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東大式社会不安尺度の開発と信頼性・妥当性の検討
貝谷 久宣
*1*3*5
金井 嘉宏 *2
熊野 宏昭 *3
坂野 雄二 *4
久保木富房
*3
*1
医療法人和楽会心療内科・神経科赤坂クリニック
(連絡先:貝谷久宣,〒107-0052東京都港区赤坂3-9-18)
*2 北海道医療大学大学院看護福祉学研究科
*3 東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学
*4 北海道医療大学心理科学部
*5 名古屋メンタルクリニック
心身医学2004年4月・第44巻
第4号 P279-287
抄録
本研究の目的は,社会不安障害を簡便にスクリーニングできる尺度を開発することである.社会不安障害患者97名,パニック障害患者37名,健常者542名を対象に自記式の調査を行った.探索的因子分析の結果,本尺度は「人前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念」,「身体症状」,「対人交流に対する不安」の3因子28項目と日常生活支障度に関する項目で構成された.各因子および全項目の内的整合性は高かった.また「人前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念」得点,「身体症状」得点,合計得点は,社会不安障害群と他の2群を弁別可能であった.したがって,本尺度は高い信頼性と妥当性を有することが明らかにされた.
はじめに
社会不安障害(social
anxiety disorder;SAD)とは,他者からの否定的な評価を恐れることによって,人前で話す,食事をする,字を書く,社会的な集まりに参加するといった行動に対して過剰な不安を感じたり,回避する疾患を指している1).SADは学業面,職業面,社会的機能面で深刻な障害をもたらし,生活の質(quality
of Life;QOL)を低下させる.SADの生涯有病率は13.3%であり,SADはアメリカでは3番目に有病率の高い精神疾患となっている2).SAD患者の大多数は治療を受けておらず,治療を受けない場合には慢性化することが報告されている3).したがって,SADには早期発見が必要であり,そのためにはSADを適切にアセスメントできる尺度が必要である.
これまで欧米においては,SADを評価する尺度として,Liebowitz
Social Anxiety Scale(LSAS)4)とBrief Social Phobia
Scale(BSPS)5)が主として用いられてきた.LSASは24項目で構成され,さまざまな社会的状況について恐怖の程度と回避の程度をそれぞれ4件法で評価する.LSASは自己評定でも用いられている6).一方,BSPSは11項目であり,7つの社会的状況に対する恐怖と回避の程度,および身体症状としてSADに共通してみられる7)@赤面,A動悸,B震え,C発汗の4つの身体症状について5件法で評価する.
しかし,LSAS,BSPSは,ともに社会的状況に対する恐怖と回避を主として評価しており,身体症状に対する評価は十分ではない.SAD患者は,社会的状況に直面したり,社会的状況に入ることを想像することによって,生理的覚醒が生じることが明らかにされている1).したがって,SADの症状を評価する際には,身体症状について十分に評価する必要がある.BSPSでは,4つの身体症状について評価しているが,多くのSAD患者が,吐き気や筋肉のこわばり,口の渇きなどのさらに多様な身体症状を訴えることが明らかにされている3).そこで本研究では,BSPSの項目を参考にして10項目の身体症状について評価する.また,DSM-W-TR1)の診断基準にみられるように,SADであるかどうかは,症状が日常生活に支障をきたしているかどうかで判断される.したがって,SADを評価する尺度には,日常生活支障度を評価する項目が含まれている必要がある.そこで本研究では,日常生活支障度について評価可能な項目を追加する.
ところで,LSASやBSPSは恐怖項目と回避項目を分けて,合計得点を算出している.しかしながら,恐怖項目と回避項目をまとめて因子分析を行った場合,恐怖と回避で因子が分かれるのではなく,状況で分かれることが報告されており6),恐怖と回避を分けて評価することの意味が問われている.そこで本研究では,恐怖得点と回避得点を比較し,恐怖と回避を分けて評価することの意味を検討する.
本研究の目的は,社会的状況に対する恐怖と回避,身体症状,日常生活支障度を測定する項目で構成され,SADをスクリーニングできる尺度(東大式社会不安尺度:TSAS)を作成し,その信頼性と妥当性について検討することである.
