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恐慌性障害のロールシャッハ反応
Rorschach Responses of Patients with Panic Disorder
中京大学文学研究科
高瀬 由嗣
なごやメンタルクリニック
貝谷
久宣
なごやメンタルクリニック
松井 亮
ロールシャッハ研究
37:151-161、1995
T.はじめに
恐慌性障害(panic disorder
; PD)とは、突然に何の誘因もなく、息切れ、めまい、動悸、発汗、消化器症状、しびれ、紅潮、冷感、胸痛などの発作を生じ、同時に「死んでしまうのではないか」、「狂ってしまうのではないか」、「何か制御できないことをしてしまうのではないか」という恐怖が起こり、これを繰り返して慢性化する疾患である。発作はおよそ数分から数十分続き、この間に患者は自らの身体の異変をきわめて強烈なものとして体験する。このため患者は病院に駆け込むが、何ら身体的な異常は認められない。また、発作の間欠期において、患者は再び発作が起こるのを恐れるようになり(予期不安)、発作が起こっても人に助けてもらえないような場所や状況に身を置くことを怖がり、回避するようになる(空間恐怖)。これが、多くの恐慌性障害患者に特徴的に見いだされる症状の経過である。
以下の文献研究に示すとおり、ロールシャッハ・テスト(以下、ロ・テストと略)を用いて恐慌性障害の性格特徴を記述した研究は意外に少なく、2篇ほどしか見当らない。そこで、本研究では、口・テストを用いて、恐慌性障害の性格特徴の検討を試みた。
U.文献研究
1.恐慌性障害の歴史的経緯
DSM-V(The American Psychiatric Association、1980)に「恐慌性障害」が記述されて以来、この疾患に対する関心は高まりつつある。しかしながら、恐慌性障害の概念はこれまでにさまざまな変遷を経てきたので、ここで、その歴史的な経緯について簡単に振り返ってみたい。
1978年、Spitzerらは、Research Diagnostic Criteria(RDC)において、不安神経症を、繰り返し恐慌発作を起こしている群と、慢性的に不安状態にある群とに分け、前者を「恐慌性障害」、後者を「全般性不安障害」とした。1980年のDSM-Vにおける不安障害の分類は、RDCの区分に基づいて作成されており、ここで初めて「恐慌性障害」という名が広く知られるようになった。1987年のDSM-V-Rでは、不安障害は、恐慌性障害、恐慌性障害の既往のない空間恐怖、社会恐怖、単一恐怖、強迫性障害、心的外傷後ストレス障害、全般性不安障害などに分類され、不安障害の中で恐慌性障害は重要な位置を占めるようになった。また、ここでは、従来の不安神経症概念が上記のごとく各疾患単位に解体され、病名としての「不安神経症」という語が積極的には用いられなくなった。
さて、ここで取り上げねばならないのは、従来の不安神経症(特に不安発作を頻発する「不安発作頻発型不安神経症」)と恐慌性障害との違いは何か、という問題である。これについて竹内(1991)は、不安神経症の場合はその発作に何らかの心因を見出すことができるが、恐慌性障害の場合は心因が見出せないことが多い、と述べている。つまり、恐慌性障害の主症状である恐慌発作(panic
attack)は突然に生じるものであり、その心因は推定されにくいのが特徴と言えよう。
2.病因論
学習理論家であるGoldstein & Chambles(1978)は、空間恐怖症および恐慌性障害の発症のメカニズムは、古典的あるいはオペラント条件づけからの説明は困難であると考え、その人格と対人的要因として、対人場面における強い葛藤と回避的行動パターン、非主張性、「恐れへの恐れ(fear
of fear)」などを仮定した。「恐れへの恐れ」とは、統制を失ってしまうことや発狂してしまうこと、あるいは気絶や心臓発作などの恐怖を体験することへの恐れであり、一種の予期不安であると考えられる。また、彼らは、患者の多くは家族の中において、感情の表出を両親から罰せられたために、感情の表出は不安に条件づけられ、自らの感情を抑制し非主張的になる、と説明している。
