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簡易型VRエクスポージャーの試み
  ――― 雷恐怖症の1症例 ―――

宮野 秀市
* 貝谷 久宣** 坂野 雄二*

行動療法研究 第26巻 第2号; 97-105

* 早稲田大学人間科学部
** 赤坂クリニック心療内科・神経科 

  要約

 本研究の目的は、簡易型VRエクスポージャーを雷恐怖症に適用し、その効果を継時的に評価することであった。市販されている頭部搭載型ディスプレイとボディソニック装置を利用して、従来のVRエクスポージャーと比べて安価で操作が簡便な簡易型VRエクスポージャーシステムを構築した。症例は43歳の女性で、これまで17年間、雷恐怖に苦しんできたが、19セッションの介入の結果、質問紙で測定された雷に対する恐怖反応は顕著に低減し、雷によって日常生活が阻害されることもなくなった。2か月後、7か月後のフォローアップにおいても治療効果は維持されていた。本研究により、簡易型VRエクスポージャーが雷恐怖の治療に有効であることが示された。また、仮想環境における臨場感に影響を及ぼす刺激呈示法や臨場感と治療効果の関係について考察した。

キー・ワード:
VRエクスポージャー 簡易型VRエクスポージャー 雷恐怖 臨場感
 


  問題と目的 

 エクスポージャーとは、望ましくない恐怖反応を引き起こしている刺激に患者を曝す手続きである(バーロー&サー二一,1992)。エクスポージャーは脱感作、フラッディング、モデリングなどの不安を低減させるさまざまな技法の核をなすものであり、恐怖症や強迫性障害のような不安障害に対して用いられている(マークス,1988)。エクスポージャーは通常、現実の刺激(in vivo エクスポージャー)または想像上の刺激(イメージエクスポージャー)に対して行われ、in vivo エクスポージャーはイメージによるエクスポージャーよりも治療効果のあることが知られている(Emmelkamp, 1982; Marks,1987)。しかしながら、例えば雷恐怖などのように in vivo での刺激呈示が困難な場合(Emmelkamp, 1982)や、病気および死の恐怖や強迫観念などのように思考によって不安反応が引き起こされる場合(Boudewyns & Shipley, 1983)にはイメージによる刺激が呈示される。また、あまりの恐怖感のために患者が in vivo でのエクスポージャーに耐えられない場合にもイメージによるエクスポージャーが行われる(Sherry & Levine, 1980)。

 さて、近年、バーチャルリアリティ(virtual reality; VR)を利用したVRエクスポージャーの研究が進められている。VRとは、コンピューターグラフィックス(computer graphics; CG)や他の刺激呈示装置等の人工的な手段を用いて仮想環境と呼ばれる仮想的な現実を生成する技術である(廣瀬, 1993)。VRエクスポージャーでは、頭部搭載型ディスプレイ(head mounted display; HMD)で呈示されるCGや音声刺激、振動刺激等で仮想環境が構築され、その仮想環境の中でエクスポージャーが行われる。HMDに付属している磁気センサーによって装着者の頭の位置が常に検出されており、装着者の動きに応じてCGがリアルタイムに描画され、またCGに同期させて音声刺激等の刺激が呈示される。つまり、HMD装着者は仮想環境を見回すことができ、その中に自分が存在しているかのような体感を得ることができる。これまでの研究で、VRエクスポージャーは高所恐怖(Hodges et al., 1995)や飛行恐怖(Rothbaum et al., 1996; North et al., 1997)、クモ恐怖(Carlin et al., 1997)等の単一恐怖の治療に有効であることが示されてきた。

 VRを利用して恐怖刺激を呈示することの利点として、恐怖刺激の統制と呈示が容易であることが挙げられる。例えば飛行恐怖を治療する場合、従来の in vivo エクスポージャーでは、治療者と患者が飛行場へ行ったり実際に飛行機に乗る等の治療室の外でエクスポージャーを行うことが必要であったが、VRエクスポージャーでは治療室内でエクスポージャーを行うことができる。また、恐怖刺激をイメージすることが困難なためにイメージエクスポージャーを適用できない患者に対しても刺激を呈示することが可能である。したがって、VRはエクスポージャー療法における新たな刺激呈示方法として期待されている(Hodges et al., 1995)。しかしながら、VRエクスポージャーシステムを構築するためには、ワークステーション、HMD、頭部の位置検出装置等の高価な機材が必要であり、さらにそのシステム構築のための専門的な知識が必要であるため、一般的な臨床場面での適用は困難である。