方法
@調査対象
東京都内および名古屋市内の心療内科・神経科のクリニックにおいて,DSM-W-TR1)によってSADと診断された初診患者97名(男性48名,女性49名;36.19歳,SD=13.11,range:16〜80歳),パニック障害(PD)と診断された初診患者37名(男性13名,女性24名;31.89歳,SD=7.24,range:19〜54歳),製造業の会社4社に勤務する事務系の職員542名(男性392名,女性150名;35.76歳,SD=8.97,range:22〜59歳)を調査対象とした.患者に関しては,診断された症例を随時対象とし,服薬中の症例は含めず新患のみであった.また,SAD患者のうち,PDの合併例は除外した.患者は記名式,健常者は無記名式で行った.記入漏れ,記入ミスのある者はいなかった.
A調査期間
患者に対する調査期間は2001年7月4日〜2002年4月23日であり,健常者に対する調査期間は2001年7月8日〜2001年7月26日であった.
B調査材料
社会的状況に対する恐怖10項目(0:ない,1:軽度,2:中等度,3:高度,4:非常に高度),社会的状況に対する回避10項目(0:ない,1:まれに,2:ときどき,3:しばしば,4:いつも),身体症状10項目(0:ない,1:軽度,2:中等度,3:高度,4:非常に高度),日常生活支障度1項目(A:日常生活にほとんど支障はない[0点],B:日常生活に多少支障がある[10点],C:日常生活にかなり支障がある[20点],D:日常生活にたいへん支障がある[30点])の合計31項目であった.日常生活支障度は,他の項目の合計が120点であることから,合計点を150点とするためにその最高点を30点とした.また,日常生活支障度は,SADの症状を評価する際に重視されるため1),合計得点を算出する際の得点配分を多くした.各質問項目に対する教示文は以下の通りであった.すなわち,社会的状況に対する恐怖・回避項目では,「以下の状況に対してどれくらい恐怖感をもち,その状況を避けましたか?」,身体症状では,「ほかの人々と接触したときや,そのような状況を思い浮かべたときに,次のような症状を経験しましたか?」,日常生活支障度では,「日常生活にどの程度支障を感じていますか?」であった.本質問票が必要な場合,著者に連絡することで入手できる.
C手続き
SAD患者,PD患者には,初診時に自記式で回答を求めた.製造業の会社に勤務する健常者には,担当者が自記式の質問紙をあらかじめ配布して回答を求め,適宜回収した.なお,患者には,口頭で研究の趣旨,プライバシーの保護について説明を行った後,同意を得たが,最終的な同意の有無は記名で質問紙に回答してもらう行為で確認した.健常者に関しては,各会社の担当者に研究内容とプライバシーの保護に関する説明と依頼を行い,同意の得られた社員に回答を求めるという形式であった.
D統計解析
統計解析にはSuper ANOVA v1.11,SPSS 10.OJ for Windowsを用いた.
結果
@項目分析
各項目得点について,SAD群とPD群,健常群の間に違いがみられるかを検討するために,群を要因とした分散分析を行った.その結果,項目2「目上の人と話す(回避)」,7「他人と飲み食いをする(恐怖)」,9「電話に出る(恐怖・回避)」,10「新年会,クラス会,飲み会などの社交的な集まりに出る(恐怖・回避)」は,SAD群とPD群の間には違いがみられなかった.項目8「公衆トイレで用を足す(恐怖・回避)」はいずれの群間にも違いがみられなかった.したがって,項目8を削除した.項目2,7,9,10に関してはSAD群と健常群の間に違いがみられたため,因子分析には用いることにした.さらに,身体症状のうち,項目4(発汗),6(吐き気,腹部不快感),8(息苦しい)は,SAD群と健常群の間に違いがみられたが,SAD群とPD群の間には違いがみられなかった.SAD群と健常群の間に違いがみられたため,因子分析には用いることにした.
A尺度の因子構造
健常群の得点に関して,日常生活支障度を除いた28項目を対象として,最尤法・プロマックス回転による探索的因子分析を行った.その結果,スクリープロットから3因子が妥当であると判断し,3因子で再度同様の因子分析を行った.その結果抽出された3因子28項目と日常生活支障度を測定する項目を最終的な項目とした.抽出された因子と各因子に含まれる項目,および因子間相関を に示す.
各因子を構成する項目内容を検討した結果,第1因子は「人前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念」,第2因子は「身体症状」,第3因子は「対人交流に対する不安」と解釈された.
B信頼性の検討
信頼性を検討するため,因子ごとにCronbachのα係数を算出した.その結果,各因子について高いα係数(α=0.84〜0.92; )が得られた.また,日常生活支障度を除いた28項目のα係数はO.94,日常生活支障度を含む29項目のα係数は0.90であった.したがって,TSASは高い信頼性を有すると判断することができる.
