不安・抑うつ発作(Anxious-Depressive Fit) フロイドは「Über die Berechtigung von der Neurasthenie einen Bestimmten Symptomkomplex als “Angst-Neurose”abzutrennen(“不安神経症”という特定症状群を神経衰弱から分離する正当性について)」という論文の中で、不安神経症を特徴づける第3の症状として不安発作を挙げている。DSM流でいけばパニック発作のことである。さらに、フロイドは第4番目に不安発作の残遺症状を挙げ、その場の状況に適さない不意に突然発症する症状として身体症状の著明ではない不安だけの発作がありえると述べている。筆者は長くパニック障害を診ていて突然理由なく流涙する患者がいることを知った。このような患者に詳しくその前後の精神状態を問いただすと、流涙に前後して抑うつ、自己嫌悪、空虚、悲哀、不安・焦燥、無力、孤独、自責、絶望、制御困難、羨望、離人、希死念慮、自己憐憫が入り混じった情動がその場の精神状態とは何の脈絡もなく出現していることが明らかになった。そして多くの患者では、その後、いやな思い出が視覚的フラッシュバックを伴って出現している。筆者はこの状態はフロイドが不安神経症の第4番目の特徴として記載した症状に対応するものと考えた。この情動発作は不安もさることながら抑うつ的な情動が多いので、筆者はこのような状態を“不安・抑うつ発作 Anxious-Depressive Fit”と命名し、現在詳細な検討を進めている。不安・抑うつ発作の出現は週に平均3.5回、1回の持続時間が約18分であった。半数以上の患者では不安・抑うつ発作は夕暮れから夜間に生じ、引き続きフラッシュバックが出現している。不安・抑うつ発作を持つパニック障害患者56名におけるうつ病評価尺度の結果は、うつ病自己評価尺度(SAD):58.3、ベックのうつ病自己調査表(BDI):28.0、ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D):18.1と中等度以上のうつ状態を示した。不安・抑うつ発作はパニック障害の発症前に出現することもあるが、多くはパニック障害を発症して治療によりパニック発作が軽快してきた辺りから見られることが多い。この不安・抑うつ発作は出現初期では“ほとんど一日中、ほとんど毎日”の抑うつを充たすことはまれなのでDSM-WTRで言う大うつ病と診断されることは少ないが、うつ状態であることには変わりなく、巷ではプチうつ病などと称している。診断基準だけでは精神科の実地臨床がやっていけない領域である。そして、不安・抑うつ発作が頻繁に見られるようになるとパニック性不安うつ病に発展していく。パニック性不安うつ病の半数以上は非定型うつ病の診断基準を満たし、治療抵抗性である。不安・抑うつ発作は、パニック障害だけではなく、広場恐怖、社会不安障害、強迫性障害、全般性不安障害、心的外傷後ストレス障害、不安障害のない非定型うつ病においても見られる。不安・抑うつ発作中の対処行動の中で問題になる行動を見ると、リストカットをふくむ自傷行為、人や物に当たる、過食、過剰服薬などが見られ、このような行動から境界性人格障害の診断がなされている患者も多い。しかし、このような異常行動は辛い不安・抑うつ発作での出来事であると理解するならば、医療者の患者への対応もおのずから異なってくる。以上、不安・抑うつ発作についてのまとめを述べると、@ 不安・抑うつ発作は、フロイドが記載したAngstanfalle不安発作と考えることができる。すなわち、パニック発作の不全残遺型または代理症である。A 不安・抑うつ発作が長期化して不安うつ病(不安障害をベースに持つうつ病)、または非定型うつ病となる。B 多くの問題行動は不安・抑うつ発作の最中に起こる。C 不安・抑うつ発作をはっきりと認識し、それに対する医学的・心理学的介在をすることが臨床上重要である。 |