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鼎談 不安患者が増えてきた

不安、うつ、パニックなど、心の問題をかかえた患者さんが、臨床の場で増加しています。厚生白書によると、1984年から1993年の9年間に、神経症は1.7倍、躁うつ病は2倍、睡眠障害は2.3倍に、外来受療者数が増加しています。精神症状よりは身体症状を訴えて、各科を巡ることもしばしば見られます。不安症の時代と言われるいま、心の疾患のよりよい治療について、精神科、心療内科の立場から提言します。

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 樋口輝彦(ひぐち てるひこ)・・・・・・左

昭和大学藤が丘病院精神神経科

教授

1945年生れ
1972年 東京大学医学部卒
1976年 埼玉医科大学精神医学講座助手
1981年 カナダマニトバ大学留学
1983年 埼玉医科大学精神医学講座講師
1989年 群馬大学精神医学講座助教授
1994年 昭和大学藤が丘病院教授

 久保木富房(くぼき とみふさ)・・・・・・中央

東京大学医学部心療内科

教授

1945年生れ
1968年 東京大学医学部卒
1986年 東京大学医学部 心療内科講師
1992年 同助教授
1996年から現職
「心身医学」「心身医療」「心療内科」編集委員

 貝谷久宣(かいや ひさのぷ)・・・・・・右

なごやメンタルクリニック

院長

1943年生れ
1968年 名古屋市立大学医学部卒
1972−1974年 マッタス・プランク精神医学研究所留学
1991年 岐阜大学医学部助教授
1991年 自衛隊中央病院神経科部長
1993年 なごやメンタルクリニック開院

パニック・ディスオーダー」という疾患単位ができて

久保木 不安とかパニック・ディスオーダーの治療にぼくは興味があるんですけども、最近、そういった患者さんは増えているのでしょうか。

貝谷 医療機関に来院する患者さんの数は増えていると思いますね。いままでなかなか医療の場に現れなかった人たちも、かなり診療を受けに来るようになっている気はします。

久保木 そうですね。1980年代にパニックという新しい疾患単位が出てから、患者の堀り起こしに貢献しているのではないかとぼくも思うんです。

樋口 私はうつを専門にしているので、パニックで受診してくる患者さんは多くはないです。しかし不安やパニックの患者さんは、潜在的には非常に多いんだろうと思うんですね。新聞にパニックについての記事が掲載されると、それを読んで、自分はこの病気に該当していると、初めて意識して来院される方が多いんです。それまではどうしていいのかわからなかったんですね。

久保木 パニック発作が起きたときに、不安感があるから、恐怖感があるから、と言って患者さんは精神科には行かないんですよ。動悸がある、呼吸困難がある、めまいがする、変な汗をかく、手が震える、あるいは死んでしまうのではないかと内科に行く。あるいはプライマリ・ケアに行くんです。

樋口 それが圧倒的に多いでしょうね。

久保木 だからそういう意味で、パニック・ディスオーダーという病気があるんだということを、もう少しプライマリ・ケアの先生がたに知っていただきたいんですね。そうすると恐らく相当の数の方が助かる。早いうちに正確に診断していただければ有効な薬があって治るし、そんなに副作用もありませんし、安全に治療ができるわけです。

 動悸や息切れ、汗をかくとか、手が震えるとか、しびれですとか、吐き気ですとか、パニックには身体症状がいっぱいある。そういう症状を伴っている患者さんは、内科でもプライマリ・ケアでもけっこう多いと思うんです。甲状腺機能亢進症だとか、狭心症とか、アンフェタミンやカフェイン中毒ですとか、女性ですと更年期障害とか、似たような症状の疾患がいろいろありますけども、そういうものは実地医家の先生がたはお得意なところですから、比較的簡単に除外診断できるはずなんです。それで除外された人たちの中に、パニック・ディスオーダーがあるんだと、申し上げたいですね。

樋口 昔から心臓神経症という言葉がありますよね。心臓神経症は、パニックと同じものを指しているんだという理解があればずいぶん違うんです。心臓神経症だから、ノイローゼだから、気のせいだから、という筋書きになると、これはもう非常に由々しいことになってしまう。だからパニック・ディスオーダーという病名がネーミングされたことによって、非常に明確な臨床像ができて、明確な治療戦略ができたことが浸透していけばいいんですけどね。

