不安障害 貝谷 久宣 なごやメンタルクリニック院長 健康と環境 1999 No.14,24-29 不安障害はもともと神経症といわれていた病気の総称です。
パニック障害 Aさんは35歳、2児の母です。自宅で挿し絵画家の仕事をしています。締め切りが終わりほっとした翌朝、まだ疲れが残った身体で、子どもの朝食を作りコーヒーを飲んだあと間もなく、ドクッ…ドドド…とすごい速さで動悸が起こり、手の血管が浮き上がって痛くなり、全身がしびれ、頭がバーンと張り裂けそうになり、胸が詰まって息ができないという感覚に襲われました。 これで自分は死ぬのかと思いながら救急車を呼びました。病院に着くと、若い内科医は「過呼吸ですね、もうおさまったのでしたら帰ってください」と言って診察室から出て行きました。Bさんは気が違っていると言われたような屈辱感を味わい、もう二度と救急車に乗るまいという決意をしました。 しかし、それから3日後の休日の夜、今度は真夜中の2時に激しい動悸で目が覚めました。気がつくと呼吸が十分できず、息をしても空気が薄い感じです。手足はしびれてきますし、頭から血の気がひき、気が遠くなりそうです。これは脳卒中に違いない、今のうちなら助かるかもしれないと、また119番に電話をしてしまいました。 当直の同じ医師が、「また救急車ですか!どこも異常なし、点滴が済んだら帰ってください。心身症だ!」と言いました。 このような経験をしてからというものは、パニック発作の恐ろしさが頭にこびりついて離れません。どこにいても、いつもパニック発作が来たときのことを考えるようになりました。 Aさんを見舞ったのは、 や に示すようなパニック発作です。Aさんのパニック発作は朝のゆったりした時間や睡眠中に起こっています。 これはパニック障害に特有の起こり方で、予期しないときに不意にやってくるパニック発作です。パニック障害ではパニック発作が繰り返し起きます。 この発作は、多くの患者さんにとっては死を覚悟するほど激しい恐怖感を持つものですから、またあの発作が来るのではないかと常に心配するようになります。また、発作症状が重大な結果を招く、たとえば、「心臓麻痺で死ぬのではないか」とか、「脳の血管が切れて半身不随になるのではないか」とか、「気が狂って人前でおかしなことをするのではないか」などと思い煩います。 その後のAさん 3回目の発作はご主人の運転で信州に行ったときです。 大月から高速に入って間もなく、喉を締めつけられるような感覚とともに、心臓の鼓動が激しくなってきました。「またあれだ!」と恐れているうちに、居ても立ってもいられなくなりました。 やっとの思いでパーキングエリアに着いたときには、精も根も尽きて頭がボーッとして全身が重だるく、何とも言えない嫌な気分につつまれました。観光どころではなく自宅に引き返しました。 それから癖になってしまったような感じで、車に乗るとはじめのうちは渋滞や信号待ちだけだったのが、普通に走っているときでも、車に乗るだけでも、さらにエスカレートして、車を見るだけでも気分が悪くなり発作を起こしました。 その発作は同じような息苦しさ、動悸、頭が重い、窒息感、汗が滴るような状態になるのでした。それからというものは、車に乗ることはもちろん、外出もままならない状態になっていきました。 Aさんのこの状態は、パニック障害に引き続き起こる広場恐怖(外出・乗り物恐怖症)です。 広場恐怖は、パニック発作が起きたときにすぐ助けが求められないか、逃げ出すことができない状況や場所にいることを非常に不快に感じ、そのような状況を避ける病状です。 この状況は治療をしないとどんどん進行し、長年、家から一歩も外に出られないという状態が続きます。 パ=ック障害の治療 まず、内科的に異常がなくて、神経の機能障害でこのような症状が出ることを、本人および周囲の人びとがよく理解することです。とりわけ、気持ちの持ち方が悪いとか、気分がたるんでいるといった考えは病状を悪化させます。 パニック発作は、薬物でほぼ完全にコントロールできます。医師の指示どおりに薬を飲み続け、発作の起こらない体質になるのをじっくりと待つことです。 広場恐怖症は、薬を飲み続けながら行動療法をすることです。これは、自分の恐れている場所に臨むことができるように、程度の軽い状況から少しずつチャレンジすることです。もちろん重症の広場恐怖は、行動療法を専門とする臨床心理士のカウンセリングを受ける必要があります。
