食後でも良いが眠気があることを断る。いずれも長期作用性の薬であることを説明する。それでも感覚的に不安を持つ患者は分2とする。Loflazepate 1mgを朝夕分2とする。長期的には、服薬回数が少ないほどドラッグコンプライアンスはよい。
(7)上記初期処方から経過を見て増量する。基本的には、パニック発作(小発作も含む)、非発作性不定愁訴が完全に消失するまでlofrazepate・セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を増量させる。特に、パニック障害に特有の“理由のない不安感”を完全に消失させなければ患者の満足感が得られない。発作がないと思って安心してはいけない。小発作も大発作と同じであると考える。病的不安が残る間は決して回復しない。また、患者も治ったとは思わない。でも発作が消失しない患者にはガバペン200mg1錠を追加する11)
 Lofrazepateを1日6mg以上投与しても発作が消失しない患者には、ガバペン200mg1錠を追加する11)。ガバペンは単独では処方できないので、バレリン100mgを同時に処方する(ガバペンの保険適応は抗てんかん薬としての補完薬である。診断は自律神経発作とする)。
(8)パニック発作、非発作性不定愁訴が完全に消失しても、広場恐怖の改善が著しくない場合には、SSRIのみを最高量まで増量する。広場恐怖の集団行動療法を指示する。
(9)広場恐怖の慢性例、性格的に問題のある患者(極度の小心者と過敏性格者)には行動療法を早めに指示する。患者は医師の前で広場恐怖の存在を隠す人が多い。まだ良くなっていないと言われるのを恐れるからである。広場恐怖は医師が積極的に尋ね、治療的介入をする必要がある。
(10)症状が安定し、パニック発作、非発作性不定愁訴がほとんどない状態が6ヵ月続いたら、それまでの量の5分の1ぐらいを減薬。それで3ヵ月間再燃がなければ、また4分の1ぐらい減薬。これを続け治療終了にこぎ着ける。ただし、そのような症例は少ない(図6)。Sulpiride、loflazepate、SSRI、imipramineの順に断薬する。
 SSRIは各診察者の好みでできる限り少量から処方する。現在、sertralineの約束処方は12.5mgから始めるのを常としている。3種のSSRIについての貝谷の印象はsertralineが最も穏やかで副作用の経験がほとんどなく、paroxetineはシャープでfluvoxamineはそれらの中間である。ただ、fluvoxamineは25mgから最高量300mg(一応、OCDだけに保険診療では認められているが但し書きをすれば問題はない)まで投与でき、投与量の幅が広いので使いやすい。トレドミンはパニック障害には効果がないか、または反対にパニック発作を誘発する症例がある。
 Sulpirideを処方しない場合はSSRI初期の悪心・嘔吐を予防するために、ガスモチン5mg錠またはセルベックス末0.5gまたは1capを処方する。
(11)屯用で用いるlorazepamは舌下で投与する。舌下からの吸収速度に関する詳しいデータはないが、経験的に3分後には作用が発現する。これは、服薬のための水を必要としないから、緊急に薬が必要となるパニック障害患者には重宝な薬である。