患者は精神症状を言いたがらない

久保木 日本ではまだパニック・ディスオーダーの正確な患者数は捉えられていないですけども、アメリカ、ドイツ、プエルトリコ、韓国、ニュージーランドで調査されて、1%以上いるだろうという報告があります。

貝谷 米国の調査では、人口の1〜3%、フライマリ・ケアを訪れる患者の7%、そして頻繁に医療機関を利用する人の22%がパニック患者だという報告があります。胸痛を訴えた患者のうち、冠動脈血管造影で所見のない患者の33〜43%、過敏性腸症候群の29%、所見のないめまいの13%がパニック患者だそうです。昔、プライマリ・ケア医に対してうつ病を教育して広めようというWHOの運動がありましたね。それがいま不安障害にも必要であろうと思います。うつ病の発症率はどのぐらいですか。

樋口 有病率は4〜5%です。うつ病はブロード・スペクトラムですから、軽症なものから全部加えるとそれぐらいになるんです。

貝谷 うつ病にしろ、パニックにしろ、患者さんは精神症状を言いたがらないんですよ。身体症状だけで来るんです。

久保木 そうですね。不眠とか、食欲がないとか、だるいとか、何となく仕事が進まないとか、人間関係がどうもとか、そういうことがちょっとでもあれば、不安やうつを疑ってみることが大切ですね。

樋口 うつ病の9割を診ているのは内科の先生なんです。精神科医はほんとの重症の1割だけしか診てないんですね。9割がきちんと診断され治療されていけば、医療上の大きな貢献ですよ。内科医はうつ病の治療ができないと食っていけないと言う人もいるんです。

 うつの人に「気分は憂うつですか」と質問してもだめなんですね。食欲があるのかないのか、よく眠れているのかどうかとか、的確に本人が言語化できることを聞く。とらえやすい身体症状からスタートしていって、そこでひっかかってくるものに対して、精神的なことを聞いてゆく。

久保木 プライマリ・ケアの先生がたは、うつもパニックも不安も、病気としてあまり認知されてないのが現実ではないでしょうか。しかしそういった患者さんはプライマリ・ケアの患者さんの中にたくさんいらっしゃる。ドクターショッピングなどにもつながりやすい。医療費の抑制のためにも、不安やうつの患者さんの診断と治療に、関心を持っていただきたいですね。

自分はこの病気だったんだ

久保木 ぼくはパニックの患者さんを年間40〜50人、トータルで400人ぐらい診ています。私の知っている限りでは、貝谷先生が恐らく日本で一番多くのパニック患者を診ている。

貝谷 私はいままでに700人ぐらいだと思いますよ。毎週30人ぐらいパニックの新患が来ていますが、診断がついてない患者さんが多いです。

久保木 特にパニックでは、そういうことがありますね。

貝谷 50年前に、睡眠中に起こったパニック発作をありありと覚えている患者さんがいました。朝日新聞で私が紹介したパニックの記事を見て、あっ、自分はこの病気だったんだと、50年経って初めてアイデンティティーができてうれしいと、わざわざそれを言うために来たんです。

 離人症が主で、分裂病と診断されていた人が、パニックだったということもありました。イミプラミンできれいに治りました。離人症が主症状のパニックは少ないですけれど、最近、3人診ました。マリファナがきっかけなんですよ。バッドトリップしてから離人症状が出る。そのあとはもうパニックそのものです。

久保木 その離人症状は、人格障害とか、ボーダーラインとか、もともと少し問題があって、パニックもたまたま重なっているのですか。

貝谷 ほとんど人格障害のなさそうな人です。すがすがしい一流大学の男子学生ですから。そういうのを診ていると怖いですね。いま外国旅行の帰りに、簡単にマリファナを持ち帰って来るんですね。

