不安と抑うつ−パニック性不安うつ病の疫病概念

貝谷 久宣1) 山中 学1)2) 梅景 正3)

1)医療法人和楽会パニック障害研究センタ−
2)東京女子医科大学附属第二病院内科
3)東京大学医学部附属病院精神神経科

日本女性心身医学会雑誌 Journal of JSPOG
Vol. 7, No.1, pp.108-114, (平成14, 6月)

女性における不安と抑うつ

 不安も抑うつも男性に比し女性での罹患率は高い。米国の疫学調査によれば、不安障害の生涯有病率は男性では19.2%、女性では23.9%であり、感情障害のそれは男性では19.2%、女性では30.5%と両障害とも女性の発症は男性の1.6倍である  。一昨年に著者らが関与した男女それぞれ2000人についての全国的な健康調査によれば、代表的な不安障害であるパニック障害の発症頻度は男性1.7%、女性5.1%で実に女性の発症頻度は男性の3倍に達した  。このように発症頻度から考えても、不安と抑うつは、女性の心身医学の主要課題であると考えることが出来る。本稿では不安と抑うつについての関係をまず述べ、その後に不安障害、とりわけパニック障害と抑うつを併せ持つ不安うつ病の症例を呈示し、このような症例の臨床特徴と治療および、疫病的な位置づけについて述べる。

不安と抑うつの関係

 Freud(1926)は不安も悲哀(抑うつ)も対象の喪失に対する反応であると言っている。しかしどのような状況でそれが不安になったり悲哀になったりするかは不明であるとしている。現代の精神医学では、「不安」は対象を未だ失っておらず、失う可能性を想定したときに起こり、「抑うつ」は対象を失ってしまった結果生じると考えられる。また、不安はどちらかといえば一過性の感情であり、抑うつはより持続的な気分であるということもできる。英国では不安と抑うつに関して古くから一元論と二元論の大論争があった。Mapother(1926)やLewis(1934)は不安神経症を躁うつ病に含める立場であり、Rothら(1972)は両者をはっきりと区別する立場にあった(広瀬より引用)。彼らは不安状態とうつ病の症状のクラスター分析をして両者の症状の差違を明らかにした  。現在は、両者の折衷案をとる連続論を経て(Kendell、1976)、3疾患モデルに至っている。Clark & Watson(1992)によればうつ病に特異的症状はプラス感情の欠如とアンヘドニアであり、不安に特異的な症状は生理学的覚醒反応と緊張感である。彼らによれば第3の疾患として不安とうつを併せ持つ病態があり、これに特徴的な症状は、マイナス感情、劣等感、拒絶感、批判に対しての過敏、自己意識過剰、社会的不快である。後者は不安うつ病といわれるものであり、以下にはパニック障害とうつ病の合併について述べ、筆者がパニック性不安うつ病は一つの疾病単位であるとする根拠を述べる。

パニック障害におけるうつ病の発症率

 筆者らの研究(貝谷・宮前、2000)では、パニック障害の患者116名中31%に抑うつ状態を認めた。うつ病がパニック障害に合併する頻度を調査した研究の結果を  に示した。本邦では竹内らがDSM−VRの診断基準を充たすパニック障害患者210名の臨床経過を4型に分類し抑うつを合併するものが28.6%あったと報告している。これは筆者の研究結果と大きな差違はない。竹内らの研究の内訳として、パニック障害に重畳合併するもの19.0%、うつ病に連続的に移行するもの5.2%、独立したうつ病相を持つもの1.4%であった。

 パニック障害とうつ病の疫学的研究(Kessler et al 1998)をみると、パニック障害とうつ病の生涯有病率はそれぞれ3.4%、16.9%であった。パニック障害患者のうつ病の生涯有病率は55.6%であった。このうち48%はうつ病がパニック障害に先行し、31%は同じ年に発症し、22%はパニック障害がうつ病に先行した。この研究結果は生涯罹病率を示すので、当然、横断面的な症例研究の結果よりパニック障害とうつ病の合併率は高くなっている。

