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「不安と抑うつ」再考
貝谷 久宣
医療法人和楽会パニック障害研究センター
臨床精神医学39(4);403-409、2010
1.はじめに
ICD-1034)で混合性不安抑うつ状態が記載されており、DSM-V(APA)でもそのような準備がなされている。この混合性不安抑うつ状態は、大うつ病エピソードも満さないし、不安障害の診断基準をも充たさないというそれほど重症でない状態を取り扱っている。本稿では、その数においても治療抵抗性という面においても臨床的に無視することのできない不安障害と気分障害の併発状態を扱う。そして、この状態で筆者が最近、不安障害と気分障害のかけ橋症状として注目している不安・抑うつ発作についても述べる。
2.不安障害と気分障害の併発はどれほど多いか
はじめに、被験者数43,093人の米国のアルコールおよび関連障害全国疫学調査
National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions(NESARC)の結果について考察する。図1では不安障害を発症年齢順に並べ、カッコ内は各不安障害および気分障害の一搬人口における有病率を示す。各不安障害の縦マスにはその他の不安障害および気分障害との併発有病率を記した。示したのはすべて生涯有病率である。結果をみると、大うつ病が何らかの不安障害を持つ割合は41.4%で非常に高い。次に、各不安障害における気分障害の併発率を見ると、大うつ病は社交不安障害やパニック障害では30%以上、全般性不安障害では半数近く併発する。そして、不安障害が何らかの気分障害を併発する頻度はさらに高く、7割に及ぶ。不安障害の中でも広場恐怖を伴うパニック障害は他の不安障害を併発する割合が高い。うつ病が併発した時の各不安障害の寛解率をみるとパニック障害で最も低い。パニック障害は、不安障害の中では比較的後年になって発症し、その他の不安障害を既往していることが多く、うつ病を併発すると難治であり、究極の不安障害といえる。
このように不安障害と気分障害の併発率は極めて高いにもかかわらず、気分障害の臨床では不安障害の併発が見逃されていることが多い。Zimmermanら37)は、半構造化面接で診断したうつ病患者300名と通常診療でのうつ病患者610名における不安障害の診断率を比較検討した。その結果は、社交不安障害では32.7%vs2.1%、全般性不安障害では20.0%vs6.7%、パニック障害では15.7%vs8.1%であり、一般診察では不安障害併発の認知率は非常に低い。
(カッコ内は一般人口にける生涯有病率、パニック障害における各障害の併発有病率は原著のオッズ比からパーセントに補正なしで変換した。寛解率はオッズ比で示す。)
3.両障害併発の特徴
不安障害と気分障害の併発では、一般には不安障害が先行する8,26,35)。14〜24歳の2,548名を4年間追跡したミュンヘンの疫学調査におけるうつ病発症に影響を与えた不安障害のオッズ比は、何らかの不安障害;2.2、特定の恐怖症;1.9、社会不安障害;2.9、広場恐怖;3.1、パニック障害;3.4、全般性不安障害;4.5で、2つ以上の不安障害の併発とパニック発作の存在がうつ病発症の危険因子とされた2)。この研究によれば、純粋のうつ病の予期因子“親密な人間関係の貧困と慢性ストレス”は純粋の不安障害の予期因子“不安気質一行動抑制”とは異なっており、純粋不安障害の基底にある臨床的特質のほうが純粋うつ病のそれよりもうつ病併発とより多く関係していた2)。これは、不安・抑うつ障害併発状態の基底には不安障害の気質的特質が大きく貢献していることを意味している。
単極性と双極性における不安障害併発の割合は変らないとする研究20)や、不安障害を併発するのは双極T型障害より双極U型障害のほうが多いとする報告がある11)。
STAR*D研究においては、大うつ病に不安障害が併発すると14週間のCitaropram治療での反応率も寛解率も共に低下した(表1)。これら治療反応の低下は特にパニック障害と広場恐怖の併発例に著明であった32)。
表1
不安障害を併発する大うつ病の寛解率(オッズ比)
(STAR*D 研究, N=2,844) (文献17より)
全般性不安障害 |
0.80(0.05) |
強迫性障害 |
0.71(<0.02) |