樋口 私はマリファナにはあまり出会わないですが、覚醒剤はものすごい広がりを見せている。そのへんの路上で中学生、高校生が買える怖い時代になっていますね。覚醒剤もフラッシュバックのときの症状の一つに、パニック発作や分裂病様症状がありますね。

神経回路が強化されてしまうと

久保木 パニックの診断基準が1980年代に出てきたときには、ストレス状況ではない、とわざわざ記載があったわけですね。ところがあとから、いや、ストレス下でもパニックを起こす人がいるじやないかという反論がありましたね。

貝谷 現代社会のストレスの中で、スピード感、追いやられる感じ、そういうストレスはパニック発症の誘因になっていると思います。いわゆるどろどろした人間関係のストレスはどうかなという気はしますね。滋賀医大の染矢先生との共同研究で150例のパニック障害患者の生育歴をくわしく調査しました。その結果、母親からの拒絶の得点が高い人の割合は15%でした。対照群では4.7%であり、パニック患者では有意に生育歴に問題のある人が多いことがわかりました。しかし、それが原因であるとは言えない。それがストレスかどうか、もっとより根の深いものだと思いますけどね。

久保木 ウーデらの論文では、パニックの患者は父親、母親を幼少期に亡くしている人が多いという報告がありますね。

貝谷 早期離別は確実に多いですね。

樋口 いままでのパニック・ディスオーダーに対するアプローチは、一つは薬物療法で、ペンゾジアゼピン系の薬物、セロトニン関連の薬物、それから認知行動療法ですね。だけどそういう早期の離別とか虐待とかがかなりの率であることから、精神分析的なアプローチもかなり意味があるんだと述べている文献も出ています。あれはどうなんですかね。

貝谷 もっともだと思うことはたくさんありますが、治療的なアプローチとしてはどうかですね。

久保木 治療的には、パニック発作と予期不安までは、抗不安薬で何とか対応できる。ただ、広場恐怖が出てきたり、さらにうつに進行するような段階になると、抗うつ薬が必要ですし、認知行動療法などをしないとむずかしい。

樋口 一種の神経回路が強化されていく過程があるんだろうと思うんですよ。まだ強化されない比較的早期の段階は、抗不安薬でも反応する。ところがそれが強化されて回路ができ上がってくると、そんなに簡単にいかなくなるのでしょうね。そういう意味でもやはり早期発見、早期治療が大事なんだろうと思います。

 幼少時の肉親との離別は、うつ病患者でも共通したところがありますね。パニックとうつの合併の率は確かに多いんです。そのようなケースは、必ずしもきれいに治ってくれない。薬物療法的には矛盾はしないんですけど、支持的精神寮法ではかなり矛盾したことを言わざるを得ない。片方は、「あなたのはうつ病ですよ。だから病気だと自覚して、あまり無理しないで、頑張ろうとしないで」と言うんですね。パニックの方は、「少し頑張ってごらんよ。あまり病気、病気と思わないで、自分で乗り越えるような工夫をしてごらんよ」と。合併しているケースで、そのへんのむずかしさはお感じになりませんか。

久保木 ぼくはあんまり抵抗なくやっていますね。二次的なものでも内因性でも、うつになったときはうつに対応するつもりでやっています。ですから支持的にやるし、無理をさせないし、場合によっては休ませます。

不安とうつの境界

貝谷 うつには2種類あると思う。不安の直線上にあるうつ、それは意気消沈うつ病とか、パニックのうつですね。もう一つのタイプのうつ病は、抑うつ気分なんです。不安の直線上のうつは比較的治りやすい。ほとんど抗うつ剤だけで確実によくなるんですよ。しかしパニックの発作がなくなってから出てくるうつが、これは非常に難治ですね。

 ぼくはパニックはうつ病と完全に分離できると思うんですよ。ですからパニック発作があるうつ病と、パニックとうつの合併とは違うんじやないか。うつ病でパニック発作のあるのは、パニック発作はあくまでも二次的な症状で、発作の回数も少ないし、予期不安も少ないんだと思いますね。