 ところで、雷恐怖とは雷に対して過度の不安を抱く特定の恐怖症である。患者は実際の雷に対して不安反応を起こすだけでなく、例えば、雷に対する予期不安のために外出が困難となり、日常生活が阻害される。特定の恐怖症はこれまで行動療法の治療対象とされてきた障害であるが、雷恐怖に対する治療研究の報告は非常に少ない(Ost, 1978)。

 これまでの研究をみると、Hoenig & Reed(1966)は雷恐怖症の女性に対して催眠下での系統的脱感作法を行い、11セッションの治療で雷恐怖は完治したという報告を行っている。また、Leitenberg et al.(1975)は、投光照明器の光とテープレコーダーの音をシンクロさせて生成された人工的な雷を女性患者に呈示し、エクスポージャーを行った。人工的な雷に対する恐怖感は12セッションで低下した。しかしながら、臨床的に改善されたかどうかは記述されていない。さらに、Lubetkin(1975)は雷を鮮明にイメージすることができないためにイメージでの脱感作が行えない女性患者に対して、プラネタリウムでのエクスポージャーを行った。プラネタリウムの中で雷鳴と雷光をシミュレートした光と音による刺激が3分間呈示され、呈示中と呈示後、患者はリラクセーションに努めた。1セッションでおよそ8回の刺激呈示が行われ、8セッションで治療が終結した。最初のセッションのみ治療者が同伴し、残りの7セッションは患者が1人でプラネタリウムヘ行きエクスポージャーを行った。9か月後の面接で顕著な改善が確認された。Ost(1978)は6名の雷恐怖の女性患者に対して系統的脱感作(2名)、内潜強化(1名)、ストレス免疫訓練(1名)、人工的な雷鳴へのエクスポージャー(1名)、人工的な雷鳴と雷光へのエクスポージャー(1名)を行った(10〜14セッション)。フォローアップ(4〜9か月後)時にはすべての患者に臨床的な改善が認められ、系統的脱感作を受けた2名のうちの1名を除く5名が完治していた。一方、Barkham & Hobson(1989)は雷恐怖の女性に対して、この女性にとって雷は家族に対して悪い感情をもつことに対する「罰」として機能しているという分析をし、家族関係に焦点を当てた3セッションの短期力動的カウンセリング(two-plus-one therapy)を行った。夫婦間の関係の改善はみられたものの、雷に対する恐怖に改善はみられなかった。

 以上の治療研究を概観すると、治療が成功したほとんどの事例において、雷に対するエクスポージャーの要素が含まれていることがわかる。すなわち、雷恐怖は in vivo でのエクスポージャーを行うことが困難なために、イメージエクスポージャーまたは治療室内で投光照明器やテープレコーダー等の装置を使って人工的な雷鳴や雷光を呈示するエクスポージャーが行われている。また、プラネタリウムで雷をシミュレートすることも有効であることがわかった。しかしながら、プラネタリウムや投光器等の装置を利用するエクスポージャーは、治療室内で治療が行えない、もしくは大がかりな装置の設置が必要である等の問題があり、そのために雷恐怖の治療研究がこれまであまり行われていなかったと考えることができる。また、先行研究においては、治療効果の確認が測度を用いずに患者の言語報告のみでなされたもの(Lubetkin, 1975; Barkham & Hobson, 1989)もあり、フォローアップも含めて継時的に治療効果を測定しているのはOst(1978)のみであった。そこで、本研究では、安価で誰にでも操作可能な簡易型VRエクスポージャーシステムを構築し、in vivo でのエクスポージャーが困難である雷恐怖症への適用を試み、その効果を継時的に評定した。 