また,恐怖と回避を分けて評価することの意味を検討する前提として,恐怖項目と回避項目に分けて合計得点を算出し,それぞれのCronbachのα係数を算出した.その結果,恐怖項目に関してα=0.88,回避項目に関してα=0.88という高い値が得られた.したがって,恐怖項目と回避項目に分けることは,内的整合性の点から問題ないと判断することができる.
C弁別妥当性の検討
各下位尺度得点,日常生活支障度,合計得点について,SAD群,PD群,健常群の3群を要因とする1要因の分散分析を行った.その結果,すべての得点に関して,群の主効果が有意であった( ).多重比較の結果,「人前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念」得点,「身体症状」,合計得点に関しては,SAD群は他の2群と比べて得点が高く,PD群は健常群と比べて得点が高かった.「対人交流に対する不安」得点と日常生活支障度に関しては,SAD群とPD群は,健常群と比べて得点が高かったが,SAD群とPD群の間に違いはみられなかった.また,恐怖得点と回避得点に関して同様の分散分析を行った.その結果,恐怖得点,回避得点いずれにおいても群の主効果が有意であった(恐怖項目:F[2,673]=138.76,p<0.01;回避項目:F[2,673]=82.40,p<0.01).多重比較の結果,SAD群は他の2群と比べて得点が高く,PD群は健常群と比べて得点が高かった.したがって,「人前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念」得点,「身体症状」得点,合計得点はSAD患者とPD患者,健常者を弁別することができ,「対人交流に対する不安」得点と日常生活支障度はSAD患者と健常者を弁別することができる.
Dカットオフポイントの設定
カットオフポイントを設定するために,ROC分析(receiver
operating characteristic analysis)を行い,ROC曲線を描いた( ).ROC曲線は,スクリーニング検査などの精度の評価に用いられ,カットオフポイントを変化させたときの精度を図示したものである8).縦軸は真の陽性率(感度)を表し,SADと診断されている人がTSASでSADとされる割合を指している.横軸は偽の陽性率(1一特異度)を表し,PD患者と健常者がTSASでSADとされる割合を指している.どのカットオフポイントを採用するかは,疾患の重症度や検査の位置づけなどによって決定される8).本研究では,感度と特異度がほぼ等しい値であること,およびSAD患者の合計得点の平均値から1標準偏差低い値(34.96)とほぼ一致する35点をカットオフポイントとして設定した.この値は,SADと診断されている人の88.66%が陽性とされ,PD患者と健常者の85.84%が陰性とされる値である.
E相関分析
各群の得点に関して,各下位尺度得点と日常生活支障度のPearsonの相関係数を算出した.相関分析の結果,「人前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念」得点と日常生活支障度の相関係数がSAD群では0.43(p<0.01),PD群では0.30(p<0.10),健常群では0.36(p<0.01),「対人交流に対する不安」得点と日常生活支障度の相関係数がSAD群では0.49(p<0.01),PD群では0.35(p<0.05),健常群では0.45(p<0.Ol),身体症状と日常生活支障度の相関係数がSAD群では0.46(p<0.01),PD群では0.34(p<0.05),健常群では0.41(p<0.01)であった.したがって,社会的状況に対する恐怖と回避,身体症状が高いほど,日常生活に支障を感じていることがわかった.
F恐怖と回避を分ける意味の検討
恐怖と回避を分けて評価することの意味を検討するため,恐怖項目と回避項目の相関係数を算出した.その結果,SAD群で0.85,健常群で0.75であり,高い相関関係にあった.したがって,状況に対する恐怖が高いほど,回避していることが明らかにされた.
さらに,SAD群,健常群の恐怖得点と回避得点を対象として対応のあるt検定を行った.その結果,回避得点が恐怖得点と比べて有意に低かった(SAD群:t[96]=5.45,p<0.01;健常群:t[541]=4.06,p<0.01).この結果は,回避項目のほうが恐1布項目より項目困難度が高いことを示しており,重症度の上昇に応じて,低回避・低恐怖,低回避・高恐怖,高回避・高恐怖と推移することから,両得点の組み合わせでSADの重症度の予測が可能になる.以上のことから,恐怖と回避を分けて評価する意味があるといえる.
G日常生活支障度の重みづけ
本研究では合計得点を算出する際に日常生活支障度の得点配分を重みづけしたが,それが適切であるかを検討するため,各下位尺度得点と日常生活支障度を説明変数とし,SAD群,健常群の判別分析を行った.その結果,日常生活支障度の標準化された正準判別関数係数が0.73であり,もっとも高かった(人前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念:-0.04,対人交流に対する不安:O.07,身体症状:O.42).したがって,日常生活支障度を重みづけすることは適切であったといえる.
