パニック障害

中心症状であるパニック発作は薬で完全に抑えることができる。中途半端な使い方はよくない

医療法人 和楽会
理事長 貝谷久宣

毎日ライフ 平成11年8月号 特集「心の病気と薬の役割」

「パニック障害」という病気

 「パニック障害」は、約100人に1〜3人の割合でみられるとても多い病気です。昔は「不安神経症」といわれていましたが、研究が進み1980年からはパニック障害と呼ばれています。それは、この病気にイミプラミンという抗うつ薬がはっきりした効果を持つことがわかり、神経症、心の病気、すなわち精神的なことが原因となって病気が起こるという考え方をひとまず保留にして、脳の機能障害として新しく理解されるようになったからです。

パニック障害の症状

 パニック障害の中心症状はパニック発作です。
 パニック発作は誘因なく激しい不安感とともに次に示すような症状が突然出現し、10分以内にその激しさがピ−クに達し、その後徐々に症状は消失していきます。

心臓がドキドキする
汗をかく
身体や手足の震え
呼吸が早くなる、息苦しい
息が詰まる
胸の痛みまたは不快感
吐き気、腹部のいやな感じ
めまい、頭が軽くなる、ふらつき
非現実感、自分が自分でない感じ
常軌を逸する、狂うという心配
死ぬのではないかと恐れる
しびれやうずき感
寒気または、ほてり

 パニック発作はこのような症状がほとんど同時に4つ以上見られることが多く、次のような特徴があります。

発作は誘因なく突然はじまり、繰り返す
中心症状は激しい理由のない不安(原発不安)
発作が過ぎ去ると次の発作がまた来るのではないかというという不安(予期不安)
発作を説明できる臨床検査所見がない

 に著者のクリニックに来院した患者さんが訴えた発作症状の頻度を示します。

パニック発作に引き続き出現する症状 

(1) 外出恐怖症・乗り物恐怖症(広場恐怖)
 パニック発作を一度経験すると、発作がまた起こるのではないかという不安(予期不安)のため、逃れることが困難な場所やすぐさま助けが求められないような状況にいることに強い恐怖感を持ち、そのような場所や状況にいることに強い不快感を感じ、避けるようになります。これを専門的には「広場恐怖」といっています。

(2) うつ病
 
@非定型うつ病:悲観する、絶望的になる、悲しい、孤独、クヨクヨする、イライラする、些細なことを深く悩む、マイナス思考ばかりしてしまう、といった状態がパニック障害患者にみられます。この状態は1日中続くことは少なく、おもに夕暮れから夜間にかけてある一定時間出現します。そして、この状態は、好ましいことがあると治ってしまうという特徴があります。
 このうつ状態は不安・焦燥、すなわち、イライラ感が強く、その気分を紛らわすために、アクティングアウト(行動化)がみられることがあります。これはパニック障害にかなり特有な非定型うつ病の症状です。そして、入眠困難、中途覚醒または過眠、過食、全身が鉛のように重い、といった身体症状が伴うことがしばしばあります。
 
A定型うつ病またはメランコリー型うつ病:次にあげる症状のうち4つ以上がかなり持続的に認められれば定型的なうつ病が強く疑われます。

ほとんど1日中気分が落ち込んでいる
何に対しても興味も喜びも持てない
食欲がない
3日以上続く不眠
頭の回転が鈍い
理由もなくイライラする
疲れやすく活力が出ない
やる気が起こらない
些細なことに申し訳ないと悩む
自分は価値のない劣等な人間と思う
根気がない
簡単なことが決断できない
特に朝方に憂うつ
いつもより2時間早く目覚める
生きていても仕方がないと思う

残遺症状[自律神経失調症状]

 激しいが持続時間は短いパニック発作の症状は、病気の経過とともに程度は激しくないが持続的な残遺症状に変わっていきます。この残遺症状はいつのまにか現れて気がつかないうちに消えています。この残遺症状は発作症状より軽いのですが、1日のうちでかなりの時間、持続的に起こるため、たいへん不快なものです。

パニック発作の残遺症状はどんな症状か?