  アセスメントと治療方法・手順

1.症例 

 43歳の女性。夫と長男、長女の4人家族。夫は病気で入退院を繰り返している。長男は独立している。

 母親は雷恐怖であり、患者は雷を恐がる母親を見て育ったが、幼少期には雷に対する恐怖心はなかった。26歳で第2子を出産した頃より次第に雷が恐くなった。35歳から37歳にかけて、雷恐怖の治療のために催眠療法や精神力動的なカウンセリングを受けたが、症状は変わらなかった。38歳時から雷に対する恐怖が非常に強くなり、雷鳴を聞くと家の雨戸を閉め、耳栓をした上で消音用のヘッドフォンを装着し、布団を被って雷が過ぎ去るのを我慢するようになった。また、一日に何度もテレビの天気予報で天候を確認し、「大気が不安定」「寒冷前線」「低気圧」等の言葉に雷を連想して不安になり、「大気が安定している」という言葉を聞くと安心した。雨が降りそうな日や、晴れの日でも天候の変化を恐れて午後は外出が困難であった。子どもが大きくなって自分1人で家にいる時間が増えたため、ここ数年で雷に対する恐怖は年々増加し、雷のことが一日中頭から離れず日常生活が非常に阻害されていた。

 35歳の時、パニック障害を発症。薬物療法によってパニック障害は軽快したが雷恐怖の症状は変わらなかった。最後のパニック発作を起こしたのは41歳時であり、治療開始時点でパニック障害による生活の支障はなく、患者本人は雷恐怖とパニック障害はまったく別物であると考えていた。

 患者はこれまで雷を徹底的に回避しており、その回避行動が雷恐怖を増大させていた。エクスポージャー療法が有効であると考えられたが、in vivo による雷へのエクスポージャーは困難であるため、簡易型VRエクスポージャーの適用となった。

2.簡易型VRエクスポージャーシステム 

 前述したように、従来のVRエクスポージャーでは個別に作成されたCGの映像、音声および振動をHMD装着者の動きに同期させて呈示しているが、こうした複雑なシステムを構築するためには、ワークステーションや位置検出システムが付属したHMD等の高価な機材やそれらを使いこなすための専門的な知識や技術が必要であった。本研究で実施した簡易型VRエクスポージャーの特徴は映像刺激、音声刺激、および振動刺激を非常に簡便にかつ安価に呈示できることにある。

 本研究では、ビデオカメラで収録された映像と音声を利用して映像刺激、音声刺激、および振動刺激を呈示した。映像は家庭での使用向けに市販されているHMD(グラスタイプディスプレイGT270、キヤノン製)へ出力した。また、ビデオテープの音声はリクライニングシート(Body Sonic Surround System BSS-1000、パイオニア製)に内蔵されたスピーカーとボディーソニック装置へ出力した。この方法は、映像刺激と音声刺激と振動刺激を個別に作成し、HMD装着者の動きに同期させて呈示するという従来のVRエクスポージャーと違い、一般的に市販されている機材を用いて非常に簡単かつ安価に恐怖刺激を呈示するものである。

3.測度 

 各セッションの始めに、以下の質問紙が実施された。

 
(1)回避傾向尺度[FQ(avoidance)]:Marks(1986)の恐怖症状質問票(Fear Questionnaire)を構成する尺度のひとつであり、恐怖対象からの回避傾向を0(避けない)から8(いつも必ず避ける)の範囲で測定するものである。本研究においては、雷からの回避傾向について回答を求めた。

 
(2)雷に対する態度質問票(Attitude Toward Thunder Questionnaire: ATTQ): Attitude Toward Heights Questionnaire(Abelson & Curtis, 1989)を参考に著者が作製した。雷に対する考え方や態度を「良い一悪い」、「楽しい一恐ろしい」、「心地よい一不快な」、「安全な一危険な」、「脅威的でない一脅威的な」、「無害な一有害な」の6つの形容詞対からなる項目ごとに0から10の範囲で回答を求めるものである。また、エクスポージャー中は、5分ごとに仮想環境の雷に対して、0から10の範囲で自覚的障害単位(subjective unit of disturbance: SUD)が測定された。

4.治療手続き 

 簡易型VRエクスポージャーの説明がなされ、同意が得られた後、治療が開始された。およそ9か月間で19回のセッションが行われた。セッションの内容は、恐怖刺激作製のためのセッションが1回、雷やエクスポージャーに関する教育セッションが1回であり、エクスポージャーセッションが17回であった。エクスポージャーセッションは平均2.3週間に1回(範囲:1週間〜5週間)の割合で行われた。治療終結後、2か月後と7か月後に各セッションの始めに実施されたものと同じ質問紙が郵送で実施された。