自己心理学の理論を恐慌性障害の治療に応用したDiamond(1987)は、幼児期における保護者との関係を通して体験される安心感や安全感の欠如が、感情を制御する患者の能力の発達を阻害し、これが恐慌性障害の原因となると仮定している。つまり、発達の途上において、保護者が患者の不安や恐怖などの感情を適切に扱うことに失敗したために、鏡映(mirroring)や融合(merging)などの健全な自己対象の機能がうまく働かず、患者自身の不安統制が困難となるという説明である。この説明は、生育史における保護者との関係が症状の原因を形成するという点で学習理論家のGoldsteinらのものと類似している。
3.ロ・テストを用いた恐慌性障害の性格特徴に関する研究
Rosenberg & Andersen(1990)は、41名の恐慌性障害患者に対してロ・テストを施行し、その人格構造および認知的な情報処理能力について検討した。その結果、恐慌性障害患者は健常者のようにまとまりのある良い反応を与えることができず、その情報処理能力は境界例のごとき障害があることが示唆された。de
Ruiter & Cohen(1992)は、恐慌性障害患者の人格特性に関する仮説、すなわち、感情の萎縮、依存欲求に対する反動形成の発動を検証するために、22名の患者にロ・テストを施行し、Exner(1986)の体系を用いて分析を行った。その結果は、上記の仮説を支持するものであった、と彼らは報告している。
2つの先行研究は、恐慌性障害を理解するうえで貴重な知見を提供するものであるが、以下の点で問題がある。de
Ruiter & Cohenの研究は、ロ・テストの豊富な指標の中からごく限られたわずかの変数だけしか用いていない。周知のとおり、口・テストは多様な変数を相対的に分析してこそ、有益な情報の得られる心理テストである。したがって、限られた変数のみを取り上げるのでは、被検者の特性を十分に検討したとは言えない。また、Rosenberg
& Andersenの研究は、仮説の検証の仕方に強引な印象を受ける。彼らは、恐慌性障害患者において、ブレンド反応の量およびZスコアの平均が、健常者よりも低かったことを以て恐慌性障害患者に情報処理能力の障害があるとし、その障害は境界例に類似するものであると結論している。しかしながら、Exner(1986)によればブレンド反応は「刺激への感受性」(pp.460-462)を反映し、Zスコアは「より注意深い正確なやり方で刺激野に対処しようとする知的な奮闘や欲求」(p.421)を反映するものであり、これらの指標は必ずしも境界例的な情報処理能力を査定するものではない。それゆえ、これらの指標を用いて、恐慌性障害患者における境界例的な情報処理能力の存在、という仮説を検証しようとした彼らの方法には無理があると思われる。したがって、これらの先行研究の持つ問題点を修正し、より精密に恐慌性障害の性格特徴を記述する研究が必要である。
過去の文献に記述された恐慌性障害の性格特徴に関する仮説を簡単にまとめると、(a)他者に対して消極的で、良好な対人関係を作り得ない(Goldstein
& Chambles,1978)、(b)感情統制能力の障害(Diamond,1987)、という2点に集約できそうである。さらに、これらの仮説に加えて、筆者らは臨床観察から、恐慌性障害患者は全般的に一種の強迫性があることを見出した。すなわち、彼らには、仕事や課題に対して中途半端な姿勢で臨むことを極端に嫌い、徹底してそれをやり遂げようとする、一種の完全癖が存在すると思われる。そこで筆者らは、(c)強迫性、という仮説を加えようと思う。ロ・テストは、このような性格特徴の存在とその程度を査定し得る方法であると考えられる。本研究は、ロ・テストを分析することによって、上に掲げた3つの仮説について検討することを目的とする。その際、限られたロールシャッハ変数のみに焦点をあてるのではなく、可能な限り包括的に恐慌性障害患者の性格特徴を記述することを試みる。
V.仮説
他者に対して消極的で、良い対人関係を作り得ない、という仮説(a)は、ロールシャッハ変数の中では、人間運動反応の量と内容に反映される。Mは共感性の指標であり、その低下は、良好な対人関係を築くのが困難であることを意味する。したがって、恐慌性障害群(以下、PD群と略)のMの量は、健常者よりも少ないことが予想される。また、Exner(1986)は、人間運動反応において消極的(passive)な内容を多く与える被検者は、そうでない被検者に比べて、対人関係において消極的な行動パターンをとりやすいことを実証している。よって、Exnerに従えば、PD群においてはMp(消極的な人間運動反応)がMa(積極的な人間運動反応)を上回るものが健常者群よりも多く出現することが予想される。
