パニック障害の患者の会 貝谷久宣**/山中学**、***/坂野雄**、**** 特集:パニック障害 *Self-Helping Group of patients with panic disorder. パニック障害は不安と孤独の病である。その病態は健常人の理解を越えている。それ故、多くの患者は家族や周囲の人々に理解されない悩みと病苦との二重の負荷を背負う。パニック障害患者を診療していると同病の仲間を紹介してほしいと訴えられることがしばしばあった。このようなことが動因となって、筆者らは患者自助会を組織することを企てた。筆者らはこのような患者自助会の意義として、第1に、同病あい親しむことが可能になると考えた。すなわち、こんなつらい思いをするのは自分一人ではない、自分と同じ苦しみを経験しお互いに理解し合える人が大勢いる、といった心の安らぎを得る場の提供である。第2に、この病を既に克服した人からその可能性と方法を聞かせ、希望を持たせることにある。第3に、パニック障害の社会的認知を拡大することである。第4に会員間に新しい社会が生まれることである。パニック障害患者は概してまじめ、熱心、努力家の傾向がみられ、社会で中堅クラスとして活動していたり、功をなし名をなしている人が結構多い。このような人々がパニック障害という共通項をもって交流を始めれば、パニック・ワールドが実現する。 筆者らのこのような考えに賛同した患者数人が中心となり、1996年10月5日、愛知県産業貿易会館会議室で第1回目の会合、アゴラ会を開催した。その模様について以前筆者が地元の医師会誌に報告した記事1)の一部を紹介する。 さて、当日は、まず、受付で首からぶら下がる紐付きのB5版の名札をもらう。この名札は年代別で色が違っており、それには名前、恐怖を感じる場面、自分の希望またはスロ−ガンを書くようになっている。これによって、一目でお互いの弱みがわかり、本音で話し合える。5人の患者が受付・司会・進行係をして、実に円滑に会は進行した。私は始めの挨拶でこの会の意義を述べるとともに、この会のモット−として、本音のつきあい、助け合い、行動あるのみ、を提案した。 次に男性患者5人が自分の克服談を発表した。ヘリコプタ−操縦中にパニック発作に見舞われ、6年余り地上勤務を強いられた患者がまた操縦できるようになった努力と喜びを語り、聴衆から敬意と羨望の眼が向けられた。デイラ−を経営する別の患者が、パニック障害を発症後に新幹線に乗ったとき、ベルがなり扉が閉まる間際に襲われるイヤ−な気持ちについて話すと、会場から大きなうなづきの声がもれた。 体験発表の後の談話会はまたひときわ参加者を元気にした。この談話会は年代別に別れ、運営委員の会員が適当に場を取り持ち、盛り上がりを見せた。とりわけ、歯科医の患者が出席し、歯科治療の椅子の上ではなく、彼は理髪店の椅子の上でパニック発作を体験したことを話した。仰向けという非防衛的な体位にさせられ、束縛感の強い歯科の椅子の上も床屋の椅子の上もパニック障害患者にとっては苦手な場面である。「歯科の椅子に座る恐怖症」を持つ患者が自分の悩みを本当に理解してもらいながら治療を受けたいと、この歯科医の周囲に人垣が出来た。座談会の終了間際には、多くの参加者が住所を交換しあっている風景が目についた。 大手新聞2社がこの会のアナウンスをかなり大きくとりあげてくれたこともあり、泊まり掛けでやってきた方々数名を含み、参加者は患者・家族総勢約60名となり、盛会裡に終了した。第2回アゴラ会は患者主導で半年後に開かれることになった。この様なユニ−クで存在意義の大きい会が今後ますます発展していってくれることを期待している。 アゴラ会はその後も年2回開催されており、現在までに11回開かれている。東海地方を中心に現在会員は約1,200名に達する。アゴラ会のホームページ「あおぞら」 第6回アゴラ会(1998年11月15日) 60名近い参加で、とてもにぎやかな会になりました。体験談を二人と二組の方に発表してもらいました。