新型うつ病

 医療法人 和楽会 パニック障害研究センター

貝谷久宣


最近の信頼できる欧米の疫学調査ではうつ病の約半数には不安障害が前駆しているといわれている。うつ病発症前の小児期、思春期、および、青年期に分離不安障害(親から離れることに強い恐怖を抱く)、強迫性障害(例;手洗いがやめられない)、過剰不安障害(クヨクヨ病)、対人恐怖、パニック障害などが隠れていることが多い。このようなうつ病が、定型うつ病と大きく異なる点は、好ましいことがあれば抑うつ感が消失し、行動的になることである。出勤すれば欝で仕事が手につかないが、好きな趣味には熱中することができる。時には行動的になりすぎて軽い躁うつ病とみられることもある。定型うつ病では、朝に抑うつ気分が出ることが多く、自分を責め、食欲が低下して、眠れなくなるが、新型うつ病は、夕暮れうつが多く、他責的で、過食・過眠が特徴である。そして、何よりも困ったことは他人の言動に傷つきやすいことである。たとえば、ある男性社員は、自分の作った企画書に上司から少し注文をつけられただけで、自分の全人格が否定されたように感じて、会社を休んでしまう、また、あるOLは同僚から今日の口紅はいつもより少し赤いねと言われただけでみだらな女だと思われていると考え、その人とはまったく口を利かなくなってしまう、といった現象である。このような情態を専門用語では「拒絶過敏性」といっている。新型うつ病ではこの拒絶過敏性のために社会機能が低下して下り坂の人生を歩むことになってしまうケースがある。また、新型うつ病では不安・焦燥感や孤独感が強く、そのやるせない気持ちを紛らわせるために、自傷行為(リストカットなど)、買い物・ギャンブル・異性依存が見られることが時々出現する。また、この激しいマイナス感情(不安・焦燥)は形を変えて怒り発作として出てくることもある。些細なことに激しく腹を立て、物に当たったり暴力に発展することもある。抑うつと攻撃とは裏腹の関係にあり、昔の定型うつ病は攻撃が内側に向かうことが多く、自殺という形で現れたが、最近の新型うつ病は攻撃が外に向かい他殺という形をとる傾向にあるように思われる。

 私見であるが、秋葉原事件の犯人は対人恐怖と身体醜形恐怖があったと考えられる。希薄な人間関係をネット依存で満たそうとしたが、かなわず、多くの場合無視され、写真で見る限り特別な醜男でもないのにそのように思いこみ、だれからも適切なアドバイスや励ましの言葉をもらうことなく、ひたすら一人だけで悩む時間が続けば、うつ状態となることは必至である。この昇華されない不安・抑うつが大量無差別殺人というとてつもない犯罪を引き起こしてしまったものと愚見する。この犯人においてもそうであったが、最近は親子の関係も疎薄となっている。十分に可愛がられて育ったという感覚を持たない人、家族制度の崩壊による早期離別(親から15歳以前に離れること)や虐待は新型うつ病発生の土壌となっている。人は脳が9割がた発達する3歳まで“可愛い可愛い、良い子良い子”と言われ続けてスキンシップを受けながら育てられないと円満な人格が発展しない。乳児保育が増加している日本には、将来「良き日本人」は少なくなろう。少子化だけでなく、厳しくたくましく育てられることが少なくなった若者には「亡国」という言葉しか連想できない。

 新型うつ病の治療は大変難しい。薬物療法は、多くは、目先の症状を緩和するだけの対症療法である。SSRIは欧米論文で言われているほどは効かない。従来の三環系抗うつ剤に加え、どうしてもバルプロ酸のような気分安定薬や少量の非定型抗精神病薬が必要となってくる。そして、非常に大切なのは生活療法である。まず、日内リズムの調整である。家族と同じ時間に寝食を共にするのが大原則である。うれい、なやみと言った考えだけが空転し心だけ過重労働となり、心身のバランスの取れた活動がなされていないので、汗をかくほどの運動を連日することは薬と同等以上の効果がある。私は毎日掃除をすることを勧めている。掃除の五徳を示そう:@部屋が清潔になる、Aすると気持ちが清々してくる、B身体を使って汗がかける、C傍(はた)の者が楽になり(働き)、周囲から厄介者扱いされなくなる、D過去を悔いず、将来を憂えず、“今に生きる”ことが身に付く。新型うつ病の大部分の患者は周囲の人に自分のことが理解されていないと嘆く。周囲の者は、患者は気まぐれに見えてもやはり病気であることをまず認識し、病気を理解して接することが大切である。新型うつ病には励ましの言葉は状況よっては非常に必要である。ただ、言葉に対して過敏であるから、本人を傷つけるような言葉を一切避け、やさしく接することが必要である。精神療法として、認知行動療法があるが、最終的には人格の成熟を促すための、息の長い治療が必要となってくる。