パニック障害 |
0.73(<0.04) |
社交不安障害 |
0.86(0.11) |
PTSD |
0.65(0.0005) |
広場恐怖 |
0.67(0.01) |
4.社交不安障害とうつ病の併発
大うつ病における社交不安障害の生涯有病率はNESARC研究では12.8%(図1)、最近報告された
National Comorbidity Survey Replication(NCS-R)研究では27.9%であった(Kesslerら,2009)。両障害の併発率は社交不安障害からみるとさらに高い。社交不安障害では何らかの気分障害の生涯有病率は56.3%で、大うつ病のそれは34.1%であった(図1)5)。前述のミュンヘンの追跡疫学調査で、社交不安障害に引き続きうつ病が発症してくる要因には、社交不安障害の発病年齢は関係なく、その重症度と罹病期間、およびパニック発作の存在が関係していた。さらに、親の不安障害と気分障害の家族歴と幼少時の行動抑制も有意な要素として挙げられた3)。
社交不安障害とうつ病のある21例がCitaropramで12週間の治療を受けた。うつ病症状の反応率は76.2%であったが、社交不安障害では66.7%であった。うつ病症状のほうが早く完全に反応した。研究対象の14.3%が非定型うつ病の診断基準を満たしており、85.7%は拒絶に対する対人過敏性を持っていた29)。筆者の経験では、不安障害を併発した非定型うつ病はSSRIにほとんど反応しない。
5.パニック障害とうつ病の併発
大うつ病におけるパニック障害の併存率はNCS-R研究では14.6%12)、NESARC研究では13.9%10)である。NCS-R研究において、パニック障害関連の状態が何らかの気分障害を併発する割合は、パニック発作のみ;36.0%、広場恐怖を伴うパニック発作;64.2%、広場恐怖を伴わないパニック障害;50.0%、広場恐怖を伴うパニック障害73.3%で、広場恐怖の存在が気分障害のうつ病の併発率を高めている13)。また、この研究では広場恐怖の存在は他の不安障害の併発率も高めている。
National Comobidity Survey研究によると、パニック障害が大うつ病を併発するとパニック障害だけの場合より障害度も重症度も高く、専門家の援助を求める頻度も、欠勤も、自殺企図も最近のパニック発作の数も多くなった。大うつ病ではパニック障害を併発した群の方がしない群よりも障害度も重症度も同様に高かった。そして同じように、専門家の援助を求める頻度、自殺企図の頻度、抑うつエピソード回数も有意に高かった。パニック障害発症と大うつ病発症の時間的関係は影響しなかった27)。
パニック障害の治療を受けた群(77名)では19.2%が、受けなかった群(78名)では44.7%が大うつ病を発症した9)。筆者は、治療により中等度以上のパニック障害症状が軽快してくるとうつ病症状が出現し、その後両症状はシーソー現象を示すことをしばしば経験しているので、この研究の対象は軽症例が多いと考える。パニック障害において広場恐怖の有無はうつ病エピソードの発症とは関係せず、社交不安障害が関係していた31)。パニック障害と社交不安障害とうつ病の関係を考えたとき、Kesslerら14)は、パニック障害とうつ病を併発した場合にその半数がさらに他の精神障害(多くはパニック障害に先駆する不安障害)を持つことから、独立した“不安一抑うつ症候群”の存在を示唆した。この考えを支持する研究がほかにもある9)。
Weissmanら36)は大うつ病とパニック障害とその併発例の家族研究をし、うつ病とパニック障害では家族性発症の違いから各々別個の障害であることを示唆し、パニック障害と大うつ病の併発はいろいろな病気の症候群であると考えた。Maierら21)は、パニック障害とうつ病の併発障害の大部分は非家族性因子によるものと考察した。Mannuzzaら22)の家族研究は、パニック障害と大うつ病の併発障害は独立した疾患単位であることを示唆した。
以上3つの家族研究から少なくともパニック障害と大うつ病に関して一元論は否定されると考えられる。パニック障害とうつ病を併発した障害が疾病単位として存在するかどうかは今後の問題として残されるが、少なくともパニック障害に引き続く臨床病態はかなり共通性があるものと筆者はとらえている。筆者はパニック障害に引き続くうつ病をパニック性不安うつ病としてその臨床特徴を記載している15)。
