パニック障害−身体的要因

貝谷久宣,熊野宏昭,石田展弥,宮前義和

臨床精神医学講座 5:161-170, 1997

1.遺伝的要因

 a.家族研究

 パニック障害(古い論文では不安神経症)の家族歴研究
56)において、第1度親族にパニック障害をもっている患者の割合は24〜67%(平均38%)で、対照の12〜18%(平均15%)に比べて高い。言葉を換えていえば、パニック障害患者の3人に1人以上はその家族に同病をもつといえる  。そして、第1度親族中のパニック障害患者数を調べると、患者親族の6〜35%(平均17%)、対照群の親族の1〜12%(平均5%)は同病であり、患者の親族ではパニック障害の発病危険率は明らかに高い  。

 さらに、パニック障害患者の第1度親族を個々に直接診察しパニック障害の有無を確かめた信頼性のより高い家族員研究によれば、パニック障害患者の親族中の同病患者の割合は6〜49%(平均18%)であり、対照の1〜7%(平均4%)や疫学調査から得られた一般人口中の生涯発病率1〜3%(平均1.5%)と比べると明らかに高い  。精神分裂病の第1度親族における発病危険率が8.5%
22)であることと比較すると、パニック障害の家族性発病は精神障害のなかで最も高率であると考えられる。

 次に患者家族の発症危険率をみてみると、親、同胞および子のどの世代をとっても25%前後である  。ここで注目されるのは、父よりも母に、兄弟よりも姉妹にその発症危険率が倍近く高いことである。

 最近、神経・筋疾患で三塩基反復triplet repeatsの伸長と表現促進anticipationとの関係が注目されている。表現促進とは、下位世代における発症年齢の若年化、症状の重症化、および発症者の増加によって示される遺伝的概念である。このような観点からパニック障害について調査した研究がある
24)。それによると、平均発症年齢は親では30.1歳、子では20.8歳であったが、この結果は診察時期のバイアスを非常に強く受け、この事実だけではパニック障害に表現促進があるとは断定できない。症状の重篤度の評価や発症者の数についての広範な研究が望まれる。

 
b.双生児研究

 パニック障害の双生児研究のまとめをみると  、一卵性双生児の一致率は24〜42%(平均34%)、二卵性双生児では0〜17%(平均8%)である。一方、精神分裂病
22)の一卵性双生児の平均一致率は46%であり、二卵性双生児では14%である。双生児研究から得られたパニック障害の遺伝性は精神分裂病のそれに近いといえる。しかし、パニック障害の一卵性双生児の一致率が精神分裂病ほど高くないことは、発病には遺伝性もさることながら環境因子が精神分裂病における以上に大きく影響していることを示唆している。

 
c.遣伝様式

 パニック障害が、もし単一遺伝子遺伝をするならば、患者は父方かまたは母方のどちらか一方に偏ってみられるし、多遺伝子遺伝であれば両家系に散らばっているといわれている
38)。家族研究のデータ分析の結果、患者はどちらか一方の家系に偏っており、単一遺伝子遺伝の可能性が強い42)。単一遺伝子劣性であれば、親の発病率が同胞の発病率よりも著しく低いはずであるが38)、実際には、現在までに報告された第1度親族の発病危険率は親、同胞、および子の間に大きな差はなく  、単一遺伝子劣性遺伝説には否定的な結果である。このようなことから、パニック障害の遺伝様式は単一遺伝子優性の可能性が強くなる。この場合、浸透率が高ければ、3代にわたり高率に発病者が見つかるはずであるが、そのようなケースはまれであるので38)、パニック障害は浸透率の低い単一遺伝子優性遺伝をする可能性が考えられる。

  に分離分析の結果を示す。Vielandら
52)の2〜3代にわたる30家系の分離分析の結果によれば、優性遺伝でも劣性遺伝でも説明可能であった。このような分離分析によれば、単一遺伝子モデルがパニック障害の遺伝様式としてよく適合する。しかし、思春期以後の発病、一般人口中での高頻度発病、および性差の存在する疾患では、多因子性遺伝の可能性を考える必要があるといわれている36)。パニック障害では、発病は20〜30代が最も多く、生涯発病率が1〜3%とされ、男性よりも女性の患者が多く、しかも、親族の発病危険率も女性の方が2倍以上高い42)  ので、多因子遺伝も考える必要がある。その場合、複数の遺伝子が素因として関与するとともに、環境因子も考慮しなければならない。

 
d.分子遺伝学的研究

 パニック障害は精神障害のなかで最も遺伝性の高い病気の1つであるので、分子遺伝学的研究がさかんになされている。現在までの研究では  、遺伝子座位を確定した研究はまだ提出されていない。