 これらの研究を概観すると、パニック障害のある時期を横断面で観察すると約3割の患者はうつ病を併発しており、縦断的に観察するとその生涯に半数以上はうつ病を併発すると考えることが出来る。

パニック障害におけるうつ病の臨床特徴

 Lesserら(1989)はパニック障害の経過中にうつ病を呈した患者435名についてハミルトンうつ病評価尺度を用いて症状の分析を行った。焦燥/不安、睡眠障害、および身体化といった3つの項目が総得点の75%を占めた。さらに、内因性の要素、すなわち、体重減少、日内変動、および現実吟味(罪責感、病識、離人症、妄想)が少ないことを示した。Klerman(1990)は、パニック障害にみられるうつ病は悲観、落胆、希望のなさ、絶望感とともに身体的訴えが強いと述べている。Van Valkenburgら(1984)は不安うつ病についての臨床研究において、パニック発作のみの群(18名)、パニック障害とそれに引き続くうつ病群(31名)、うつ病とそれに引き続くパニック発作群(23名)、うつ病のみの群(42名)を比較検討した。それによると、パニック障害とそれに引き続くうつ病群はうつ病のみ群と比べると、精神運動退化が少なく、焦燥、心気症、離人症が多く、自殺念慮は少なかった。うつ病とそれに引き続くパニック障害群はうつ病のみ群と比べると、焦燥感が強く、心気症と離人症が多かった。貝谷らの研究(2000)によれば、パニック障害にみられるうつ病像の特徴は、抑うつ気分が強く、仕事や活動面の障害度が高く、消化器系の身体症状が多く、ふがいなさ感と絶望感が強かった。

不安うつ病

 不安うつ病という名称は、当初はうつ病で著明な不安症状を呈する一群を示していた。このような概念に貢献した初期の研究をまず紹介する。Overall et al (1966)は簡易精神症状評価表(BPRS)の16要素を因子分析し、77人のうつ病患者を不安群、敵意群、退行性抑うつに群に分けた。BPRSの16要素中不安群で高かったのは、抑うつ気分、不安、緊張、身体的愁訴の順であった。不安群のimipramineに対する改善率は悪く、thioridazineに対する改善率は良かった。Pykel(1971)は多変量分析を使用し、うつ病患者を精神病群、不安群、敵意群、および、人格障害のある若年群の4群に分けた。不安群では抑うつ気分は中等度で、不安と疲労、強迫症状、離人症と言った神経症的症状があり、神経質な病前性格が示された。

 近年、不安障害の患者にみられるうつ病を不安うつ病と呼ぶようになった。Stavrakaki and Vargo(1986)はパニック障害とうつ病が併存すると社会機能障害が大きく、慢性化、治療抵抗性、予後不良の傾向があることを報告している。それ以外にも多くの研究者が不安うつ病の重篤性、難治性、および予後不良性を指摘している(Van Valkenburg et al 1984、Coryell et al, 1988, Fava et al, 1997)。社会恐怖や強迫性障害にみられるうつ病とパニック障害にみられるうつ病は多少ともニュアンスが異なっているので、本稿ではパニック性不安うつ病という名称を用いる。