6.不安障害を併発したうつ病には非定型うつ病が多く難治性である
筆者らの研究では、パニック障害に引き続く大うつ病の6割以上は非定型うつ病であった16)。図に非定型うつ病とそれ以外のうつ病における不安障害の併発の割合を報告した3つの研究19,23,25)の結果をまとめて示す。この結果は、不安障害を併発すると非定型うつ病になる割合は併発のない時よりも、パニック障害では1.8倍、社交不安障害では1.6倍、特定の恐怖症では1.4倍、全般性不安障害では1.3倍高くなることを示している。Posternakら25)は不安障害を伴ううつ病では非定型うつ病像を持つ割合が倍になったと述べている。不安障害を併発するうつ病の多くは非定型うつ病であるか、非定型うつ病の診断基準を完全に満たさなくともその特徴を持つものが大部分であろう24,29)。
最近報告された大うつ病の治療抵抗性要因を調べると、パニック障害の併発(オッズ比;3.2)、何らかの不安障害の併発(オッズ比;2.6)、および社交不安障害の併発(オッズ比;2.1)が上位を占めた30)。これらのことは前2項の各不安障害の併発で見てきたように、不安障害が併発したうつ病は重症で社会的障害度が大きいことに相応している。Matzaら23)は、非定型うつ病はそれ以外のうつ病に比べ重症で社会的障害度も大きいとしている。彼らは、非定型うつ病ではそうでないうつ病に比べて、自殺企図が多く、重症で、専門家の世話になることが多く、障害度が高いことを示した。不安障害を併発するうつ病は治療抵抗性で、重症で、さらには障害度が高いのは、これらのうつ病に非定型うつ病が多く含まれているためであると考えられる。
7.不安・抑うつ発作について
不安・抑うつ発作はパニック障害でも社交不安障害でもそして非定型うつ病においても観察することができる共通した症状である。不安・抑うつ発作の各障害における頻度はそれぞれ45.0%、44.4%、および78.3%であった。パニック障害や社交不安障害で自己評価式抑うつ性尺度(Self-ration
Depression Scale-SDS)やベックうつ病評価尺度(Beck Depression
Inventry・BDI)を調べると、不安・抑うつ発作のある群では有意にうつ病評価尺度の点数は高い(図3)。そのため、筆者は不安・抑うつ発作は不安障害からうつ病へのかけ橋症状だと考える17)。
不安・抑うつ発作は突然、理由なく、抑うつ気分、不安・焦燥、孤独感、無力感、絶望感、空虚感などの激しい陰性感情が発作的に出現する状態である。これはパニック発作の精神症状版といってよい状態である。そして、多くはその前後に流涙がみられパニック発作の軽い身体症状も認められる。さらに、8割近くはこの陰性感情発作に引き続き過去の嫌悪すべき記憶がフラッシュバックする。そして、この発作の苦しい状態から気分を紛らわすために自傷、遁走、過食、暴力行為をはじめとする種々なる問題行動がみられる。不安・抑うつ発作とパニック発作は交代性に出現することから同じ病理が根底に存在すると考えられる。
臨床場面で不安・抑うつ発作を認知することは極めて重要である。リストカットをみたら、その異常行動の背景にどのような精神病理が存在するかを考える必要がある。不安・抑うつ発作には認知行動療法的なアプローチと薬物療法がある。まず、不安・抑うつ発作が生じやすい環境を作らせないことが必要である。また、このような患者は内気で自分の気持ちを相手に伝えることができない人が多いので、アサーション・トレーニングをはじめとする認知行動療法は効果が高い。また、発作性の症状であるのでvalproateやgavapentineといった気分安定薬に効力が認められる。
8.まとめ
@不安障害と気分障害の併発率は非常に高く、併発例は重症、治療抵抗性であることが多い。
Aそれにもかかわらず、不安障害の併発は日常臨床場面では見逃されていることがきわめて多い。
B不安障害を併発したうつ病には非定型うつ病が多く、慢性で、難治性で、専門家の世話になることが多く、社会的障害度が高い。
C不安障害を併発したうつ病は併発しないうつ病とは異なった独立した臨床症候群の可能性が提唱されている。
D若い患者の不安・抑うつ状態を診るとき、不安・抑うつ発作の存在を認知し、対応することが極めて重要である。
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