仮説(b)の感情統制能力の障害は、色彩図版に対する反応に現れるであろう。すなわちPD群においては、色彩図版(U、V、[、\、]図版)に対する反応の質が健常者群よりも低下することが予想される。また、色彩反応は全般的にFCよりもCFやCなどのやや統制を欠いた反応が多く出現することが予想される。
仮説(c)の強迫性については、反応領域に注目したい。PD群においては、健常者群よりも全体反応率が増加することが予想される。また、強迫的に全体反応に固執するために、全体反応が難しいとされる[、\、]図版に対してもWを与える傾向が予測される。
W.方法
1.被検者
本研究の被検者は、Nクリニックを受診した27名の恐慌性障害患者である。診断は、DSM-V-Rを基準に行った。被検者の平均年齢は32.7歳(SD=8.2;range=20-49)。27名のうち19名(70%)が男性。学歴は、14名(52%)が高等学校卒、13名(48%)が短大卒以上であった。これらの被検者をまとめて に示した。
比較群は、筆者らが1992年8月から1994年5月までに収集した健常者のロールシヤッハ資料の中から、PD群と性別、年齢、学歴などの条件がなるべく等しい28のプロトコルを使用した。健常者群の平均年齢は33.5歳(SD=6.8;range=20-49)。28名のうち、男性は20名(71%)であった。
2.手続き
恐慌性障害患者に対して、1993年7月より1994年6月にかけて、筆者らのうち高瀬がロ・テストを個別に実施した。テスト施行時は初診日より数えてO〜59週目(平均=14週目、SD=16.O)であった。テストの施行は、片口(1987)に記述された手続きに従った。
テストの結果の整理は主に片口法(1987)に拠った。色彩刺激に対する統制の程度を把握するために、各群の色彩図版におけるForm+%を算出した。その算出方法は、色彩図版(U、V、[、\、]図版)におけるすべての+および±の反応の実数を合計し、それを色彩図版の総反応数で割り、百分率に換算するというものである。さらに、各群における、FC≦CF+Cに該当するプロトコルの出現頻度を比較した。恐慌性障害患者の対人面での消極的な行動パターンを検討するために、Exner(1986)の人間運動反応のactive-passiveの指標を用い、各群におけるMa<Mpの出現頻度を比較した。active-passiveの分類は、Exner(1986)に記載された基準に従った(pp.127-131)。全体反応に固執する傾向は、各人の[、\、]図版における全体反応率を算出し、その平均を2群で比較した。
記号化および形態水準の評定は、高瀬とロ・テスト経験4年の臨床心理士との合議のうえで行った。
3.分析方法
PD群と健常者群のロールシャッハ主要スコア、色彩図版におけるForm+%およぴ[、\、]図版における全体反応率の平均は、t検定(両側測定)を用いて差異を検討した。また、各群のMa<MpおよびFC≦CF+Cの出現頻度については、x2検定を用いて分析した。
X.結果
1.主要スコアの平均
にPD群と健常者群のロールシャッハ主要スコアの平均および標準偏差を示した。なお、PD群における、ロールシャッハ主要スコアの性別による差をみるために、男性と女性の各々の平均を算出し、t検定を用いて比較したところ、すべての変数に有意差は認められなかった(p>.05)。よって、性別による差異は特にないものと判断し、 には両群の全体の平均値を示した。
t検定の結果、PD群は健常者に比べて、
1)Rが少ない(t(53)=2.57,
p<.05)
2)Dが少なく(t(53)=2.53,
p<.05), Dd%が低い(t(53)=2.24, p<.05)
3)Mが少ない(t(53)=3.54,
p<.001)
4)FMが少ない(t(53)=2.14,
p<.05)
5)mが少ない(t(53)=3.19,
P<.01)
6)Fcが少ない(t(53)=3.96,
P<.001)
7)FCが少ない(t(53)=3.09,
P<.01)
8)F%が高い(t(53)=2.04,
P<.05)
9)F+%(t(53)=3.23,
p<.01), ΣF+%(t(53)=3.66, p<.001), R+%(t(53)=3.61, P<.001)が低い
10)Oが少ない(t(53)=2.33,
p<.05)
11)Content
Range(t(53)=2.03, p<.05), Determinant Range(t(53)=3.52, p<.001)がせまい