社会恐怖(対人恐怖症) Bさんは、今年43歳になる大手精密機械会社の課長です。実は半年前課長になってから、忘年会の席上での出来事がきっかけで、Bさんの悩みがはじまりました。 忘年会の冒頭に「課長のご挨拶を」という段になり、それまで経験をしたことがないほどあがってしまいました。 係長時代は人前で話すことはむしろ得意で、自分から進んで司会やら会議の音頭とりをしており、課長になって気分的な余裕ができているはずなのですが、まったく反対です。立ち上がり、スピーチをはじめて間もなく、急に心臓がどきどきしはじめ、顔が熱くなり、声がかすれて十分に出ません。 部下が自分の醜態を笑っているだろうと思うと、脇の下から冷や汗がザーッと出てきました。こんなことでは課長として部下を引っ張っていくことはできないという思いが浮かんだ途端、次に何を話してよいのか頭の中が真っ白になって、めまいがし、ますますしどろもどろになってしまいました。 このようなことがあってから、Bさんは人前で話すことに大変過敏になり恐れるようになりました。そして、知らないうちにそのような場面を避けることがしばしば起こるようになりました。 Bさんが忘年会の席上で経験した状態は、パニック発作です。このBさんのパニック発作は、大勢の人に挨拶をするという多少とも緊張・不安感を感じる場面での出来事です。ですから、これは状況依存性のパニック発作と呼んでいます。 いつものBさんなら、あがるような場面でもないし、これほど激しい苦悩状態にはならないということを考えると、これははっきりとした病的な状態だといえます。 Bさんは、社会恐怖と呼ばれる不安障害に罹ったのです。社会恐怖の患者さんは、他人に注目される状況で自分の状態や行為が恥辱を受けることを恐れます。その恐れは度を越していて、強い苦悩を招き、日常の生活機能に障害を来します。 に社会恐怖の種類とその割合を示します。 社会恐怖の治療 まず、自律訓練などでリラックスの方法を習うことです。 薬物療法では、持続的に服薬して常に緊張を和らげておく場合と、軽症の患者さんでは、緊張場面に臨む1時間ぐらい前にだけ服用する場合があります。このような場面に出るときに服用する抗不安薬は大変効果があります。 薬物を利用しながら、自分の苦手な場面に臨み、少しずつ慣れて不安を解消し、克服していくのが自己行動療法です。
強迫性障害 Cさんは35歳になる宅配便の運転手です。ある日、ひき逃げ殺人の新聞記事を読んでから、運転するのが大変気になるようになりました。 運転中、車輪のきしむ音がいつもと少し違ったり、小石をはねたりすると、すぐ停車して念入りに車の周辺やタイヤ周りを点検します。それがどんどんエスカレートして、日に10回は停車して誰かをひいた形跡はないかどうか調べるようになりました。 そのため、それまでは5時の終業時間に帰社していたのが、夜の8時過ぎまで仕事をしなければならなくなりました。自分でもこれはやり過ぎだと思いながらも、他方、もし人をひいてしまって気づかず走り去っていたら大変だ、という懸念をぬぐい去ることができず、車の停車・点検を続けています。 Cさんは強迫性障害です。強迫性障害では強迫観念や強迫行為を持ちます。強迫観念は、自分の意志とは関係なく繰り返し浮かんでくる考えです。患者さんはこれをばかげていると感じ、払いのけようと抵抗しますが、それでも自分の意に反して浮かんでしまいます。 普通、強迫観念は著しい不安や苦痛を引き起こします。強迫行為は強迫観念の不安や苦痛を和らげるために、繰り返し過剰になされる行動です。これは患者さん本人にとっては目的のある行動ですが、客観的にみると、その行動は無意味で現実的ではありません。次によくみられる強迫障害の事例を列記してみましょう。 @手に徽菌が付着しているという不安がとれなくて、30分以上手を洗う(不潔恐怖)。 強迫性障害の治療 まず患者さんが、これは治療可能な病気であることを確認することからはじまります。 強迫性障害の薬物療法は、大変進歩してきました。クロミプラミンといううつ病の薬が特効薬です。この薬は、眠気、便秘、口の渇きなどの副作用が出ることがありますが、副作用が少ないSSRI(フルボキサミン)が平成11年春から健康保険適用になる予定です。 このような薬と従来からあるベンゾジアゼピン系の抗不安薬を併用すると効果は倍増します。強迫性障害は薬物療法だけで完治することが難しい病気です。心理療法の中では、行動療法が最も治療成績がよいといわれています。薬物療法と行動療法を組み合わせて行なうのがよいでしょう。最近自己行動療法のよい手引き書が翻訳されましたので、参考文献に紹介しておきます。 参考文献 |