元気のひけつ
ゆっくり吐く息に集中
― 座禅 ―
朝日新聞 2010年9月18日
「心頭を滅却すれば火もまた涼し」。戦国時代、寺に火をかけられた禅僧が語ったとして有名なことばです。心が静まれば、きっと残暑も平気に。禅の世界をのぞいてみることにしました。
■■ 愛知県一宮市の常宿寺(じようしゅくじ)で、座禅に挑戦した。住職の岡本慧光(えこう)さん(58)は座り続けて25年ほど。毎朝、地元の一般の人らを対象にした2時間の「参禅道場」を開く。
作努衣(さむえ)に着替えて、両足の甲を反対のももに乗せる「結跏趺坐」(けっかふざ)という形をとった。むかし、お釈迦さまはこの姿勢で悟りの境地に達したそうだ。座布団より厚みのある「坐蒲」(ざふ)にお尻を乗せるので、足はそれほどつらくない。
今回は20分間。じっとしている間、何も考えてはいけない。
だが、気になることが次々に浮かぶ。前夜、発熱した2歳の娘は今どうか。後輩の仕事はうまくいっているかな。どうも胃腸がゴロゴロする。「火もまた涼し」どころか、全身から汗が出てきた。
ゆっくりと息を吐き、その動きに集中するよう言われていた。続けたら、スッと気持ちが楽になるのを感じた。もうしばらくいけそうだ。そう思ったころ、終わりを告げる鐘が鳴った。
禅は、心を静めて呼吸に集中する瞑想(めいそう)の一つとされ、座禅はその代表的な実践法だ。長く続けるうち、岡本さんは「深い呼吸ができるような姿勢を保てることが、坐禅のよさを知る近道」と考えるようになった。
背骨の下端にある「仙骨」を少し前に傾け、背骨とももの角度を120度くらいに。耳と肩、鼻とおへそをそれぞれ結ぶ線が床と直角に交わるようにする。
そうすると、両ひざとお尻の3点でバランスよく体を支えられ、息をよりたくさん、長く吐くことができるようになるという。
この姿勢は、下半身の筋肉が硬いままだと難しい。「開脚前屈などのストレッチを毎日、少しずつ
でも続けてください」
■■ 福井大の村田哲人准教授(精神医学)たちは20代の男性23人に禅の呼吸法をしてもらい、心拍の動きと脳波を解析した。すると、リラックスしたとき活発になる副交感神経が優勢になる一方、内面的な注意が増すときに現れる脳波が前頭部で確認されたという。
米エモリー大のグループは禅修行を3年以上積んだ人たちとそうでない12人ずつに文字を見てもらいながら、脳活動を記録した。
修行者はそうでない人たちと比べて、文字に反応してから脳活動が収まるまでの時間が短く、「心の動きを制御する能力が、禅によって高まった可能性がある」という。雑念を払う力に通じる。
精神科医の貝谷久宣さんは禅寺が多い神奈川県鎌倉市に診療所「鎌倉山クリニック安心堂(あんじんどう)」を開き、時に患者と一緒に座禅をする。不安症などは薬だけで治しきることは難しく、ストレスに負けない力をつけるのが目的だ。
禅を続ければ、自分の欲や感情を客観的に観察できるようになる、と岡本さんはいう。「あ、自分は怒っているな」。そんなふうに思えたなら、もっと楽に生きられるかもしれない。(田村建二)
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