「うつ」について思うこと

 人をはじめとした動物というものは、神経細胞がその枝(信号を送る側の枝は軸索、受け取る側の枝は樹状突起といいます)をどんどん伸ばしていき興奮発火するときに、喜びの感情が芽生えるものなのではないかと思うことがあります。学問にしろ、スポーツにしろ、仕事の技術にしろ、人が知識を増やし、技能を磨き、成長しているときというのは、神経科学の視点からいえば、神経細胞がどんどん新しい枝を伸ばして、新しい神経ネットワークを形作っているときなわけです。そういったとき、人は充実感を味わい喜びを感じます。

 ところが、何事も停滞する時期が来ます。それは、新しい枝を伸ばしていった神経細胞が、袋小路に突き当たり、あるいは錯綜状態になり、それまでのようにはその方向に枝を伸ばすことができなくなった状態ではないかと思うのです。いわゆるスランプ状態ですね。こういう時、人は新しい発展成長の道を探し、壁をひとつ突き破ることができると、また新たな神経細胞の枝の伸展が始まってスランプを脱するのではないかと思うわけです。

 こういった考え方からすると、うつ状態というのは、この神経細胞の成長が妨げられてしまっている状態と考えることができるのではないかと思います。先ほど述べました一種のスランプのひどい状態であったり、あるいは、種々の身体的・心理的ストレスの蓄積により神経細胞が疲弊してしまい、新しい枝を伸ばしていくためのエネルギーが不足してしまう状態が生じたりして、抑うつ状態が発症するのではないかということです。

 この抑うつ状態においては、楽しみの感情がわかず、安易な刺激を求めてしまうことがあります。じっくりと腰をすえて神経細胞の伸展成長を促すような有意義なことをするにはエネルギーが足らず、容易に快の感情を得ることができる刺激に走りがちになります。例えば、買い物、パチンコなどのギャンブル、テレビゲーム、インターネット(最近はネットオークションにはまってしまう人が案外多いです)などへの過度の没入ですね。はじめるのにあまりエネルギーがいらず、それらに没頭している間は、それなりに楽しい気分になり、何かやっているという気持ちになります。しかしこれらは、神経細胞の発火による一時的な気分の高揚は得られるものの、その場しのぎで充実感は長続きしません。むしろ逆に、あとから空虚感、疲労感におそわれ自己嫌悪に陥ってしまうこともあります。

 エネルギーが低下しているときは、ゆったりとした時間に充実感を見つけ出していくことが必要だろうと思います。刺激を求めすぎず、ゆっくりじっくりと、エネルギーが再び充電してくるのを待つ。じわじわと神経細胞の枝が伸展してくるのを待つというようなイメージです。具体的には、早寝早起きを心がけ、規則的に食事を取り、生活リズムを整える、そして、少しずつ身体を動かしてやるべきことを片付けていくということです。

 物や情報にあふれた今の時代、刺激を追い求めすぎないようにするということはなかなか難しいことかもしれませんが、ゆったりとした時間に身をおき、日々の生活の中のほんのちょっとしたことに充実感を見出していくということを心がけてみてください。

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長

吉田 栄治



ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.50 2007 AUTUMN