2.誘発物質

 パニック発作を誘発する物質(炭酸ガス、乳酸、カフェイン、CCK-4、yohimbine、isoproterenol、fenfluramine、m-CPP、flumazenil)については精神薬理
26)の問題として論述されるので、ここでは臨床的に実際に問題になるものをとりあげる。

 
a.カフェイン

 著者の診察したパニック障害患者287人のなかで、コーヒーを飲んだ後にパニック発作または不安感や不快な症状を訴えた人が54人(18.8%)あった。コーヒー5杯分のカフェインを経口的に負荷すると、パニック障害患者の71%にパニック発作類似症状がみられたが、正常対照者ではみられなかったと報告されている
7)。このとき、カフェイン負荷後のパニック障害患者ではコルチゾール、乳酸、血糖の増加がみられ、とりわけ乳酸の増加は発作を起こした患者では起こさなかった患者より著しかったという。

 カフェインはアデノシンA1受容体を遮断することによりパニック発作を引き起こすと考えられる。アデノシンA1受容体は味覚に関係するといわれている。キニンに対する味覚閾値を調べると、パニック障害患者では正常対照に比べその探知能力が高く、A1受容体の過敏性が推定される。パニック障害患者では興奮性の神経系を鎮静させるため、アデノシン受容体が代償性に増加するためと解釈されている。これに対してカフェインを投与すると対照も患者群も同じように味覚探知能力が低下する
17)

 
b.喘息治療薬

 β−アドレノ受容体刺激剤である気管支拡張薬isoproterenolはノルアドレナリン性神経伝達を亢進させるので、パニック発作を誘発する
2)。著者は、実際この薬剤の吸入でパニック発作を起こした患者を経験した。

 
c.覚醒剤

 著者は3例のmethamphetamine使用後のパニック障害を経験した  。methamphetamineと類似した薬理作用をもつphencyclidine(PCP)やコカインによってもパニック障害が誘発される。PCPを3年間常用し、さらに週に2回2か月間PCPを乱用してパニック障害が起き、PCPを中断したがパニック発作は1年以上続いたと報告されている
43)。コカイン大量長期乱用後のパニック障害が10例報告されている34)。このパニック障害は、広場恐怖が少なく、カフェイン過敏性が強く、6例にはうつ状態があり、2例にパニック発作中に錯視があった。さらに、imipramineにより増悪し、むしろclonazepamによく反応した。コカインの急性作用は、セロトニン、ノルエピネフリン、ドーパミンの放出促進、再吸収抑制であり、慢性投与によりこれらのアミンを枯渇させる。また、コカインの慢性投与はカテコールアミン系の受容体を増加させる。パニック障害は、このような脳内アミン系神経伝達の不均衡により発病すると考えられる。

 
d.抗うつ薬の禁断

 amitriptyline
20)、およびmianserin33)の中断によるパニック発作が報告されている。両薬剤ともパニック障害に効果があるので、パニック障害への傾病性のある患者の服薬を急激に中断すると、リバウンドが生じてパニック発作が生ずると推定される。

 
e.ホルモン剤(経口避妊薬、子宮内膜炎治療薬)

 エストロゲン製剤を含む経口
16,51)または皮下埋め込み式避妊薬53)や子宮摘出術後にホルモン補充療法として投与されたエストロゲン44)によりパニック障害が発病した。これらのパニック障害は薬剤中断後まもなく消失した。

 エストロゲンとその類似作用物質は、モノアミンの代謝酵素に作用したり、β−アドレノ受容体に影響を与え、最終的には中枢神経系のノルアドレナリン機能を高め、パニック発作を誘発する。

 
f.アルコール離脱

 パニック障害患者は、不安やパニック発作を緩和するためにアルコール摂取をすることが多い。アルコールは短時間の抗不安作用をもつが、その後の急速な血液中濃度の低下により、リバウンドが生じ不安を招き、パニック発作を増悪させる可能性がある。また、アルコール乱用と離脱を繰り返すと、交感神経系に関与する中枢神経をキンドリングkindlingし、その結果パニック障害が発病したり増悪することも推定されている
28)

 
g.ニコチン

 禁煙によりパニック発作が発病し、再度喫煙により発作の消失がみられたことが報告されている。これは、ニコチンがノルアドレナリンの放出を抑制するという中枢性作用と関係すると推定されている
45)