 頭痛 血圧が上がり頭が膨れる感じ 頭に何かが乗っている 体がフアフアする 頭に血が上り、首や顔、特に眼が浮いてくる 視野がチカチカと揺れる 脈が飛ぶ 軽い動悸が続く 身体全体が脈うつ 軽い息苦しさが続く 胸が痛くなる 胸がチクチクする 胸が重苦しい のどもとがビクビクする のどが詰まった感じ 肩凝り 首の痛み 手が冷たい じっとりと汗をかく 汗がひかない 熱感がある 体がゾクゾクして鳥肌が立つ 背中がピクンピクンする 気が遠くなりそう 感情が湧かない 自分の周囲の感じがピ−ンとこない 雲の中にいるようだ フッ−と現実感がなくなる 自分だけとり残された感じ 胸騒ぎがする ソワソワしている 神経がビリッとする、などです。
 このような症状があると、パニック障害の患者さんはどこか身体に重大な異常があるのではないかと悩むことが多いですが、パニック障害の残遺症状である可能性が強いですから主治医に相談する必要があるでしょう。

パニック障害[心の病気]に薬が効く理由

 はじめに述べましたようにパニック障害は一種の脳の機能障害と考えられ、その要因には次のようなことがあります。
(1) パニック発作を引き起こす物質がある
 パニック障害にみられる理由のない不安は身体の内側から起こる体質的な内因性不安です。同じような状態が、カフェイン、乳酸(疲労時に筋肉にたまる物質、乳酸菌飲料は関係ない)、炭酸ガス、ぜんそくの薬(気管支拡張薬)などによって引き起こされます。
(2)脳画像診断で異常がみられる
 ペットスキャンで検査するとパニック障害患者では不安を和らげる物質が働く部位が減少していました。
(3)深い睡眠時に発作が起きる
 夢を見て不安のときにパニック発作が起きるのではなく、深い眠りの時に発作が起きることは、脳の機能障害があることを示しています。
(4) 家族性に出現する
 パニック障害患者の親兄弟子供のうちの5人に1人の割合で同じ病気が見つかっています。

パニック障害の治療

(1)パニック発作を完全に抑える
 パニック発作がひとたび起こると、神経の興奮性が高まり次の発作を起こしやすい状態になります。すなわち、発作が発作を呼びます。また、小さな発作でも発作があれば不安は続きますから、心はますます萎縮してしまいよくありません。ですから、発作をまず完全に抑えることが治療の第一歩です。
 パニック発作は薬で完全に抑えることができます。薬の中途半端な使い方はよくありません。指示通りにきちんと服薬してください。パニック障害は頑固の病気です。自分で適当に薬の量を決めたり,断薬するとすぐ再発します。医師の指示通りに服薬しましょう。
(2)外出・乗り物恐怖症の治療
 薬物療法でパニック発作が消失すると少しずつ自分で行動を起こし、外出・乗り物恐怖症がよくなっていく患者さんが大半です。しかし、頑固な恐怖症は「行動療法」の対象となります。
(3)うつ病の治療
 うつ病の治療に必要なのはまず休養です。休養は身体を休めることではなく心を休めることです。すなわち、気を使わないことです。また、神経が過敏になっていますから、些細なことに過剰な反応をし、ますます病状が悪化する事があります。複雑な人間関係を保つことは避けるべきでしょう。
 次に大切なのは薬物療法です。パニック発作の薬とうつ病の薬は基本的には同じものです。非定型うつ病は従来の抗うつ薬の効果はあまりみられません。不安・焦燥が強い場合は、抗うつ薬よりもむしろ向精神病薬の鎮静作用を借りる必要があります。
(4)残遺症状の治療 
 残遺症状は前に述べましたようにパニック発作が形を変えたものですから、その治療は基本的にはパニック発作の治療と同じです。

