不安障害による不眠

貝谷 久宣、 福原 秀浩、 山中 学
土田 英人、 安田 新

睡眠障害診療マニュアル
-症例からみた診断と治療のすすめ方-
(久保木富房、井上雄一監修)
p148-151、ライフサイエンス、東京、2003

はじめに

 不安障害において睡眠障害がその診断基準の要件となるのは、
@全般性不安障害における睡眠障害(入眠または睡眠維持の困難、または落ち着かず熟眠感のない睡眠)、A外傷後ストレス障害における入眠または睡眠維持の困難、B急性ストレス障害における覚醒亢進であろう。しかしここでは、臨床場面で最もよく遭遇する、不安障害であるパニック障害における不眠を取り上げる。パニック障害の診断基準の要件には睡眠障害の症状はなく、パニック障害患者が主訴として不眠を訴えることは比較的まれである。しかし、パニック障害患者に睡眠障害について初診時に問診すると、その86%は何らかの睡眠障害をもつことが明らかになった。ここでは、著者のクリニックにおける不眠に関するデータをまず示し、その後、睡眠障害のあるパニック性不安うつ病症例と睡眠時パニック発作症例を紹介する。

パニック障害における不眠に関する調査

1.調査対象
 ある一定期間に、なごやメンタルクリニックを訪れた初診患者中、DSM-VRでパニック障害と診断された100名の患者(男性31名,女性69名)が対象となった。
 初診時年齢:男性(21〜58歳)平均32.6±72.9歳、女性(18〜61歳)平均33.1±64.5歳。

2.調査方法
 初診前1週間の睡眠障害(
@就眠困難、A中途覚醒、B早朝覚醒、C覚醒障害、D熟睡障害)の有無について、アンケート方式で回答を得た。それ以外に、初診前1週間のパニック発作頻度と重症度、予期不安の頻度と重症度、恐怖性回避の重症度、大うつ病エピソードの症状数、Self-rating depression scale;SDS(Zung,1965)、同日本語版(福田・小林,1973)、Beck depression inventory;BDI(Beck,Ward,Mendelson,Mock & Erbaugh,1961)、同日本語版(林,1988)について調査した。

3.調査結果
 パニック障害の初診患者100名中86名は、何らかの睡眠障害を有すると回答した。その内訳は、  のごとくで熟眠障害が最も多く、就眠困難が最も少なかった。初診時の睡眠障害の有無とパニック障害の臨床症状との関係をみると、何らかの睡眠障害を訴えた群の方がそうではない群に比べ統計学的有意の多い項目は、非発作性不定愁訴数  、SDS  、BDIおよび大うつ病症状数であった。

 次に、各睡眠障害のタイプと臨床症状との関係をみると、就眠困難のある患者では大うつ病の症状数が有意に多く、恐怖性、回避の重症度が低かった。熟眠障害を訴える。患者が最も多かったにもかかわらず、熟眠障害のある患者の臨床特徴は明らかにならなかった。これは、熟眠障害が非特異的なパニック障害患者によく訴えられる症状であると解釈することができる。早朝覚醒を訴える患者は男性が17.9%、女性が22.6%であり、後者が統計学的に有意に多かった。早朝覚醒のある患者はない患者に比べ、BDI得点が有意に高かった(19.8±8.2:14.5±8.5、p=0.0072)。中途覚醒のある患者はない患者に比べ、初診時年齢が高かった(34.9±9.2:31.1±7.2、p=O.0362)。また、非発作性不定愁訴症状数が有意に多かった(3.1±1.7:2.3±1.4、p=0.0229)。覚醒障害のある患者はない患者に比べ、有意に高いSDS得点(40.9±15.7:33.1±17.2、p=0.O197)、高いBDI得点(19.5±10.0:13.4±7.4、p=0.0034)、多い非発作性不定愁訴数(3.2±1.7:2.2±1.6、p=0.0091)、多い大うつ病症状数(5.0±2.8:2.4±2.3、P=0.002)を示した。以上をまとめると、睡眠障害、とりわけ早朝覚醒覚醒障害を訴える患者はうつ病評価尺度得点が高く  、パニック障害におけるうつ病との関係が問題となる。

 われわれの調査結果は、34名のパニック障害患者についてPittsburgh sleep quality indexを使用して調査したSteinら
1)の研究結果と対比できる。彼らはパニック障害患者の68%に何らかの睡眠障害があり、それが大うつ病既往のものに多いことを見出した。また、18%の患者に夜間睡眠発作を認めた。このようにパニック障害における睡眠障害では、comorbidityとしてのうつ病と睡眠時パニック発作が問題になると考えられる。

パニック性不安うつ病

症例:23歳、未婚女性。家業手伝い。半年前、釣り宿をしている自宅のある島から、買い物のため近郊の都市に向かう船の中で、初めてパニック発作に襲われた。心悸亢進、窒息感、呼吸困難、全身の震えと血が引いていく感じ、死の恐怖、および離人感といった発作症状であった。それから1週間後からはほとんど連日パニック発作が発来し、極度の予期不安と重篤な病を恐れる心悸症状が持続した。初診時は、週に数回のパニック発作、高度の予期不安と1人では島から出ることができないほどの広場恐怖が認められた。睡眠障害として軽い熟眠障害があったが、治療を必要とするほどのものではなかった。SDS36点、BDI11点、東大式エゴグラムはNP高位、FC低位の自己犠牲タイプのN型を示した。