12)修正BRS得点が低い(t(53)=3.97,
p<.001)
という特徴が認められた。その他の変数については有意差はなかった(p>.05)。
2.人間運動反応の積極性と消極性および色彩反応
には、PD群と健常者群におけるMa<MpおよびFC≦CF+Cの出現頻度を示した。x2検定の結果、PD群のMa<Mpの出現頻度は、健常者群よりも有意に高かった(x2(1)=8.18,
p<.01)。また、PD群のFC≦CF+Cの頻度は健常者群よりも有意に高かった(x2(1)=4.86,
p<.05)。
3.色彩図版におけるForm+%および[、\、]図版における全体反応率
両群の、色彩図版におけるForm+%と、[、\、]図版における全体反応率の平均と標準偏差を に示した。色彩図版のForm+%は、PD群の方が健常者群よりも有意に低く(t(53)=3.50,
p<.001)、または[、\、]図版の全体反応率はPD群が有意に高かった(t(53)=2.07,
p<.05)。
Y.考察
PD群のテスト結果をもとに、彼らの性格に関する仮説の検討を行う。
対人関係の在り方や対人場面における行動パターンは、ロールシャッハ変数の中では主に人間運動反応の量や内容に反映される。PD群においては、健常者群に比し、Mの数が少なかった 。Mは共感性の指標であり、この反応を適当数で与えることのできる人は、共感的な良い対人関係をもちうると考えられる。したがって、この結果は、恐慌性障害患者が良好な人間関係を作りにくいことを表すものと言えよう。また、PD群のMの内容に着目してみると、「人が2人向かい合って火鉢にあたっている」(V図版への反応)、「膝をつき合せて2人の人が向かい合っている」(Z図版)などの静的な動作が多く、Exner(1986)の基準に照らし合わせれば、消極的運動と記号化される反応が多く出現した。一方、健常者群は、「女性がタイコをたたいている」(V図版)、「インディアンの少女が踊っている」(Z図版)などの積極的な運動反応を多く与えた。Exner(1986)は、MaおよびMpと、行動パターンとの関係性を検討した結果、「MpがMよりも大きい場合……自ら進んで意志決定したり行動することが少なくなる」(p.446)と結論している。Exnerに従えば、PD群において、Ma<Mpに該当する被検者が多く出現したこと は、恐慌性障害患者が対人場面において消極的な行動を取りやすいことを示唆するものと思われる。よって、Mに関する本研究の結果は、恐慌性障害患者は他者に対して消極的で、良い対人関係を作り得ない、という仮説を支持するものと考えられる。
感情統制能力については、色彩刺激への反応の仕方に注目した。FCは、片口(1987)によれば、情緒的な刺激に対して、適合した感情や動作をもって対処しうることを意味する反応である(pp.192-193)。PD群において、この反応が健常者に比し有意に少なかったこと と同時に、FC≦CF+Cに該当するプロトコルが多く出現したこと にも着目せねばならない。恐慌性障害患者のCFやCの反応例として「血……赤い色をみると気分が悪くなる」(U図版)や「床にしみついた赤ワインのシミ」(U図版)、「火山のマグマ」(\図版)などがあげられる。これらは、いずれも赤色の刺激に対して与えられた反応である。PD群においては、このように情緒を刺激する色彩に対して、やや統制を欠いたかたちで反応する傾向が目立った。さらに、PD群において色彩図版に対する反応の質が全般に低下したこと も、情緒刺激に対する統制の悪さを示している。これらは、感情統制能力の障害という仮説を支持する結果と言える。つまり、恐慌性障害患者は、対人関係において、何らかの激しい情緒的な刺激を受けた際に、自らの感情を律して適切な行動をとるのが困難であることが推測されるのである。
恐慌性障害患者の強迫性は、彼らのWに固執する傾向に表れていると言えよう。統計学的な有意差は認められないものの、PD群は、健常者群と比較して、W%が高い傾向にあった 。さらに、[、\、]図版に対してもWを与える率が高かった 。片口(1987)によれば、[、\、]図版はWにまとめにくい図版である(pp.234-239)。それゆえ、これらの図版に対してもWに固執する被検者には何らかの強迫性が存在すると仮定しても誤りではないであろう。Wはものごとを統合しようとする意志や欲求を反映するが、この反応が過剰に与えられる際には、被検者のあまりにも野心的な傾向がうかがえる。それは、被検者のある種の完全癖によってひきおこされたものとも言えよう。したがって、この結果は、仮説(c)の強迫性を支持するものと考えられる。