文献的考察

 ここに示した3種類の薬物を併用する処方(Kaiya's Golden Trio)は、高い臨床効果を有する。それは以下のような理由による。Sulpirideとfluvoxamineの併用は前頭葉のドパミン遊離を促進し1)、恐怖の消去を促進する。この作用は5−HT1A 自己受容体に脱感作が生じると消失するので、sulpindeを長期使用するのはそれほど意味がない。また、sulpirideはSSRIにしばしば生じる副作用、吐気を予防する。Lofrazepateの肝薬物代謝酵素CYP3A4は、fluvoxamineに阻害され、sertralineには競合的阻害を受けるので、これらの薬物を併用するとlofrazepateの血漿中濃度は上昇する(図7)。このことはパニック障害の治療には重要なことである。なぜならば、パニック障害患者は脳内のBZD受容体が減少しているので5.10)、パニック障害の治療に要するBZDはこの障害以外の障害に効果を発揮する量よりもはるかに多量を要するからである。さらに、lofrazepateはSSRIのactivation syndromeに予防的に作用している。最近のメタ分析では、うつ病においてもSSRIにBZDを併用することは治療開始4週までは抗うつ薬単独の治療よりも効果が高いという結果になっている6)
 著者は長期作用性のBZDを積極的に使用している。パニック障害に対するBZD治療は断薬時にリバウンドが現れたり、中毒の危険性が高いとされているが12)、これは、著者らが使用するloffazepateに比し作用時間の短いalprazolamにおいてのことである(血中濃度半減期120:6時間)。また、上記の研究の追跡期間は1年前後であり、さらに長期の転帰はBZD使用はそれほど悲観的なものではない。反対に著者らのBZD使用を支持する報告も少なからずある。RickelsとSchweizer13.14)は106名のパニック障害の患者に8ヵ月間alprazolam、imipramine、placeboを投与した。8ヵ月後にパニック発作のない患者はalprazolam群では62%、imipramineとプラシボ群では26%であった。その後、3週間かけて断薬をしたが、BZD群の1/3の患者は断薬が困難であった。15ヵ月後の調査では、治療を完全に遂行できた患者のパニック発作消失率は85%であったが、そうでない群では55%であった。15年後の状態を調査すると、BZD中毒は1人もいなかったし、はじめに受けた治療による転帰の違いは認められなかった13)。しかし最近、パニック障害ではなく、全般性不安障害ではこれに相反する報告もなされている。Altamuraら2)は、100名のGADをSSRIかまたはセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)で治療し、未治療期間が12ヵ月より多いか少ないかで区別して治療反応を見ると、未治療期間の短いほうが薬物の効果が高い。ところが、BZDでの治療の未治療期間を見ると両者間では違いはなかった。
 著者らの治療指針では、はじめからBZDとSSRIを併用している。このメリットを報ずる文献が2報ある。Goddardら8)はsertraline単独とclonazepamとの併用療法との違いをパニック障害で検討した。その結果、1週間後の効果発現率は41:4%、3週間後では63:32%で、併用群は有意に効果発現率が高かった。しかし、12週後には有意差はなくなった。全般性社交不安障害にparoxetine単独とclonazepam併用との10週間治療の比較がなされた15)。治療反応は併用療法で79%、SSRI単独では43%であった。効果発現の時期には差はなかった。SSRIにclonazepamを併用すると全般性社交不安障害では効果率が高い、パニック障害では効果発現が早いという結果であった。Clonazepamは他のBZDと異なってセロトニン系に特異な作用を持っている9)ので、この結果はBZD全体に一般化できない可能性は残る。
 著者らの治療指針は行動療法の併用を薦めている。最近、パニック障害において薬物療法と精神療法の併用治療の効果を検討した研究がある。精神療法とBZD療法の併用と単独治療の比較研究についてのメタ分析では、BZDと行動療法の併用と行動療法単独とでは、治療中の効果には差がなく、治療終了後および追跡時には併用療法は行動療法単独に比し、効果が劣るという結果になった18)。この論文も、マークス一派が主張しているように、BZDが行動療法の効果を減じている可能性を示唆している。併用療法とBZD単独療法を比較した1研究では、治療終了時併用療法がわずかに勝っていたが、7ヵ月後の追跡時には有意差はなかった18)。ここで本題ではないが、パニック障害におけるSSRIと精神療法の併用についての効果比較も述べる。
 最新の研究では150名のパニック障害がCBT、SSRI、両者の併用療法を受け、9ヵ月後評価された。その結果、どの治療法も有効であったが、併用療法はそれぞれの単独療法に勝っていた。SSRIとCBTの効果には差がなかった。ただし、CBT+SSRIとSSRIとの間、および、SSRIとCBTとの間には大きな差は認められなかった17)。2007年以前のメタ分析では7)、急性期ではCBTとSSRIの併用療法はそれぞれの単独療法に勝っていたが、維持療法期では併用療法とCBTには差はなく、両者は薬物療法単独に勝っていた。

まとめ

 結論として、パニック障害にBZD処方をすることは適切であろうか。多くのガイドラインはパニック障害の治療のファースト・チョイスはSSRIだとしている。それにもかかわらず、米国ではパニック障害の治療に最も多く使用されているのはBZDである。一方、SSRIの使用頻度はそれほど高くない。SSRIで治療を受けた患者のほうがBZDを使用した患者より臨床経過が良いということもないし、寛解率が高いという事実もない4)。Stahl16)は、恐怖サーキットの中心となる扁桃体の興奮を抑えるためにGABA系薬物(BZD)もセロトニン系薬物(SSRI)も同時に使用することを躊躇しないとしている。
 筆者は、米国における製薬企業が精神医学界に有形無形の影響力を及ぼし、薬価の高いSSRIを使用するように仕向けているような気がしてならない。米国ではlofrazepateのような超長期作用性のBZDがないために依存の問題が出たのであろう。これに対処するために、近年、米国では作用時間が長くなるようにした剤型(alprazolamやclorazepam)が上市されている。
 最後に、最近改訂された米国精神医学会の治療指針のBZD使用に関する部分を示す:パニック障害にうつ病があるときは、単剤治療としてはBZDではなく、抗うつ薬がファースト・チョイスである。BZDは残遺性不安症状に対して、抗うつ薬に追加投与して有効であり、また急性期の不愉快で障害の強い症状を早期に消失させるのに好んで使用される。速効性という長所と、過鎮静などの副作用および断薬を困難にする依存の危険性といった短所とのバランスを考えて処方する3)

文献

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