樋口 それはうつ病の一症状としてのパニック発作と見られるわけですか。

貝谷 はい。特に不安焦燥型のうつが多いですね。発作の頻度はそう多くはないんですし、予期不安も比較的少ない。

樋口 それは区別できますか。私はなかなか区別ができない。

貝谷 抑うつ感とパニック発作の頻度と予期不安の程度で、ぼくは区別しています。それからうつ病の不安発作ですね。精神症状の不安発作はふつふつと出てきて、本人はうつだと言うし、みんなうつだと思っているけれど、それはパニックの小発作ではないか。発作をおさめるだけで治ってしまうのがある。それも繰り返し不安発作だけ出てくる。それがうつに見えてしまうのではないか。何分間しか続かないんですけど、本人はそれに一度襲われるとずっと憂うつになるという。

久保木 不安というグループがあって、うつのグループがあって、離れてるか重なっているかという議論がよくありますね。どうもパニックは重なっている真ん中にいるのではないか。不安の要素も持っているけど、うつのファクターも持っている。これはぼくは非常にわかりやすい解釈だと思っているんですけど。

貝谷 ぼくはパニックとうつは、はっきり分かれると思っています。ワイスマンの最近の遺伝学研究では、確実に分かれるとなっていますが、ぼくはそれは本当だと思いますけど。クラインは、生来的にセロトニンが弱くて、ノルアドレナリンを抑えきれないからパニックが起こると言っています。生まれつきそういう体質があるのだと。

久保木 生まれたときから遺伝子レベルで不安の強いタイプがあるんだ、ということですね。そういう論文も最近いくつか出ていますね。

小さなトラブルにつまずく若者

樋口 最近ずいぶん増えていると思うのは、不安を伴う適応障害です。入社して1年目、2年目ぐらいの若いサラリーマンが、上司や同僚とのちょっとしたトラブルとか、仕事で小さなつまずきがあると、簡単に不安症状を起こして会社を休んでしまう。これはなかなか治すのがむずかしい。一つは職場の中の人間関係とか、仕事をどうするかという、環境的な問題があるし、もう一つは、その人個人の持っているキャラクターが問題になる。何でこんなに増えてくるのかなあと思って、そういう人たちの生育歴を聞きますと、きわめて順調に育ってきているんです。社会に出るまで、一度もつまずいたことがない。子供の数が少なくなっていますから親に大事に育てられて、何らトラブルなしに、何ら苦労なしに社会に
出てきているんですね。そこで急にもまれると、それに耐えきれない。

 たとえば、家から離れたことがなかった子供が、就職してどこか地方勤務になるわけです。そうすると帰ってきちゃうのね(笑)。それで、うちへ帰ってくると不安がとれるという。これは現代の日本の社会構造と関連していて、増えているのは当然かなと思ったりするんですね。

貝谷 うちにもそういう患者さんが、きょう2人ぐらい来ましたよ。もうほんとにむずかしいですね。教育と鍛練しかないものね。

樋口 そっちを何とかしないと、同じような適応障害を何度も起こす。だけど理解のある職場環境で、周囲がちょっとそのへんを見てやればだいぶ違う。人間関係のストレスもそんなに根深いものではないことが多いです。

久保木 そういうケースは、親がコネを使って入社させたり、会社で何かあると親がすぐ出ていって上司と話し合ったり、そういう感じですね。

樋口 そういうタイプが多いです。それからよく聞くと、いまの学生ってあんまり集団で何かやることがないそうです。みんな個人的になっていて、集団の中で自分を抑えるとか、自分を出すトレーニングを受けてないんですね。

久保木 子供も少ないから、まず兄弟姉妹の中でのもまれがないですね。問題にぶつかって、その問題を自分で解決していく体験が少ないですね。親も子供が少ないからどうしても大事にするし、保護するし、何とか転ばないように転ばないようにしていって、大きなところで転んでしまうんです。

樋口 転ぶ練習ができてないんですね。

対人恐怖も増えている

貝谷 それと関連してもう一つは、対人恐怖が多いんですよ。対人恐怖の人は自分でなかなかクリニックヘ真正面から来られませんでしょう。うちはホームページを開いているから、インターネットでアクセスして来るのは、ほとんど対人恐怖の患者さんですよ。