3.生理−環境的要因

 a.妊娠・出産

 うつ病をはじめとする多くの精神疾患は妊娠により軽快したり寛解し、出産により誘発されたり悪化すると従来信じられてきた。Klein
30)は、その初期の論文で、発病促進因子として内分泌機能の変動が考えられる12人の患者のなかで産後1か月の婦人3例、産前1週間の婦人1例をあげている。また、彼は妊娠中は症状が改善する例が多いとしている。この問題に関する初期の研究や報告はKleinの考えに賛意を示すものであった18,21,32,37)。しかし、症例報告ではなく、病後歴的ではあるが一定数の妊娠を経過したパニック障害をもつ婦人についての統計的な調査では、必ずしもKleinの説を支持するものではない  。授乳はパニック障害に保護的に作用していると考えられていた30)。30人のパニック障害の婦人の42回の離乳について調査した最近の研究では40)、28%が悪化し、残りは変化がなかった。

 妊娠や出産によりパニック障害が軽快したり、または悪化するという臨床的な事実の背景には妊娠・出産が神経系に及ぼす影響を考慮する必要がある。妊娠により数十倍に増加するプロゲステロンとその代謝産物は、皮質感覚運動神経細胞の発火を抑制するアデノシンの作用を促進したり、またGABA受容体に対しバルビツレート様に作用して、抗不安作用を発揮する。これらの作用は、妊娠がパニック障害に対し保護的に働くことを説明している。一方、プロゲステロンは呼吸中枢を刺激し、過呼吸を誘発し、結果的にはパニック発作を起こしやすくするという考え方がある
9)。ところが、Kleinによれば、パニック障害のある1群の患者は生来的に炭酸ガスに対し過敏で、低濃度の炭酸ガスに反応し、窒息の危機を感じとりパニック発作を起こす(窒息誤警報仮説suffocation false alarm theory)31)。このような炭酸ガスに感受性の高い患者群は、ふだん代償性慢性的な過呼吸により炭酸ガス分圧を低くしており、乳酸投与により突然炭酸ガス分圧が上昇するとパニック発作を起こす。しかし、窒息誤警報仮説が適合しない患者では、妊娠により増加する胎盤性プロゲステロンの呼吸刺激効果で炭酸ガス分圧を低下させているので、パニック発作はむしろ起こりにくくなっているとKleinは考えている31)

 
b.月経

 Breierら
4)は女性の空間恐怖症患者の半数は月経前に不安症状が悪化したと述べている。その後の病後歴的研究でも、月経前または最中に不安症状が増加することが報告されている6,10)。Cookらは、月経前の不安の増加を79%の、パニック発作の増加を58%の、そして、空間恐怖症による回避行動の増加を47%の婦人に認めた10)。他方、前方視的調査では、パニック障害患者でも正常対照者でも月経前の不安症状の増加は証明されず、月経前緊張症の患者のみに明らかな不安症状の増加をみた49)

 
c.その他の生理−環境的要因

睡眠不足:断眠によりパニック発作が誘発される。

低血糖:炭水化物や蔗糖の急激な摂取後に生じる低血糖によりパニック障害患者では不安が増強する。

疲労:パニック障害患者では運動後の乳酸蓄積が正常対照者より多い。パニック障害患者のなかには運動に対し疲れやすく敏感な人が多い。

リラクセーション:リラクセーションで心悸亢進・呼吸困難を主症状とするパニック発作を起こすことがある。これは交感神経系の反射性変化と関係すると推定されている。

過呼吸:パニック発作の結果として過呼吸が出現することもあるし、反対に過呼吸により発作が誘発されることもある。その詳しいメカニズムは不明である。

蛍光:パニック障害患者は蛍光灯の下で不安感が増強する。蛍光灯のフリッカー効果がこの原因として推定されている。

熱気・湿気:温度や湿度の上昇が発病や悪化のきっかけになる症例が報告されている1)

季節なごやメンタルクリニックを受診したパニック障害患者522人について出生月と発症月を調査した。その結果、出生月・季節には統計学的有意差は認められなかった。しかし、発症季節は統計学的有意(n=406、x2=11.52、df=3、p=0.0094)に春と夏が多かった  。また、この傾向は非状況性のパニック発作を示す患者群(n=153、x2=9.12、df=3、p=0.029)において、状況性のパニック発作を示す患者群(n=92、x2=2.86、df=3、p=0.411)に比し、より顕著であった。この原因として、温度上昇とともに、パニック障害患者の血小板イミプラミン結合は秋よりも春に採血したときの方が上昇しているという事実も考慮されうるであろう。(貝谷久宣,熊野宏昭,石田展弥,宮前義和)