 
(1)恐怖刺激の作製:セッション1では、雷鳴と雷光を収録したビデオテープが視聴され、患者の報告に基づき、映像と音声から感じられる恐怖感が得点化された。次に、その得点にしたがって、恐怖感が低いシーンから高いシーンヘと並ぶようにビデオテープを編集し、恐怖感の低いビデオテープ(Tape-L)と高いビデオテープ(Tape-H)を作製した。それぞれのテープの長さはおよそ25分間であった。後に作製したTape-HHを含めてビデオテープの内容の概略をTable1 に示す。

 
(2)雷に関する学習と恐怖症およびエクスポージャーの心理教育:セッション2では、雷に関する間違った知識に起因する不適切な恐怖感を除くため、雷から身を守るための安全対策用パンフレット(北川、1996)を用いた教育セッションが設けられた。また、恐怖症とエクスポージャーの心理教育が行われ、日常生活で雷と遭遇したときにはできるだけ雷を避けずに雷光を見たり雷鳴を聞いたりするように指示が与えられた。セッション16以降、患者は携帯電話による電子メールの送受信が可能となったため、現実の雷に対するエクスポージャーの成果は電子メールでも随時報告された。

 
(3)エクスポージャー:エクスポージャーセッションでは、ビデオテープが25分間呈示された後、目の疲れを防止するためにおよそ10分間の休憩が取られ、その後、もう一度同じビデオテープが25分間呈示された。

 セッション3ではTape-Lが呈示された。セッション3終了後、恐くなかったという患者の報告からTape-Lへの脱感作が行われたと考えられたため、セッション4と5ではTape-Hが呈示された。セッション5終了時に、再びテープが恐くなくなったという報告を受けたため、Tape-Hの中で最も恐怖感得点が高かったシーン(約20秒)のみを繰り返し複製したテープ(Tape-HH)を作製し、セッション6以降で呈示された。なお、患者が目の疲れによる眠気を訴えたため、セッション6以降では、1回の連続刺激呈示時間を20分間、1つのセッションで計40分間のエクスポージャーとした。エクスポージャー中は、患者に呈示されているビデオ映像は別画面でモニターされ、患者の反応に応じて適切なコメントが与えられた。例えば、患者が怖がったときはその場にとどまるように励まされ、仮想環境の雷を避けずにその場にとどまることが賞賛された。なお、エクスポージャー中に、指先や手のひらに緊張がみられたため、セッション9での1回目のエクスポージャーの後、漸進的筋弛緩法(PMR)の指導を行った。

 治療開始時点では、1週間に1回の割合でカウンセリングを受けることに同意していたが、患者のさまざまな事情によって1週間ごとにエクスポージャーセッションを実施することができなかった。そこで、セッション10でビデオテ
一プ(Tape-HH)を複製したものを渡し、自宅のテレビで毎日最低1回(25分間)ビデオテープを視聴することをホームワークとした。


  結果

 Fig.1 はTape-HHに対するSUDと雷に対する態度質問票および回避傾向尺度の得点の推移を示したものである。セッション11まではSUD得点にはほとんど変化がみられず、雷に対する態度質問票および回避傾向尺度の得点もほぼべ一スライン期の値を維持していた。しかしながら、セッション11から14にかけてSUDが著しく低下し、セッション15以降もさらに低下した。またそれと同時期に、雷に対する態度質問票および回避傾向尺度の得点にも同様に低下がみられた。