久保木 そういう人たちの特徴は、傷つきやすくてプライドが高くて、ソーシャルスキルがないから、理想は高いんだけど現実がついていかない。そのギャップが大きいんですね。

貝谷 コンピューターは使うのはうまいんです。

久保木 一方的にやれるからですね。それは特徴ですね。

貝谷 それといま、現代の風潮は、フリーターというか、派遣社員が多いでしょう。所属感の欠如に対する不安は絶対あると思うんですよね。そのあたりも特徴かなと思います。

樋口 そういう自由度を求めているんだけれど、やっぱりどこかで帰属意識がないと不安なんですね。

貝谷 それからもう一つ顕著なのは父性欠如ですね。特に若い女性がその傾向が強い。ぼくなんかも父親にされてしまって因っているんですよ(笑)。だから、20歳ぐらい年上の男性と結婚する若い女性が結構多いのが、最近の傾向なんですよ。

久保木 確かにそれはあります。もう一つ、ぼくは最近顕著だと思っているのは、若い人たちが昼間寝て、夜活動していることですね。全体が夜にシフトしている傾向があります。夜は一人で過ごせるということがあります。それから都会では夜間でも、何でもあるわけですよね。夜の世界が広がって、朝起きられない若い人が増えています。

樋口 一人でいられる社会が昔よりもっと広がっている。リズムが逆転した人なんて全くその典型で、夜みんなが寝静まったときに一人でコンピューターをたたいたり、ゲームをして過ごすわけですよね。うまく対人接触ができなくなっているあらわれとも言える。病的な人になると家族が心配して病院へ連れてくることはあるけれど、そこまでいかなくても、そういう生活のパターンで生きていかれる。それが可能な時代になっているんですね。

貝谷 対人接触の最たるものはセックスですね。ビデオを見るほうがいいという人が結構いるわけですよ。奥さんから苦情を言われて、これは機械社会の最たるものじやないかなと思いましたね。

DSM診断の大きな貢献

久保木 われわれ心療内科も、いまはやりの多軸診断、DSM−Wを使って、従来から使ってきた診断基準と併用して、いろいろ比較検討しているところです。精神科ではいかがでしょうか。

樋口 この間も日本精神神経学会でそういうセッションがあったんですけど、DSM診断が導入されて、共通言語ができたことが最大のメリットですね。いままでは医者一人一人がつける診断名が、相当違っていましたね。統一されたプラス面はよく評価される。一方、臨床の現場では診断をつけることは治療方針を明らかにするプロスペクテイブな操作である。ところがDSM診断は基本的にはレトロスペクテイブなものの見方であって、統計的に見ることについては強いんだけれど、プロスペクテイブには使い勝手は悪いという批判が一方にあるんですね。実際は、多くの精神料の臨床医は両方使っているんです。従来診断を一方では使いながら、使うべきところはDSM診断を使っている。

 DSMの診断の中で一番大きく意味をなしたのは、不安が一つはきちんと整理された。特に不安性障害と身体表現性障害がきちんと分かれた。それからもう一つはうつですね。いままで神経症と言われていた抑うつ神経症が、ディスサイミアとしてうつ病の中に入った。そういう見方をすることによって、治療的なアプローチがまた昔と変わって、いままで治
療困難と思われていたものが治療できるようになった。あのへんはかなり大きいと思うんですよ。

貝谷 プロスペクテイブな面が少ないと言われましたけれど、DSMの初期の考え方は治療反応性をかなり見て作ったと思うんです。実際の治療をする上で、そういういい面はかなりあると思うんですよ。だからぼくはDSM一辺倒です。

久保木 この間、精神科の多軸診断を専門にしている先生と話をしたんですけど、恐らくもうこのDSM診断は浸透するところはしたろうと言うんですよ。どのぐらいの率ですかと開いてみたら、まあ1割かなと(笑)。使っている人は使うんですけど、使わない人は全然使わないんですね。マニュアル化して共通言語を作った。いままでずれていたものを、統一できたかのように思える点は大変すばらしいうと思うんですけど、まだやっぱり限界もありますね。

[1997年6月・東京 企画構成SCOPE編集室]