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うつ病周辺群への考察
不安障害の既往/併発がある一群に気づくことの大切さ
医療法人 和楽会 パニック障害研究センター
貝谷久宣
臨床精神医学 37(9):1135-1137,2008
まず、日常臨床でしばしば遭遇するうつ病症例を提示する。
症例45歳 寡婦
(筆者の前医の記録)ずっと調子が良く普通に働いていたが、一週間前から食欲がなくなり、仕事を休んでいる。急にすべてが不安で、憂うつな気分が出てきた。ハミルトンうつ病評価尺度24点で中等度のうつ状態が認められた。今までも繰り返し抑うつエピソードがあったので継続的に服薬させるために、フルボキサミンのモノセラピーが選ばれた。第2回目の来院時、うつがひどくなった、何が心配か分からないが不安感がある、ざわざわして落ち着かない、テレビを見ても集中できない、明るい気分になれない、娘がいるから死のうとは思わない、と訴えていた。フルボキサミンは50mgから100mgに増量された。第3回目の来院、第10治療病日、ハミルトンうつ病評価尺度では21点で、焦燥が出てきていると記載されている。フルボキサミンが150mgに増量された。第4回目の来院、第17治療病日 仕事は全くできない、洗濯をするのがやっとで、どうしようどうしようといった感じ、を訴えた。フルボキサミンは150mgを維持。第5回目の来院、第29治療病日、どんどん調子が悪くなってきたので初診時の担当であった筆者の診察を受けに来院。パニック発作はないが、気持ちが常にザワザワして、楽しいことが全くない、悲しくはないが、不安がやってきて、目が腫れぼったくなる、不安感があるから仕事に出られない、夜も眠れない、と訴えた。実はこの患者は15年前に数年間、筆者がパニック障害の治療をしていた患者である。当日から、デプロメールを50mgに減量し、イミプラミン50mg、バルプロ酸200mg、ロフラゼブ酸エチル 2mgを追加し、2週間後には訴えはほぼ消失し、仕事に出かけられるようになった。
このような事例は日常診療では星の数ほどあろう。15年前に発症したパニック障害の既往を認めることがなければ、多くの臨床医はごくありふれた“うつ病”として、診療を進め。治療に難渋するのである。患者が「不安がやって来る、目が腫れぼったくなる」と訴えたのは、不安・抑うつ発作である。Freud(1)は不安神経症の第4番目の症状として不安発作の残遺症状を挙げ、その場の状況に適さない不意に突然発症する症状として身体症状の著明ではない不安を主とする発作があると述べている。突然理由なく流涙するパニック障害の患者がいる。流涙に前後して抑うつ、自己嫌悪、空虚、悲哀、不安・焦燥、無力、孤独、自責、絶望、制御困難、羨望、離人、希死念慮、自己憐憫が入り混じった情動がその場の状況とは何の脈絡もなく出現する。そして多くの患者では、それにひき続きいやな思い出が視覚的フラッシュバックとしてよみがえる。この情動発作は不安もさることながら抑うつ的な情動が多いので、筆者はこのような状態を“不安・抑うつ発作 Anxious-Depressive Fit”と命名し、不安障害から気分障害へのかけ橋症状として、現在詳細な検討を進めている。不安・抑うつ発作は、全般性不安障害にはもちろん社交不安障害に伴ううつ病でも不安障害の併発していない非定型うつ病にもみられる。
次に、不安とうつに関する最近の文献を展望しながら、著者の考えるところを述べよう。米国の疫学研究(n=43093) National
Epidemiologic Survey of Alcoholism and Related Conditionsによれば、大うつ病の12カ月および生涯有病率はそれぞれ、5.28%と13.23%であった。注目されることは、大うつ病の71.4%がその他の精神障害を併発していたことである。最も多いのは不安障害で、12カ月および生涯有病率はそれぞれ、36.1%、41.4%であった(2)。不安障害を5年間追跡調査したミュンヘンの疫学調査では、不安障害全体の4割以上は大うつ病を併発していた。パニック障害と全般性不安障害では7割近くが大うつ病を併発していた(3)。パニック障害(4)でも全般性不安障害(5)でもうつ病が併発すると重症で、病期が長くなり、障害度が高くなることが報告されている。反対に、うつ病の治療抵抗性要因が調べられると、何らかの不安障害の併発(オッズ比2.6)、パニック障害の併発(オッズ比3.2)、社交不安障害の併発(2.1)が挙げられている(6)。Matzaら(2003)はNational
Comorbidity Surveyのサンプルから非定型病像のあるうつ病304名(全体の36.3%)とないうつ病532名を抽出して比較検討した。それによると、非定型うつ病はより重症で社会的障害度が高く、パニック障害と社交不安障害が併発している割合が有意に高かった(7)。Posternakらはうつ病に不安障害が併発すると非定型うつ病の割合が倍になると報告している(8)。ここまで提出してきたデーターは一般の人々における疫学研究である。ここでは紹介する紙面がなかったが、前述した傾向はさらに強調されて認められている。筆者らはパニック障害に引き続く大うつ病において62.5%に非定型うつ病を認めた(9)。パニック障害に引き続くうつ病は、多かれ少なかれ非定型病像をもち、治療抵抗性で性格変化をきたし、社会的障害度が高く、他のうつ病とははっきり区別される。筆者はこれらパニック障害に引き続くうつ病の特徴を記載し、「パニック性不安うつ病」として報告した(10)。
図から不安障害好発年齢が遅いほど他の不安障害を併発する割合が高くなっていくことが分かる。すなわち、パニック障害は他の不安障害を併発する割合が最も高く、終極の不安障害ということができる。そして、気分障害も高率に併発していく。頻度だけでなく社交不安障害や全般性不安障害に併発するうつ病よりもパニック障害に併発するうつ病のほうに重症例が多く、性格変化も著しい(この状態を人格障害として調査している研究が数編ある)。
最後に、筆者は、以上のことから、うつ状態を診た時には必ず既往/併発したその他の精神障害、とりわけ不安障害の有無を検討する必要があることを強調したい。不安障害にも気分障害にもSSRIは投与されるが、やはり不安障害の既往があるかないかで治療は微妙に変わってくる。カテゴリー診断に頼りすぎてもよくないが、そもそもDSMの存在理由は予後と治療法についての指針を与えるものとして作成されたものである。カテゴリー診断を基軸にして国際的なレベルで幅広い知識を吸収しながら治療にあたることが肝要と考える。そして、このような医学的態度をとりつつ家族歴、生育歴、病前性格および誘発因子が治療経過に及ぼす影響を考慮し診療経験を積んでいくことが、一層効果的な治療につながっていくものと確信している。