パニック性不安うつ病の症例

症例 19歳 短大女学生

家族歴
 特記すべきものなし
既往歴
 11歳時肺炎で入院
 中学高校を通じて、生理不順がひどく、婦人科に通院歴有り。
生活歴
 三人姉妹の末っ子。姉二人は別居しており、親子三人の生活をする。父は放送局の技術系職員、母は専業主婦。地元の女子高校を卒業後、関西の短大に入学。現在はアルバイトもサークル活動もしていない。
現病歴
 平成(X-1)年9月短大に入った夏休み過ぎから、忙しく活動した後に全身倦怠感を伴う、何もしたくない状態が数日続いた。そのような状態はその後しばしばみられた。
 平成X年1月20日(初診の8ヵ月前・19歳時)入浴し15分ほどしたときに、心悸亢進に始まるパニック発作を発症。その他の発作症状として、身震い、息切れ、窒息感、恐怖不快感、吐き気、ふらつき、非現実感、セルフコントロール不能感、死の恐怖、しびれが認められた。この初回発作の時は恐怖感のあまり、ベッドに入り、身じろぎもせずに、そのまま朝を迎えた。その後1ヵ月間のパニック発作の頻度は週2回ほどであった。その後、パニック発作の頻度は少しずつ減少していった。患者は精神異常の診断をされるのをおそれ、どこの医療機関にも受診しなかった。
 平成X年9月21日、パニック障害の本を見て自分はこの病気であると思い筆者のクリニックを受診した。初診時前の発作の頻度は月に1〜2回ほどであった。しかし、初診2日前にもパニック発作はあった。初診の数力月前から始まった抑うつ気分は悪化していた。この1ヵ月間は常に気分が沈んでやる気がでず、ボーッとしていて、眠気が強いと訴えた。しかし、その1ヵ月前アメリカヘホームステイに行っている時は抑うつ気分を感じることはなかったという。この抑うつ気分の始まりはパニック発作が頻発しなくなった頃からである。すなわち、平成X年6月頃(3ヶ月前)からである。抑うつ症状が出始めた頃は、パニック発作の精神症状すなわち、理由のない不安焦燥感が突然数分間生じ、それに引き続き抑うつ気分が見られるようになった。この抑うつ気分は数時間続いた。抑うつ気分に陥ると、患者は将来のことをあれやこれやと考え絶望し、焦燥感におそわれる。この焦燥感は非常に激しいもので、気持ちの持って行き所がなく、手首をかみそりで切るという自傷行為により癒された。このような抑うつ気分に襲われるのは、はじめのうちは週に数日、1日に数時間であったが、経過と共に抑うつ気分の生じる日は多くなり、1回の抑うつ気分の時間も長くなり、来院時には1日中落ち込んでいるという。しかし、抑うつ気分の状態でも、テレビを見てふっと面白いと感じると、短時間ではあるが抑うつ気分がおさまるという。終日無為に暮らすことが多く、母がそれに少しでも小言を言うと、ものに当たったり暴言を吐いたりした。そのような日はコンビニでチョコレートやビスケットなど甘いものをたくさん買い込み、夜遅くまで食べ続けた。

症例の解説

 この症例はパニック発作症状、すなわち強い理由のない不安発作に引き続き焦燥・抑うつ感が生じている。これは筆者「移行型」と称するタイプである。これに対して「交替型」はパニック発作が減少し、おさまってきたときに強い抑うつ状態が出現するタイプである(貝谷、2000)。パニック性不安うつ病の特徴は大部分の場合非定型うつ病像  を呈することである。それはこの症例でも例外ではなかった。この症例の臨床像のもう一つの特質は「怒り発作」を呈したことである(貝谷、2002)。

 この症例の薬物治療は長期作用性のBZD系抗不安薬とSSRIを主剤として、感情調整薬バルプロ酸およびノルアドレナリン節遮断効果の強いメジャートランキライザー(レボメプロマジン)で進められた。パニック性不安うつ病の薬物治療にはノルアドレナリン節遮断効果の強い抗精神病薬(レボメプロマジン、クロルプロマジン、チオリダジン)が必須で、この薬物を患者のコンプライアンスを保持しながら、焦燥感が消失まで増量出来れば治療は成功する。そうでなければ、パニック性不安うつ病は数年間続き、社会的機能の障害が大きくなることが稀ではない。その間に、過敏な人間関係を示すので人格障害(境界性、回避性、自己愛性など)の診断をまれならず受けることになる。最後にパニック性不安うつ病の臨床特徴を  に掲げる。

パニック性不安うつ病の疾病概念

 パニック障害とうつ病の合併例は、(1)別々の病気で単に合併しただけ、(2)同じ病因を持ち異なった発現の仕方をしている、(3)合併例は独立した病気であるという3つの考え方が出来る。

