映画「アメリカの伯父さん」

 二十五年ほど前、当時学生だった頃に観た映画で、なかなか感銘を受けたのが今回の表題の映画です。非常にマイナーな映画で、もう見る機会はないのだろうなとあきらめていたのですが、これが最近DVDで出ていたんですね。お店で見つけて早速購入してしまいました。

 題名の「アメリカの伯父さん」とは、ずっと待たれているのに決して現れない異国の人ということで、いつか帰ってきて自分を幸せにしてくれるという夢や希望を表しているのだそうです。現代版の白馬の王子様といったところでしょうか。

 内容は、二人の男性と一人の女性の人間模様を中心に、これら三人の日常が幼少期からのいろいろなエピソードと様々な苦悩を通して淡々と描写されていきます。大きなドラマ性はなく一見退屈な映画なのですが、ところどころで唐突に実験心理学者のアンリ・ラボリ教授の生物学的・心理学的な解説と、マウスを使ったストレス実験の様子が、あたかも人間の苦悩を皮肉るかのような形で挿入され異彩を放ちます。

 まず映画の冒頭で、いろいろな生物が生きていく姿が映しだされ、ラボリ教授の声が解説を始めます。

「生物の存在理由は生きることであり、その構造の維持にある。」

「人間を含めた動物は生命を維持するために移動が必要であり、そのためには神経組織が必要だ。この神経組織が働いて、環境に対して行動を起こさせる。その行動に効果があると、喜びの感覚が生まれる。」

 物語は、女優を目指しているジャニーヌと、ブルジョア出身のエリートでジャニーヌと不倫関係になり、やがて報道部長の地位を追われるジャン、そしてたたき上げの技術屋で上司から厳しくにらまれて地方支店への左遷の憂き目にあうルネの三人を中心に淡々と進行していきます。職場や男女関係のストレスなどから、三人はそれぞれ深く悩み、胃潰瘍や腎仙痛などの心身症に悩まされたり、時には感情を爆発させたりし、ついには自殺未遂に至る者も現われます。

 この三人の物語が進行する中、画面は急に切り替わって、餌を求める動物の様子や電気刺激のストレス実験に曝されるマウスの状況などが映し出され、次のようなラボリ教授の冷静な解説が加えられます。

「行動には、必要を満たす消費の行動、快楽を求める行動、懲罰に対する行動、抑制の行動の4つがある。抑制の行動は、動かずに緊張して待つことである。これは苦悩に通じる。苦悩は状況を支配できないことである。」

「ストレスからの回避が出来ない場合、他者への攻撃の行動がはじまり、他者に攻撃が向けられないときには、攻撃は自分自身に対して向けられるようになる。胃に穴をあけ胃潰瘍をつくり、時には心臓病、脳出血などを引き起こし…。」

 そして、登場人物たちが、マウスの着ぐるみを着て再度登場し、マウスの立場から、今までの物語を再演し、物語全体を悲喜劇にしてしまいます。

 人によっていろいろの見方のできる映画だと思いますが、この映画を初めて観た時、悩み多き青年だった私は非常に感銘を受けました。人の悩みというものは、実はとても単純なものなのかもしれない。自分が現状の何に満足できないでいるのかを冷静に考えて、状況を改善するために、今の自分に何ができるのかを具体的、現実的に考えていく。できないことはできないと受け入れ、できることは何かを考えて、そのできることを精一杯やっていく。それが、現状を打開していくことにつながっていくのだと、心が開かれる思いがしたものでした。

 苦悩のどん底にいるときには、少し開き直って、自分の状況を少々覚めた目で見てみることが、案外、解決の糸口を見つけるきっかけになることもあるのではないでしようか。

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長

吉田 栄治



ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.45 2006 SUMMER