表 不安障害の発症年齢と非定型うつ病(文献2,7,9より引用)
文献
(1) Freud G(1895):Ueber
die Berechtigung von der Neurasthenie einen Bestimmten Symptomkomplex als
“Angst-Neurose”abzutrennen。Freud Werke Band 10「不安神経症」という特定症状群を神経衰弱から分離する理由について。フロイド選集 第10 不安の問題 加藤正明 訳 1969、教文社版
(2)Hasin DS,Goodwin RD、Stinson FS,Grant BF:Epidemiology of Major Depressive Disorder: Results From the National Epidemiologic Survey on Alcoholism and Related Conditions。Arch Gen Psychiatry, Oct 2005; 62: 1097 - 1106.
(3) Wittchen HU, Kessler RC, Pfister H, Lieb M. Why do people with anxiety disorders become depressed? A prospective-longitudinal community study. Acta Psychiatr Scand Suppl. 2000;(406):14-23.
(4) Roy-Byrne PP, Stang P, Wittchen HU, Ustun B, Walters EE, Kessler RC.Lifetime panic-depression comorbidity in the National Comorbidity Survey. Association with symptoms, impairment, course and help-seeking. Br J Psychiatry. 2000 Mar;176:229-35
(5) Grant BF, Hasin DS, Stinson FS, Dawson DA, June Ruan W, Goldstein RB, Smith SM, Saha TD, Huang B. Prevalence, correlates, co-morbidity, and comparative disability of DSM-IV generalized anxiety disorder in the USA: results from the National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions. Psychol Med. 2005 Dec;35(12):1747-59
(6)Souery D, Oswald P, Massat I, Bailer U, Bollen J, Demyttenaere K, Kasper S, Lecrubier Y, Montgomery S, Serretti A, Zohar J, Mendlewicz J; Group for the Study of Resistant Depression.Clinical factors associated with treatment resistance in major depressive disorder: results from a European multicenter study. J Clin Psychiatry. 2007 Jul;68(7):1062-70.
(7)Matza LS, Revicki DA, Davidson JR, Stewart JW. Depression with atypical features in the National Comorbidity Survey: classification, description, and consequences. Arch Gen Psychiatry. 2003 Aug;60(8):817-26
(8)Posternak MA, Zimmerman M. The prevalence of atypical features across mood, anxiety, and personality disorders. Compr Psychiatry. 2002 Jul-Aug;43(4):253-62.
(9)貝谷久宣、林恵美:パニック障害と非定型うつ病 樋口輝彦、久保木富房、貝谷久宣、不安・抑うつ臨床研究会編「うつ病の亜型分類」p41-59 日本評論社 2003 東京
(10) 貝谷久宣 パニック性不安うつ病 − 不安-抑うつ発作を主徴とするうつ病 心療内科 12(1):30-37、2008
(11) Grant BF, Hasin DS, Blanco C, Stinson FS, Chou SP, Goldstein RB, Dawson DA, Smith S, Saha TD, Huang B.The epidemiology of social anxiety disorder in the United States: results from the National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions.J Clin Psychiatry. 2005 Nov;66(11):1351-61.
(12) Moffitt TE, Harrington H, Caspi A, Kim-Cohen J, Goldberg D, Gregory AM, Poulton R. Depression and generalized anxiety disorder: cumulative and sequential comorbidity in a birth cohort followed prospectively to age 32 years. Arch Gen Psychiatry. 2007 Jun;64(6):651-60.
(13) Kessler RC, Chiu WT, Jin R, Ruscio AM, Shear K, Walters EE. The epidemiology of panic attacks, panic disorder, and agoraphobia in the National Comorbidity Survey Replication.
Arch Gen Psychiatry. 2006 Apr;63(4):415-24.
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