東京大学名誉教授 大井 玄

 かつての湖底は、見渡す限り草叢がそこここに散在する砂漠に化していた。

 二〇〇三年夏、アラル海縮小に伴い周辺地域に起こっている健康問題を見るためカザフスタンを訪ねたが、まずその背景に触れよう。かつて北海道ほどの広さだったこの淡水湖が縮小しているのを人工衛星が観察し始めてから半世紀に近い。いくら中央アジアの乾燥地帯にあっても、ひとりでにこの大湖が干上がるはずはない。人間がここにそそぐ二本の大河の水を横取りしたからだ。

 一本は天山山脈から出るシルダリア、もうひとつはパミール高原に発するアムダリア。七世紀、三蔵法師がインドに仏典を求めて行ったときも両大河を渡河している。二十世紀半ば以来、カザフスタンやウズベキスタンなどが綿作、米作の灌概のため大規模な取水をしてきた。アムダリアは完全断流、シルダリアは本来の三%しか給水しなくなった。

 アラル海の面積は元の三分の一になった。淡水は海水なみの塩水になり、年五万トンのコイやチョウザメの漁獲はゼロになったという。水位は一九七二年海抜五三mだったのが、北部の小アラル海で四〇m、南部の大アラルでは三六mまで低下していた。小アラルの水位が高いのは、シルダリアから細々とした給水が続いているからだ。

 日本人の感覚で理解できないのは、灌概計画が策定されたとき、すでにアラル海の消滅は予測されていたことだ。それでも費用便益分析では便益のほうが大きいと考えた。あるロシア人学者にいわせると、古代から同海は縮小と拡大をくり返してきた。今回もその一つにすぎない。人為の力が自然の力と同じと見なせば、自然破壊に人間は責任をとらなくともよい。

 一九八○年代後半には、水際が一日に二〇〇mも後退していったそうで、さすがに政治家たちもせめて小アラルだけでも救済しようと考えた。大小アラル海を結ぶ水路は最狭部で二〇〇mぐらいの幅しかない。ここに底辺が一〇〇mのダムを建設したが、ダムの材料は砂と土、加うるに水門もないという設計だったため、二十世紀末のある強風が吹く日、あっけなく決壊してしまった。

 一九九〇年代初頭、ソ連が崩壊しこの二大河が通過する国々が独立すると、毎年関係各国による水資源会議が開催されるようになる。しかし水は年ごとに貴重になっており、各国の対立は厳しい。たとえば一九九九年の会議での日本人オブザーバーによると、「我々の水を取り上げるのがこの会議の趣旨か!」とある国の代表は啖呵を切り、席を立ってしまった。その後も欧米の援助団体が主催して毎年同じ目的で会議は開かれ、同じ顔ぶれの代表団が出席し、同じように話は決裂しているという。進歩しているのは限られた資源を収奪する技術だけである。自分の欲望を抑え、我慢し、助けあって生きようという「こころ」の面が未熟であるなら、利用と供給のギャップは大きくなるばかりだろう。

 アラル海周辺にはかつて一五〇万人が生活していたが、この海の縮小は大規模な社会変動をもたらした。まず漁業社会が崩壊し、生業は変化し、人口は流出し、共同体も変わっていった。同時に砂漠化、耕作地の塩害、地下水の塩水化と農薬汚染などにより生態系が壊れていった。私の滞在したかつての漁村では、人口がここ十年に三五〇〇人から一五〇〇人に減少し、数年前に病院は診療所に格下げされた。

 さて、カザフスタンでの健康影響については、独立直後一九九四年頃のすさまじい混乱は一段落したものの、環境破壊にくわえて社会的不安定さが健康に影響していた。当時の主要健康問題は高血圧と関連疾患で、地域により地下水の塩水化に伴う一日二〇gという塩分摂取が寄与している。一九六〇年のWHO統計では、脳卒中王国といわれた秋田県が二〇数gで世界一だったから、その程度がうかがわれよう。またアラル海周辺では小児の尿管結石とおぼしき「腎臓病」、下痢性疾患、貧血、低体重などが目につく異常だった。

 日中気温は四五度に達した。空はあくまで青い。昼ごろになると、地平のかなたに後退してしまったアラル海の方向に羊雲がぽかりぽかりと現れ、やがてもくもくとした積雲に発達した。

 午睡から覚めると、宿舎の家の囲いの外に出て、柵のつくる日陰から砂と草の拡がりを眺めた。地平ははるか彼方に見えるが、草原を横切る電柱の列の数から計算すれば、わずか五〜六qしか離れていない。家の裏には道ともいえぬ道が横切り、村のはずれのゴミ捨場に続いている。時々犬や鶏が現れ、数人の子供が恥ずかしげにこちらをちらちら見ながら通り過ぎた。空間は乾いた大気、少し勢いを失った日差しに満たされている。夜、物憂い世界は一転して賑やかになる。暗黒の空に、無数の星が花火を打ち上げたように威勢よく登場する。銀河は天空を荒々しく真っ二つに切り裂いて流れ、雄大な白鳥は天頂に翼を広げ飛翔し、蝋は南天に鋏をふりたて爬行する。東の火星はまがまがしく、まるで巨大な球体がそのまま浮かんだようだ。星の饗宴は明け方まで、春夏秋冬の装いで続いた。

 地球環境の平衡は崩れつづけるだろう。地球の温暖化は進行し、南北両極の氷層氷河は失われゆき、海水面上昇で低地は水に覆われ、しかも乾燥地帯や砂漠地帯は拡大し、水をめぐる争いは激化するだろう。食糧不足も深刻にならざるをえない。

 アラル海に給水する二大河を利用する国々は独裁に近い政治体制だが、一部の識者のいうように、すべての国が民主的体制に変わっても地球環境問題は解決するものではない。大西洋の漁業資源をめぐって半世紀ちかく交渉を続けてきた国々は沿岸の民主主義国だった。しかし、この大洋のタラやニシンは再生が危ぶまれるほどまで減ったともいわれる。温暖化に最大の責任を持つ国は、民主主義の本山を自認するが、温暖化ガス規制の国際的枠組みに入ろうとさえしない。

 アラル海はいまだ縮小の過程にある。もし、それが将来拡大するときには、人類文明の様相は想像しがたいほど変わっているだろう。

Que Sera Sera VOL.65 2011 SUMMER