 さらに、現実の雷に対する恐怖反応が消去され、患者の日常生活にも著しい変化がみられた。治療当初、天候が悪いときなどは、患者は雷に対する予期不安のために治療に来ることができないことがあったが、治療が進むにつれて次第に現実の雷に対しても恐怖心が低下し、雨天でも治療に来ることができるようになった。セッション6の後、自宅に娘と2人でいる時に雷鳴が聞こえたが、患者は自分でも不思議なほど平気で、ヘッドフォンも付けず布団にくるまることもなく、雨戸を開けたままソファーに座って娘と会話を続けることができた。セッション14の後には、自宅に1人でいるときに雷に遭遇した。夕食時に、突然頭上から雷鳴が聞こえたが、リビングルームでそのまま食事を済ませることができ、その後に奥の和室に行きコタツの中で寝入ってしまった。また、セッション18終了後、電子メールで「夜に雷が鳴ったが、不思議と全然平気で雷の音はもっと大きいはずだと思いながらそのまま眠ってしまった」、またその数日後の嵐に対しても「嵐がおさまるのをなにげなく待っていた。自宅に1人だったが大丈夫だった」という報告を受けた。さらに、セッション19において、「雷が鳴ってもヘッドフォンもせずに普通にしていられる。ゴロゴロの音(雷鳴)は平気。ドシャーンという落ちる音(雷鳴)は少し恐い。すごい雨の中でも、夫や娘を駅まで車で迎えに行けるようになった。去年と比べると、雷(の治療)はもういいかなと思う」という報告を受けた。セッション11から14にかけて急激な低下をみせた雷に対する態度質問票および回避傾向尺度の得点は、セッション14以降、多少の変動はあるものの全体的に低下傾向であり、セッション19においてそれぞれこれまでの最低値となった。以上のことから、現実の雷に対する恐怖反応は日常生活が阻害されることのない程度まで低下したと考え、また、家族の看護のため治療を続けることが困難になった患者からの早く治療を終わらせたいとの希望もあり、話し合いの結果、セッション19で治療を終結した。また、Fig.1 からわかるように、2か月後、7か月後のフォローアップ時においても治療効果は維持されていた。 


  考察

 従来のVRエクスポージャーに比べ、本研究の簡易型VRエクスポージャーでは非常に簡便な装置を用いて治療成果を上げることができた。簡易型VRエクスポージャーがVRエクスポージャーと大きく違うところは、HMD装着者の身体の動きと呈示される映像との間にインタラクションがないことである。VRエクスポージャーが成功するためにはユーザーが仮想環境に対して高い臨場感を感じることが重要であるといわれており(Rothbaum et al., 1996; North et al., 1997)、仮想環境とHMD装着者のインタラクションは臨場感の要素のひとつであると考えられている(Sheridan, 1992; Held & Durlach, 1992)。そのため、本研究で実施された簡易型VRエクスポージャーはVRエクスポージャーに比べて臨場感が低いことが予想される。しかしながら、本研究の結果から、映像とHMD装着者の間のインタラクションがない簡易型VRエクスポージャーによって雷恐怖の治療が可能であることが示された。

 North et al.(1997)はVRエクスポージャーによる飛行恐怖の治療において、臨場感を増すために音声刺激、映像刺激と同時に振動刺激を呈示している。本研究においてもボディーソニック装置によって振動刺激を呈示した。患者からは、本物の雷の振動(雷鳴によって体感される振動)は簡易型VRエクスポージャーで呈示された振動と同じだったという報告を受けており、振動刺激を追加したことが臨場感を増加させて治療効果に寄与した可能性が示唆された。しかしながら,North et al.(1997)も本研究においても臨場感の測定は行われておらず、振動刺激を追加したことが臨場感を増加させたかどうかは明らかではない。今後、効果的なVRエクスポージャーおよび簡易型VRエクスポージャーを行うためには、臨場感と治療効果の関係、および臨場感を高めるための刺激呈示法を明らかにしていくことが必要である。また、恐怖症の種別ごとに仮想環境においてどのような刺激を呈示することが必要であるかも検討する必要があろう。

 自己記入式の質問紙および患者の言語報告から、雷に対する恐怖反応は著しく低減したといえる。しかしながら、この成果を簡易型VRエクスポージャーの効果のみに帰することはできないかもしれない。セッション9において、患者はPMRの指導を受けており、これが治療に寄与したことも考えられる。しかしながら、セツション9の1度目のエクスポージャー中のSUDは9-9-9-10(平均9.25)、2度目のエクスポージャー中のSUDは10-10-10-10(平均10)で、また、セッション9からセッション12までのセッション全体の平均SUDは9.625-9.25-10-9となっており、PMR指導後もSUDにはほとんど変化がみられない。このことから、PMRが治療に大きく寄与したとは考えにくい。