パニック障害の治療薬  

(1)ベンゾジアゼピン系の抗不安薬
 これは現在約20種の薬が健康保険適用薬として認められています。ベンゾジアゼピン系抗不安薬は効果発現が早く、その副作用は比較的耐えられやすいので治療開始時から使用されます。ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、おもにパニック発作と予期不安に効果があります。パニック発作は時・所をかまわず出現しますからパニック障害の治療には作用時間の長い薬物が適しています。作用時間の短い抗不安薬の服薬を突然中断すると、すぐ症状が再発するだけでなく、ときには、離脱症状(吐き気、耳なり、けいれんなど)が現れることがあります。
 しかし、一般に、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は三環系抗うつ薬に比べ重篤な副作用は多くありません。おもな副作用は、ねむけ、ふらつき、攻撃性、動作が鈍い、不器用、記憶力低下、注意力低下などです。
(2)三環系坑うつ薬 
 三環系抗うつ薬はパニック発作に効果がありますが、予期不安には効果がないといわれています。しかし、本来がうつ病の薬ですから、パニック障害に前後してよくみられるうつ病にも効果があります。
 また、はっきりしたうつ病ではなく、パニック障害に非常に特徴的な発作的に出現する不安−抑うつ状態にも大変優れた効果を持ちます。これまでは、パニック発作に引き続く広場恐怖症は薬ではよくならないというのが定説でしたが、最近の研究で抗うつ薬に恐怖症をよくする効果があることがわかってきました。実際、著者自身の経験でも三環系抗うつ薬を3カ月以上服薬している患者さんは、確実に恐怖症がよくなっていきます。
 三環系抗うつ薬は効果が現れるまでに時間がかかります。しかし、服薬回数は1日1回で十分ですし、1回ぐらい服薬を忘れてもすぐ効果が消失してしまうということもありません。
 三環系抗うつ薬の副作用でよくあるのは、かすみ眼、口の渇き、頻脈、尿閉、便秘、射精遅延、記銘力低下、頻脈、手の震え、インポテンツ、たちくらみ,悪心、頭痛などです。一部の三環系抗うつ薬は大量に服薬すると心機能を低下させ生命の危険が生じます。
(3)その他のパニック障害の薬
 スルピリド(ドグマチ−ル、アビリット、ミラド−ル)は従来の三環系抗うつ薬とは作用機序が異なった抗うつ薬です。この薬は不快な身体的不定愁訴を取り去り、クヨクヨと繰り返し悩む状態をなくし病気に立ち向かう英気を養う作用があります。スルピリドは消化管の運動を活発にし、吐き気や腹部不快感をとり、食欲を亢進する作用がありますが、一方、副作用として、乳汁分泌、無月経、体重増加があります。
 β遮断剤は米国では標準的な抗不安薬として認められ、パニック障害にも使用されています。この薬は心拍数を抑え、降圧作用がありますので内科では発作性頻脈症や高血圧症の患者に処方されます。パニック障害に使用されるβ遮断剤は心臓の神経に直接作用して心悸亢進を抑えるだけでなく、脳内ノルアドレナリンのβ受容体にも作用して不安を抑える作用も持っています。β遮断剤は動悸の激しいパニック発作のある患者さんに適応となります。この薬は気管支収縮作用を持っていますので、ぜんそく持ちの人には危険です。また、血圧が低すぎる人は注意して服薬しなければなりません。
(4)新しいパニック障害の薬 − SSRI
 最近SSRIと言う略称で話題になっている坑うつ薬があります。これは直訳すると選択的セロトニン再吸収阻害薬という意味です。米国ではプロザックという商品名で幸せになる薬の代名詞のように使われています。日本ではフルボキサミン(ソルベイ社)が平成11年5月下旬から使用できるようになりました。それとパロキセチン(スミス・クライン・ビ−チャム社)、サートラリン(ファイザ−社)といったSSRIも日本で使用できる可能性があります。
 これらはまったく新しい夢の新薬のように考えられていますが、実はSSRIと類似した薬理作用の薬剤はすでに日本でも古くから使用されています。それはうつ病やパニック障害の治療薬であるイミプラミンやクロミプラミンです。臨床効果を引き出す薬理作用は同じなのですが、SSRIは治療効果に必要な作用だけを選択的に持ち、副作用が少なく、しかも、大量に投与されても危険性がほとんどないという利点があります。このため、十分な量を投与できるため治療効果を高めることができると考えられています。SSRIには副作用は少ないと言われていますが、吐き気、口の渇き、便秘、眠気などがみられることがあります。