ペアでの発表は今回、はじめてで、「あおぞら」を通じて知り合いになられた方々です。アゴラ会も二年を過ぎ、全国で、仲間づくりもすすみ、文通・交換ノート・FAXなどで、励まし合いながら、前向きになられた会員さんも多くいらっしゃるようです。同じ病気に苦しむ者同士、他人には理解されない心の内を話し合い、お互い支え合いながら、一緒にパニック障害を治していこうという最初の目的が、確実に実現されていっているようで、とてもうれしく思いました。 「私が病気になって失ったものは健康だけ。病気になったために、愛する人とめぐり会い、多くの友を与えられた。」(三浦綾子)みなさんがこのように思える日が早く来てほしいと願っています。 第8回アゴラ会(1999年11月14日) 60人弱の参加で、話が弾みました。薬の悩み、担当医への治療の疑問、妊娠への不安等の声に、当日参加して下さった先生は一人一人に応えて下さり、皆さんの心の中で何らかの答えを見つけられたかと思います。後半の談話会でも、同じ悩みをもつ者同士、共感できることも多く、また、仲間の輪が拡がったことをうれしく思いました。私は、付添者のグループにて、お話しを伺いました。奥さんと一緒に参加してくださったご主人から「被害者は僕の方だ。」という声がありました。家族の中に、病気を持った人がいるということは、本人だけが苦しいのではなく、みんなで苦しいのだと改めて教えられました。パニック障害であるために、夫婦喧嘩、親子喧嘩が絶えない家族が冷たいと訴えられる方が多くいらっしゃいます。ある本で「人というものはいい部分も醜い部分も持っていて、相手の中のどの部分を引き出すかは、自分次第だ」という文章に出会ったことがあります。相手に何かを求める前に、まず、相手に感謝できる自分になりたいものですね。パニック障害になって、健康な人にとって当たり前のことが、できなくなってしまった私達。アゴラ会の仲間の中でもその人によって、苦手なことが違いますよね。健康な人でも、苦手なことは持っているものです。苦手でどうしてもできないことは、できないままでいい。逃げられるものは逃げればいい。他人と比較して、自分を責めるのはやめましょう。そして自分のペースでできそうなことから、チャレンジしていきましょうよ。(後段略) この記事からも伺い知ることができるが、このような集まりは集団精神療法、家族療法的にも非常に意義のある会となっている。アゴラ会はインターネットのホームページ以外に「あおぞら」と題する手作りの機関誌を持っている。このアゴラ会を中心にして草の根的に各地に支部ができあがってきている。また、それとは別に、パニック障害患者が個人的に作っているホームページは数多く存在している。そのような中でとりわけ患者間のチャットを利用したコミュニケーションは驚くべき広がりを見せている。これはさながらパニック障害患者のアンダーグランドの世界といえるであろう。このようにパニック障害患者間の交流が活発になり、患者会が数多く組織される背景にはパニック障害患者にかなり特徴的な特性が考えられる。まず第1に、パニック障害の7〜8割に広場恐怖が認められ、移動が不自由なことが多い。さらに、多くの不安障害患者の性格特性として、依存的、感情過多、過関与性、感情移入がたやすい、といったような社交に適する要素が多く見られることである。 このような草の根的な患者会とは別に1997年(平成9年)11月30日に「日本パニック障害の会」が東京で設立された。この会は全国的な組織として患者の自助活動はもちろん広く一般社会への広報と働きかけ、研究の促進という目的も持っており、患者団体としてはより組織化された会である。その設立について日本パニック障害の会のホームページ 日本パニック障害の会の沿革 平成9年7月13日、不安・抑うつ臨床研究会主催によるパニック障害についての都民講演会が、早稲田大学国際会議場 (井深大記念講堂)で開催された。