次に、仮説検証のために取り上げた上記変数以外の反応特徴について検討する。まず、PD群は健常者群に比べてFcが少ないこと に着目したい。Fcは、人間の基本的な安全感を反映するものであるから(河合、1969)、PD群においてこの反応がきわめて少なかったのは、彼らが幼児期において保護者との間に安定した依存関係を持ち得なかったことに由来するものかもしれない。Diamond(1987)は、恐慌性障害患者の母親の多くは、患者の幼児期における依存を脅威とみなし、患者の感情を適切に扱うことができない、と述べている。PD群にFcがきわめて少なかったことは、Diamondの指摘をある意味で裏付けるものと思われる。
さらに、PD群は、mが少なく、FKやKが少ない傾向にあった。mは、内的葛藤の認知を示す反応であり、PD群にこの反応が少なかったということは、彼らの内界への気づきの悪さを反映するものと思われる。また、FKやKの少なさは、恐慌性障害患者は内的な問題や不安を認知することが、健常者に比べて少ないことを表しているのかもしれない。ここで注目すべきは、これらの結果が従来いわれてきた不安神経症の反応特徴と異なっている点である。不安神経症者にK、FK、mなどの反応が多いという報告(片口、1987,
p.257)があるのに対し、本研究のPD群の結果はこれと全く逆である 。これは、恐慌性障害には従来の不安神経症とは別の特有な性格特徴があることを示しているようである。つまり、恐荒性障害患者は、不安神経症とは異なり、自らを脅かす内的な圧力を認知しにくいことが推測され得る。それは、元気でまったく問題のなさそうにみえた人が、突然に発作を生じる、という恐慌性障害独特の症状と合致しているように思われる。
PD群におけるF+%、ΣF+%、R+%などの現実吟味力や自己統制力を測る指標は健常者群に比べて低い 。それは、彼らが色彩図版に対してやや統制を失ったかたちで反応したり、Wにまとめることが難しい図版に対して、無理をしてまでもWに固執した結果と言えよう。しかしながら、これらの数値は決して精神病的なレベルにまで低下してはいない。また、confabulationやcontaminationのように病的に逸脱した反応を与えた恐慌性障害患者は、本研究の標本においては皆無であった 。このように口・テストからは、PD群に精神病を疑うようなサインは見出し得なかった。さらに、P(平凡反応)が健常者群とほとんど差異がなかったこと は、彼らが常識的な行動をとり得ることを意味するものである。これは、恐慌性障害患者の健康的な一側面であると考えて良いであろう。
本研究の標本数は必ずしも多いとは言えず、この結果をただちに一般化することは避けねばならない。しかしながら、恐慌性障害患者に一定の性格傾向があるという筆者らの仮説は支持されたと思われる。恐慌性障害患者に対して有効な心理治療を行うためには、まずは患者の性格や心理状態を十分に把握しておく必要がある。さらに患者の標本数をふやし、ロ・テストのみならず、他の心理テストも用いて、恐慌性障害患者の性格特徴を検討していくことが今後の課題である。
Z.要約
過去の文献における恐慌性障害の性格特徴に関する仮説は、(a)他者に対して消極的で、良い対人関係を作り得ない、(b)感情統制能力の障害という2点に集約することができる。これらの仮説に加えて、筆者らは臨床観察から(c)強迫性の存在を仮定した。本研究は、ロ・テストを用いて、この3つの仮説について検討した。また、恐慌性障害患者の反応から、上に掲げた仮説以外の性格特徴の記述も試みた。
恐慌性障害群の反応を健常者群のものと比較した結果、恐慌性障害群には、(1)良好な対人関係を持ちにくいことと消極的な行動パターン(Mの少なさ、MaくMpの出現頻度の高さ)、(2)情緒刺激に対する統制の悪さ(FCの少なさ、FC≦CF+Cの出現頻度の高さ、色彩図版における形態水準の低下)、(3)全体反応に固執する強迫性(W%の高さ、[・\・]図版におけるW%の高さ)が認められ、3つの仮説はいずれも支持された。さらに、恐慌性障害群のK、FK、mなどの低下からは、内的葛藤の認知に乏しい側面が推測され、それは、従来の不安神経症とは異なった恐慌性障害に特有の性格特徴であることが示唆された。
文献
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