考察
本研究の目的は,わが国においてSADをスクリーニングできる簡便な尺度を開発し,信頼性と妥当性を検討することであった.
本研究で作成されたTSASは,心理測定学的な検討の結果,高い信頼性と妥当性を有することが明らかにされた.各下位尺度得点と合計得点に関して,SAD群が健常群と比べて得点が高く,「人前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念」得点,「身体症状」得点,合計得点に関しては,SAD群はPD群と比べて得点が高かった.DSM-W-TR1)の診断的特徴によると,SADは人前で振る舞うときに不安反応を他者に気づかれ,否定的評価を受けることを恐れるとされており,本研究の結果はこの診断的特徴と一致する.また,身体症状の項目でSAD患者とPD患者に得点差がない項目があったが,それは,SAD患者が社会的状況においてパニック発作の診断基準を満たすことがあるためと考えられる.したがって,SAD患者とPD患者を弁別する際には,身体症状の合計得点で評価する必要がある.これらの結果から,TSASの「入前でのパフォーマンス不安と他者評価懸念」得点,「身体症状」得点,合計得点はSADとPDを弁別することができ,臨床的妥当性を有することが明らかにされた.
また,「対人交流に対する不安」得点に関しては,SAD患者とPD患者の得点に違いがみられなかった.「対人交流に対する不安」因子に含まれる社交的な集まりに参加することや,他者と飲食する場面はパニック発作が生起することを恐れる状況にもあてはまるため1),SAD患者とPD患者の得点に違いがみられなかったと考えられる.
一方,「公衆トイレの使用」に関する項目がSAD群,PD群,健常群の3群間で得点に有意差が認められなかったことから,「公衆トイレの使用」に対する不安は,SADに特徴的な症状ではないと考えられる.
ところで,各下位尺度得点と日常生活支障度の相関分析を行った結果,PD群の相関係数はSAD群や健常群より低く,PD群における日常生活支障度の高さは社会不安の症状によるものではなく,PDの症状によるものと考えられた.この理由としては,今回データをとる際,日常生活支障度に関する教示文に,「対人場面で不安を感じることによって」という記述を含めなかったことが考えられる.今後は,教示文を修正し検討する必要がある.
また,恐怖と回避を分けて評価することの意味を検討した結果,恐怖項目と回避項目の間に,SAD群において高い相関があり,因子分析の結果においても,恐怖項目と回避項目は同一因子に収束した.また,恐怖得点,回避得点ともにSAD群をPD群や健常群と弁別することが可能であった.LSASの心理測定学的特性について検討したHeimbergら9)は,恐怖項目と回避項目の得点が大部分一致するため,臨床群で用いる場合,両者を区別する必要はないと結論づけている.
一方,SAD群と健常群において,回避項目は恐怖項目と比べて項目困難度が高かった.この結果は,恐怖より回避のほうが経験されにくいことを示しており,両得点の組み合わせによって,重症度の予測が可能になる.したがって,恐怖と回避を分けて評価することに意味があると考えられる.また,Rachmanら10)およびBakerら11)は,治療法によって恐怖と回避の変化の仕方が異なるため,恐怖と回避を分けて評価する必要があると指摘している.例えば,系統的脱感作法を適用した場合,恐怖感が低減した後に回避行動が低減するのに対し,フラッディング法を適用した場合,回避行動が低減した後に恐怖感が低減することが明らかにされている.したがって,治療効果を評価するには,恐怖と回避の両方を評価する必要があると考えている.恐怖得点と回避得点は相関が高く,類似したことを測定しているが,恐怖得点と回避得点に有意差がみられたことから,恐怖と回避の程度に違いがあるということ,および治療過程において恐怖と回避は変化の仕方が異なるため,恐怖と回避を分けて評価する必要があると考えられる.
なお,本研究では判別分析の結果,日常生活支障度を重みづけすることが適切であることが示された.しかし,日常生活支障度をどの程度重みづけするのが適切であるかについては明らかにされなかった.さらに,因子分析の結果,恐怖と回避の項目数が減少したため,合計点は150点にならず,日常生活支障度の最高点を30点にする必然性はなくなった.また,本研究では日常生活支障度を1項目で測定したが,複数項目で測定する尺度も存在する12).今後,日常生活支障度をどの程度重みづけすることが適切であるかということや,日常生活支障度を複数項目で評価することの妥当性について検討することが課題である.
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