講師は,貝谷久宣 (心療内科・神経科 赤坂クリニック・理事長) 、高橋徹 (東京国際大学・人間社会学部教授)、久保木富房(東京大学医学部・心療内科教授)、竹内龍雄(帝京大学医学部・精神神経科教授)の先生方であった。(なお、この日の講演内容は、後日「パニック障害」と題する著書となって日本評論社から発行されている)。講演終了後、当日の参加者200名程が別室に集まり、座談会という形式で自由な話し合いがなされた。その折り、当日の講師の一人である貝谷 久宣先生から、パニック障害患者が互いに援助しあえるような組織を作ったらどうか、という提言がなされた。 貝谷先生のご提言は「パニック障害の患者さんは,とかく不安、抑うつ状態になり易く、理由もなく腹が立ったり、とめどもなく気分が落ち込んだり、そのあげく周りの人間の誰もが自分を理解してくれないと悩み、将来への生きる希望までも失ってくるのです。このような訴えを聞くにつけ、患者さん同士が互いに悩みを打ち明けたり、励まし会ったりする場を持つことが出来るなら、それだけでも勝れた集団精神療法になると考えます」という内容であった。 以上の趣旨に賛同した同士が、とり敢えず東京23区の東と西、東京多摩、千葉、埼玉、神奈川地区毎に集合してリーダー(世話役) を決めるとともに連絡網が作成されることになった。これが今日の「日本パニック障害の会」の原型である。 さて、ここに示したのが日本におけるパニック障害患者の自助組織のあらましである。自助会活動の先進国はなんといってもアメリカである。これについては先年筆者がアメリカ精神医学会に出席した折に見聞した記事2)を引用してこの稿を終わりたい。 わたしは今回の学会出席で、「アメリカ不安症患者協会(ADAA)」を知りました。この協会はパニック障害患者や恐怖症患者の集まりですが、もちろん、精神科医、臨床心理学者も会員として加わっています。この会の主な機能は、不安症についての啓発、不安症患者の自助活動、不安症の研究促進活動などです。ADAAによれば、米国の不安症患者は2,600万人以上で、その費用は年間5兆円を越えると見積もられています。米国においてもなお不安症患者は、医療の対象として相手にされないか、誤診・誤療され続けているとADAAは訴えています。この協会は、さらに独自の出版局を持っています。この編集委員は患者3名、精神科医3名、心理学者2名からなっています。「リポーター」という機関誌を始め、現在少なくとも100種類近くの単行本やパンフレットを世に送り出しています。これらは、病気についての解説書、療養法、闘病記など不安症患者にとっては見逃せないものばかりです。また、ADAAは年間6万人の人々の電話や手紙による質問に答えています。そして、不安症は大変深刻な病気であるが、治療可能であり、適切な治療を受ければQOLが著明に改善する病気であることを訴え続けています。 私はADAAのロス会長と話す機会がありました。彼女は上品でつつましやかな中年女性です。私の下手な英語にも親切に答えてくれました。彼女はパニック発作と高所恐怖に悩んだそうです。その克服記録が出版されていました。早速買い求めました。彼女は、「不安症」をテーマとした教育シンポジウムに不安症を第一線で研究する大学教授に混じって口演者として招待されていたのです。ロス会長は不安症克服のために患者、臨床医、研究者がどのように協力し、活動しているかまた不安症の診療上の問題点を講演しました。わたしは、日本でもADAAのような会の必要性を感じていました。既に名古屋では6月15日、恐怖症患者・家族の会ーアゴラ会ーが第3回を迎えます。7月13日には東京で不安の医学 第2回都民講演会「テーマ パニック障害」の講演会終了後患者・家族の討論会が開かれる予定です。これらの会がどんどん育ちADAAに優るとも劣らない活動を繰り広げ、不安症に悩む患者さん達の治癒への道しるべとなることを期待しています。 文献 1) 貝谷久宣:第1回アゴラ会始末記 −広場恐怖患者の自助会を組織した記− 愛知医報1488号(平成9年1月1日) |