 著者は以下のような理由から"パニック性不安うつ病"は独立した病気であると考える。

 まず、第1に症状論からである。パニック性不安うつ病の大部分は多かれ少なかれ非定型うつ病の病像を呈する。これはメランコリー型内因性うつ病における植物神経症状の逆の症状であり、これらもまた植物神経症状と見なすことが出来、非定型うつ病も内因性と考えられる。とりわけ夕方から夜間の症状の悪化はその最たるものである。パニック性不安うつ病に見られる人間関係における過敏性も、環境反応性として現象的には現れ、それが幼児期に形成された心的外傷による過敏性としても、既に形成された脳機能を基盤とする病的反応と見なすことができる。

 次に、薬物療法からの観点である。パニック性不安うつ病はSSRIsにも従来の三環型抗うつ薬にも反応しない。従来非定型うつ病はモノアミン酸化酵素阻害薬に反応するうつ病と定義されてきた。本邦ではこの種の薬剤は使用不能であるので、著者は多くの症例の経験からフェノチアジン系抗精神病薬に効果があることに気づいた。このように精神薬理学的に見てもパニック性不安うつ病はパニック障害でもないしうつ病でもない。

 最後の家族研究と疫学研究の結果もパニック性不安うつ病が一つの病気である可能性を示唆している。

 Weissmanら(1993)は、パニック障害患者30名、その一親等家族141名、パニック障害とうつ病を合併する患者77名、その一親等家族442例、大うつ病患者42名、その一親等家族209名、および、対照45名、その一親等家族255名について、SADSで個人面接した。その結果、@パニック障害の家族性は高い(18.7%、対照;1.1%)が、うつ病とは関係ない。A早期発症のうつ病の家族には早期発症うつ病が多く、晩期発症のうつ病やパニック障害は少ない。Bパニック障害とうつ病の合併群は同質ではなく、遺伝学的に独立したものではない。その親族にはパニック障害と早期発症うつ病、およびパニック障害とうつ病の合併例が多い。パニック障害と早期発症うつ病を持つ患者がいるので、パニック障害とうつ病の合併例の親族でうつ病が多いことが説明される。これらの事実から次のような結論が下された。パニック障害と早期発症うつ病は、それぞれ独立し、そして特異的に遺伝する病気であり、うつ病とパニック障害とは別々のものとして考えられる。晩期発症うつ病は非家族性である。パニック障害とうつ病の合併例には種々な病気が含まれている。

 Kesslerら(1998)は15歳から54歳の米国人8,098人の疫学調査をした。その結果、パニック障害とうつ病の合併確率は68%と非常に高い結果を得た。さらに、パニック発作はうつ病より早く発症することが多く、パニック障害はうつ病より後に発症することが多いことが明らかになった。本研究から、うつ病はパニック発作と関係するが、パニック障害とは関係しないことが結論づけられた。Kesslerらは、パニック障害とうつ病の合併は別の異なった亜型であると推定している。

 本研究で示したパニック性不安うつ病は、症状の移行性と交替制があること、ほかのうつ病と臨床症状が異なること、社会的障害度が強く治療抵抗性であることから、パニック障害とうつ病を合併する群の中でも特異な一亜型と筆者は考える。また、パニック障害全体をとりあげてみても、パニック障害の患者群は同質ではなく、パニック障害は少なくとも二つ以上の病気であると考えられる。今後、病歴、家族歴、経過、治療反応、予後などをさらに検討しパニック性不安うつ病の本体を明らかにしていく予定である

まとめ

 パニック障害はうつ病と合併することが多いことを述べ、このような症例をパニック性不安うつ病と呼称した。

 パニック性不安うつ病は定型的うつ病とは異なる病像を呈し、治療法も異なり、予後は不良のことが多いことを述べた。最後にパニック性不安うつ病の疫病論的位置づけについて考察した。