不幸せ斡旋所?

 タモリがストーリーテラーをつとめる『世にも奇妙な物語』というテレビドラマがあるのは、皆さんご存じかと思いますが、ずいぶん前に、篠原涼子主演で『不幸せをあなたに』という題名の物語がありました。ご覧になった方は、おられますか?

 これがなかなか興味深い内容で、レンタルビデオ化されたらもう一度観て、一ロコラムにいつか書こうと思っていたのですが、一向にビデオに出ないんですね。インターネットで、調べてみましたら、約400話中120話程度しかビデオ化はされていないようです。

 非常に残念に思ったのですが、今時のインターネットの情報は、たいしたものですね。『世にも奇妙な物語』のファンサイトがいくつかあり、この物語が、2004年・秋の特別編として放送されたということと、そのあらすじ、そして原作本がわかりました。早速、この『不幸せをあなたに』の原作がのっている文庫本を買ってきて読んでみました(近藤史恵『不幸せをどうぞ』、ミステリー傑作選・特別編5 自選ショート・ミステリー、講談社文庫)。小説のほうはテレビ版よりも、後半がいささかダークな感じで、あまり後味はよくありませんでしたが、なるほどと感心させられる部分は、そのままでした。また、グーグルで検索をしたところ、物語の前半部分は、インターネットの動画でも見ることができました(全部は見られませんでした)。

 あらすじは、こうです。篠原涼子演ずるところのOLの美紗。彼女は、仲の良くない同僚の一美とチーフの座を争い火花を散らしています。そんな時、たまたま帰宅途中のバスの窓から「不幸せをあなたに」という看板を見かけます。自分の嫌いな人を不幸せにする方法でも教えてくれるのかと好奇心で立ち寄る美紗。そこで、うさんくさそうな男から「幸せのバネになるようなほんの少しの不幸せ」を斡旋すると説明されます。

 「わたしたちが斡旋するのは小さな不幸せです。ですが、それはあなたの努力によって、幸せに変えることができるたぐいのものです。その不幸せを、不幸せのまま終わらせるのも、幸せに変えるのも、あなた次第です」

 結局、「ただいまお試し期間中で、不幸せをひとつ、無料で斡旋します」と言われて、美紗は、思わず契約をしてしまいます。

 翌日、職場に行ってみると、皆が深刻な顔をしており、ライバルの一美が昨夜、不注意から美紗のパソコンのハードディスクをクラッシュさせて駄目にしてしまったことがわかります。思わず美紗は「大事なデータがたくさん入っていたのに、なんていうことをしてくれたの。あなた、わざとやったんじゃないの!」と、毒づこうとしましたが、昨日の契約のことを思い出し、「これかもしれない!」と内心ほくそ笑みます。そして「パソコンなんて不安定な機械だからそんなこともあるわよ。バックアップとってなかった私がいけないの。気にしないで」と、さらりと流します。「怒らないの?」と驚く一美に「怒ったってハードディスクは元に戻らないでしょ。それよりみんな仕事しましょ」と、笑顔で明るくその場をとりまとめます。この対応により美紗の株は大いに上がり、上司の見る目も変わって、結局、美紗がチーフに選ばれます。

 この美紗の対応を見て、本音の部分はどうであれ、なるほどと感心させられました。不幸せが起こった時に、それを嘆き悲しみ、他人のせいにして、怒鳴り散らしていても、余計に不幸せになるだけで、こんな風に明るくやり過ごすことができれば、確かに、幸せが向こうから舞い込んでくるようになるだろうと思いました。まさにこれは、幸せを呼び込むこつですね。

 物語のほうは、本音の部分で欲深な主人公が、さらなる幸せを望んで、何度も「不幸せ斡旋所」に通い、だんだん欲求はエスカレートしていき…といった具合に進んでいきます。一旦、幸せを手に入れてしまうとそれだけでは満足できなくなり、もっともっとと考えてしまう悲しい人間の性(さが)ですね。人間、あまり欲深くならず、ほどほどのところで満足しておくことが大事というような教訓めいたメッセージも感じました。

 ところで、先日、NHK教育で井上陽水の特集を四夜連続でやっていましたが、その中の井上陽水のトークに、ちょうど、この幸せと不幸せ(苦労)の話が出てきました。井上陽水は、「聞いている人は何言っているのか、よくわからないかもしれないけど…」と、苦笑いしながらあることわざを紹介していました。

 「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄のごとし」

 (わざわいが福となり、福がわざわいのもとになったりして、この世の幸不幸は縄をより合わせたように表裏をなしているものである)

 井上陽水は、「いいことの裏には、同じだけの苦労があったのかなということが、これくらいの年齢になってくると何となくわかってくるよね」「こういうことわざがね、ぐっと重みを増してくるようなライフ(人生)なわけよ」というようなことを笑いながら話していました。

 前回のコラムにも同じようなことを書きましたが、苦しいことも不幸せに感じることも、きっとどこかで役に立ってくることがある、何らかの意味が出てくることがあるのだと考え、また、苦しいことがあれば、きっと楽しいこともあると考え、いろいろの苦しみもそのひとつひとつが全て自分の人生の経験であると前向きにとらえていくことができればと思います。

 最後に、美紗の言葉です。

「本当に不幸せは幸せになるチャンスなんだ」

 こんな気持ちでつらいことも乗り越えていきましょう。

医療法人和楽会 心療内科・神経科 赤坂クリニック院長

吉田 栄治

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.58 2009 AUTUMN