 ロフラゼプ酸エチル2〜4mg、マレイン酸フルボキサミン25〜50mgを投与することにより、3週間後にはパニック発作はほぼ完全に消失し予期不安は軽快、1人で島から船に乗って外出できるほどにまでなった。ところが、パニック発作が終息する頃から抑うつ気分が出現し始めた。夕方、薄暗くなると、不安感とも憂うつ感とも区別がつかない気分に突然襲われ、意味もなく涙が出た。自分は大変な病気に見舞われた、このままでは一生結婚できない、などの考えが次々に浮かび、不安・焦燥感が激しくなり、居ても立ってもいられなくなり、部屋の中を右往左往し、ついには自分の気持ちのやりどころがなく、手元のナイフで手首を切ってしまった。そしてそのまま疲れ果て、眠りについてしまったが、4時間ほど眠ったら突然目が覚め頭が冴えてしまい、再入眠するのに1時間以上かかった。

 このようなことが1週間に数回起こるようになり、日中も何となく物憂い感じがして、何にも興味がなくなった。それと同時に、朝になっても手足が重く、昼になっても眠い、起き上がることも億劫な状態になった。結局、ほとんど一日中横になっており、昼も夜もうとうと眠る状態が続いた。それでも午前2時を過ぎると、完全に覚醒する状態がほとんど毎日数回生じるようになった。目が覚めてしまうと冷蔵庫に行き、すぐ食べられそうなものは全部食べてしまった。そのため、1カ月間で5kgも体重増加がみられた。明るいうちからごろごろして家業を手伝わなくなると、母親が小言を言うようになった。それに対して、自分の病気を理解してくれないと母親に大声で叫び食ってかかった。一方、朝から体も気分も重く、無為に過ごしているときでも、買い物時に知り合った男友達から電話がかかると、人が変わったように元気になった。この時点で、SDS56点、BDI21点に増加しており、大うつ病エピソードを満たす状態であった。

 薬物療法として、自発性減退をターゲット症状として選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の増量、塩酸イミプラミン、塩酸ノルトリプチリン、アモキサピン、塩酸ミルナシプランの追加投与を試みたが、効果はみられなかった。ところが、夕方から夜にかけて生じる不安・抑うつ・焦燥発作に対してレボメプロマジンを5〜150mgまで漸増投与したところ、このような発作に対してだけでなく、中途覚醒や起床時の不快感、そしてさらには自発性減退も消失し、抑うつ状態は寛解した。ベースになるSSRIと抗不安薬は投与したまま、レボメプロマジンを漸減していき、現在、パニック発作もうつ状態もなく、家業の手伝いができるようになった。

 この症例は、パニック障害にみられるパニック性不安うつ病中に睡眠障害として、中途覚醒、および覚醒障害を示した。それ以外にこの症例のパニック性不安うつ病は、気分反応性がみられ、さらには鉛様麻痺、過眠、過食(体重増加)といった逆自律神経症状と、母親の些細な非難に対する過敏な反応(rejection sensitivity)がみられ、非定型うつ病の診断が可能である。著者は、このような気分反応性うつ病にみられる過眠、中途覚醒、覚醒障害といった睡眠障害だけでなく、自発性減退を主症状とする精神運動退化にレボメプロマジンが奏効することを見出した。このレボメプロマジンの気分反応性うつ病における、睡眠覚醒リズムの障害に対する効果発現機序を研究することは、今後の大きな課題であると考える。

睡眠時パニック障害

 症例:45歳、主婦。3年前から年に数回、睡眠中に突然脈が速くなり、目が覚めることがあった。1カ月前、午後11時半に入眠し、午前2時半に窒息感と心悸亢進で目が覚めた。その際、特に夢を見ていたという意識はない。目が覚めてから心悸亢進はますます激しくなり、そのまま心臓病で死んでいくと感じた。全身に冷や汗が出て、夢かうつつかといった気分に襲われた。このような発作が起きると頭が冴えてしまい、少なくともその後1時間は再入眠することができなかった。この発作の翌朝は目覚めが非常に悪く、1日中眠気が残り、気分がすっきりしなかった。この激しい睡眠時のパニック発作以来、ほとんど毎週同じような発作が襲うようになり、入眠時にまた発作が起きるのではと考えると、なかなか寝つかれなくなった。そのため、夫の横で寝るようになった。また、昼間に発作が全く生じたことがないのに睡眠時発作が頻繁に発来するようになってから、地下鉄に乗るのが何となく不安になり、買い物はタクシーを使うようになってしまった。初診の日から薬物療法が開始された。就眠前にアルプラゾラム0.8mgと塩酸パロキセチン水和物10mgが投与された。それ以来、睡眠時のパニック発作は全くみられず、軽度の広場恐怖も1カ月もすると消失した。

 パニック障害患者の約4割は、睡眠時パニック発作を経験している。もちろん、昼間のパニック発作も睡眠時発作も、両方とも経験する患者が大部分であり、本症例のように睡眠時発作だけの人は比較的まれである。この症例では、入眠前の予期不安が強く、就眠に困難を来した。このような意味においても、本症例は睡眠時だけの発作ではあるが、パニック障害の診断が可能である。睡眠時パニック発作を見逃すと、それが予期不安を高めるほどではなくとも、翌朝の不快気分、日中の眠気が出現し、患者の生活の質は低下してしまっていることがある。それゆえ、このような発作の有無を問診しておくことが肝要である。一般に、睡眠時パニック発作の治療はそれほど困難ではなく、多くの場合、薬物療法が奏効しやすく、比較的軽症例が多い。

おわりに

 パニック障害にかなり特有な睡眠障害例を2例示した。症例1はレボメプロマジンで、症例2はアルプラゾラムで睡眠障害は軽快した。両症例とも、いわゆる睡眠導入薬なしで治療できたことは特記すべきであろう。

1) Stein, M. B., Chartier, M. and Walker, J. R: Sleep in nondepressed patients with panic disorder :I. Systematic assessment of subjective sleep quality and sleep disturbance. Sleep 16 724-726, 1993