 また、セッション10以降、簡易型VRエクスポージャーで使用したものと同じビデオテープを用いて自宅でセルフエクスポージャーを行っている。仮想環境の雷に対するSUD、雷に対する態度質問票および回避傾向尺度の得点は、セッション11からセッション14にかけて急激に低下している。患者はセッション10から11の間に0回、セッション11から12の間に3回、セッション12から13にかけて1回、自宅のテレビでビデオテープを視聴している。この回数は決して多いとはいえないが、雷が来ると予想される日の前日にはボリュームをいっぱいに上げてテープを視聴して雷に備えていたという患者の報告もあり、こうしたホームワークエクスポージャーが恐怖反応の低減に影響している可能性は否定できない。しかしながら、この時期は治療期間を通じて唯一1週間間隔で3週連続した簡易型VRエクスポージャーを実施できた時期に相当する。Rowe & Craske(1998)はクモ恐怖症の治療実験において、セッションの間隔が長いエクスポージャーよりも短いエクスポージャーのほうが主観的な恐怖反応の低減が速いことを示した。本研究において、他の時期と比べて高密度なエクスポージャーを実施したセッション11からセッション14にかけて主観的な恐怖反応の低減が認められることは、Rowe & Craske(1998)の結果と一致すると考えることができる。

 恐怖反応の低減に寄与したと考えることができるもうひとつの要因は、セッション16以降に始めた著者との電子メールでの連絡である。本症例の場合、治療の当初は雷に対する予期不安のために外出が困難であり、また治療期間全体を通じて、家族の看護のために治療を受けられなくなることがあったため、エクスポージャーの間隔は平均で2.4週間に1回の割合となり、時には1か月以上も空くことがあった。しかしながら、電子メールでの連絡で、現実の雷に対するエクスポージャーの成果は随時報告され、即時にフィードバックされた。セッション11からセッション14にかけて、雷に対する態度質問票と回避傾向尺度の得点は著しく低下しているが、セッション15ではわずかに上昇している。前述したように、セッション14と15の間に、患者は自宅に1人でいるときに雷に遭遇している。このとき患者は普通に食事を済ませた後、奥の和室へ行き(窓から離れる方向)コタツで寝た。この経験は患者にとっては失敗経験であった。本人の報告によると、患者は雷が鳴っても普通に食事ができたことには注目せず、恐怖心のために和室に逃げ込んだことにのみ注意を向けた。そのため、自分の雷恐怖は変わっていないと解釈し、セッション15においてわずかに得点の上昇がみられたと考えることができる。電子メールで患者と連絡をとる際には、現実の雷に対してセルフエクスポージャーを行ったときに「できたこと」と「できなかったこと」に等しく注意を向けさせ、自分の成果への気づきを促すアドバイスが与えられた。また、患者は「恐怖症は必ず治る」「気持ちの不安反応は行動の不安反応に引き続いて起こる」等の電子メールでの著者のアドバイスを書き出して壁に貼り、現実の雷に対するセルフエクスポージャーを行う際の励みにしていたという。こうした電子メールを利用した患者との連絡は、恐怖反応の低減や治療成果の維持に寄与していたと考えることができる。

 本研究によって、簡易型VRエクスポージャーによる雷恐怖の治療が可能であることが示された。しかしながら、本研究は1症例のみの報告である。また、治療の成果には治療室でのエクスポージャーのほかに、PMRの指導やホームワークエクスポージャー、電子メールでの連絡等の要因が影響していた可能性が考えられる。簡易型VRエクスポージャーの効果を明らかにするためには、今後、症例数を増やした検討や、統制群を配置し要因を統制したコントロールスタディーが必要である。さらに、本研究で構築した簡易型VRエクスポージャーシステムが他の単一恐怖の治療にも適用可能かどうかを検討することが今後の課題である。

 本研究の実施にあたって、雷を収録したビデオテープを提供していただきました宇都宮大学地域共同研究センターの国分里美先生、雷から身を守るための安全対策用パンフレットを提供していただきました中央防雷株式会社の北川信一郎先生に感謝いたします。