パニック障害の患者さんに多い「非定型うつ病」
うつ病と逆の症状が特徴です


心療内科・神経科赤坂クリニック院長
貝谷 久宣

いきいき 2003;12:P138

パニック障害の患者さんと多く接するなかで、従来の枠ではとらえきれないうつ病があることに気づき、自らクリニックを設立した貝谷久宣さん。1994年にはじめて国際的な診断基準が定められた「非定型うつ」について、お話しいただきました。

 まじめで几帳面な人がなりやすく、朝に調子が悪くて、食欲が減退する―――。長いあいだ、それがうつ病の典型的な症状だと考えられてきました。しかし、私は長くパニック障害の患者さんを診るなかで、パニック障害に伴って起こるうつ病が従来のうつ病(定型うつ病)とはかなり異なった特徴をもっていることに気づきました。憂うつなときばかりではなく、何か楽しいことがあれば、一時的に元気になる、食が細くなるのではなく過食に走る、眠れないのでなく眠っても眠っても眠い状態が続く、身体が鉛のように重く感じる、ちょつとしたことで「プライドを傷つけられた」と過剰に反応する、夕方に悪化する―――。

 これが「非定型うつ病」の典型的な症状です。この型のうつ病は何もパニック障害に伴って起きるとは限りません。単独でも発症します。しかし、従来の抗うつ剤や電気療法などでは改善されないため、日本では今までうつ病とは診断されず、人格障害とかヒステリー、ひどいときには単なるわがままだと言われてきました。しかしこれは、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI。副作用が強いため、現在日本では使用されていません)によって改善されうる、うつ病なのです。

 この非定型うつ病にかかるのは、ほとんどが10代、20代の女性です。従来のうつ病と違い、非常に治りにくいのが特徴で、なかには40代、50代まで持ちこしてしまう人もいます。非定型うつ病になりやすい人は、周りに対してとてもよく心遣いができて、他人の言葉に非常に敏感なタイプ。発症が、いわゆる「多感な時期」に集中しているのも偶然ではありません。人格が形成されて完成する一歩手前にあたるこの時期は、前頭葉の発達が一段落する時期。パニック障害と同じように、非定型うつ病は、この多感な時期をうまく通りこすことができなくて、発症するのではないかと私は推定しています。

 非定型うつ病患者の治療では、他人に自分を主張できる自我を確立していくことが非常に大切です。しかし残念ながら、そのような認知行動療法を、日本の医療の場で充分に行う仕組みはできていません。もっとも効果のある薬であるMAOIも使えません。ですが、限られた条件のなかであっても患者さんに必要な治療をするため、私は自分のクリニックを開き、患者さんと常に一対一で向き合い、試行錯誤の中で適切な薬の種類と量を選び、丁寧にカウンセリングをしながら治療を進めています。その結果、見違えるほど元気になった方も実際に大勢います。

うつ病の主な症状 (DSM-Wの診断基準)
以下の項目のうち5つ以上に該当し2週間以上その症状が続く場合、うつ病が疑われます。
悲しみ 毎日のように悲しい、空虚感、憂うつな気分、涙が出やすい
興味 これまで楽しかったことが楽しくない、興味・喜びの減退
罪悪感 過度の罪悪感、ものごとに対する無意味感、無価値感
エネルギー 疲労感、気力の減退、やる気が起こらない
集中力 思考力、集中力の減退、決断することができない
食欲 著しい体重または食欲の減少、増加
精神運動性 落ち着かない、または著しく緩慢(他人から見てもわかる状態)
睡眠 寝てばかりいる、または眠れない、夜中に何度も起きてしまう
自殺願望 死について何度も考える、生きる意味がない、消えてしまいたい

 

非定型うつ病の主な症状(DSM-Wの診断基準)
上記の「うつ病の主な症状」の条件を満たした上で、次のA、Bの条件を満たす場合、非定型うつ病であることが疑われます。
A. 気分反応性がある(現実の、または可能性のある楽しいできごとに反応して気分が明るくなる)
B.  次の特徴のうち2つ以上に当てはまる
@著しい体重増加または食欲の増加がある
A過眠である
B身体が鉛のように重くなる
Cちよっとしたことで名誉を傷つけられたと感じて、 長期間、人とかかわることを拒む

 非定型うつ病は、ようやく1994年にDSMが診断基準を示したばかりですが、それに伴い、患者数も増えてくることと思います。それを受けて、医師、臨床心理士をはじめとした医療関係者の協力で、日本でも非定型うつ病の治療法が確立されていくことを期待しています。

 発症の時期が早いので、長じてから予防する方法はあまりありませんが、もしあなたが「非定型うつ病になりやすいタイプ」だとしたら、「他人を傷つけずに自分のしたいことを主張する」ということを意識的に行うことが予防につながるということを覚えておいてください。