数学の問題 最近、本屋さんに行きますと、ちょっとした数学ブームかなと感じます。一般向けの数学の本などがいろいろ出ています。実は、かく言う私も、隠れ数学ファンのところがあり、一般向けの数学の本をよく読んだりしています。数学というのは、一般社会に出たら何の役にもたたないとよく言われますが、物事を筋道立てて論理的に考える基礎作りには、うってつけなのではないかと、個人的には思っています。
ちょうど今年度は、娘が大学受験で、微分積分をはじめとする高校数学を、この一、二年、私も大分復習しました。高校生は、なんという難しいことを勉強しているのだとつくづく感じ、また、受験期の子どもを持つ親というのは、なかなか大きなストレスがかかるものだということを身をもって体験しました。幸い、早い時期に推薦入試で進学先が決まり、3月ぎりぎりまでやきもきすることはなく、助かりました。
ところで、その際の数学の試験で次のような問題が出ました。問題解決にあたって一般的な悩み事への対処ということと少しつながるところがあるように感じ、そちらをちょっと引用してみることにします。
推薦入試の問題というのは、ある意味、基礎的な問題が出るんですね。難関校の高校入試に出てもおかしくないぐらいの問題です。次のように重なった円を3つ描いて(ベン図と言います)、どことどこが何人という具合にわかったところから、ひとつずつ人数を入れていけば、自然と答えがわかるはずです。
まず問1は、簡単です。A大学の入学者総数360名から、(キ)の325名を引いて、35名ということになります。
ところが、問2になると途端に頭が混乱してきます。頭の回転が柔らかかった若い頃は、もう少しスラスラと解けたように思うのですが、いまや老化現象が激しく、子どもに父親の威厳を示そうと、これは、この部分が何人でこの部分が何人だから、これからこれを引いて、こうなるんだよとやりたかったところですが、図の円にいろいろ数字を書き込んでいたら、どこが何人なのか混乱してしまって、わけがわからなくなってしまいました。
少し冷静に考えれば、(ア)の275名から、(エ)の142名を引いた133名を、(オ)の311名から引けば、D大学を受験した者の人数が出ることがわかりますが、焦って混乱していると、なかなか気がつかないでしょう。
問3になると、さらに複雑です。もう、こうなると、ますます頭が混乱して、どこがどうなっているのかわけがわからなくなり解決どころではありません。
悩み事で混乱状態にある人の思考は、きっと、これと同じような状態にあるのだろうと思います。考えても考えても同じところをぐるぐる回るだけで、全く解決に向かわない状況です。
こういう時は、大きく視点を変えて、別の考え方をしてみます。できるだけ問題を単純化して、複雑に考えないようにします。この問題の場合は、もうあれこれ考えず、それぞれの部分の人数を図のように、a、b、c、d、e、f、g、とおいてしまいます。そうすると、(ア)〜(キ)の記述は、次のような関係式に表されます。
こうなると、問題がかなり整理されているのがわかりますか?D大学を受験した者は、c+d+f+gですから、(オ)から(ア)を引いてf+gが36名となり、これに(エ)の142名を足して178名となります。先ほどより、ずっと簡単ですよね。
問3は少し工夫が必要ですが、cを求めればいいので、まず(キ)から(カ)を引いてみましょう。aが71名とわかります。これを(ア)の275名から引いて、b+c+dが204名となります。これを(ウ)と(エ)を足した306名から引けば、cが出ますね。以上のことをベン図に数字をいろいろ書き込んでやっていたのでは、きっと頭が混乱して、答えがなかなか出てこないでしょう。
問4は、a+e+gを求めます。(ア)〜(キ)の式から、答えを求めるのもなかなか複雑ですが、ベン図に数字を書き込んで、ごちゃごちゃやることを考えると、数式のほうが、ずっと簡単です。皆さんも、少し頭の体操と思って、式を足したり引いたりしてみてください。
それでは、ひとつの解き方の例を示しておきます。aは71名と出ていますから、あとは、e+gが求まればよいですね。
式を少し見ていると、(イ)と(ウ)から、e+fが、46名となります。また、先ほど、f+gは36名でした。そして、(ア)と(キ)からe+f+gが50名ですから、f=46+36―50=32となり、e+g=50―32=18となります。よって、求める答えはこれにaの71を足して、89名となります。
精神科の分野で生活臨床という考え方があります。これは一言でいうと、統合失調症の方の再発を防ぐために、生活上の課題に対処していくというものなのですが、その際、生活上の悩みを「色(異性問題)、金、名誉、健康」のどれかに当てはめていきます。深い悩みに陥り、「人生の意味って何だ」ともがいている時、実は、案外、現実的な問題がうまくいっていないだけということもあるんですね。もう随分前になりますが、この考え方にはじめてふれた時、人の悩みというのは、案外単純なものなのかもしれないと思ったものでした。今回、娘の数学の試験問題を解いてみて、頭が混乱した時に、問題を単純化して考えるということの大切さを思い出し、コラムに書くことにした次第です。
とても複雑な状況で悩みの混乱状態に陥っているように感じる時は、一度、問題を整理して単純化し、全く違う観点から見てみるようにしてみましょう。そうすると案外解決の糸口が見つかるのではないかと思います。
医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長
吉田 栄治
ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.56 2009 SPRING |